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『承認欲求強めの最強勇者、魔法動画でバズって前世のヒロインたちを召喚してしまう~今世の幼馴染が管理しきれないほど愛が重すぎる~』  作者: 悪癖


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26/29

第25話 削除宣告と電脳の魔女

 朝。


 青葉高校の教室には、いつもより重い空気が流れていた。


 原因は明白だった。


 炎上である。


 しかも今回は、いつものような


『すごい!』

『CGやばい!』

『いや絶対本物だろ』


といった賑やかな騒ぎではない。


 もっと嫌な種類の熱だった。


 教室のあちこちでスマホが光る。


「見た?」


「昨日またまとめ記事出てたぞ」


「炎の勇者チャンネルの件?」


「なんか剣道部動画が問題になってるらしい」


 ひそひそとした声。


 視線。


 噂。


 それらが少しずつ教室を満たしていた。


 しかし当の本人は。


「へぇー」


 窓際の席でスマホを見ながら呑気な声を出していた。


「登録者また増えてる」


「そこじゃないでしょうが!」


 結衣のツッコミが即座に飛ぶ。


 ハルトは不思議そうな顔をした。


「え?」


「え?じゃない!」


 結衣は机を叩いた。


「今どれだけ炎上してると思ってるのよ!」


「でも再生数伸びてるし」


「だからその考え方が危険なの!」


 いつものやり取りだった。


 しかし。


 今日の結衣は本気で焦っていた。


 スマホ画面をハルトへ突き付ける。


 そこには大量の記事が並んでいた。


『炎の勇者チャンネルに批判殺到』


『未成年への過度な実戦指導か』


『学校施設の私物化問題』


『スポンサー優遇疑惑』


『動画投稿サイトが調査開始』


 ハルトの眉が少しだけ動く。


「おー」


「おーじゃない」


「なんか増えてるな」


「増えてるのよ!」


 結衣は頭を抱えた。


 その横で。


 聖奈が静かに口を開く。


「今回は少々状況が違います」


 教室の空気が引き締まる。


 西園寺聖奈。


 巨大財閥の令嬢。


 そして炎の勇者チャンネル最大スポンサー。


 彼女が真面目な顔をしている時は、大抵ろくでもない事態になっている。


 ハルトもさすがに姿勢を正した。


「そんなにまずい?」


「はい」


 即答だった。


「現在、動画投稿サイト側で正式な審査が行われています」


「審査?」


「動画削除の是非を判断するためです」


 ハルトが固まる。


 数秒後。


「え?」


 ようやく理解した。


「動画消されるの?」


「可能性があります」


「マジで?」


「マジです」


 結衣も頷く。


 ハルトの顔色が変わった。


 今までの炎上は。


 正直どうでもよかった。


 叩かれようが。


 批判されようが。


 再生数が増えるなら問題ない。


 しかし。


 動画そのものが消されるのは話が別だった。


「待って待って」


 ハルトは慌ててスマホを取り出す。


「それって収益も消える?」


「場合によっては」


「チャンネルも?」


「場合によっては」


「マジか……」


 顔面蒼白。


 異世界最強勇者。


 世界を救った男。


 しかし。


 動画削除には普通に怯える。


 結衣は思わずため息を吐いた。


「魔王軍相手より深刻そうな顔しないで」


「魔王軍は殴れば解決したから」


「最低の回答が返ってきた」


 凛が首を傾げる。


「主よ」


「ん?」


「その動画投稿サイトという組織は討伐可能ですか?」


「やめなさい」


 結衣が即座に止めた。


「物理で解決しようとしない」


「ですが動画を消そうとしている敵なのでしょう?」


「敵じゃないの!」


 凛は納得していなかった。


 完全に敵対組織認定している顔だった。


 そんな中。


 聖奈がさらに爆弾を投下した。


「問題はそれだけではありません」


「まだあるの?」


「あります」


 ハルトが嫌そうな顔になる。


 聖奈はスマホを操作した。


 画面には匿名掲示板。


 SNS。


 まとめサイト。


 無数の書き込み。


『正体暴こうぜ』


『あの女騎士どこの高校?』


『スポンサーの令嬢怪しくね?』


『炎の勇者の本名割れた?』


『住所特定班集合』


『学校見つけた』


『関係者洗おう』


 ハルトの顔から笑みが消える。


「なにこれ」


「特定班です」


 聖奈は静かに言った。


「ネット上で個人情報を収集し、公開しようとする人間たちです」


「……」


「本名」


「……」


「学校」


「……」


「住所」


「……」


「家族構成」


「……」


「交友関係」


「……」


「全て調べようとしています」


 教室の空気が一気に冷えた。


 ハルト自身より。


 むしろ結衣と凛の表情が険しくなる。


「私たちも?」


 結衣が尋ねる。


「はい」


 聖奈は頷いた。


「既に調査対象です」


「うわぁ……」


 結衣は顔をしかめた。


 嫌な予感しかしない。


 凛は静かに立ち上がる。


「主」


「ん?」


「学校周辺の警戒を強化します」


「なんで?」


「敵勢力の偵察活動が予想されます」


「そこまでじゃないと思うぞ」


「甘いです」


 凛だけは本気だった。


 既に防衛計画を考え始めている。


 しかし。


 聖奈は首を横に振った。


「残念ながら、凛さんの警戒は正しいかもしれません」


「え?」


「既に学校を撮影した画像が複数投稿されています」


 沈黙。


 ハルトの顔が引きつる。


「マジ?」


「マジです」


「うわぁ……」


 今度は本気で嫌そうな声が出た。


 再生数は欲しい。


 有名にもなりたい。


 だが。


 家まで押しかけられるのは話が別だ。


 結衣も深刻そうな顔になる。


「これ、かなりまずくない?」


「かなりまずいです」


 聖奈は珍しく即答した。


「現在、西園寺グループ法務部が対応しています」


「法務部って何人?」


「百三十七名ほどです」


「軍隊じゃん」


 結衣が思わず突っ込む。


 しかし。


 聖奈の表情は晴れない。


「それでも追いついていません」


「そんなに?」


「はい」


 無数のアカウント。


 無数の書き込み。


 無数の悪意。


 一つ消しても十個増える。


 ネット特有の厄介さだった。


 そして。


 その時だった。


 ピコン。


 教室に小さな通知音が鳴る。


 ハルトのスマホだった。


「ん?」


 何気なく画面を見る。


 全員の視線が集まる。


 そこには。


 見知らぬ送信元。


 見知らぬアドレス。


 そして短い文章。


『低俗な演算器で私の術式を汚さないで』


「……は?」


 ハルトが目を瞬かせる。


 結衣も覗き込む。


「何それ」


「知らん」


 さらに続きが表示される。


『動画削除の件は放置でいい』


『雑魚の相手は私がする』


『あと、その防御設定は穴だらけ』


『見ていて恥ずかしい』


 教室が静まり返った。


 誰も意味が分からない。


 ただ一人。


 画面の向こう側で。


 誰かがこちらを見ている。


 そんな奇妙な感覚だけが残った。


 そして最後に。


 新しい一文が表示される。


『久しぶり』


『勇者様』


 ハルトの目が大きく見開かれた。


 教室が静まり返る。


 ハルトのスマホ画面には、依然として謎の文章が表示されていた。


『久しぶり』


『勇者様』


 その一文だけが妙に浮いて見える。


 数秒。


 誰も喋らなかった。


 そして。


 最初に反応したのは結衣だった。


「……あー」


 ものすごく嫌そうな顔をした。


 ハルトが首を傾げる。


「なんだ?」


「いや」


「知り合い?」


「知らない」


 即答だった。


 知らない。


 本当に知らない。


 だが。


 嫌な予感だけはよく知っていた。


 隣を見る。


 聖奈も同じ顔をしていた。


 綺麗な笑顔。


 しかし目が笑っていない。


「そうですね」


 にこり。


「また増えましたね」


「何が?」


 ハルトは意味が分からない。


 だが結衣と聖奈には分かる。


 分かりすぎる。


 なぜなら。


 過去に同じ事例を二回経験しているからだ。


 異世界の知人。


 勇者様呼び。


 重そうな文章。


 意味深な再会宣言。


 役満だった。


「主」


 今度は凛が口を開く。


 表情は真顔。


 しかしどこか遠い目をしている。


「おそらく前世の関係者です」


「え?」


「十中八九」


「そうなのか?」


「はい」


 断言だった。


 凛は画面を見つめる。


『雑魚の相手は私がする』


『防御設定は穴だらけ』


 その文面だけで十分だった。


「面倒な女ですね」


 ぽつり。


 凛にしては珍しく辛辣だった。


「え?」


「主への執着が強そうです」


「いや、分からんだろ」


「分かります」


 即答だった。


 聖奈も頷く。


「私も同意見です」


「お前らエスパーなの?」


 ハルトだけが置いていかれている。


 結衣は頭を抱えた。


 なんというか。


 もう慣れていた。


 聖奈。


 凛。


 そして今度の謎の人物。


 共通点が多すぎる。


「まあ」


 結衣は深いため息を吐く。


「どうせまたハルト絡みなんでしょうね」


「どういう意味だ」


「そのままの意味よ」


「意味が分からん」


「でしょうね」


 全員が納得した。


 ハルトは分かっていない。


 それでこそハルトだった。


 聖奈がスマホ画面を見ながら考え込む。


「少なくとも敵意は感じません」


「だな」


 結衣も頷く。


 もし本気で敵なら。


 わざわざ警告などしない。


 動画削除問題についても。


 特定班についても。


 むしろ助けようとしているように見える。


 問題は。


 その方法が怪しすぎることだけだった。


「勇者様という呼び方」


 聖奈が呟く。


「前世関係者である可能性は高いでしょう」


「おお」


 ハルトが納得する。


「じゃあ仲間か」


 その結論に至るまで一秒だった。


 結衣が額を押さえる。


「警戒しなさいよ」


「でも助けてくれてるんだろ?」


「たぶん」


「じゃあ仲間だな」


 にかっと笑う。


 異世界最強勇者。


 人を疑う能力が壊滅的だった。


 凛が真顔で頷く。


「主らしい判断です」


「褒めてないわよね?」


「褒めていません」


 即答だった。


 結衣はますます頭が痛くなる。


 しかし。


 今は確かにそれどころではなかった。


 動画削除問題。


 チャンネル凍結の危機。


 特定班。


 個人情報流出。


 対応しなければならない問題が山積みである。


 正体不明の女について考えている余裕はなかった。


 聖奈も同意見だった。


「現状は保留でよろしいかと」


「だな」


 結衣も頷く。


「味方っぽいし」


「少なくとも今は」


「それより炎上対策が先」


 凛も異論はないようだった。


「了解しました」


 ただし。


 少しだけ。


 本当に少しだけ。


 表情が険しかった。


 主の周囲にまた危険人物が増えた。


 そう確信していたからである。


 そして。


 それは聖奈も同じだった。


 二人の視線が一瞬だけ交差する。


 無言。


 しかし意思疎通は成立した。


 ――またか。


 完全に同じ感想だった。



――――――



 その頃。


 都内某所。


 高層マンション最上階。


 薄暗い部屋の中で。


 黒いパーカーを羽織った女がモニターを眺めていた。


 画面には青葉高校。


 炎の勇者チャンネル。


 SNS。


 掲示板。


 動画投稿サイト。


 数十枚のウィンドウ。


 数百の情報。


 普通の人間なら見るだけで頭痛を起こす光景。


 だが。


 女は平然としていた。


「……雑」


 小さく呟く。


 画面には特定班の投稿履歴。


 通信記録。


 過去ログ。


 接続先。


 ありとあらゆる情報が並んでいる。


「雑」


 もう一度言った。


「本当に雑」


 ため息。


 そして。


 キーボードに指を置く。


 モニターの光が瞳を照らした。


「勇者様に近付くなら」


 静かな声。


「もう少し上手くやればいいのに」


 その口元が僅かに緩む。


 まるで。


 退屈だった魔女が。


 久しぶりに面白い玩具を見つけたように。


「……さて」


 カタカタ。


 指が動く。


 演算神殿。


 情報霊脈。


 防御結界。


 現代人がそう呼ばないものを。


 彼女だけはそう認識していた。


「掃除を始めよう」


 その呟きと共に。


 無数のモニターが一斉に光を増した。


 電脳の魔女が。


 静かに戦場へ降り立とうとしていた。



――――――



 昼休み。


 炎の勇者チャンネル緊急対策会議が開催されていた。


 場所はいつもの空き教室。


 最近では半ば部室のようになっている場所である。


 机を囲むように座る四人。


 ハルト。


 結衣。


 聖奈。


 凛。


 普段なら次の動画企画を考える時間だった。


 しかし今日は違う。


 議題は一つ。


『炎の勇者チャンネル存続の危機』


 である。


「で」


 ハルトが腕を組む。


「結局どうすればいいんだ?」


 その一言に全員が沈黙した。


 問題が大きすぎるのだ。


 動画削除。


 チャンネル凍結。


 特定班。


 誹謗中傷。


 情報流出。


 一つ一つが普通の高校生なら致命傷である。


 結衣がノートパソコンを開いた。


「まず優先順位を整理するわよ」


 画面にはメモ。


 既にびっしり書き込まれている。


「一番危険なのは動画削除」


「うん」


「理由は?」


「チャンネルが死ぬから」


「正解」


 ハルトは真顔だった。


 結衣は少し安心する。


 ちゃんと危機感はあるらしい。


「二番目が特定班」


「こっちは?」


「家族に迷惑がかかる」


 今度は即答だった。


 結衣は頷く。


 そこは理解していた。


 ハルト自身はわりと図太い。


 だが家族や仲間が巻き込まれるのは嫌う。


 だからこそ今回は本気で考えているのだ。


「つまり」


 聖奈が話を引き継ぐ。


「動画削除対策と情報保護対策を同時進行する必要があります」


「法務部でなんとかならないのか?」


「対応はしています」


 聖奈は苦笑した。


「ですが法的手続きは時間がかかります」


「なるほど」


「ネットは拡散が速すぎますので」


「魔物の群れみたいだな」


「少々近いかもしれません」


 聖奈は否定しなかった。


 現代社会において。


 情報は剣より速い。


 異世界の軍勢より厄介なこともある。


 そんな空気の中。


 凛が静かに挙手した。


「提案があります」


「おう」


「主の警備体制を強化します」


「却下」


 結衣が一秒で切った。


「まだ何も言ってません」


「どうせろくでもない」


「学校周辺に監視網を構築します」


「ほらろくでもない」


 凛は納得していなかった。


「不審者対策は必要です」


「その気持ちは分かる」


「校門に検問所を」


「やめなさい」


「体育館を臨時司令部に」


「やめなさい」


「屋上に監視員を」


「やめなさい」


 即座に三連却下された。


 凛は本気だった。


 本当に本気だった。


 今の彼女の頭の中では青葉高校要塞化計画が始まっている。


「結衣」


「何?」


「主の安全より重要なものが?」


「学校生活よ」


 凛は少しだけ考えた。


「……なるほど」


 納得したらしい。


 結衣は少しだけ安心した。


 少しだけである。


 絶対に諦めていない顔だったからだ。


 そんな中。


 ハルトがぽつりと言う。


「動画出せばよくないか?」


 全員が止まった。


「……はい?」


 結衣が聞き返す。


「だから」


 ハルトは当然のように続けた。


「炎上してるなら面白い動画出せば流れ変わるだろ」


 沈黙。


 結衣は頭を抱えた。


 聖奈は額に手を当てた。


 凛だけが感心している。


「さすが主」


「どこがよ!」


 結衣のツッコミが飛ぶ。


 しかし。


 ハルト自身は割と真面目だった。


「いや実際そうじゃないか?」


「そうかもしれないけど!」


「俺たち動画投稿者だろ?」


 それは確かにその通りだった。


「だったら動画で勝負するしかなくない?」


 ハルトの言葉に。


 結衣は少し黙る。


 悔しいが。


 完全な間違いではない。


 炎上で話題になっているなら。


 より大きな話題で上書きする。


 動画投稿者としては王道の考え方だった。


「ちなみに」


 聖奈が嫌な予感を覚えながら尋ねる。


「何を撮るおつもりですか?」


「宇宙」


 即答だった。


 結衣が机に突っ伏した。


「やっぱり言った!」


「前から考えてたんだよな」


「やめて!」


「宇宙なら絶対バズるぞ」


「その前に国が来る!」


「もう来てるだろ」


「来てない!」


 聖奈が吹き出しそうになる。


 凛は真剣だった。


「宇宙ですか」


「どう思う?」


「護衛が困難です」


「そこなの?」


 結衣はもう疲れていた。


 しかし。


 その時だった。


 聖奈のスマホが震える。


 ピコン。


 通知。


 彼女の表情が変わった。


「……失礼します」


 画面を見る。


 数秒後。


 目を細めた。


「どうした?」


 ハルトが尋ねる。


 聖奈はゆっくり答える。


「特定班の投稿が大量に削除されています」


「え?」


「一斉です」


 結衣が顔を上げる。


「法務部?」


「違います」


「じゃあ誰が?」


 聖奈は画面を見つめる。


 次々と消えていく書き込み。


 閉鎖されるアカウント。


 凍結されるまとめサイト。


 異常な速度だった。


 普通ではありえない。


「……なるほど」


 聖奈は小さく呟いた。


「例の方ですね」


 結衣も察する。


 凛も察する。


 ハルトだけが分かっていない。


「誰?」


「知らない女」


「なんで?」


「知らない」


「何なんだよ」


 本当に知らないのだ。


 だが。


 少なくとも一つだけ分かったことがある。


 彼女は味方だ。


 しかも。


 かなり厄介なタイプの。



――――――



 その頃。


 都内某所。


 暗い部屋で。


 黒沼摩夜は無表情のままキーボードを叩いていた。


「雑」


 カタカタ。


「雑」


 カタカタ。


「雑」


 次々と閉じる画面。


 消えていく投稿。


 消される記録。


 追跡される発信源。


 まるで掃除だった。


 本人にとっては本当に掃除程度の作業だった。


「勇者様に近付くなら」


 ぽつり。


「せめて楽しませて」


 しかし。


 返ってくるのは期待外れの反応ばかり。


 魔女は小さくため息を吐いた。


 そして。


 新しい画面を開く。


 そこに映るのは。


 動画投稿サイト運営本部。


 炎の勇者チャンネル削除審査。


 現在進行中。


 その文字だった。


 摩夜の目が細くなる。


「へえ」


 少しだけ。


 本当に少しだけ。


 面白そうに笑った。


 少女――モルガナは椅子にもたれながら、小さく鼻を鳴らした。


「ふぅん……なるほどね」


 長い指がキーボードを軽く叩く。


 画面に表示された情報を見て、彼女は楽しそうに口元を歪めた。


「やっぱり動いてたか」


 表示されていたのは動画共有サイトの内部情報。


 炎の勇者チャンネルに対する運営側の対応記録だった。


 当然ながら一般人が見られるような情報ではない。


 だがモルガナにとって、その程度の壁は存在しないも同然だった。


「チャンネル削除審査ねぇ」


 彼女は肩をすくめる。


「相変わらず面倒なことしてくれるじゃない」


 画面には運営担当者たちのやり取りが並んでいた。


 炎上。


 影響力の拡大。


 社会的な問題。


 各方面からの圧力。


 様々な理由を並べながら、炎の勇者チャンネルに対する措置が検討されている。


 もっとも。


 モルガナに言わせればどうでもいい話だった。


「ハルト様の邪魔をするなら敵」


 それだけだ。


 彼女は椅子を回転させながら呟く。


「世界を救った人間を追い出そうとするとか、本当に愚かよねぇ」


 カタカタカタ――。


 指先が再び動く。


 次々と情報が表示される。


 運営会社。


 関係部署。


 責任者。


 システム構成。


 内部ネットワーク。


 権限構造。


 ありとあらゆる情報。


 その全てが彼女の前に並べられていく。


「ふふっ」


 モルガナは笑った。


 まるで子供がおもちゃを見つけたような笑みだった。


「少しだけ忠告してあげようかしら」


 そして彼女は一つのメッセージを送信する。


 内容は短い。


 だが十分だった。


『炎の勇者チャンネルへの不当な削除措置を中止しなさい』


『これは警告よ』


 それだけ。


 だが、そのメッセージが届いた瞬間。


 運営本部の複数の端末に同時表示された。


 担当者たちは騒然となる。


 緊急会議。


 調査。


 原因究明。


 システム管理者たちが慌ただしく動き始める。


 しかし――。


「無駄無駄」


 モルガナはクスクス笑う。


「探せると思ってるの?」


 当然ながら運営側も逆探知を試みる。


 発信元の特定。


 侵入経路の解析。


 通信ログの追跡。


 可能な限りの対応を取る。


 だが結果は同じだった。


 何も掴めない。


 痕跡が存在しない。


 まるで最初から誰も侵入していなかったかのように。


「私を捕まえる?」


 モルガナは頬杖をついた。


「千年早いわ」


 異世界においても。


 現代世界においても。


 彼女の技術は規格外だった。


 常識の延長線上に存在する防御など、彼女にとっては意味をなさない。


 やがてモニターに表示された情報を見て満足そうに頷く。


「さて」


 彼女は立ち上がった。


「今はこれで十分」


 まだ警告に過ぎない。


 本当に邪魔をするなら、その時はまた別だ。


 モルガナは楽しそうに微笑んだ。


「ハルト様の邪魔だけはしないことね」


 そう呟くと、彼女は静かに端末の電源を落とした。


 暗闇の中に残ったのは、不気味な笑みだけだった。



――――――



 会議室には再び静寂が戻っていた。


 大型モニターには現在の炎上状況や各種データが表示されている。


 だが先ほどまでの重苦しい空気はかなり薄れていた。


 敵の正体が見えた。


 味方も増えた。


 そして何より、今のハルトたちには立ち止まっている暇がない。


「で?」


 結衣が机に頬杖をついた。


「次はどうするの?」


「もちろん動画だろ」


 ハルトは即答した。


「炎上したからって活動止めたら向こうの思う壺だ」


「それはそうね」


 聖奈も頷く。


「むしろ今が一番注目されているタイミングですわ」


「だったら派手に行くべきだな」


 凛が腕を組む。


「どうせやるなら誰も真似できないことをやれ」


「その通りだ」


 ハルトは頷いた。


「次はもっとインパクトが必要だ」


 そう言って彼は不敵な笑みを浮かべる。


「次は宇宙に行く」


 一瞬。


 部屋が静まった。


「……は?」


 結衣が固まる。


「宇宙?」


「ああ」


「空じゃなくて?」


「宇宙」


「成層圏とかじゃなくて?」


「宇宙」


「宇宙空間?」


「宇宙空間」


「…………」


 結衣は頭を抱えた。


「もうツッコむのやめるわ」


「賢明ですわね」


 聖奈も遠い目をする。


「今さらハルトさんに常識を求める方が間違っていますもの」


「確かにな」


 凛もあっさり納得した。


 異世界で魔王軍を壊滅させた男だ。


 今さら宇宙くらいで驚くべきではないのかもしれない。


「よし、決まりだ」


 ハルトが立ち上がる。


「次回動画は宇宙ロケだ」


 普通なら不可能。


 だが誰も反対しない。


 この男はやると言ったらやる。


 全員がそれを知っていた。


 こうして次なる大型企画の方向性が決定した。



――――――



 しかし――。


 その頃。


 別の場所では。


「……ふーん」


 モルガナが椅子にもたれながらモニターを眺めていた。


 宇宙企画の話ではない。


 彼女が見ているのは炎の勇者チャンネルに対する攻撃の記録だった。


 SNS。


 動画サイト。


 匿名掲示板。


 まとめサイト。


 膨大な悪意がネット上を飛び交っている。


「削除審査を止めても根本的な解決にはならないか」


 小さく呟く。


 運営への警告は成功した。


 だがそれは一時的な対処に過ぎない。


「アカウントを消しても新しいのが生まれる」


 カタカタとキーを叩く。


「サイトを潰しても別の場所へ移る」


 さらに情報が表示される。


「結局、中身は残ったまま」


 そこに特別な黒幕はいない。


 巨大な組織もない。


 ただ無数の人間が好き勝手に石を投げているだけだ。


 だから厄介だった。


「……なら」


 モルガナの指が止まる。


「逆に作ればいいか」


 彼女は椅子を回転させながら笑った。


「代表者を」


 アンチたちはバラバラだ。


 だから消えない。


 なら。


 自分が標的になる。


 自分が敵役になる。


 自分が代表者として振る舞えばいい。


 そうすれば。


 連中は集まる。


 自分を叩くために。


 自分を倒すために。


 自分を敵として認識するために。


「誘蛾灯ってやつね」


 モルガナは楽しそうに笑う。


「どうせなら全部まとめて寄ってきなさい」


 青白い光が彼女の顔を照らす。


 その瞳は獲物を待つ捕食者のものだった。


「ハルト様を叩く暇がなくなるくらいには楽しませてあげる」


 カタカタカタ――。


 再びキーボードを叩く音が響く。


 新たな計画が動き始める。


 そして。


 少女は静かに微笑んだ。


「さて」


 次の一手は決まった。


「まずは私を見つけてもらわないとね」


 暗闇の中。


 無数のモニターだけが輝いている。


 その中央で。


 モルガナはまるで悪役のように笑っていた。


 ――次回、宇宙へ。


 そして。


 炎上の火種を根こそぎ集めるための、モルガナの反撃が静かに始まろうとしていた。


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