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『承認欲求強めの最強勇者、魔法動画でバズって前世のヒロインたちを召喚してしまう~今世の幼馴染が管理しきれないほど愛が重すぎる~』  作者: 悪癖


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28/32

第27話 呪いの予告状と電脳の魔女

 動画公開から三日。


 世界はまだ騒いでいた。


 いや。


 三日前より騒いでいた。


 むしろ加速していた。


「うおおおおおおっ!」


 青葉高校の昼休み。


 屋上へ続く階段の踊り場で、ハルトはスマホを掲げて叫んだ。


「結衣見ろ! 二億再生超えた!」


「はいはい」


「いや、もっと驚けよ!」


「昨日も言ってたじゃない」


「昨日は一億八千万だったんだよ!」


 ハルトは本気で嬉しそうだった。


 顔中に笑みを浮かべている。


 異世界で魔王を倒した時より嬉しそうである。


 本人は気付いていない。


「コメントもすげぇぞ!」


「どうせ『CGすごい』でしょ」


「違う違う!」


 ハルトは画面を見せた。


『軍事機密だろ』


『国家予算使ってる?』


『本当に人類か?』


『どうやって撮ったんだよ』


『NASA案件』


『次は月行ってくれ』


『火星まだ?』


「ほら!」


「うん」


「期待されてる!」


「不安視されてるのよ」


「同じだろ」


「全然違うわ」


 結衣は頭を抱えた。


 その横では聖奈もスマホを確認していた。


 上品な笑顔を浮かべている。


 だが。


 目だけが笑っていなかった。


「勇者様」


「ん?」


「少々気になる動きがあります」


「気になる動き?」


「はい」


 聖奈は画面を見せる。


 そこにはSNSの投稿群が並んでいた。


『炎の勇者チャンネルを潰せ』


『正体を暴け』


『学校を特定した』


『スポンサーを調べろ』


『あいつらを引きずり下ろせ』


 以前から存在していたアンチコミュニティ。


 しかし今は規模が違った。


 宇宙到達動画によって注目度が爆発した結果。


 アンチの数もまた急増していた。


「うわぁ」


 ハルトは感心したように言う。


「有名人っぽいな」


「感想そこ!?」


 結衣が叫んだ。


「普通ちょっとは危機感持つでしょ!」


「でもほら」


 ハルトは笑う。


「人気者ってアンチもいるもんだろ?」


「それはそうだけど!」


「だったら順調じゃん」


 超絶前向きだった。


 結衣は天を仰ぐ。


 異世界で世界を救った男の精神力はやはり異常だった。


 少しもへこまない。


 むしろ喜んでいる。


「主」


 凛が静かに口を開いた。


「増加しています」


「何が?」


「敵勢力です」


「敵勢力って」


「敵勢力です」


 真顔だった。


「監視対象アカウント数が前週比で三倍以上」


「監視してたの?」


「当然です」


「当然なのか」


「護衛ですので」


 凛は胸を張る。


 護衛の範囲が広すぎる。


「正直」


 聖奈が小さく息を吐いた。


「今回は少々嫌な雰囲気があります」


「そうなのか?」


「はい」


「なんで?」


「まとまりがあるからです」


 その言葉に結衣も頷く。


「前まではバラバラだったのよ」


「へぇ」


「でも最近は違う」


 誰かがいる。


 そんな空気があった。


 中心人物。


 旗振り役。


 まとめ役。


 アンチ達を一つの方向へ誘導する存在。


 結衣達も薄々気付いていた。


 最近の動きは不自然なのだ。


 まるで誰かが設計したように。


「まぁでも」


 ハルトは笑った。


「変なことしなきゃ大丈夫だろ」


 その言葉に三人は同時に沈黙した。


 ハルトだけが気付かない。


 世の中には。


 変なことをする人間がいる。


 そして。


 その中には。


 常識で測れない人間もいる。


 ちょうど今。


 どこかの薄暗い部屋で。


 静かにキーボードを叩いているような。


 そんな人間が。



 ――――――



 高層マンション最上階。


 照明は消えている。


 唯一の光源はモニターだけ。


 青白い光に照らされた部屋の中央で。


 黒沼摩夜は椅子に座っていた。


「……ふむ」


 小さく呟く。


 複数の画面。


 大量の文字列。


 流れ続ける情報。


 一般人なら見ただけで頭痛を起こしそうな光景。


 だが摩夜には違った。


 これは魔法陣だ。


 巨大な術式だ。


 情報霊脈そのものだった。


「結界は堅い」


 画面を見つめる。


「さすが資本主義の化身」


 聖奈の周囲には巨大企業の防壁が存在する。


 現代社会最高峰クラス。


 普通なら近付くことも難しい。


「でも」


 摩夜は淡々と呟く。


「雑」


 カタ。


 キーを一つ叩く。


「穴だらけ」


 カタ。


「鍵を掛けたつもり?」


 カタ。


「むしろ侵入してくださいって書いてある」


 淡々。


 本当に淡々。


 まるで掃除でもするかのような口調だった。


 その横には別画面。


 結衣。


 凛。


 そして聖奈。


 三人の情報が並んでいる。


「別に嫌いじゃない」


 摩夜は言う。


 嘘だった。


 嫌いである。


 かなり嫌いである。


「ただ」


 モニターに映る結衣の写真。


「幼馴染って便利」


 ぽつり。


「何もしなくても隣にいられる」


 その声には少しだけ棘があった。


 続いて聖奈。


「国家予算で恋愛しないで」


 そして凛。


「近い」


 即答だった。


「距離が近い」


 非常に不満そうである。


「護衛を言い訳にしないで」


 静かな部屋。


 モニターの光だけが揺れる。


 やがて。


 摩夜は小さく笑った。


「まぁ」


「仕方ない」


 まるで自分に言い聞かせるように。


「アンチだから」


 今の自分はアンチの代表格。


 そういう立場だ。


 だから攻撃する。


 そういう理屈だった。


 非常に苦しい理屈である。


 本人だけは納得していた。


「勇者様に被害は出さない」


 そこだけは絶対。


 絶対条件。


 最優先事項。


 それ以外は。


 多少なら。


「問題ない」


 そして。


 画面の端で待機していた大量のアカウントへ指示が送られる。


 摩夜自身は表に出ない。


 代わりに。


 彼女を崇拝するようになったアンチ達が動く。


 彼らは知らない。


 自分達が使われていることを。


 知らないまま。


 呪いの一部になる。


「開始」


 その瞬間だった。


 ネット上に奇妙な投稿が現れる。


 差出人不明。


 発信源不明。


 削除しても現れる。


 通報しても増殖する。


 そんな不気味な文章。


『あなたの情報は既に観測済みです』


『逃げても無駄』


『記録は残る』


『痕跡は消えない』


『眠る前に確認するといい』


『あなたが失くしたと思っているものを』


『では、おやすみなさい』


 それは。


 界隈では有名だった。


 呪いの予告状。


 これが現れた後。


 必ず何かが起きる。


「さて」


 摩夜は頬杖をついた。


 その目は静かだった。


 冷たい。


 けれど。


 画面の片隅に映るハルトの動画サムネイルを見る瞬間だけ。


 少し柔らかくなる。


「君は悪くない」


 だから。


 守る。


 世界中を敵に回しても。


 守る。


「だから少しだけ」


 モニターの光が揺れた。


「邪魔な人達には」


 静かに微笑む。


「退いてもらう」


 その言葉と同時に。


 最初の異変が。


 結衣のスマホへ届こうとしていた。



――――――



 最初に異変へ気付いたのは結衣だった。


 放課後。


 いつものように動画編集用のノートパソコンを開いた瞬間。


「……ん?」


 違和感があった。


 画面が一瞬だけ暗転したのである。


 すぐ元に戻る。


 だが。


 編集フォルダを開いた結衣は固まった。


「え?」


 動画データがない。


 正確には。


 なくなっているように見えた。


「ちょ、ちょっと待って」


 顔色が変わる。


 宇宙動画の元データ。


 未公開映像。


 次回用素材。


 スポンサー向け提出資料。


 全てが消えていた。


「嘘でしょ!?」


 結衣が立ち上がる。


 額に汗が浮かぶ。


 炎の勇者チャンネルにおいて編集データは生命線だ。


 それが一斉消失。


 普通ならチャンネル存続に関わる。


「落ち着け私……」


 震える手でバックアップを確認する。


 すると。


 バックアップ用クラウドにも同じ現象が起きていた。


「は?」


 思わず口が悪くなる。


 その時だった。


 画面中央に文字が現れる。


『眠る前に確認するといい』


『あなたが失くしたと思っているものを』


「……何これ」


 ぞわり。


 背筋が冷える。


 冗談ではない。


 本当に気味が悪い。


「誰よこんな趣味悪いの」


 結衣はすぐに学校のパソコン部やサポート窓口へ連絡しようとした。


 だが。


 なぜかその直後。


 全データが元に戻る。


「……え?」


 一瞬だった。


 まるで最初から存在していたかのように。


 何もかも正常。


 エラー履歴すら残っていない。


「意味分かんないんだけど……」


 結衣は頭を抱えた。


 しかし。


 それは始まりに過ぎなかった。



 ――――――



 同時刻。


 西園寺グループ本社。


「お嬢様」


 秘書が珍しく慌てていた。


「どうしました?」


 聖奈は紅茶を口に運ぶ。


 優雅そのもの。


「海外口座への不正アクセスが確認されました」


「ふむ」


「資産移動を試みた形跡があります」


「なるほど」


「なるほどではありません!」


 秘書が悲鳴を上げた。


「国家規模です!」


「被害は?」


「ありません」


「では問題ありませんね」


「あります!」


 聖奈は首を傾げた。


 確かに侵入はされた。


 だが。


 資産は無事。


 情報流出もない。


 被害額ゼロ。


 不自然なほど綺麗に終わっている。


「奇妙ですね」


 聖奈は静かに言う。


「はい」


「本気ならもっと被害が出るはずです」


「その通りです」


 そして。


 報告書の最後。


 意味不明な文字列が残されていた。


『記録は残る』


『痕跡は消えない』


 それだけ。


 金も盗まない。


 情報も持ち出さない。


 ただ侵入して帰る。


 まるで。


 見せつけるためだけに。


「宣戦布告ですか」


 聖奈の目が細くなる。


 だが。


 次の報告でさらに妙なことが判明する。


「お嬢様」


「はい」


「炎の勇者チャンネル関連だけ被害がありません」


「……なんですって?」


「本来ならスポンサー契約資料や運営関連も狙える位置にありました」


「しかし?」


「完全に無視されています」


 聖奈は黙った。


 そこで初めて。


 違和感が確信へ変わる。


 相手は。


 ハルトを狙っていない。


 むしろ。


 避けている。



 ――――――



 さらにその頃。


 凛は学校近くの住宅街を走っていた。


 日課の警戒巡回である。


 本人は本気だ。


 護衛任務だと思っている。


「異常なし」


 呟く。


 だが。


 次の瞬間。


 スマホが震えた。


 見慣れないメール。


 差出人不明。


『あなたの情報は既に観測済みです』


 凛の目が細くなる。


「敵性通信」


 即判断だった。


 そしてメールを開く。


 そこには。


 彼女の日常行動が細かく記録されていた。


 登校時間。


 下校時間。


 購買利用頻度。


 剣道部訪問回数。


 警戒巡回経路。


「……」


 普通の女子高生なら悲鳴を上げる。


 だが。


 凛は違った。


「監視されている」


 冷静だった。


「つまり敵がいる」


 むしろ少し嬉しそうである。


「訓練になる」


 価値観がおかしい。


 しかし。


 最後の一文だけは気になった。


『勇者には近付くな』


 ぴたり。


 凛が立ち止まる。


 周囲の空気が変わった。


「却下」


 即答だった。


「主の護衛を放棄する選択肢は存在しない」


 そしてメール削除。


 一秒で終わった。


「雑」


 そう言い残して歩き出す。


 送り主が聞いたら泣くかもしれない。



 ――――――



 翌日。


 教室。


「だからおかしいのよ!」


 結衣が机を叩く。


「絶対誰か仕掛けてる!」


「何が?」


 ハルトはのんびり聞いた。


「全部!」


「全部?」


「全部!」


 説明になっていない。


「私のデータ消えたし!」


「戻ったんだろ?」


「戻ったけど!」


「じゃあ大丈夫じゃん」


「大丈夫じゃない!」


 結衣は叫ぶ。


 隣では聖奈も頷いていた。


「私も同意見です」


「聖奈まで?」


「西園寺グループへの侵入がありました」


「マジ?」


「はい」


「被害は?」


「ありません」


「じゃあ大丈夫じゃん」


「勇者様!?」


 聖奈まで叫んだ。


 珍しい。


 相当である。


「いやだって」


 ハルトは首を傾げる。


「何も起きてないだろ?」


 確かにその通りだった。


 被害はゼロ。


 実害なし。


 だが。


 不気味さだけが残る。


「主」


 凛も言う。


「私も監視されました」


「へぇ」


「敵です」


「人気者だな俺達」


「そういう話じゃない!」


 三人同時だった。


 教室中が振り返る。


 だが。


 当のハルトだけは。


 スマホを見ながら笑顔だった。


「あ」


「何よ」


「三億再生いった」


「聞いてない!」


 結衣が叫ぶ。


 その時。


 誰も気付かなかった。


 摩夜の攻撃は。


 全て成功している。


 結衣。


 聖奈。


 凛。


 三人には確実に届いている。


 だが。


 一ノ瀬晴人だけは。


 予告状すら届いていない。


 メールも。


 監視も。


 嫌がらせも。


 何一つ。


 まるで最初から対象外だったかのように。


 その事実だけが。


 逆に不自然だった。


 そして遠く離れたマンションの一室で。


 摩夜は静かにモニターを見つめていた。


「勇者様への被害」


 小さく呟く。


「ゼロ」


 当然だった。


 そんなことは。


 最初から許可していない。


「私はアンチだから」


 そう言いながら。


 画面に映るハルトの笑顔を見て。


 少しだけ口元を緩める。


「でも」


 声はどこまでも甘かった。


「君だけは別」



――――――



 異変が始まってから五日後。


 アンチ達は一線を越えた。


 それはもはや嫌がらせではない。


 犯罪だった。



 最初に発覚したのは結衣だった。


 土曜日の朝。


 結衣は自宅で動画編集をしていた。


 するとスマホが鳴る。


 差出人は知らない番号。


『学校に爆弾を仕掛けた』


 短い文章。


 だが内容は最悪だった。


「は?」


 結衣の顔から血の気が引く。


 続いて送られてきた写真。


 校舎裏。


 見覚えのある場所。


 そして配線のようなもの。


「なっ……!?」


 即座に学校へ連絡。


 警察も動いた。


 結果。


 爆弾は発見されなかった。


 写真も偽物だった。


 悪質極まりない虚偽通報。


 しかし。


 問題は別にあった。


「これ、学校の内部写真よね……」


 結衣は震えた。


 誰かが本当に侵入している。


 ただのネット上のアンチではない。


 現実へ出てきている。



 同じ頃。


 聖奈の元にも報告が届く。


「お嬢様」


「はい」


「グループ企業の役員宅に脅迫状が届いています」


「内容は?」


「誘拐予告です」


 空気が凍る。


 冗談では済まない。


 しかも複数。


 同時多発。


 明らかな組織的犯行。


「犯人は?」


「特定中です」


 しかし。


 調査はすぐ終わった。


 犯人達は驚くほど杜撰だった。


 匿名掲示板。


 SNS。


 チャットログ。


 準備段階から痕跡を残しまくっている。


 まるで。


 捕まる前提で動いているように。


「奇妙ですね」


 聖奈が呟く。


「普通の犯罪者とは思えません」


 まるで誰かに操られている。


 そんな印象だった。



 そして。


 一番危険だったのは凛だった。


 夜。


 護衛巡回中。


 住宅街の裏路地。


 そこで数人の男達が待ち伏せしていた。


「いたぞ」


「こいつだ」


「動画の女」


 明らかにアンチ。


 顔には興奮と憎悪。


 そして異常な万能感。


 ネットで煽られ。


 正義感を履き違えた者達。


「止まれ」


 男が言う。


 凛は立ち止まった。


「何でしょう」


「動画やめろ」


「断ります」


「は?」


「主の活動です」


 即答だった。


「やめる理由がありません」


 男達の顔が歪む。


「ふざけんな!」


 その瞬間。


 数人が一斉に前へ出た。


 だが。


 次の瞬間には。


 全員地面に転がっていた。


「ぐぇっ!?」


「がっ!?」


「なっ!?」


 何が起きたのか理解できない。


 凛にとっても同じだった。


「弱い」


 率直な感想だった。


 異世界基準である。


 男達は涙目になった。


 しかし。


 問題はそこではない。


 男達の一人がポケットから何かを取り出そうとした。


 金属製。


 小型。


 危険物。


 その瞬間だった。


 男のスマホが爆音で鳴る。


 全員が驚く。


「は?」


 男が画面を見る。


 そして顔面蒼白になった。


『警察が向かっています』


『逃走経路は封鎖済み』


『証拠は保存しました』


『残念でした』


 意味不明なメッセージ。


 直後。


 遠くからパトカーのサイレンが聞こえた。


「な、なんで!?」


「警察!?」


「聞いてないぞ!」


 男達はパニックになる。


 そして逃走。


 凛だけが首を傾げていた。


「?」


 意味が分からない。


 だが危険は去った。


 それだけだった。


 ――――――


 その頃。


 都心の高層マンション。


 モニターの光だけが部屋を照らしていた。


 黒沼摩夜は無言で画面を見つめている。


 複数の監視画面。


 SNS。


 位置情報。


 匿名チャット。


 掲示板。


 そしてアンチコミュニティ。


 全てが彼女の視界にあった。


「馬鹿」


 小さく呟く。


「本当に馬鹿」


 怒っていた。


 少しだけ。


 いや。


 かなり。


 本来の計画は違う。


 不安にさせる。


 脅す。


 揺さぶる。


 その程度。


 実害を出すつもりはなかった。


 だが。


 アンチ達は勝手に暴走した。


 現実へ出た。


 犯罪へ踏み込んだ。


「使えない」


 摩夜の指が動く。


 瞬間。


 複数の匿名アカウントが凍結。


 通信履歴が保存。


 位置情報が抽出。


 証拠が整理される。


「勇者様が悲しむ」


 それが理由だった。


 結衣が傷付けば。


 聖奈が傷付けば。


 凛が傷付けば。


 ハルトは悲しむ。


 それは嫌だった。


 だから。


 守る。


 本人達は嫌いだが。


 勇者の大切なものは壊せない。


「勘違いしないで」


 誰もいない部屋で呟く。


「別にあなた達のためじゃない」


 画面には結衣。


 聖奈。


 凛。


 三人の顔。


「勇者様のため」


 それだけ。


 それだけなのだ。


 だから。


 取り返しのつかない事態になる直前で。


 全て止める。


 実害は出さない。


 泣かせない。


 傷付けない。


 許可していない。


 そして。


 画面の端には。


 相変わらず何も知らないハルトの姿。


 新動画の企画会議をしている。


「次は深海かな」


『やめてください』


『やめなさい』


『却下です』


 三人が即座に反対している。


 ハルトだけが楽しそうだった。


 摩夜は少しだけ笑う。


「平和」


 自分が裏で何をしているのか。


 誰も知らない。


 それでいい。


 だが。


 次の瞬間。


 新しい通知が表示された。


 アンチコミュニティ管理画面。


 そこに現れた一文。


『対象変更提案』


『炎の勇者本人への直接攻撃を開始する』


 摩夜の笑みが消えた。


 部屋の温度が下がったように感じる。


「……あ」


 静かな声。


 しかし。


 その目だけは全く笑っていなかった。


「それは駄目」


 アンチ達はまだ知らない。


 自分達が絶対に踏んではいけない地雷を。


 今。


 踏み抜いたことを。



 黒沼摩夜の計画は、すでに終盤へ差し掛かっていた。


 いや。


 正確には終わっていた。


 後は収穫するだけ。


 それだけだった。


 アンチコミュニティ。


 匿名掲示板。


 SNS。


 動画コメント欄。


 あらゆる場所に散らばる炎の勇者チャンネルのアンチ達。


 彼らは自分達の意思で動いていると思っている。


 だが違う。


 最初のきっかけ。


 最初の誘導。


 最初の正義感。


 最初の怒り。


 その全てを摩夜が設計していた。


「人間は簡単」


 薄暗い部屋。


 モニターを眺めながら呟く。


「正義を与えれば勝手に暴走する」


 誰も命令していない。


 誰も強制していない。


 だが。


 彼らは自ら犯罪へ踏み込んだ。


 自ら証拠を残した。


 自ら破滅へ向かった。


 そして摩夜はその全てを記録している。


 誰が何をしたか。


 誰が何を提案したか。


 誰が犯罪行為に関与したか。


 全て。


 一つ残らず。


 逃げ道がないほどに。


「もう終わり」


 後は適切な場所へ流せばいい。


 警察。


 企業。


 学校。


 家族。


 社会。


 彼らが積み上げたものは全て崩れる。


 それで終わりだった。


 本来なら。



 ――――――



 その提案を見るまでは。


『炎の勇者本人への直接攻撃を開始する』


 その一文。


 摩夜は数秒間、無言だった。


 部屋から音が消える。


 モニターだけが淡く光る。


「……」


 そして。


 アンチコミュニティのログを開く。


 発言者を確認する。


 過去の書き込み。


 活動履歴。


 関連アカウント。


 全てを見る。


 男だった。


 中心メンバーの一人。


 ここ数週間で急激に過激化した人物。


『女達じゃ意味がない』


『本体を潰せ』


『動画投稿を止めさせろ』


『現実で接触するべきだ』


『怖い目を見せれば黙る』


 摩夜の目が細くなる。


「そう」


 静かな声。


 感情が消えていた。


 結衣は嫌いだ。


 聖奈も嫌いだ。


 凛も嫌いだ。


 勇者の隣にいるから。


 勇者に近いから。


 勇者の時間を奪うから。


 だから嫌い。


 それは事実だった。


 だが。


 それでも。


 ハルトだけは別だった。


 絶対だった。


「勇者様を脅す?」


 小さく呟く。


「勇者様を怖がらせる?」


 笑う。


 だが目は笑っていない。


「身の程を知らない」


 その瞬間。


 アンチコミュニティの管理画面が閉じられる。


 代わりに現れたのは別の画面。


 裏社会。


 電脳世界。


 表には存在しない情報網。


 そこでは一つの名前が知られていた。


 ――モルガナ。


 正体不明。


 性別不明。


 年齢不明。


 国籍不明。


 誰も見つけられない。


 誰も辿り着けない。


 そして。


 誰も逆らわない。


 なぜなら。


 逆らった者は必ず消えるから。


 社会から。


 居場所から。


 痕跡から。


 静かに。


 完全に。


「久しぶり」


 摩夜は椅子にもたれた。


 最近は遊びだった。


 アンチごっこ。


 嫌がらせ。


 悪戯。


 勇者の周囲を少しだけ困らせる。


 その程度。


 しかし。


 今は違う。


 久しぶりにモルガナになる。


 異世界で魔女と呼ばれた頃の自分。


 誰からも理解されず。


 誰からも恐れられた存在。


 その頃の自分へ戻る。


「これは」


 静かに呟く。


「教育じゃない」


 画面に映る提案者のアカウント。


 その背後にある無数の情報。


「警告でもない」


 瞳が冷たくなる。


「処分」


 それだけだった。



 ――――――



 一方その頃。


 当のハルトは。


「深海と宇宙どっちが再生数伸びると思う?」


「深海です」


「宇宙です」


「まず行くな」


 いつも通りだった。


 平和だった。


 何も知らない。


 自分のために誰かが怒っていることも。


 誰かが世界を敵に回そうとしていることも。


 何も知らない。


 だから。


 摩夜は少しだけ画面越しに微笑む。


「そう」


 それでいい。


 勇者は笑っていればいい。


 面倒なことは全部自分が処理する。


 昔からそうだった。


 勇者は前へ進む。


 魔女は後ろを片付ける。


 ただそれだけ。


 そして。


 モニターの中で。


 提案者のアカウントへ一通のメッセージが送られる。


 差出人名は存在しない。


 本文も短い。


『提案を確認しました』


 それだけ。


 たった一文。


 だが。


 その名前を知る者なら理解する。


 それは宣告だった。


 電脳世界において。


 最も受け取りたくない通知の一つ。


 ブラックハッカー・モルガナ。


 その名義で送られた。


 最後通告だった。


 そして男はまだ知らない。


 自分がアンチ達の中で初めて。


 摩夜の逆鱗に触れた人間になったことを。



 男がそのメッセージを見たのは深夜だった。


『提案を確認しました』


 たった一文。


 差出人は――モルガナ。


「は?」


 最初は意味が分からなかった。


 だが。


 数秒後。


 顔色が変わる。


「おい……嘘だろ」


 裏界隈では有名だった。


 モルガナ。


 正体不明のブラックハッカー。


 都市伝説。


 怪談。


 与太話。


 そう思っていた。


 だが。


 違う。


 実在する。


 そして。


 名前が出た時点で終わりだ。


 そう言われていた。


『モルガナに目を付けられた奴が消えた』


『アカウントだけじゃない』


『人生ごと消える』


『絶対に関わるな』


『あれは人間じゃない』


 そんな噂を男は思い出した。


「ば、馬鹿馬鹿しい」


 笑おうとする。


 だが。


 笑えない。


 嫌な汗が止まらない。


 そして翌朝。


 最初の異変が起きた。


「ログインできない?」


 SNS。


 動画サイト。


 掲示板。


 連絡用アカウント。


 全てに入れない。


「なんだよこれ!」


 パスワード再発行。


 失敗。


 登録情報確認。


 失敗。


 本人確認。


 失敗。


 まるで最初から存在しなかったように。


 男のネット上の居場所が消えていた。


「ふざけるな!」


 机を叩く。


 だが。


 終わりではない。


 昼。


 スマホが鳴る。


 会社からだった。


「はい」


『少し話がある』


 上司の声は冷たい。


 そして。


 男は知る。


 匿名だと思っていた投稿。


 脅迫行為。


 嫌がらせ。


 虚偽通報。


 全ての証拠が会社へ送られていた。


 言い逃れ不能な形で。


 日時。


 発言。


 記録。


 証拠。


 完璧だった。


「違うんです!」


『警察にも連絡済みだ』


「待ってください!」


『もう遅い』


 通話が切れる。


 夕方。


 警察から連絡。


 夜。


 家族が知る。


 翌日。


 友人が知る。


 数日後。


 男は理解した。


 自分が社会的に終わったことを。


 誰かに暴力を振るわれたわけではない。


 誰かに殺されたわけでもない。


 ただ。


 自分がやったことが。


 自分へ返ってきただけだった。


 だが。


 それが何より残酷だった。


 逃げ道がない。


 言い訳が通じない。


 被害者ぶることもできない。


 残されたのは。


 自分自身の罪だけ。


 そしてネット上では。


 彼の名前は誰も語らなくなった。


 アカウントは消え。


 発言は消え。


 居場所も消えた。


 まるで最初から存在しなかったように。


 電脳世界から追放されたのだ。


 ――――――


 高層マンション最上階。


 摩夜は結果報告を確認していた。


「終了」


 感情のない声。


 興味もない。


 達成感もない。


 ただの作業だった。


 勇者へ手を出そうとした。


 だから処理した。


 それだけ。


「次」


 摩夜は別のフォルダを開く。


 そこには大量の資料。


 聖奈を狙ったアンチ達。


 脅迫状。


 誘拐予告。


 通信記録。


 計画書。


 関係者一覧。


 証拠一式。


 全て整理済み。


「勇者様はこういうの嫌いだから」


 だから自分がやる。


 勇者が見なくていいものを見る。


 勇者が触れなくていいものに触れる。


 魔女の仕事だ。


 そして。


 一通のメールが送信される。


 宛先。


 西園寺聖奈。


 件名は簡潔だった。


『アンチによる犯罪行為の証拠一式』


 添付ファイルは膨大。


 誰が見ても有罪。


 誰が調べても黒。


 逃げ場など存在しない。


 送信完了。


 摩夜は椅子にもたれた。


 画面の端には。


 今日も元気に動画企画で盛り上がるハルト達。


「深海行こう」


「却下」


「却下です」


「却下ですね」


 三人同時。


 ハルトだけ不満そう。


 その光景を見て。


 摩夜は小さく笑った。


「平和」


 それでいい。


 勇者が笑っているなら。


 それだけでいい。


 だが。


 次の瞬間。


 聖奈の端末が新着メールを受信したことを示す通知が表示された。


 そして摩夜は知らない。


 その一通のメールが。


 アンチ達の崩壊を一気に加速させることになるのを。


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