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『承認欲求強めの最強勇者、魔法動画でバズって前世のヒロインたちを召喚してしまう~今世の幼馴染が管理しきれないほど愛が重すぎる~』  作者: 悪癖


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第34話 魔女の綻び、騎士の違和感

 黒沼摩夜は、夜の街を一人歩いていた。


 イヤホンを耳に差し込んだまま、スマートフォンの画面を指先で滑らせる。


 一般人から見れば、ただ音楽でも聞きながら帰宅している女性にしか見えない。


 だが。


「……雑。」


 小さく呟く。


 画面には無数の文字列。


 世界中を流れる情報の奔流。


 彼女にとってインターネットとは、情報霊脈そのものだった。


「また来た。」


 炎の勇者チャンネルを狙った自動攻撃。


 海外経由の踏み台。


 匿名掲示板での扇動。


 動画通報の集中。


 スポンサー企業への嫌がらせメール。


「同じ術式ばかり。」


 摩夜はため息をついた。


「対策を真似しただけ……効率が悪い。」


 指先が止まらない。


 五秒。


 十秒。


 十五秒。


「終わり。」


 画面から赤い警告表示が一つ、また一つと消えていく。


 攻撃元だった端末は切り離され、誘導され、発信元の記録だけが静かに保存される。


「証拠は確保。」


「……後は勝手に自滅して。」


 それだけ言ってスマートフォンをポケットへしまう。


 これも勇者のため。


 勇者が余計な雑音に煩わされないため。


 それだけで十分だった。


 だが。


「……今日は少し近付けた。」


 自然と口元が緩む。


 部室で勇者の隣へ座れた。


 たったそれだけ。


 それだけなのに。


「次は……」


 小さく笑う。


「もう半歩。」


 本人は至って冷静なつもりだった。


 しかし、その声は普段より少しだけ柔らかかった。


 本人だけが気付いていない。


 その変化に。


 そして、その頃。


 青葉高校。


 放課後の教室。


 翌日の授業準備を終えた西園寺聖奈は、ふとノートパソコンの画面へ視線を落とした。


「……おかしいですわね。」


 炎の勇者チャンネル関連の管理画面。


 スポンサー企業とのやり取り。


 炎上対策の報告書。


 そのどれもが、不自然なほど順調だった。


「昨日まであれほど攻撃が続いていたのに……。」


 広報担当から届いた報告。


『通報件数、急減』


『悪質アカウント、多数凍結』


『海外経由の攻撃が停止』


『関連掲示板の拡散も急速に沈静化』


 偶然とは思えない。


 いや。


 偶然では済まされない。


「誰かが……。」


 聖奈はゆっくり目を細めた。


「裏で動いています。」


 もし西園寺グループが動いたなら、自分に報告が上がらないはずがない。


 法務部でもない。


 広報でもない。


 警備でもない。


 誰か第三者。


 しかも。


「かなり高度な知識を持つ方。」


 痕跡が残っていない。


 いや。


 残さないよう処理されている。


 それが逆に不自然だった。


「……。」


 聖奈は少し考え込む。


 その時だった。


「聖奈さん。」


 静かな声。


 振り向けば、鞄を肩に掛けた剣崎凛が立っていた。


「凛。」


「帰らないのか。」


「少し調べ物を。」


 凛は画面をのぞき込む。


「何かあったのか。」


「はい。」


 聖奈は画面を見せる。


「この炎上ですが、自然に収まりすぎています。」


「……?」


 凛は腕を組む。


「つまり。」


「誰かが敵を片付けた、と?」


「ええ。」


 その一言で凛の表情が変わった。


 護衛として危険を察知した時の顔。


「敵か。」


「断定はできません。」


「ですが。」


「ハルト様の周囲で、我々以外の誰かが動いています。」


 教室が静まり返る。


 窓の外では運動部の掛け声が聞こえている。


 そんな平和な景色とは裏腹に。


 二人だけが別の戦場を見ていた。


「私は。」


 凛が静かに言う。


「護衛を始めてから、少し気になることがある。」


「何でしょう?」


「視線だ。」


 聖奈が目を見開く。


「視線……ですか?」


「ああ。」


 凛は迷いなくうなずいた。


「敵意はない。」


「殺気もない。」


「だが。」


「時々、誰かが主を見ている。」


 聖奈の表情から笑みが消える。


「私も一度だけ感じました。」


「文化祭準備の日です。」


「あの時は人混みに紛れて分かりませんでしたが……。」


「同じ人物かもしれない。」


 二人は同時に沈黙した。


 敵ならば問題だ。


 味方ならば、なおさら問題だった。


 自分たちの知らないところで、勇者を守れるほどの人物。


 そんな存在を、二人は知らない。


「調べる。」


 凛が短く告げる。


「私も協力します。」


 聖奈も静かに立ち上がった。


「ただし。」


 彼女は少しだけ微笑む。


「結衣さんには、まだ話さないでおきましょう。」


「証拠がありませんから。」


「無用な心配を増やすだけです。」


「了解した。」


 二人は小さくうなずき合う。


 その瞬間。


 遠く離れたマンションの一室で。


「……。」


 摩夜は小さなくしゃみをした。


「誰か……私のこと考えてる?」


 首をかしげる。


 そして何事もなかったように再びキーボードへ指を置いた。


 まだ気付いていない。


 自分へ向けられ始めた二人分の視線に。



――――――



 翌日。


 昼休み。


 聖奈は凛を校舎裏のベンチへ呼び出していた。


 人通りは少ない。


 周囲を見回した凛が静かに腰を下ろす。


「何か分かったのか、聖奈さん。」


「ええ。」


 聖奈はタブレット端末を取り出した。


 画面にはいくつもの資料が並んでいる。


「昨夜、西園寺グループの情報部へ確認を取りました。」


「ですが、私たちは今回の件に一切関与していません。」


「つまり。」


「第三者が独自に動いているということです。」


 凛は静かにうなずく。


「その人物は、かなり腕が立つ。」


「ええ。」


 聖奈は画面を切り替えた。


「こちらをご覧ください。」


 表示されたのは、炎の勇者チャンネルへ行われた攻撃の記録だった。


「昨日まで存在していた発信元が、一夜で消えています。」


「消したのか。」


「いいえ。」


 聖奈は首を横に振る。


「もっと厄介です。」


「相手に気付かれないまま、攻撃そのものが成立しない状態へ誘導されています。」


「攻撃した側は、自分たちが失敗した理由すら理解できていません。」


 凛は画面を見つめる。


「戦場なら。」


「武器だけ奪われ、敵は誰だったかも分からないようなものか。」


「まさに、その通りです。」


 そこまで言ったところで。


 聖奈の指が一つの記事を開いた。


『ブラックハッカー・モルガナ』


 凛が目を細める。


「モルガナ……。」


「聞いたことがあるのか。」


「裏社会では有名です。」


 聖奈は小さく息を吐いた。


「姿も年齢も国籍も不明。」


「ですが。」


「世界中の情報機関が警戒している存在です。」


「侵入できない場所はない、とまで言われています。」


 凛は画面を見つめ続ける。


「……名前。」


「どうしました?」


「前世と同じだ。」


 聖奈の動きが止まる。


「え……。」


「モルガナ。」


「黒沼摩夜。」


「前世の名。」


 数秒。


 沈黙が流れた。


 偶然。


 そう片付けるには出来すぎている。


 聖奈は静かに目を閉じた。


「私としたことが……。」


「そこを見落としていました。」


「転生者なら。」


「前世の名前を、そのまま使っていても不思議ではありません。」


 凛は腕を組む。


「本人は隠す気がない。」


「いや。」


「隠す必要がないと思っているのか。」


「表の世界と裏の世界は繋がらない、と。」


「あり得ます。」


 聖奈は資料を閉じる。


「ですが。」


「名前だけでは証拠になりません。」


「だから別の角度からも調べました。」


 次の資料。


 攻撃が止まった時間。


 摩夜がハルトたちと別れた時間。


 そして。


 炎の勇者チャンネルの状況が改善し始めた時間。


 その三つが、ほぼ一致していた。


 凛の眉がわずかに動く。


「偶然ではないな。」


「ええ。」


「さらに。」


 聖奈は別の画面を表示する。


「最近、ハルト様の周囲で起きた出来事を書き出しました。」


 部室の席順。


 撮影の立ち位置。


 休み時間の接触回数。


 偶然を装った会話。


 連絡先交換。


 動画企画への自然な参加。


 どれも小さな出来事。


 しかし並べてみると、一つの流れになっていた。


 凛は思わず苦笑する。


「……少しずつ。」


「ああ。」


「少しずつ主との距離を縮めている。」


「一歩ずつ。」


「誰にも警戒されない程度に。」


「その裏では。」


 聖奈は静かに続ける。


「炎の勇者チャンネルに近付く障害を取り除いている。」


「アンチ。」


「情報流出。」


「炎上。」


「ネット攻撃。」


「全部。」


「勇者様へ近付く邪魔になるものです。」


 凛は腕を組んだまま空を見上げた。


「護衛としてなら。」


「理解できる。」


「主を守るために敵を排除する。」


「私も考えることはある。」


「ですが。」


 聖奈が苦笑する。


「恋心も混ざっていますね。」


「ええ。」


「勇者様を守りながら。」


「自分だけの居場所も作ろうとしている。」


「実に……。」


 聖奈は肩をすくめた。


「恋する女性らしい策です。」


 凛は静かにうなずく。


「なら。」


「敵ではない。」


「少なくとも。」


「主へ害を与える人物ではない。」


「ですが。」


 二人の視線が重なる。


「放置もできません。」


「同感だ。」


「勇者様の知らないところで。」


「ここまで動かれるのは困る。」


 聖奈はタブレットを閉じる。


「まずは本人と話しましょう。」


「敵としてではなく。」


「仲間として。」


「その前に。」


 凛は立ち上がる。


「私が一つだけ確認したい。」


「何でしょう?」


「黒沼摩夜。」


「本当に。」


「主を見る時だけ、あの目になるのか。」


 その言葉に。


 聖奈は小さく笑みを浮かべた。


「ええ。」


「それなら、きっとすぐ分かりますわ。」



 放課後。


 人気のない特別棟へ続く渡り廊下。


 窓から差し込む夕日が床を赤く染めていた。


「黒沼さん。」


 背後から掛けられた声に、摩夜は足を止める。


 振り返ると。


 そこには聖奈と凛が並んで立っていた。


「……何?」


 いつも通りの無表情。


 だが、その瞳だけは二人を静かに観察していた。


「少し、お話がしたくて。」


 聖奈は柔らかく微笑む。


「時間は取れますか?」


「勇者との予定なら最優先。」


「そうじゃないなら別に。」


 素っ気ない返事。


 聖奈は苦笑した。


「では、少しだけ。」


 三人だけの静かな空間。


 最初に口を開いたのは凛だった。


「単刀直入に聞く。」


「黒沼。」


「お前がモルガナだな。」


 一瞬。


 風が止まったような錯覚がした。


 摩夜の瞳が、ほんの僅かに揺れる。


 だが、それだけだった。


「……何のこと?」


「知らない。」


「とぼけなくても結構です。」


 聖奈が穏やかな声で続ける。


「状況証拠は揃っています。」


「あなたほどの方なら、私たちがここへ来た理由も理解していますよね?」


 数秒の沈黙。


 やがて摩夜は小さく息を吐いた。


「……いつから?」


「昨日です。」


 聖奈は正直に答えた。


「確信したのは今日ですが。」


「そう。」


 摩夜はそれ以上否定しなかった。


「怒らないの?」


 逆に尋ねる。


「勝手に勇者の周りで動いてた。」


「全部、黙って。」


「普通なら怒る。」


 聖奈は首を横へ振った。


「怒りません。」


「え?」


「むしろ、お礼を言わなければと思っています。」


 摩夜が初めて困惑した表情を見せる。


「あなたのおかげでハルト様への攻撃は大幅に減りました。」


「私たちだけでは、あそこまで迅速な対応はできませんでした。」


「ですから。」


「ありがとうございます。」


 深々と頭を下げる聖奈。


 摩夜は固まった。


「……違う。」


「違う?」


「別に、あなたたちのためじゃない。」


「勇者のため。」


「それだけ。」


「ええ。」


 聖奈は笑みを崩さない。


「それで十分です。」


 凛も静かに口を開く。


「主を守った。」


「その一点については感謝する。」


 摩夜は二人を見比べる。


 理解できない。


 もっと警戒されると思っていた。


 もっと敵意を向けられると思っていた。


「……変。」


「そうでしょうか?」


「私はあなたなら。」


「私を排除しようとすると思ってた。」


 その言葉に。


 聖奈と凛は顔を見合わせた。


「どうしてです?」


「決まってる。」


 摩夜は迷いなく答える。


「勇者の隣。」


「そこが欲しいから。」


「あなたも。」


「あなたも。」


 視線が二人へ向く。


「敵。」


「……。」


 凛は静かに首を振った。


「違う。」


「恋敵ではある。」


「だが。」


「敵ではない。」


 摩夜の眉が僅かに動く。


「私たちは。」


 聖奈が穏やかに言葉を継ぐ。


「皆でハルト様を支えていければ、それが一番だと思っています。」


「もちろん。」


「恋愛は別ですけれど。」


 少しだけ照れたように笑う。


「誰が最終的に選ばれるかは、ハルト様が決めることです。」


「だから。」


「私たちが互いを蹴落とす必要はありません。」


「……。」


 摩夜は理解できないという表情だった。


「意味が分からない。」


「どうして。」


「好きな相手を取られるかもしれないのに。」


「仲良くできるの?」


 聖奈は少し考えた後、優しく答えた。


「取られる、とは思っていません。」


「私たちは。」


「同じ人を好きになった仲間です。」


「だから、お互いに正々堂々と想いを伝えればいい。」


「その結果。」


「選ばれなかったとしても。」


「ハルト様が幸せなら、それでいいんです。」


「私は。」


 凛も続ける。


「主が笑っているなら、それで十分だ。」


「誰を選んでも。」


「私は護衛として仕え続ける。」


 摩夜は黙ったまま二人を見る。


 理解できない。


 前世では。


 魔族も人間も。


 欲しいものは奪い合った。


 譲れば失う。


 勝った者だけが手に入れる。


 それが当たり前だった。


 だから。


「……甘い。」


 小さく呟く。


「そうかもしれません。」


 聖奈は否定しない。


「ですが。」


「私は、その甘さを嫌いではありません。」


 摩夜は小さく目を伏せた。


「……友達には、なれる。」


 二人が顔を上げる。


「でも。」


「勇者は渡さない。」


「絶対。」


 その声音には迷いがなかった。


 聖奈は嬉しそうに微笑む。


「ええ。」


「望むところです。」


「友達として。」


「ライバルとして。」


「これからよろしくお願いします、黒沼さん。」


 そう言って差し出された手を見つめ。


 摩夜は数秒迷った末に。


「……うん。」


 そっと、その手を握った。


 その瞬間。


 彼女は気付いていなかった。


 初めて、自分の意識がハルトから離れ。


 目の前の二人との会話だけに向いていたことを。



――――――



 ――警視庁。


 サイバー犯罪対策課。


 モニターが並ぶ室内では、昼夜を問わず世界中の通信が監視されていた。


「先輩。」


 一人の若い刑事がモニターから顔を上げる。


「解析結果、まとまりました。」


「おう。」


 缶コーヒーを片手に近付いてきた先輩刑事――佐伯は、後輩の画面を覗き込んだ。


「どうだった。」


「結論から言います。」


 後輩刑事、相馬は画面を切り替える。


「ブラックハッカー・モルガナは、日本国内にいます。」


 佐伯の眉が動く。


「根拠は。」


「炎の勇者チャンネルです。」


 モニターには一枚の時系列表。


 動画投稿。


 炎上。


 攻撃開始。


 攻撃停止。


 企業対応。


 掲示板の書き込み。


 無数の情報が一本の線で繋がっていた。


「このチャンネルへの攻撃は、ここ数か月で急増しました。」


「ですが。」


「攻撃が激しくなるたび、数時間以内に必ず封じられています。」


「偶然じゃないか?」


「最初はそう考えました。」


 相馬は次の画面を表示する。


「ですが、毎回です。」


「海外経由のボット。」


「ランサムウェアの試験投入。」


「情報流出。」


「DDoS攻撃。」


「SNSでの拡散工作。」


「全部。」


「途中で潰されています。」


 佐伯は腕を組む。


「同じ組織じゃない。」


「ええ。」


「攻撃側は毎回違います。」


「なのに。」


「止める側だけが、常に同じレベルなんです。」


 その一言で空気が変わった。


「つまり。」


「モルガナ。」


「はい。」


 相馬は静かにうなずく。


「世界中で確認されているモルガナの特徴と一致しています。」


「痕跡を残さない。」


「相手に気付かれない。」


「必要以上に攻撃しない。」


「証拠だけ回収する。」


「全部一致しました。」


 佐伯は缶コーヒーを机へ置く。


「目的は。」


「それが分かりません。」


「金銭目的ではありません。」


「企業機密にも興味がない。」


「国家機密にも手を出していません。」


「狙われているのは。」


 相馬は炎の勇者チャンネルを画面いっぱいに表示した。


「このチャンネルだけです。」


「……妙だな。」


「ええ。」


「世界最高峰のハッカーが。」


「高校生の動画投稿者を守っている。」


「普通ならあり得ません。」


 しばらく沈黙が続く。


 やがて佐伯が口を開いた。


「接点は。」


「現在調査中です。」


「ですが。」


 相馬は一枚の資料を取り出した。


「一つだけ面白いことが分かりました。」


「この炎の勇者チャンネル。」


「動画投稿以外の場所では、一切モルガナの痕跡が現れません。」


「逆に言えば。」


「チャンネルへ攻撃があった時だけ現れます。」


「なるほど。」


 佐伯は苦笑した。


「護衛か。」


「その可能性が最も高いです。」


「護衛対象。」


「炎の勇者本人。」


 相馬は静かに続ける。


「ブラックハッカー・モルガナは。」


「炎の勇者チャンネルを守っているのではありません。」


「炎の勇者本人を守っています。」


 その結論に。


 部屋の空気が少しだけ重くなる。


「本人が依頼した可能性は。」


「低いと思います。」


「どうしてだ?」


「炎の勇者の動画を見ました。」


 相馬は苦笑する。


「どう見ても普通の高校生です。」


「ネットリテラシーも平均的。」


「世界最高峰のハッカーへ仕事を依頼できる人物には見えません。」


「だよな。」


「つまり。」


「本人も知らないところで守られている可能性があります。」


 佐伯は少し考え込んだ後、静かに立ち上がった。


「なら。」


「会いに行くか。」


「本人に、ですか。」


「ああ。」


「モルガナを知っているかどうかは分からん。」


「だが。」


「世界最高峰のハッカーが執着する相手だ。」


「直接話を聞く価値はある。」


 相馬も立ち上がる。


「アポイントは。」


「高校じゃ目立つ。」


「自宅へ伺おう。」


 佐伯は資料を手に取り、小さく息を吐いた。


「まさか。」


「こんな事件の入口が、高校生の動画配信者とはな。」


 二人はまだ知らない。


 これから訪ねる相手が。


 世界中の常識を、たった一つの魔法で粉々に砕くことになるなどとは。



――――――



 その日の夕方。


 青葉高校の校門前。


「じゃあ、また明日ね。」


「はい。」


 聖奈が微笑み、軽く手を振る。


「また明日。」


 凛も短く応じる。


 その少し離れた場所では、摩夜がハルトと並んで歩いていた。


「勇者。」


「ん?」


「今日は、駅まで一緒。」


「ああ、いいぞ。」


 自然なやり取り。


 傍から見れば、ただ同じ方向へ帰るクラスメイト同士だった。


 だが。


「……。」


 聖奈はその様子を眺め、小さく息を吐いた。


「凛。」


「何だ。」


「黒沼さんのこと。」


「あまり警戒しなくても大丈夫そうですね。」


 凛も摩夜の背中を見つめる。


「ああ。」


「少なくとも。」


「主へ害をなす人物ではない。」


「ええ。」


「それどころか。」


 聖奈は苦笑した。


「私たち以上に四六時中、ハルト様のことを考えていそうです。」


「否定できない。」


 二人は思わず笑ってしまう。


 その頃。


「じゃあ勇者。」


 駅前で摩夜が足を止めた。


「今日はここまで。」


「おう。」


「また明日。」


「……うん。」


 小さく手を振り、摩夜は駅へ向かう。


 歩きながら。


(聖奈たち……。)


 今日の会話を思い返していた。


(変。)


(でも。)


(悪くない。)


 友達。


 その言葉は、前世でも現世でも縁が薄かった。


 だから少しだけ考えてしまう。


 本当に。


 自分は誰かとそんな関係になれるのだろうか、と。


 その思考に意識を奪われ。


 普段なら当然確認するはずだった。


 勇者の周囲。


 ネットワーク。


 監視カメラ。


 通信。


 位置情報。


 その全てから、一瞬だけ意識が離れた。


 一方。


「聖奈さん。」


「はい。」


「黒沼を信用するのか。」


「完全には。」


 聖奈は首を横へ振る。


「ですが。」


「協力できる相手だとは思います。」


「少なくとも。」


「私たち三人とも。」


「目指しているものは同じですから。」


「主を守ること。」


「ええ。」


 二人もまた。


 今日は珍しく、ハルトを見送ったあと、そのまま帰路についた。


 もし、いつも通りなら。


 聖奈はハルトの自宅周辺を確認し。


 凛は気配を探り。


 摩夜はネットワークを監視していた。


 三人とも。


 無意識のうちに、それぞれの方法で勇者を見守っていた。


 しかし今日は違う。


 三人とも。


 互いとの会話を思い返していた。


 ほんの僅か。


 それだけの綻び。


 だが。


 勇者を囲む見えない守りは、その瞬間だけ確かに薄くなっていた。


 そして。


「ここですね。」


 一台のセダンが静かに停車する。


 住宅街の一角。


 炎の勇者こと、神代ハルトの自宅。


 運転席から降りた佐伯が表札を確認する。


「間違いない。」


「神代。」


 助手席から降りた相馬も資料へ目を落とす。


「在宅している時間のはずです。」


「よし。」


 二人は門へ向かう。


 事件の関係者としてではない。


 事情聴取のため。


 あくまでも任意の聞き取り。


 それだけのつもりだった。


 佐伯がインターホンへ手を伸ばす。


 ピンポーン。


 静かな住宅街へチャイムが響いた。


「はーい。」


 家の中から聞こえてくる、のんびりした声。


 玄関が開く。


「えっと……。」


 制服姿の少年が首をかしげた。


「どちら様ですか?」


 佐伯は警察手帳を取り出し、穏やかに笑みを浮かべる。


「突然すみません。」


「警視庁サイバー犯罪対策課の佐伯です。」


「こちらは相馬。」


「少しだけ、お話を伺ってもよろしいでしょうか。」


 ハルトは事情が分からないまま、小さく首をかしげた。


「サイバー犯罪対策課……?」


 その何気ない一言から。


 誰も予想していなかった出来事が、幕を開けようとしていた。


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