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『承認欲求強めの最強勇者、魔法動画でバズって前世のヒロインたちを召喚してしまう~今世の幼馴染が管理しきれないほど愛が重すぎる~』  作者: 悪癖


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第29話 魔女が追い続けた背中

 黒沼摩夜が、まだモルガナと呼ばれていた頃の話。


 あるいは――。


 モルガナが人生で初めて、自分以外の誰かに興味を持った日の話である。



――――――



 帝国東部。


 冒険者都市グランベル。


 魔王軍との戦争が激化する中、帝国は大量の冒険者を必要としていた。


 高額報酬。


 危険任務。


 討伐依頼。


 護衛依頼。


 魔物掃討。


 未踏破地域の調査。


 腕に覚えのある者たちが各地から集まり、街は常に活気と殺気に満ちている。


 そんな冒険者ギルドの掲示板前で。


「うーん……」


 一人の少年が腕を組んでいた。


 黒髪。


 まだ幼さの残る顔立ち。


 しかし腰には見慣れぬ剣。


 背中には大量の装備。


 そして。


 どこか場違いなほど気楽な雰囲気。


 一ノ瀬晴人。


 後に歴代最強の勇者と呼ばれる少年である。


 だが、この時点ではただの冒険者だった。


「どれ受けようかな」


 真剣に悩んでいる。


 内容は極めて平和だった。


「こっちは報酬金貨五十枚か」


「こっちは百枚」


「お、こっちは二百枚だ」


 依頼内容を見ているのではない。


 報酬額を見ている。


 なぜなら。


「帝国って物価高いな……」


 宿代が高い。


 飯代が高い。


 武器も高い。


 何もかも高い。


 王国時代は王城に出入りしていたため金に困ったことがなかったハルトだが、今は違う。


 完全なソロ冒険者。


 全部自分で稼ぐ必要があった。


「よし」


 ハルトは一枚の依頼書を剥がした。


【Aランク指定討伐依頼】


【黒岩山脈に出現した災厄級魔獣の討伐】


【報酬:金貨三百枚】


「これだな」


 即決だった。


 内容を読んでいない。


 金額だけ見た。


 受付嬢が思わず顔を引きつらせる。


「え、えっと……その依頼ですか?」


「うん」


「単独で?」


「そうだけど」


「災厄級ですよ?」


「そうなんだ」


 ハルトは依頼書を見た。


「災厄級って強いの?」


 受付嬢が絶句した。


 周囲の冒険者たちもざわつく。


「おいおい」


「新人か?」


「自殺志願者だろ」


「黒岩山脈の災厄級だぞ」


 失笑が漏れる。


 だがハルト本人は全く気にしていない。


「まあ行ってみれば分かるか」


 軽い。


 とても軽い。


 受付嬢は頭を抱えた。



――――――



 一方その頃。


 黒岩山脈。


 人里から離れた山奥。


 深い霧が谷を覆う中、一人の女性が崖の上に立っていた。


 漆黒のローブ。


 深く被ったフード。


 細い体。


 顔は見えない。


 ただ、その周囲だけ空気が異様だった。


 まるで世界そのものが彼女を避けているかのような違和感。


「……」


 モルガナは無言で山を見下ろしていた。


 視線の先には巨大な魔獣。


 全長二十メートルを超える岩竜。


 帝国軍ですら討伐を断念した災厄級の怪物。


 普通の冒険者なら百人いても勝てない。


「終わり」


 小さく呟く。


 次の瞬間。


 空中に数百の魔法陣が展開された。


 光。


 炎。


 雷。


 風。


 無数の属性魔法。


 常識外れの同時発動。


 そして――。


 轟音。


 山そのものが揺れた。


 岩竜は断末魔すら上げられなかった。


 圧倒的な火力。


 圧倒的な魔力。


 帝国で『隠遁の魔女』と恐れられる大魔術師モルガナ。


 彼女にとって災厄級魔獣など、ただの作業だった。


「……帰ろう」


 依頼達成証明用に魔獣の角を切り取る。


 その時だった。


 遠くから誰かが走ってくる。


「ん?」


 モルガナが視線を向ける。


 山道を駆け上がってくる少年。


 黒髪。


 剣を背負った冒険者。


 見覚えはない。


 だが。


「いたいた」


 その少年は嬉しそうに手を振った。


「助かった!」


「……?」


 モルガナは眉をひそめる。


「何」


「討伐終わってる」


「終わってるけど」


「いやー、探す手間省けた」


 意味が分からない。


 少年は死骸を見回した。


「角一本もらっていい?」


「……何に使うの」


「依頼達成報告」


「……」


 沈黙。


 モルガナは理解した。


 この男。


 討伐依頼を受けて来たのだ。


 そして。


 到着した時には終わっていた。


「横取りする気?」


「いや?」


 少年は首を傾げた。


「倒したの君だろ?」


「そう」


「なら報酬も君のものじゃない?」


「……」


 モルガナは思考停止した。


 珍しかった。


 本当に珍しかった。


 冒険者は欲深い。


 報酬のためなら平気で嘘をつく。


 他人の成果を奪う者もいる。


 だからこそ。


 今目の前で。


「じゃあ俺帰るわ」


 あっさり引き返そうとする少年が理解できなかった。


「待って」


「ん?」


「普通は奪う」


「そうなの?」


「そう」


「へえ」


 興味なさそうだった。


 本当に。


 どうでもよさそうだった。


 モルガナはますます混乱する。


「……君」


「ん?」


「変」


「よく言われる」


 即答だった。


 その返事に。


 なぜか少しだけ笑いそうになる。


 もちろん表情には出さない。


「名前」


「ハルト」


 少年は気軽に答えた。


「ハルト・イチノセ」


 聞いたことがない。


 無名だ。


 少なくとも帝国では。


「君は?」


「……モルガナ」


「へえ」


 やはり反応が薄い。


 普通なら驚く。


 帝国で知らぬ者はいない。


 隠遁の魔女。


 正体不明。


 災厄級の大魔術師。


 その異名を。


 この少年は知らないらしい。


「じゃあまた」


 ハルトは手を振った。


 そして本当に帰っていく。


 あっさり。


 未練もなく。


 報酬への執着もなく。


 魔女への警戒もなく。


「……変なの」


 モルガナは小さく呟いた。


 だが。


 その時はまだ。


 知らなかった。


 今去っていった少年が。


 自分の人生を丸ごと狂わせる存在になることを。


 そして。


 この日を境に。


 帝国中の高難度依頼で何度も顔を合わせることになることを。


 モルガナはまだ知らない。



――――――



 それから。


 奇妙な縁が続いた。


 帝国北部の雪山。


 古代遺跡の調査依頼。


 魔物討伐。


 護衛任務。


 未踏破迷宮の探索。


 なぜか知らないが。


 ハルトとモルガナは頻繁に同じ依頼を受けていた。



「また君?」


 冒険者ギルド。


 依頼掲示板の前。


 モルガナは思わず呟いた。


「おー」


 ハルトが手を振る。


 すっかり見慣れた顔だった。


「モルガナもこの依頼?」


「そう」


「じゃあ競争だな」


「別に競争してるつもりはないけど」


「え?」


 本気で驚いている。


 モルガナは少しだけ呆れた。


 この男。


 本当に勝ち負けに興味が薄い。


 冒険者なのに。


「君は何で毎回そんな依頼受けてるの」


「金」


「……」


「帝国って高いんだよ」


 真顔だった。


 世界を救う使命とか。


 名誉とか。


 強敵との戦いとか。


 そういう理由ではない。


 生活費だった。


「君、本当に変」


「また言われた」


 ハルトは笑った。



 結果。


 依頼の勝敗は半々だった。


 モルガナが先に終わらせることもある。


 ハルトが先に終わらせることもある。


 ただ。


 モルガナは少しずつ気付き始めていた。


「……何なの」


 山脈地帯。


 討伐対象だった巨大飛竜を見ながらモルガナは呟く。


 飛竜は一撃だった。


 ハルトが投げた石ころ一発。


 それだけ。


 頭部に当たり。


 絶命。


「いや、飛んでたから」


「そういう話じゃない」


「?」


 本人は理解していない。


 モルガナは額を押さえた。


 おかしい。


 どう考えてもおかしい。


 だが。


 ハルト自身は自分がおかしいと思っていない。


 それが一番おかしい。



――――――



 ある日。


 帝国南部。


 深い森の奥。


 二人は同時に現地へ到着した。


「……」


「……」


 視線が合う。


 そして。


「また君か」


「まただな」


 ハルトが笑う。


 モルガナは小さく息を吐いた。


 最近本当に多い。


 依頼の傾向が似ているのだろう。


 二人とも高難度依頼しか受けない。


 結果として遭遇率が高くなる。


 今回の依頼はAランク。


 森の奥に出現した変異種の討伐。


 通常の冒険者では手に負えない相手だった。


「今回は私が先」


「そうなの?」


「昨日受注した」


「へえ」


 だから何だと言いたげな顔だった。


 モルガナは少し考える。


 そして。


「……折角だから」


「ん?」


「一緒にやる?」


 口に出してから。


 自分でも少し驚いた。


 基本的にソロ。


 誰かと組むことなどほとんどない。


 面倒だから。


 効率が悪いから。


 信頼できないから。


 だからいつも一人だった。


 なのに。


 なぜか。


 この少年相手だと不思議と抵抗がなかった。


「いいのか?」


「別に」


「じゃあやる」


 即答だった。


 その迷いのなさに。


 少しだけ胸が軽くなる。


 変な感覚だった。



 二人は森を進む。


 沈黙。


 基本的に会話は少ない。


 特にモルガナは無口だった。


 だが。


 不思議と気まずくない。


 ハルトも無理に話しかけない。


 ただ自然に隣を歩いている。


 しばらくして。


 ハルトが口を開いた。


「モルガナって普段どこに住んでるんだ?」


「山」


「山?」


「山奥」


「家あるの?」


「ある」


「へえ」


 普通は驚く。


 だがハルトは納得した。


「魔法使いっぽいな」


「……そう?」


「なんか隠者って感じ」


「隠者」


 その言葉に少しだけ笑いそうになる。


 帝国では。


 隠遁の魔女。


 災厄。


 危険人物。


 得体の知れない怪物。


 そんな風に呼ばれている。


 だが。


 この少年は。


 隠者っぽい。


 その程度の認識らしい。


「君は?」


「俺?」


「どこに住んでるの」


「宿」


「ずっと?」


「ずっと」


「家は」


「ない」


 即答だった。


 モルガナが眉をひそめる。


「……ないの?」


「ない」


「買えばいい」


「高い」


「……」


 やはり変だった。



 そんな会話をしていると。


 森の奥から咆哮が響いた。


 ズォォォォォオオオオオオ!!


 大地が揺れる。


 木々が震える。


 巨大な影が姿を現した。


 変異種。


 通常の三倍以上の体躯を持つ魔獣。


 鋼鉄のような皮膚。


 巨木をへし折る腕。


 Aランク依頼の原因となった怪物。


「いた」


 ハルトが言う。


「いた」


 モルガナも言う。


 そして。


 二人とも自然に前へ出た。


 まるで。


 どちらが戦うか相談する必要もないように。


 怪物が咆哮する。


 殺気が森を震わせる。


 普通の冒険者なら逃げ出す。


 だが。


「どうする?」


 ハルトが聞く。


「試したいことがある」


 モルガナは答えた。


 少しだけ。


 興味があった。


 前から気になっていたこと。


「君」


「ん?」


「どれくらい強いの」


 ハルトは首を傾げた。


「普通じゃない?」


 モルガナは思った。


 絶対に普通ではない。


 だから。


 今日。


 少しだけ確かめてみようと思った。


 目の前の少年が。


 いったい何者なのかを。



 依頼内容は単純だった。


 街道沿いの森に住み着いた上級魔獣の討伐。


 単独でも十分に達成可能な依頼だが、今回は珍しく二人が同時に現場へ到着したため、そのまま共同で片付けることになった。


「じゃあ、どっちが先にやる?」


 モルガナが軽い調子で尋ねる。


「好きにしろ」


「ふふっ。じゃあ今回は私から」


 そう言ってモルガナが一歩前へ出た。


 森の奥から姿を現したのは巨大な魔狼だった。


 全長は五メートル近い。


 漆黒の毛並みを持ち、その体表には紫色の魔力が稲妻のように走っている。


 Aランク相当。


 普通の冒険者ならパーティ総出でも苦戦する相手だ。


 しかしハルトは特に構えることもなく腕を組んで眺めていた。


 どうせ一瞬で終わる。


 それは理解していた。


 ただ――。


(どんな風に倒すのかは少し気になるな)


 これまでは常に後から現場へ到着していた。


 そのため、倒された結果だけしか見ていない。


 モルガナ本人が戦う姿を見るのは初めてだった。


「よく見てなさいな」


 モルガナが笑う。


 そして杖を掲げた。


 その瞬間だった。


 周囲の空気が変わる。


 森全体の魔力が震えた。


 ハルトの眉が僅かに動く。


(ほう)


 ただ魔力が多いだけではない。


 緻密。


 正確。


 無駄が一切ない。


 何十、何百という術式が一瞬で重なり合っていく。


 まるで芸術作品だった。


「――黒き天よ」


 詠唱が始まる。


 空が暗くなる。


 昼間だというのに陽光が失われた。


 頭上に巨大な魔法陣が展開される。


 一つではない。


 二重。


 三重。


 四重。


 無数の魔法陣が幾何学模様を描きながら空を埋め尽くしていく。


 魔狼が本能的な危険を察知した。


 逃げようとする。


 だが遅い。


「――墜ちなさい」


 瞬間。


 空が割れた。


 黒紫色の極大光柱が天から降り注ぐ。


 轟音。


 爆音。


 衝撃波。


 森が揺れる。


 大地が震える。


 視界を埋め尽くす光。


 魔狼は悲鳴を上げる暇すらなかった。


 消滅した。


 跡形もなく。


 地面には巨大なクレーターだけが残されている。


 普通ならそこで終わりだ。


 誰もが賞賛する。


 誰もが驚愕する。


 王国最高峰の魔導師ですら絶句するだろう。


 実際、その魔法は最高峰だった。


 威力。


 効率。


 完成度。


 どれを取っても一流どころか超一流。


 だが。


「どう?」


 振り返ったモルガナは。


 なぜかハルトの反応を期待するような顔をしていた。


 その視線の先で。


 ハルトは。


「なるほど」


 楽しそうに笑っていた。


 心底楽しそうに。


「ん?」


「面白いな」


 ハルトはそう言うと剣を鞘へ収めた。


 そして右手を上げる。


 魔力が集まり始める。


 モルガナが首を傾げた。


「何してるの?」


「今の魔法だ」


「は?」


「真似してみる」


 数秒前。


 たった一度見ただけ。


 それだけだった。


 だがハルトの脳内では既に術式解析が終わっていた。


 魔力の流れ。


 構造。


 圧縮率。


 変換工程。


 発動理論。


 全て理解している。


 理解した上で。


 気になる部分を改良する。


「そこの術式はこっちの方が効率がいいな」


「……え?」


「あと威力を上げるなら魔力圧縮を二段階追加して」


「ちょっと待ちなさい」


「空間固定も入れるか」


「待てって言ってるでしょうが!?」


 モルガナが珍しく声を荒げた。


 しかしハルトは聞いていない。


 完全に夢中だった。


 新しい玩具を与えられた子供のような顔をしている。


 そして。


「よし」


 魔法陣が展開された。


 モルガナの顔から笑みが消えた。


「……嘘」


 理解できる。


 理解できてしまう。


 だからこそ信じられない。


 目の前にある魔法陣。


 基本構造は自分の魔法と同じ。


 だが。


 明らかに完成度が違った。


 効率が違う。


 密度が違う。


 術式そのものが洗練されている。


 まるで自分が何十年もかけて改良した完成版を見せられている気分だった。


「いくぞ」


 ハルトが空へ向けて手を掲げる。


 次の瞬間。


 天が裂けた。


 先ほどよりも巨大な魔法陣。


 先ほどよりも濃密な魔力。


 先ほどよりも圧倒的な威圧感。


 そして。


 轟――――――ッ!!


 黒き光が世界を貫いた。


 森の彼方。


 遥か遠方の山肌へ着弾する。


 爆発。


 衝撃波。


 地鳴り。


 数十秒遅れて届く轟音。


 山の一角が吹き飛んだ。


 文字通り。


 消えた。


「……」


「……」


 沈黙。


 風だけが吹いている。


 やがてハルトは満足そうに頷いた。


「悪くないな」


「悪くないな、じゃないわよ」


 モルガナは頭を抱えた。


「何なのよアンタ」


「真似しただけだが」


「真似しただけで済む威力じゃないでしょうが!」


「そうか?」


「そうよ!」


 思わず叫ぶ。


 だが叫びながら。


 モルガナは理解してしまっていた。


 これまで何度も現場を先に片付けられていた理由。


 自分と同等以上の成果を平然と出していた理由。


 目の前の男は。


 ただ強いだけではない。


 才能という言葉で説明することすら馬鹿らしい。


 理不尽そのものだ。


 そして当の本人は。


「次は別の魔法も見せてくれ」


 純粋な興味に満ちた顔でそう言った。


 モルガナはしばらく黙り込んだ後。


 やがて吹き出した。


「あはははは!」


「?」


「本当に変な男ね、アンタ」


 笑いが止まらない。


 普通なら嫉妬する。


 警戒する。


 恐れる。


 だが不思議と嫌な気はしなかった。


 むしろ――。


(やっぱり面白いわね、この人)


 モルガナは楽しそうに微笑む。


 一方でハルトもまた。


 久しぶりに心が躍っていた。


 強い魔法。


 未知の技術。


 そしてそれを使う面白い相手。


 気付けば二人の距離は、最初に出会った頃よりもずっと近くなっていた。



――――――



 それからというもの。


 モルガナは討伐依頼を受けるたび、少しだけ行動を変えるようになった。


 以前なら見つけ次第さっさと片付けていた魔物も、今では少し待つ。


 街道の脇。


 森の入口。


 依頼対象の縄張り付近。


 そこで腕を組みながら待機するのだ。


 もちろん理由は一つ。


「遅いわね」


 ぶつぶつ文句を言いながらも、その表情はどこか楽しそうだった。


 しばらくすると遠くから見慣れた姿が現れる。


「ああ、いたいた」


「誰のせいで待ってると思ってるのよ」


「待ってろなんて頼んだ覚えはないが」


「うるさい」


 そんなやり取りをしてから依頼へ向かう。


 そして戦う。


 モルガナは新しい魔法を披露する。


 ハルトはそれを見て感心する。


 そして数分後には改良版を作り出す。


 毎回だ。


 毎回である。


「……なんでよ」


「?」


「なんで一回見ただけで再現できるのよ」


「できたからだな」


「説明になってないわ!」


 そして悔しくなる。


 だから帰宅するとまた研究する。


 新しい術式を組む。


 魔力効率を改善する。


 威力を上げる。


 発動速度を上げる。


 何日も徹夜する。


 気が付けば魔導書の山に埋もれている。


 そして完成した新魔法を持って次の依頼へ向かう。


 今度こそ驚かせてやる。


 今度こそ勝つ。


 今度こそ――。


 そんなことを考えていたのかもしれない。


 少なくとも。


 モルガナ自身も理由を上手く説明できなかった。


 ただハルトに見せたかった。


 新しい魔法を。


 誰より優れた魔法を。


 そして少しだけ。


 自分の方が上だと認めさせたかった。


 そんな日々が続いていた。


 そして。


 ある日のことだった。


「見なさい!」


 モルガナが誇らしげに杖を掲げる。


「今度のは傑作よ!」


「ほう」


「度肝を抜かれる準備をしておきなさい!」


 自信満々だった。


 実際、今回の魔法は会心の出来だった。


 圧縮。


 多重化。


 収束。


 ありとあらゆる理論を組み込み、これまでの集大成とも呼べる魔法になっている。


 魔法陣が展開される。


 膨大な魔力が渦巻く。


 空気が震える。


 大地が軋む。


 そして――。


「――滅びなさい!」


 轟音。


 閃光。


 爆発。


 巨大な光の奔流が魔物を呑み込んだ。


 地平線の彼方まで一直線に貫く超高威力魔法。


 討伐対象は跡形もなく消滅した。


 それどころか遥か遠方の山肌まで削り取っている。


「どうよ!」


 胸を張る。


 間違いなく最高傑作だった。


 だがその瞬間。


 ぱきり。


 小さな音がした。


「……え?」


 違和感。


 頭部が妙に軽い。


 次の瞬間。


 ふわりと黒い布が風に舞った。


 フードだった。


 長年愛用していたローブのフード。


 絶対に外れないよう何重もの固定魔法を施していたそれが、先ほどの超高出力魔法の余波で解除されてしまったのだ。



 当時、人類にとって魔族と魔王軍はほぼ同義だった。


 実際には魔王軍に属さない魔族も存在した。


 そしてモルガナもその一人だった。


 魔王軍にも属さず、ただ好きなように魔法を研究しながら生きている。

 

 だが人類がそんな事情を知るはずもない。


 顔を見られれば終わり。


 だからこそ彼女は常にフードを深く被り、自らを隠していた。



 だからこそ――


 フードが外れた瞬間、モルガナは血の気が引いた。



 長い銀髪が風に揺れる。


 側頭部から伸びる二本の黒い角。


 人間とは異なる整い過ぎた美貌。


 そして妖しい紫色の瞳。


 隠していたものが全て晒された。


 モルガナの身体が固まる。


 血の気が引く。


(しまった)


 まずい。


 まずいまずいまずい。


 完全に見られた。


 魔族。


 それも見間違えようのない純血種。


 角を見れば誰でもわかる。


 人間ではない。


 魔王軍と同じ種族。


 人類と敵対している種族。


 勇者であるハルトが最も警戒してもおかしくない存在。


 これまでのようにはいかない。


 もう終わりだ。


 今までのように笑い合えない。


 魔法を見せ合うこともない。


 一緒に依頼を受けることもない。


 そう思った。


 だから。


 覚悟を決めてハルトを見る。


 すると。


「あ」


 ハルトが言った。


「顔、初めて見たな」


 軽かった。


 驚くほど軽かった。


「……は?」


「思ったより美人だな」


「……」


「あと角あったのか」


 まるで。


 髪を切った友人に感想を言うような気軽さだった。


 モルガナの思考が止まる。


「いや待ちなさい」


「ん?」


「角よ?」


「見ればわかる」


「魔族よ?」


「そうだな」


「いやいやいやいや」


 モルガナが慌てる。


「もっとこうあるでしょう!?」


「例えば?」


「裏切られたとか! 騙されたとか! 警戒するとか!」


「なんでだ?」


 本気でわからないという顔だった。


 モルガナは絶句する。


 そしてハルトは首を傾げる。


「お前はモルガナだろ」


「……」


「昨日までと何か変わったか?」


 変わらない。


 何も変わらない。


 モルガナはモルガナだ。


 角が見えようが。


 魔族だろうが。


 昨日までと同じ人間だ。


 ハルトにとってはそれだけだった。


「でも魔族よ?」


「そうだな」


「勇者でしょうアンタ」


「そうだな」


「魔王軍と戦ってるんでしょう」


「ああ」


「じゃあなんでそんな平然としてるのよ!」


 叫ぶ。


 するとハルトは少し考えてから答えた。


「別に魔族だから斬るわけじゃない」


 その言葉はあまりにも自然だった。


「敵だから斬っただけだ」


「……」


「お前は敵じゃないだろ」


 モルガナは言葉を失う。


 勇者。


 魔王を討つ英雄。


 世界を救う男。


 そんな存在から返ってくると思っていた言葉とは全く違った。


 そして。


「それより」


 ハルトが興味深そうに顔を覗き込む。


「その角、本物か?」


「本物よ!」


「触っていいか?」


「よくない!」


 即答だった。


 ハルトは少し残念そうな顔をする。


 モルガナは思わず額を押さえた。


(なんなのよ本当に……)


 もっと恐れられると思っていた。


 嫌われると思っていた。


 距離を置かれると思っていた。


 だというのに。


 目の前の男は何一つ変わらない。


 まるで最初から全部知っていたかのように。


 いつも通りだった。


 そのことが。


 なぜだか少しだけ嬉しくて。


 モルガナは慌ててその感情を誤魔化すように顔を背けた。


「……次はもっと凄い魔法を見せてあげるわ」


「期待してる」


「今度こそ驚かせるんだから」


「ああ」


 そう言って笑うハルトを見て。


 モルガナは小さくため息をついた。


 どうやら。


 魔族だと知られた程度では、この男との関係は何一つ変わらないらしかった。



――――――



 時間は流れる。


 ハルトとモルガナが出会ってから3ヶ月近くが経っていた。


 その間もハルトは旅を続けていた。


 勇者として。


 魔王討伐のために。


 街から街へ。


 各地に展開する魔王軍の拠点を潰し、幹部を討ち、人類圏を脅かす存在を排除していく。


 資金が必要になれば討伐依頼を受ける。


 そのついでに危険な魔物も始末する。


 そんな生活だった。


 帝国内で相当な数の依頼をこなし、数え切れないほどの魔物を討伐してきた。


 そして。


 ある日のこと。


 依頼を終えた帰り道だった。


「そういや」


 ハルトが何気なく言った。


「そろそろ帝国も終わりだな」


「終わり?」


「ああ」


 夕暮れの街道。


 二人並んで歩いている。


「残ってる魔王軍の拠点もほとんど潰したしな」


 まるで明日の予定を話すような気軽さだった。


「次は教国に行く」


 モルガナの足が止まる。


「……教国」


「帝国は大体回り切った」


 ハルトは特に気にした様子もなく続ける。


「だから次だ」


 当たり前の話だった。


 勇者なのだから。


 魔王を倒すために旅をしているのだから。


 帝国でずっと足を止めているわけにはいかない。


 頭では理解している。


 理解していた。


 なのに。


「そう」


 それしか言葉が出てこなかった。


 ハルトは気付いていない。


 いや。


 気付いていたとしても深く考えていないのだろう。


 彼にとって旅立ちは日常だ。


 出会いも別れも。


 その途中に過ぎない。


「教国か……」


「なんだ?」


「別に」


 モルガナは笑う。


 いつも通り。


 何でもないように。


「向こうでも無茶しないことね」


「無茶はしてない」


「してるのよ」


 思わず笑ってしまう。


 いつも通りのやり取り。


 いつも通りの会話。


 だからこそ。


 終わりが近いことが嫌というほど理解できた。


 もう。


 こうして隣を歩くこともない。


 新しい魔法を見せることもない。


 呆れながら魔法を真似されることもない。


 それなのに。


 何も言えなかった。


 引き留める資格などない。


 理由もない。


 自分はただの知り合いだ。


 旅の途中で偶然出会っただけの。


 それだけの存在だ。


「じゃあ」


 街道の分岐点でハルトが足を止めた。


 片方は帝国の中心部。


 もう片方は教国へ続く街道。


 夕日が長い影を落としている。


「ここでお別れだな」


「……そうね」


「世話になった」


「何よ急に」


「一応な」


 ハルトが笑う。


 いつもの。


 力の抜けた笑みだった。


 そして。


「じゃあな」


 それだけ言って。


 歩き出した。


 振り返らない。


 立ち止まらない。


 迷わない。


 勇者は前へ進む。


 ただそれだけだと言わんばかりに。


 その背中は少しずつ遠ざかっていく。


 モルガナは何も言えなかった。


 呼び止められなかった。


 言葉が出てこなかった。


 やがて。


 その姿は夕暮れの向こうへ消えていった。


 完全に。


 見えなくなるまで。


 モルガナは立ち尽くしていた。


 風が吹く。


 誰もいない街道。


 沈みゆく夕日。


 静寂。


「……行っちゃった」


 ぽつりと呟く。


 返事はない。


 当然だ。


 もういないのだから。


 モルガナは空を見上げた。


 胸の奥が少し痛かった。


 理由はわかっている。


 認めたくないだけだ。


 結局。


 もっと一緒にいたかったのだろう。


 もっと話したかった。


 もっと魔法を見せたかった。


 もっと――。


「馬鹿みたい」


 苦笑する。


 勇者と魔族。


 本来なら交わるはずのない存在。


 それなのに。


 こんな気持ちになるなんて。


 思ってもいなかった。


 そして。


 夕日が完全に沈んだ頃。


 モルガナは静かに踵を返した。


 だが。


 その背中はどこか寂しそうだった。



――――――



 それから。


 モルガナは再び一人になった。


 以前と同じ生活。


 依頼を受ける。


 魔物を倒す。


 金を稼ぐ。


 研究をする。


 新しい魔法を作る。


 誰よりも強い魔法使いであり続けるために。


 何も変わらない。


 何も。


 変わらないはずだった。


「完成したわ」


 新しい魔法を開発する。


 以前なら。


 真っ先に見せる相手がいた。


 驚かせてやろうと思う相手がいた。


 だが今はいない。


 だから。


 誰にも見せないまま魔導書へ記録する。


「……」


 妙に味気なかった。


 依頼を受ける。


 討伐対象を探す。


 見つける。


 倒す。


 終わり。


 以前なら。


 隣で変な感想を言う男がいた。


『面白いな』


『そこ改良できるぞ』


『次はもっと派手なの頼む』


 勝手なことばかり言う男だった。


「ほんと勝手よね」


 思わず笑ってしまう。


 そして笑った後で。


 少しだけ寂しくなる。


 そんな日々が続いた。


 数ヶ月。


 一年。


 二年。


 時間は流れていく。


 その間にもハルトの噂は耳に入った。


 魔王軍幹部を討伐した。


 城を落とした。


 伝説級魔獣を倒した。


 教国で英雄と呼ばれている。


 そんな話ばかりだった。


「相変わらずね」


 少し誇らしかった。


 少し腹立たしかった。


 そして。


 少しだけ会いたくなった。


 だが会えない。


 勇者は旅を続けている。


 自分も自分の道を歩いている。


 もう会うことはないのかもしれない。


 そう思っていた。


 だから。


 数年後。


 世界中を震撼させるあの日の報せを聞いた時。


 モルガナは手に持っていた本を落とした。


「……え?」


 耳を疑った。


 理解が追いつかなかった。


 勇者ハルト。


 魔王討伐成功。


 人類の勝利。


 世界に平和が訪れた。


 その報せは。


 世界中を歓喜に包んだ。


 そして同時に。


 モルガナの胸を大きく揺さぶった。


「終わった……?」


 あの旅が。


 あの男の目的が。


 ついに終わった。


 その事実を理解した瞬間。


 胸の奥で長い間閉じ込めていた感情が小さく顔を覗かせる。


 もし。


 もしも。


 もう一度会えるなら。


 今度は。


 ちゃんと伝えられるだろうか。


 あの日。


 何も言えなかった言葉を。


 勇者の旅立ちを見送った魔族の少女は。


 窓の外へ目を向けながら。


 知らず知らずのうちに、その再会を願っていた。



――――――



 ――見つけた。


 それは、モルガナにとって当然の結果だった。


 魔王軍最高幹部の一角として積み上げてきた知識と技術。


 世界最高峰の魔法使いとして培った探索術式。


 ハルトがどれだけ強かろうと、どこかの国にいるのであれば見つけ出せないはずがない。


 だから彼女は、別れた翌日から捜索を始めた。


 帝国。


 王国。


 連合国家。


 教国。


 各地に散らばる情報網。


 監視魔法。


 遠見の術式。


 ありとあらゆる手段を用いて、その足跡を追った。


 そして――。


「……は?」


 モルガナは呆然と呟いた。


 眼前に展開された巨大な術式。


 世界全域を対象とした探索魔法。


 その結果が示していたのは、信じられない事実だった。


「いない……?」


 探知できない。


 どこにも。


 世界中のどこにも。


 ハルトという存在が存在しない。


 死んだわけではない。


 そうではない。


 術式が示しているのはもっと単純な答えだった。


 この世界にいない。


「帰った……の?」


 ぽつりと呟く。


 そういえば聞いたことがあった。


 彼は異世界人だ。


 どこか別の世界から召喚された勇者だと。


 魔王を倒せば元の世界へ帰る。


 そんな話をしていた気がする。


 つまり。


 ハルトは。


 もう。


 帰ってしまったのだ。


「……」


 長い沈黙。


 モルガナは術式を見つめ続けた。


 世界と世界の隔たり。


 それは国家間の距離などとは比べものにならない。


 海を越える。


 大陸を越える。


 そんな話ではない。


 世界そのものが違う。


 普通なら諦める。


 諦めるしかない。


 どれだけ優れた魔法使いであっても。


 どれだけ長命な魔族であっても。


 世界を渡るなど不可能。


 それが常識だった。


「……ふふ」


 だが。


 モルガナは笑った。


「そう」


 唇が吊り上がる。


「そういうこと」


 黄金色の瞳が愉快そうに細められる。


「面白いじゃない」


 不可能?


 だから何だというのか。


 魔法とは不可能を可能にするために存在する。


 少なくともモルガナはそう考えていた。


 世界が違う?


 なら渡ればいい。


 渡れない?


 なら渡れる魔法を作ればいい。


 それだけの話だ。


「ハルト」


 静かに名前を呼ぶ。


 胸の奥が少しだけ熱かった。


「待ってなさい」


 彼女は玉座から立ち上がる。


「今行くわ」


 それからのモルガナは凄まじかった。


 世界中の禁書庫を漁った。


 失われた古代文明の遺跡を調べた。


 神代魔法の痕跡を追った。


 神々が残した記録を解読した。


 数百年。


 数千年。


 普通の人間なら気が遠くなる時間。


 しかし魔族の寿命からすれば、決して長すぎる時間ではない。


 研究。


 研究。


 研究。


 失敗。


 改良。


 研究。


 繰り返し。


 繰り返し。


 繰り返し。


 そして。


 ある日。


「できた」


 世界で初めて。


 誰も到達したことのない魔法。


 異世界転移と転生を組み合わせた究極術式。


 完成。


 だがそこで、モルガナはふと考える。


「……そのまま行くのも芸がないわね」


 椅子に腰掛ける。


 頬杖をつく。


 考える。


 せっかくなら。


 どうせなら。


 再会する瞬間さえ、自分の思い通りにしたい。


「ふふっ」


 笑みがこぼれた。


 魔王軍最高幹部。


 大魔導士モルガナ。


 その本質は、案外子供っぽい。


 負けず嫌いで。


 意地っ張りで。


 好きな相手を驚かせたがる。


「そうね」


 指先で机を叩く。


「少しくらい年上の方がいいわ」


 ハルトのことを思い浮かべる。


 自分が少しだけ年上。


 少しだけ余裕がある。


 そんな関係も悪くない。


「私にとってはちょっとした時間だもの」


 数年。


 十数年。


 魔族にとっては誤差だ。


「なら――」


 モルガナは術式を書き換えていく。


 目的地。


 異世界。


 地球。


 転生先。


 人間。


 そして転生年代。


「ハルトがまだ生まれていない時代」


 にやりと笑う。


「先に待っていてあげる」


 それも悪くない。


 彼が生まれる。


 成長する。


 そして出会う。


 今度は偶然ではなく。


 最初から。


 運命だったかのように。


「決まりね」


 巨大な魔法陣が起動する。


 世界を覆うほどの光。


 神々の領域に踏み込む禁断の術式。


 だがモルガナは躊躇しなかった。


 迷いもない。


 恐れもない。


 あるのはただ一つ。


 会いたいという気持ちだけ。


「じゃあね」


 長年住み続けた世界へ別れを告げる。


「次に目を覚ます時は――」


 光が彼女を包み込む。


 身体が分解される。


 魂だけの存在となる。


 そして世界の壁を越えていく。


 どこまでも。


 どこまでも。


 彼方へ。


 最後に浮かんだのは、一人の少年の顔だった。


 剣を振るう姿。


 無邪気に笑う姿。


 自分の魔法を見て目を輝かせていた姿。


「待ってなさい、ハルト」


 そして――。


 大魔導士モルガナは消えた。


 代わりに地球の日本で、一人の女の子が産声を上げる。


 名を。


 黒沼摩夜。


 未来に勇者と再会するためだけに生まれた少女だった。

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