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『承認欲求強めの最強勇者、魔法動画でバズって前世のヒロインたちを召喚してしまう~今世の幼馴染が管理しきれないほど愛が重すぎる~』  作者: 悪癖


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第24話 燃え始めた火種

 翌日。


 昼休み。


 青葉高校の空き教室。


 すっかり炎の勇者チャンネルの作戦会議室と化したその場所には、いつもの四人が集まっていた。


 結衣がノートパソコンを開き。


 聖奈が高級そうな紅茶を優雅に口へ運び。


 凛が窓際で周囲を警戒している。


 そして当のチャンネル主であるハルトは――。


「やっべー」


 スマホを見ながら笑った。


「ちょっと炎上しちゃってるや」


 軽い。


 あまりにも軽かった。


 その言葉に。


 結衣がゆっくり顔を上げた。


「……ちょっと?」


「うん」


「ちょっと?」


「うん」


「再生数三千万超えた動画のコメント欄が戦場になってるんだけど?」


「まあネットだしな」


 ハルトはケロッと言った。


「賛否両論ってやつ?」


「賛否両論で済む規模じゃないのよ!」


 結衣が机を叩く。


 パシンッ!


 小気味よい音が響いた。


「見なさいよこれ!」


 結衣はノートパソコンを回転させる。


 そこには大量のコメントが並んでいた。


『剣道部員かわいそう』


『指導じゃなくて圧力では?』


『昔ながらの根性論じゃん』


『いや結果出てるだろ』


『全国レベルになるなら必要』


『でも怖い』


『俺は好き』


『嫌い』


『凛ちゃんかわいい』


『そこじゃない』


『主って何?』


『主は草』


『騎士キャラ作り込みすぎだろ』


『これ演出? 本気?』


『炎の勇者チャンネル最近調子乗ってない?』


『スポンサーの金で好き放題やってるだけ』


『学校使うな』


『いや面白い』


『俺は好き』


『凛最高』


『結局どっちなんだよ』


 カオスだった。


 意見が真っ二つに割れている。


 いや。


 三つにも四つにも割れていた。


 見事なまでの大乱戦である。


 だが。


 ハルトは数秒眺めたあと。


「結構褒められてるな」


「どこを見たの!?」


「凛最高って書いてある」


「そこだけ!?」


「俺は好きもある」


「だからそこだけ見ないで!」


 結衣は頭を抱えた。


 この男。


 本当に都合のいいコメントしか読まない。


 メンタルが鋼どころではない。


 もはや別の生物だった。


「でもまあ」


 ハルトは気楽に笑う。


「ちゃんと動画見た人なら分かるだろ」


「何が?」


「凛めっちゃ頑張ってたし」


 当然のように言った。


「批判してる人も最後まで見たらファンになるって」


「そんな簡単じゃないのよネットは!」


「え?」


「え?じゃない!」


 結衣は思わず机へ突っ伏した。


 胃が痛い。


 本当に胃が痛い。


 昨日からコメント監視を続けているが、見れば見るほど心が削られる。


 もちろん擁護も多い。


 むしろ数字だけ見れば好意的な反応の方が多い。


 だが。


 否定的な意見というのは妙に目につく。


 そして結衣は。


 そういうコメントを放置できない性格だった。


(私が管理しなきゃ……)


(私が対応しなきゃ……)


(変な方向に広がったらどうしよう……)


 そんな考えが頭から離れない。


 疲労が顔に出ていた。


 すると。


「結衣さん」


 静かな声。


 凛だった。


「顔色が悪いです」


「……大丈夫」


「大丈夫には見えません」


 真面目な顔で断言する。


「敵勢力の攻撃ですか?」


「ネットのコメント欄を敵勢力って言わないで」


「ですが結衣さんを消耗させています」


 凛は本気だった。


 本気で敵襲判定している。


「主」


「ん?」


「誰かが直接害をなそうとするのであれば私が排除します」


「排除はダメ」


 結衣が即座に訂正する。


「無力化します」


「それもダメ」


「捕縛します」


「もっとダメ」


 凛は少し考えた。


「では守ります」


「それでお願い」


「承知しました」


 凛は真顔でうなずいた。


 本人は大真面目である。


 そしてその横では。


 カチャリ。


 聖奈が静かにティーカップを置いていた。


 笑顔だった。


 いつものように。


 とても上品で。


 とても美しい笑顔。


 だが。


 結衣は長い付き合いで知っている。


 今の聖奈は少し怒っている。


 かなり怒っている。


 勇者を批判された時の顔だ。


「聖奈?」


「問題ありません」


 にこやかに微笑む。


「現在、広報部門と法務部門が状況を分析しております」


「……何してるの?」


「悪質な誹謗中傷については記録を保存しています」


「早いな!?」


「当然です」


 当然らしい。


「勇者様を攻撃する行為を見過ごす理由はありませんので」


 さらりと言う。


 怖い。


 凛とは別方向で怖い。


「いやいや」


 ハルトが笑う。


「そこまでしなくてもいいだろ」


「ですが」


「アンチなんて人気者の証拠だし」


 その瞬間。


 結衣。


 聖奈。


 凛。


 三人が同時に沈黙した。


 ああ。


 この人。


 本当に気にしていないんだな。


 そう理解してしまった。


「むしろ」


 ハルトはスマホを掲げる。


「見ろよこれ」


「何?」


「登録者数増えてる」


 満面の笑みだった。


「おおー」


 心の底から嬉しそうだった。


「炎上ってすげえな」


「感心しないで」


「バズってるってことだろ?」


「そういう問題じゃないのよ……」


 結衣は再び頭を抱えた。


 だが。


 現実問題として。


 火種は確実に広がっている。


 剣道指導への批判。


 凛への賛否。


 学校利用への不満。


 スポンサー企業への反発。


 そして。


 炎の勇者チャンネルそのものへの敵意。


 まだ小さい。


 だが。


 確実に大きくなり始めていた。


 誰も知らない。


 この炎が。


 やがてチャンネル存続そのものを揺るがす騒動へ発展することを。


 そして。


 その騒動を遠くから眺める者がいることを。


 まだ誰も知らなかった。


 空き教室の中には微妙な空気が流れていた。


 原因はもちろん。


 炎上である。


 ただし。


 その中心人物だけはいつも通りだった。


「で?」


 ハルトが机に肘をつく。


「結局どうする?」


 その問いに。


 結衣は疲れた顔のままノートパソコンを閉じた。


「どうするも何も……」


 大きなため息。


「今は様子見かな」


「様子見?」


「ええ」


 結衣は画面を指差す。


「今のところ意見が割れてるだけなの」


「ふむ」


「凛を批判してる人もいるけど、逆に擁護してる人もたくさんいる」


「なるほど」


「だから下手に反応した方が危ない」


 炎上というのは難しい。


 小さな火を消そうとして。


 ガソリンを撒いてしまうこともある。


 ネットではよくある話だった。


「運営側が反論したら?」


「さらに燃える」


「謝罪したら?」


「認めたことになる」


「無視したら?」


「そのうち飽きる人もいる」


「なるほどな」


 ハルトは素直にうなずいた。


「じゃあ放置で」


「だからそういう言い方やめて」


 結衣は即座にツッコんだ。


「放置じゃなくて様子見」


「同じじゃね?」


「違うの!」


 本人にも説明できる自信はあまりなかった。


 だが違うのだ。


 たぶん。


 きっと。


 おそらく。


 すると。


 聖奈が口を開いた。


「私も結衣さんの意見に賛成です」


 優雅に紅茶を置く。


「現段階では明確な敵対勢力が存在するわけではありません」


「そうなの?」


「はい」


 聖奈はうなずいた。


「現在の反応は純粋な意見の衝突です」


 実際その通りだった。


 剣道経験者。


 保護者。


 動画視聴者。


 凛のファン。


 ハルトのファン。


 さまざまな立場の人間が好き勝手に意見を言っているだけ。


 組織的な攻撃ではない。


「ですので」


 聖奈は続ける。


「今はこちらから動く必要はないでしょう」


「おお」


「ただし」


 笑顔のまま言う。


「もし悪意を持って攻撃を始める方々が現れた場合は対応いたします」


「対応って?」


「対応です」


 それ以上は説明しなかった。


 結衣も聞かなかった。


 聞いたら怖そうだからである。


「凛はどう思う?」


 ハルトが尋ねる。


 すると。


 凛は即答した。


「門外漢です」


「早いな」


「私は戦いなら分かります」


 凛は真面目な顔で言った。


「ですが情報戦については未熟です」


 異世界にも諜報活動はあった。


 だがネット社会とはまるで違う。


 凛自身も理解していた。


「なので結衣さんと聖奈さんの判断に従います」


「おお」


「ただし」


 そこで少しだけ目が鋭くなる。


「誰かが主へ直接危害を加えるのであれば」


「うん」


「私が守ります」


 静かな声だった。


 だが。


 その言葉だけは誰も疑わない。


 この少女は本当に守る。


 命を懸けてでも。


 それを知っているからだ。


「ありがとな」


 ハルトは軽く笑った。


「頼りにしてる」


「はい」


 その一言だけで。


 凛の表情が少し柔らかくなった。


 忠犬だった。


 大型犬だった。


 しかも世界最強クラスの。


 結衣は内心でそう思った。


「じゃあ結論」


 ハルトが手を叩く。


「しばらく大人しくしとくか」


 その言葉に。


 結衣が目を見開いた。


「え?」


「え?」


「今なんて?」


「だから」


 ハルトは笑う。


「火が消えるまで大人しくしとく」


 結衣。


 聖奈。


 凛。


 三人が揃って固まった。


 信じられなかった。


 あのハルトが。


 自分から自重すると言ったのである。


「主」


 凛が真顔で言う。


「体調が悪いのですか?」


「失礼だな」


「熱はありませんか?」


「ない」


「勇者様」


 今度は聖奈。


「病院を手配いたしましょうか」


「なんでだよ」


「勇者様が自主的に大人しくすると仰るなど前例がありませんので」


「そんなに?」


「そんなにです」


 結衣まで即答した。


「いやいや」


 ハルトは笑った。


「別に何もしないわけじゃないぞ?」


「うん」


「次の企画考えたり撮影準備したりはする」


「うん」


「投稿を少し空けるだけ」


 なるほど。


 それなら理解できた。


 ハルトらしい。


 大人しくしているようで全く大人しくない。


 だが。


 少なくとも今は余計な燃料を投下しない。


 それだけでも十分だった。


「じゃあそれで決まりね」


 結衣がまとめる。


「しばらくは様子見」


「了解」


「了解しました」


「承知しました」


 こうして。


 炎の勇者チャンネル緊急会議は終了した。


 その後。


 四人はそれぞれ帰り支度を始める。


 結衣はノートパソコンを抱え。


 聖奈は秘書へ連絡を入れ。


 凛は無意識に周辺警戒を開始し。


 ハルトはスマホを見ながら鼻歌を歌っていた。


 まるで何事もなかったかのような日常。


 だが。


 小さな火種はまだ消えていない。


 見えない場所で。


 少しずつ。


 静かに。


 燃え広がり続けていた。



――――――



 夜。


 如月家。


 二階にある結衣の自室には、パソコンのモニターだけが青白い光を放っていた。


 机の上には飲みかけのペットボトル。


 開きっぱなしのノート。


 付箋だらけのスケジュール帳。


 そして複数のブラウザウィンドウ。


 すでに時刻は午後十一時を回っていた。


「……はぁ」


 結衣は目をこすった。


 今日は学校から帰ってきてからずっとこれだ。


 夕食を食べて。


 風呂に入って。


 その後はずっとチャンネル管理。


 炎の勇者チャンネルの状況確認。


 コメント分析。


 SNSの反応調査。


 関連動画の監視。


 まとめサイトの動向確認。


 やることは山ほどあった。


「収まらないなぁ……」


 ぽつりと呟く。


 画面にはリアルタイムで増え続ける投稿が表示されていた。


『あの指導は正しかった』


『いや高圧的すぎる』


『結果出てるんだからいいだろ』


『それは結果論』


『凛ちゃん可愛い』


『だからそこじゃない』


『炎の勇者最近調子乗ってる』


『いや普通に面白い』


『結局見てるじゃん』


『登録した』


『アンチも再生数に貢献してるの草』


 終わらない。


 本当に終わらない。


 次から次へと新しい意見が生まれる。


 消したと思った火種が別の場所で燃え上がる。


 まるでモグラ叩きだった。


「これどうしたらいいの……」


 椅子にもたれかかる。


 目の奥が重い。


 肩も凝っている。


 だが休む気にはなれなかった。


 自分が管理責任者なのだから。


 誰かがやらなければいけない。


 そしてその誰かは自分しかいない。


「……まず状況整理」


 結衣はノートを開いた。


 ペンを走らせる。


 炎上要因。


 一つ。


 剣道部への指導。


 一つ。


 学校施設の利用。


 一つ。


 スポンサー企業への反発。


 一つ。


 凛の存在そのもの。


「凛ちゃんは悪くないのに……」


 思わず呟く。


 動画を見た人なら分かる。


 彼女は真剣だった。


 ただ真っ直ぐだった。


 だからこそ。


 その真っ直ぐさが強すぎて受け入れられない人もいる。


「うう……」


 胃が痛い。


 コメント欄を開く。


 閉じる。


 また開く。


 そしてまた胃が痛くなる。


 完全に悪循環だった。


 それでも。


 気になってしまう。


 管理者として。


 確認しないわけにはいかない。


 そんな時だった。


 スマホが震える。


 メッセージアプリ。


 送り主はハルト。


『結衣ー』


 結衣は反射的に返信する。


『何?』


 数秒後。


 返事が来た。


『新企画思いついた』


「今じゃない!!」


 思わず叫んだ。


 部屋に一人だからよかった。


 本当に良かった。


『今炎上中なの!』


『知ってる』


『知ってるなら大人しくして!』


『大人しく考えてるだけだぞ』


『考えないで!』


『なんで!?』


『今は考えなくていいから!』


 すぐに既読がつく。


 そして。


『わかった』


 珍しく素直だった。


 結衣は少しだけ安心する。


 が。


 その三秒後。


『ちなみに宇宙行く企画なんだけど』


「全然分かってない!!」


 枕を抱えて叫んだ。


 宇宙。


 なぜ宇宙。


 どういう発想なの。


 炎上中に考える企画じゃない。


 そもそも平時でも考える企画じゃない。


 だが。


 脳裏にはすでに見えてしまった。


 宇宙服を着て満面の笑みを浮かべるハルト。


 当然のように同行する聖奈。


 なぜか適応している凛。


 そして頭を抱える自分。


「ありそう……」


 ありそうなのが怖い。


 非常に怖い。


 結衣は深く深くため息をついた。


 そして再びモニターへ向き直る。


 現実逃避は終わりだ。


 まずは目の前の問題。


 炎上をどうにかしなければならない。


 だが。


 答えは見つからない。


 コメントを分析しても。


 反応を追いかけても。


 明確な正解はどこにもなかった。


 ネットの火事に万能薬など存在しない。


 だからこそ厄介なのだ。


「どうしよう……」


 時計の針が進む。


 十一時半。


 十二時。


 十二時半。


 それでも。


 結衣の部屋の明かりは消えなかった。


 少女は一人。


 誰よりも真面目に。


 誰よりも責任を感じながら。


 終わりの見えない火消しに挑み続けていた。



――――――



 一方その頃。


 都内。


 西園寺グループ本社最上階。


 深夜零時を回った役員フロアの一室だけに明かりが灯っていた。


 広大な会議室。


 壁一面の大型モニター。


 世界各地の市場情報やニュースが流れる中。


 その中心に座る少女がいた。


 西園寺聖奈。


 年齢だけ見れば高校生。


 だが。


 現在この部屋にいる者たちは誰一人として彼女を子供扱いしていなかった。


「報告を」


 静かな声が響く。


 その一言で。


 スーツ姿の大人たちが一斉に動いた。


「炎の勇者チャンネル関連の話題数ですが、現在も増加傾向です」


「主要SNSにおける総言及数は昨日比二百四十七パーセント」


「海外圏でも翻訳転載が始まっています」


「特に北米と欧州で議論が活発化しています」


 モニターにグラフが表示される。


 右肩上がり。


 綺麗なほど右肩上がり。


 普通なら喜ぶべき数字だ。


 しかし。


 今は違う。


 注目度が高すぎる。


 燃えながら拡散している。


「動画の再生数は?」


「さらに増加しております」


「登録者数は?」


「増加しております」


「収益は?」


「増加しております」


 そこまで聞いて。


 聖奈は少しだけ眉をひそめた。


 非常に厄介だった。


 数字だけ見れば成功している。


 だが。


 空気は悪化している。


 それが問題だった。


「勇者様が悲しまれる可能性は?」


「現状ありません」


 即答だった。


 聖奈は少し安心した。


 そこが最重要事項である。


「ですが」


 秘書の一人が続ける。


「結衣さんへの負担は大きくなっているかと」


「……そうでしょうね」


 聖奈も理解していた。


 ハルトは気にしない。


 凛は気にしない。


 自分もある程度は割り切れる。


 だが。


 結衣だけは違う。


 責任感が強い。


 真面目すぎる。


 だからこそ苦しんでいる。


「こちらの対応状況は?」


「悪質な投稿への監視を継続」


「事実誤認情報への修正依頼も実施済み」


「関連企業との連携も完了しております」


「海外向け広報チームも稼働中です」


 完璧だった。


 普通の炎上なら。


 とっくに鎮火している。


 だが。


 今回は違う。


 理由が単純だった。


 規模が大きすぎる。


「再生数三千万超えか……」


 誰かが呟く。


 世界規模で見られている。


 だから世界規模で議論される。


 それだけの話だった。


 日本国内だけならまだしも。


 今や翻訳動画。


 切り抜き動画。


 解説動画。


 反応動画。


 考察動画。


 様々な二次拡散が発生している。


 一つを消しても。


 十が生まれる。


「まるで怪物ですね」


 役員の一人が苦笑した。


 聖奈は否定しなかった。


 怪物。


 まさにその表現が正しい。


 炎の勇者チャンネルはもはや個人チャンネルではない。


 一種の巨大コンテンツになり始めている。


「……勇者様」


 聖奈は小さく呟く。


 本来なら。


 もっと穏やかに活動する予定だった。


 だが。


 あの人は違う。


 どこへ行っても騒動を起こす。


 目立つ。


 注目される。


 中心になる。


 本人は意図していなくても。


 世界が勝手に反応してしまう。


 それが勇者だった。


 すると。


 別のモニターに新しいデータが表示された。


「お嬢様」


「何ですか」


「新たな分析結果です」


 画面を見る。


 そして。


 聖奈の表情がわずかに変わった。


「……増えている?」


「はい」


 担当者が答える。


「擁護派も増加しています」


「何ですって?」


「批判が増えると同時にファンも増えております」


 意味が分からなかった。


 普通なら。


 炎上は支持率を下げる。


 だが。


 炎の勇者チャンネルは違う。


 批判される。


 擁護される。


 話題になる。


 視聴される。


 そして。


 新たなファンが生まれる。


 まるで永久機関だった。


「勇者様らしいですね……」


 思わず苦笑する。


 本人は今頃。


 宇宙企画でも考えているのだろう。


 いや。


 本当に考えていそうで怖い。


「引き続き監視を継続します」


「お願いします」


「鎮火工作は?」


 その問いに。


 部屋が静かになる。


 誰も即答できなかった。


 なぜなら。


 全員が理解していたからだ。


 もう。


 その段階ではない。


 小さな火事ではない。


 世界中の視聴者が薪を投げ込む巨大な焚き火だ。


 西園寺グループの影響力は絶大。


 世界有数の巨大企業。


 国家すら動かせる。


 だが。


 インターネットという海は別だった。


 巨大すぎる。


 広すぎる。


 自由すぎる。


 世界中の人間が好き勝手に発言する場所で。


 一企業の力だけでは限界がある。


「……継続対応で」


 最終的に聖奈はそう結論付けた。


「はい」


 会議は続く。


 深夜一時。


 二時。


 三時。


 それでも答えは出ない。


 世界最高峰の企業グループですら。


 燃え上がった話題そのものを消し去ることはできなかった。


 そして聖奈は知らない。


 この炎を。


 さらに別の角度から見つめている存在がいることを。


 まだ誰も知らなかった。



――――――



 同時刻。


 東京都内某所。


 高層マンション最上階。


 夜景を一望できる広大な部屋。


 壁一面の大型モニター。


 最新鋭のサーバー群。


 高性能ワークステーション。


 専門家が見れば卒倒するほどの設備が並んでいた。


 その中心で。


 一人の女性が椅子にもたれかかっている。


 長い黒髪。


 妖艶な美貌。


 年齢は二十代後半ほど。


 黒いニットにラフなパンツという気の抜けた格好だが、それでも隠しきれない存在感があった。


「ふぅん」


 彼女は画面を眺めながら呟く。


 モニターに映っているのは炎の勇者チャンネル。


 そして。


 そのチャンネルの主。


 ハルトだった。


「派手にやってるねぇ」


 口元が少し緩む。


 懐かしそうに。


 愛おしそうに。


 まるで遠い昔の思い出を見るように。


 画面には炎上関連の情報が並んでいた。


 国内SNS。


 海外コミュニティ。


 ニュースサイト。


 動画サイト。


 掲示板。


 個人ブログ。


 世界中の反応がリアルタイムで流れている。


 だが。


 彼女が見ているのは数字ではない。


 そこに映る一人の男だった。


「相変わらずだなぁ」


 くすりと笑う。


「勇者様は」


 その呼び方に。


 懐かしさが滲む。


 彼女は知っている。


 誰よりも知っている。


 勇者・ハルトを。


 異世界で。


 共に旅をした。


 共に戦った。


 共に笑った。


 その記憶を。


 一日たりとも忘れたことはない。


 なぜなら。


 彼女は最初から覚えていた。


 転生したその瞬間から。


 自分が誰なのかを。


 勇者が誰なのかを。


 全部。


 覚えていた。


「やっと見つけたと思ったら」


 肩を竦める。


「世界中巻き込んで炎上中とか」


 いかにもあの人らしい。


 そう思った。


 異世界でもそうだった。


 どこへ行っても騒動を起こす。


 中心になる。


 伝説を作る。


 本人は意図していないのに。


 世界の方が放っておかない。


 そんな男だった。


「本当に変わらないなぁ」


 その声は優しかった。


 画面の中では。


 結衣が火消しに奔走している。


 聖奈が企業ネットワークを動かしている。


 凛が主を守ろうとしている。


 その様子も全部見えていた。


 いや。


 見ようと思えば見られる。


 彼女にはその力がある。


 善悪など関係ない。


 法律も関係ない。


 必要なら突破する。


 必要なら侵入する。


 必要なら奪う。


 そういう人間だった。


 いや。


 そういう女になった。


 この世界で長く生きるうちに。


 現代社会へ適応するうちに。


 モルガナは学んだのだ。


 魔法より便利なものがある。


 情報だ。


 情報を制する者が世界を制する。


 そして彼女は。


 その分野において世界最高峰の一人になっていた。


 表向きは有名オカルトブロガー。


 裏では誰も正体を知らない情報の怪物。


 それが今の彼女だった。


「でも」


 ふと。


 モルガナは目を細める。


 画面の中のハルトを見る。


 勇者を見る。


 たった一人の主君を見る。


 そして。


 小さく笑った。


「大変そうだなぁ」


 その声には心配が混じっていた。


 結衣も。


 聖奈も。


 頑張っている。


 だけど。


 まだ足りない。


 この炎は大きすぎる。


 世界規模になりすぎている。


「仕方ないか」


 椅子に深く腰掛ける。


 そして。


 両手をキーボードの上へ置いた。


「少しだけ」


 カタ。


 指が動く。


「助けてあげなきゃ」


 カタカタ。


 画面が切り替わる。


 無数のウィンドウが開く。


 幾重にも重なる情報の海。


 一般人には意味も分からない文字列。


 だが。


 モルガナにとっては呼吸と同じだった。


 そして。


 どこか楽しそうに。


 どこか嬉しそうに。


 彼女は呟く。


「待っててね」


 その瞳には確かな熱が宿っていた。


「勇者様」


 誰もいない部屋。


 夜景だけが輝く空間で。


 女は微笑む。


 まるで。


 ようやく再会の日が近づいていることを喜ぶように。


 その名は――モルガナ。


 かつて勇者と共に旅をした大魔術師。


 誰よりも早く現代へ適応し。


 誰よりも長く勇者を探し続けていた女。


 そして。


 ハルトたちの次の幕を開く者である。

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