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『承認欲求強めの最強勇者、魔法動画でバズって前世のヒロインたちを召喚してしまう~今世の幼馴染が管理しきれないほど愛が重すぎる~』  作者: 悪癖


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24/32

第23話 剣聖は道場を壊さない(たぶん)

 昼休みが終わり、午後の授業と授業の間。


 教室の中はいつものように騒がしかった。


 ハルトは机に突っ伏しながらスマホを眺めている。


「おお、昨日の動画もう三百万再生増えてる」


「授業の合間に確認するな」


 結衣が即座にツッコむ。


「いやでも伸びてる時が一番楽しいだろ」


「そういう問題じゃないのよ」


 その隣では凛が窓際に立ち、校庭を見下ろしていた。


 最近の日課である。


 本人は護衛任務のつもりだ。


 結衣から見ればただの監視である。


「異常なしです」


「何の報告!?」


「校庭に敵影はありません」


「そりゃそうでしょうね!」


 慣れたようにクラスメイト達が笑う。


 もはや誰も驚かない。


 剣崎凛とはそういう生き物なのだ。


 そんな時だった。


 教室の入り口に数人の女子生徒が現れた。


 竹刀袋を肩に掛けている。


 制服の胸元には剣道部の腕章。


「あれ?」


 田辺が気付く。


「剣道部じゃん」


 視線が集まる。


 先頭に立つ女子生徒は背が高く、引き締まった体つきをしていた。


 青葉高校女子剣道部主将。


 三年生。


 佐伯奈々。


 校内でも有名な実力者である。


 佐伯は教室を見回し、


「あの……剣崎さんいますか?」


 そう尋ねた。


 瞬間。


 クラス全員の視線が凛へ向いた。


 凛は静かに振り返る。


「私でしょうか」


「はい」


 佐伯は少し緊張した様子だった。


 それも当然である。


 目の前にいるのは全国大会無敗。


 女子剣道界の伝説。


 剣崎凛なのだから。


「少しお時間よろしいでしょうか」


「構いません」


 凛は席を立つ。


 すると何故かハルトも立ち上がった。


「面白そうだから行く」


「面白そうで付いていくな」


 結衣が呆れる。


「まあまあ」


「まあまあじゃない」


 結局。


 いつもの四人で廊下へ出ることになった。


 廊下に出た瞬間。


 佐伯達の緊張がさらに強まる。


 伝説の剣士本人を前にしているのだ。


「それで、ご用件は何でしょう」


 凛が真っ直ぐ尋ねる。


 佐伯は一度深呼吸した。


「お願いがあります」


「はい」


「私達に剣道を教えていただけませんか」


 一瞬。


 空気が静まる。


 凛は少し目を見開いた。


「……私が?」


「はい」


 佐伯は真剣な顔で続ける。


「全国大会三連覇」


「中学公式戦無敗」


「女子剣道界最強」


「その剣を一度でも見てみたいんです」


 後ろの部員達も大きくうなずく。


「お願いします!」


「一日だけでも!」


「見学だけでもいいので!」


 その目は本気だった。


 凛は少し困ったように視線を下げる。


 前世では騎士団長。


 部下へ指導する機会は山ほどあった。


 だが。


 現代日本の女子高校生へ教える経験など当然ない。


「私は……」


 凛が言葉を選ぶ。


 その横でハルトが気軽に言った。


「いいじゃん」


 全員が振り返る。


「凛、教えるの上手かったし」


「主……」


「動画でも使えそうだしな」


「結局そこか」


 結衣がツッコむ。


 しかしハルトは気にしない。


「全国最強が部活指導!」


「絶対面白いだろ」


「タイトルも作れる」


「再生数も伸びる」


「みんな喜ぶ」


「最高じゃん」


 実にハルトらしい理由だった。


 凛はその言葉を聞き。


 ほんの少しだけ頬を緩めた。


「主がお許しになるのであれば」


 即答だった。


「喜んで」


「本当ですか!?」


 佐伯達の顔が一気に明るくなる。


「ありがとうございます!」


「やった!」


「本物に教わるんだ!」


 歓声が上がる。


 だが。


 結衣だけが妙な不安を覚えていた。


 嫌な予感。


 非常に嫌な予感。


 これまでの経験上。


 その予感は大体当たる。


「ちなみに凛」


「はい」


「どういう指導するつもり?」


 何気なく聞いた。


 すると凛は当然のように答える。


「まず基礎体力ですね」


「うん」


「その後、木剣による対人戦」


「うん?」


「次に複数同時戦闘」


「待って」


「その後、夜間警戒訓練」


「待ちなさい」


「さらに奇襲への対処法と」


「待ちなさいって言ってるでしょ!」


 廊下に結衣の叫びが響いた。


 部員達が固まる。


 凛は首を傾げる。


「何か問題が?」


「全部問題よ!」


「剣道部よ!?」


「騎士団じゃないのよ!?」


 凛は真面目な顔で考え込む。


「ですが剣とは本来――」


「殺し合いの道具とか言わないで」


「……」


「今言おうとしたでしょ」


「はい」


 正直だった。


 結衣は頭を抱える。


 対して佐伯達は。


「複数戦……」


「なんか格好いい……」


「夜間警戒訓練って何だろう」


「強くなれそう」


 なぜか興味津々だった。


「食い付くな!」


 結衣のツッコミが炸裂する。


 だが時すでに遅し。


 剣道部員達の目は輝いていた。


 凛もまた。


 久しぶりに誰かへ剣を教えられることが嬉しいのか、どこか楽しそうだった。


「承知しました」


 凛は静かにうなずく。


「責任を持って指導いたします」


「お願いします!」


 女子剣道部一同が頭を下げる。


 結衣だけが顔を青くしていた。


(終わった……)


 彼女の脳裏には。


 竹刀を構える女子高生達。


 校庭を走る女子高生達。


 塹壕を掘る女子高生達。


 なぜか完全武装した女子高生達。


 そんな未来予想図が浮かんでいた。


 そして。


 その予感は。


 驚くほど正確なものだったのである。


 放課後。


 青葉高校女子剣道部は。


 自分達が知る剣道と。


 剣崎凛の言う「剣」が。


 まったく別物であることを知ることになる――。



――――――



 放課後。


 青葉高校剣道場。


 木造の建物特有の匂いが漂う空間に、竹刀の擦れる音が小さく響いていた。


 普段であれば部員達の掛け声や雑談も聞こえる場所だ。


 だが今日は違った。


 異様なほど静かだった。


 女子剣道部員達は全員が防具を着け、道場中央に整列している。


 その人数は二十名近く。


 全員の表情が硬い。


 緊張。


 期待。


 興奮。


 様々な感情が入り混じっていた。


 それも無理はない。


 今日指導するのは全国大会無敗。


 女子剣道界の伝説。


 剣崎凛なのだから。


 しかも本人は快諾した。


 これほど貴重な機会はそうそうない。


 道場の隅ではハルトが撮影準備を終えていた。


 三脚。


 予備カメラ。


 音声機材。


 照明。


 いつもの撮影セットである。


 ただし。


「今日は後からナレーション入れるか」


 珍しくそんなことを呟いた。


「どうしたの?」


 結衣が尋ねる。


 ハルトはカメラ越しに整列する剣道部員達を見た。


「なんかさ」


「うん」


「空気が完全に試合前なんだよな」


 珍しく真面目な声だった。


「下手に喋ると邪魔になりそう」


「へえ」


「俺も一応空気は読むぞ?」


「今さら言われても信用できないんだけど」


 結衣が即答する。


 ハルトは笑った。


「まあ今日は凛が主役だからな」


 その言葉に。


 少し離れた場所で待機していた凛が反応した。


 主役。


 その一言だけで少し嬉しそうになる。


 だが表情には出さない。


 騎士だからである。


 ただ耳だけ少し赤かった。


 結衣は見逃さなかった。


(分かりやすいなぁ……)


 そんなことを思う。


 一方。


 聖奈は観客席側に用意された椅子へ優雅に腰掛けていた。


 なぜか西園寺家のスタッフまでいる。


「どうしてスタッフまで来てるの?」


「勇者様の活動記録です」


「学校の部活動見学に記録係いる?」


「必要です」


「必要なのね……」


 もはや聞くだけ無駄だった。


 そんな中。


 凛が静かに前へ出る。


 空気が変わった。


 ざわついていた部員達も自然と口を閉じる。


 ただ歩いただけ。


 それだけなのに。


 まるで空気そのものが張り詰める。


 異世界で数え切れない戦場を経験した騎士団長。


 その存在感が無意識に漏れていた。


 主将の佐伯ですら息を呑む。


(すごい……)


 まだ何もしていない。


 なのに。


 目を離せない。


 凛は整列した部員達の前へ立った。


 静かに全員を見渡す。


 一人ずつ。


 観察するように。


 品定めするように。


 その視線だけで部員達の背筋が伸びる。


 そして。


「まず確認します」


 凛が口を開いた。


 凛とした声が道場に響く。


「皆さんは強くなりたいのですか?」


 全員が顔を見合わせる。


 質問の意味が分からない。


 強くなりたいから部活をやっている。


 当たり前の話だ。


 だが凛は続ける。


「勝ちたいだけですか」


「それとも強くなりたいのですか」


 静寂。


 意味の違いが分からない。


 佐伯が答えた。


「私は全国大会で勝ちたいです」


「そうですか」


 凛は頷く。


「では質問を変えます」


 一歩前へ出る。


「全国大会で優勝したら終わりですか?」


「え?」


「優勝したら満足しますか?」


「……」


 佐伯が答えられない。


 凛はさらに続けた。


「私が剣を学んだ理由は勝つためではありません」


 部員達が耳を傾ける。


「生きるためです」


 空気が変わる。


 それは剣道部員達が聞いたことのない言葉だった。


「負ければ死ぬ」


「守れなければ死ぬ」


「遅れれば死ぬ」


「迷えば死ぬ」


 淡々と。


 当たり前のことを語るように。


「だから剣を振りました」


 誰も喋れなかった。


 結衣が頭を抱える。


(始まった……)


 異世界騎士団長モードである。


 しかもかなり本格的なやつだ。


 ハルトだけが感心していた。


(キャラ作りすげぇな)


 相変わらずである。


 凛は続ける。


「ですが」


 そこで少しだけ表情を柔らかくした。


「皆さんは幸運です」


 全員が顔を上げる。


「この国は平和です」


「剣で命を奪う必要もありません」


「素晴らしいことです」


 その言葉だけは心からの本音だった。


 戦争。


 魔物。


 魔王軍。


 そういったものがない世界。


 だからこそハルトが守ろうとした世界。


 凛はそれを知っている。


「ですので」


 彼女は竹刀を手に取った。


「今日は皆さんに」


 一度構える。


 自然体。


 力みのない構え。


 だが。


 その瞬間。


 全員が凍り付いた。


 何かがおかしい。


 竹刀を持っているだけなのに。


 まるで猛獣を前にしたような圧迫感。


 呼吸を忘れそうになる。


 佐伯の額に汗が浮かぶ。


(何これ……)


 竹刀だ。


 木刀ですらない。


 なのに。


 首筋に刃を当てられているような錯覚があった。


 凛は静かに言う。


「剣とは何か」


「それをお教えします」


 その瞬間。


 部員達の背筋に冷たいものが走った。


 結衣は確信した。


(絶対に剣道の指導じゃない……)


 ハルトはワクワクしていた。


「おお」


「始まるぞ」


「絶対面白い」


「面白いじゃ済まない気がするんだけど……」


 結衣の不安をよそに。


 剣崎凛による特別指導が。


 ついに幕を開けたのであった。


 指導はまず基礎から始まった。


 凛は意外にも、最初から奇妙なことを言い出したりはしなかった。


「走り込みを始めてください」


「はい!」


 道場の外周を走る。


「足さばきを確認します」


「はい!」


 すり足。


 送り足。


 切り返し。


「素振り百本」


「はい!」


 竹刀を振る。


 振る。


 振る。


 振る。


 その様子を見ながら凛は一人ひとりへ助言を行う。


「肩に力が入っています」


「はい!」


「腰が浮いています」


「はい!」


「今の打突は良いです」


「ありがとうございます!」


 内容自体は極めて真っ当だった。


 むしろ分かりやすい。


 的確。


 丁寧。


 そして驚くほど上手い。


 全国レベルの選手達ですら理解できなかった癖を、一目見ただけで指摘していく。


 剣道部員達の目がどんどん輝いていった。


「すごい……」


「一瞬で見抜いた……」


「だから全国無敗なのか……」


 主将の佐伯も感動していた。


 実際、この辺りは普通に優秀だった。


 異世界で何万人もの兵士や騎士を見てきたのだ。


 人を鍛える経験値が違う。


 ハルトも撮影しながら頷いている。


「おお」


「普通に名コーチじゃん」


「最初から最後までこうならいいんだけどね……」


 結衣はまだ警戒を解いていなかった。


 そして。


 その警戒は正しかった。


 基礎練習開始から約一時間後。


 問題は起きた。


「皆さん」


 凛が静かに口を開く。


「基礎は十分です」


 部員達が姿勢を正す。


「ここからは実践訓練へ移行します」


 主将の佐伯が頷く。


「お願いします!」


 普通なら。


 ここから試合形式だろう。


 あるいは地稽古。


 掛かり稽古。


 そんな流れだ。


 だが。


 相手はリーゼロッテだった。


「では」


 凛は竹刀を持ったまま言った。


「皆さんは今から私を囲んでください」


 沈黙。


「……はい?」


 佐伯が聞き返す。


「囲むのです」


「全員で?」


「はい」


「二十人で?」


「はい」


「私一人を相手に」


 当然のように頷く。


「敵は一人とは限りません」


 空気が止まった。


 結衣が額を押さえる。


(始まった……)


 部員達は困惑していた。


 だが。


 凛は真面目だった。


「戦場では数で囲まれることもあります」


「逃げ場を塞がれることもあります」


「味方がいないこともあります」


 真顔。


 完全に真顔。


「その時どうするか」


「これが重要です」


 重要じゃない。


 少なくとも高校剣道では重要じゃない。


 だが誰も突っ込めない。


 本人があまりにも真面目だからだ。


「面白そう!」


 ハルトだけが盛り上がった。


「やろうぜ!」


「やらなくていいのよ!」


 結衣が叫ぶ。


 しかし部員達は。


「……やります!」


 なぜか食い付いた。


 全国レベルの選手ほど向上心が高い。


 未知の訓練にも興味を持ってしまうのだ。


 数分後。


 道場中央。


 凛が立つ。


 周囲を二十人の女子剣道部員が取り囲んでいた。


 異様な光景だった。


 ハルトは撮影しながらテンションが上がっている。


「絶対サムネ映えする」


「その発想やめなさい」


 結衣はもう疲れていた。


 そして。


「始めてください」


 凛が告げる。


 次の瞬間。


 部員達が一斉に動いた。


「やああああ!」


 面。


 胴。


 小手。


 様々な方向から竹刀が飛ぶ。


 普通なら避けようがない。


 だが。


 凛は。


 消えた。


「え?」


 誰かが呟く。


 次の瞬間。


 部員達の背後に立っていた。


「今です」


 ぺし。


「あっ」


「背中を取られました」


 ぺし。


「あっ」


「首です」


 ぺし。


「あっ」


「胴です」


 ぺし。


「あっ」


 部員達が次々に脱落していく。


 五秒。


 十秒。


 二十秒。


 気付けば全員が床に座り込んでいた。


 無傷。


 だが完敗。


 凛は汗一つかいていない。


 静寂が広がる。


 佐伯が呆然と呟いた。


「……今何が起きたんですか」


「包囲突破です」


 簡潔だった。


 意味が分からない。


 そして。


 ここからが本番だった。


 凛は少し考え込む。


「ふむ」


 嫌な予感がした。


 結衣が。


 聖奈が。


 部員達が。


 全員同時に思った。


 そして。


 凛は真顔で言った。


「どうやら皆さん」


 一拍置く。


「奇襲への警戒が不足しています」


「いやいやいや」


 結衣が反射的に突っ込む。


「高校の剣道部に奇襲なんてないから!」


 だが凛は聞いていない。


「そこで次は」


 竹刀を持ち直す。


「不意打ちへの対処訓練を行います」


 佐伯が嫌な予感を覚えた。


「具体的には……?」


「私がいつ襲うか分からない状況で生活していただきます」


 全員が固まった。


 結衣も固まった。


 ハルトだけが。


「おお!」


 目を輝かせる。


「ドッキリ企画じゃん!」


「違うわよ!」


「面白そう!」


「面白くないのよ!」


 凛は首を傾げた。


「実戦では普通ですが」


「ここ日本だから!」


 今日一番のツッコミが道場に響いた。


 しかし。


 女子剣道部員達は気付いていなかった。


 彼女達が今教わっているのは。


 全国最強選手の指導ではない。


 魔王軍と十年以上戦い続けた。


 異世界最強クラスの騎士団長の訓練だったのである。


 そしてこの時。


 主将の佐伯はまだ知らなかった。


 凛が本当に異常なのは。


 ここから先だということを――。


 道場の空気は完全におかしくなっていた。


 女子剣道部員達は全員、防具姿のまま正座している。


 その前には凛。


 全国無敗の剣士。


 いや。


 今や部員達の中では別の認識になりつつあった。


(この人……)


(剣道選手じゃない……)


(何か別の生き物だ……)


 そんな空気である。


 一方。


 凛本人は至って真面目だった。


「不意打ちへの警戒についてですが」


「はい!」


 なぜか返事をしてしまう佐伯。


 もはや勢いだった。


「まず重要なのは視野です」


 凛はそう言うと道場の中央へ立った。


「佐伯さん」


「はい!」


「私の背後へ」


「え?」


「どうぞ」


 言われるまま背後へ回る。


「さらに三人」


「は、はい」


 副主将達も移動する。


 凛の死角へ。


「では」


 凛が目を閉じた。


「好きなタイミングで打ち込んでください」


 沈黙。


 全員が固まる。


 結衣が頭を抱えた。


「いや目閉じてるじゃない」


「主なら問題ありません」


「主じゃなくてあなたの話よ」


 凛は真顔だった。


「大丈夫です」


「何が!?」


 だが部員達も気になった。


 全国最強が何を見せるのか。


 副主将の一人が恐る恐る竹刀を振る。


 面。


 その瞬間。


 凛の竹刀が動いた。


 カン!


 鋭い音。


「えっ」


 弾かれた。


 目を閉じたまま。


 さらに反対側。


 今度は胴。


 カン!


 また止まる。


 三人同時。


 カカカン!


 全て防がれる。


 部員達が騒然となった。


「見えてないですよね!?」


「見えていません」


「ですよね!?」


「気配です」


 さらっと言った。


 さらっと言ったが意味が分からない。


 現代高校生に気配察知能力を要求しないでほしい。


 凛は少し考え込む。


「皆さんも訓練すれば可能です」


「無理です!」


 結衣が即答した。


「できます」


「できない!」


「できます」


「できない!」


 珍しく凛も引かない。


 異世界では本当にできたからだ。


 魔物。


 暗殺者。


 夜襲。


 そういったものと戦うには必要だった。


 結局。


 話は平行線のまま進んだ。


 そして。


 さらに十分後。


「次です」


 凛が言った。


 また嫌な予感がした。


「今度は剣の間合いについて説明します」


 それ自体は普通だった。


 剣道でも重要な概念だ。


 佐伯達も頷く。


「はい」


「間合いは重要です」


「はい」


「一歩足りなければ届きません」


「はい」


「一歩近ければ死にます」


「はい」


「……はい?」


 最後がおかしい。


 凛は続ける。


「例えば」


 竹刀を構える。


 自然体。


 そして。


 一歩踏み込んだ。


 その瞬間。


 全員の背筋が震えた。


 ぞわり。


 空気が変わる。


 圧力。


 威圧感。


 恐怖。


 本能が叫ぶ。


 近付くな。


 逃げろ。


 そう叫んでいる。


 凛は構えを解いた。


「これが死地です」


 意味が分からない。


 だが。


 全員理解した。


 理屈ではない。


 感覚だった。


 今。


 本当に危なかった気がした。


 剣道部員達は冷や汗を流している。


 佐伯も息を呑んでいた。


(何なのこの人……)


 全国大会で何度も強豪と戦った。


 だが。


 こんな感覚は初めてだった。


 すると。


 凛は少し首を傾げた。


「おかしいですね」


「何が?」


 結衣が聞く。


「皆さん怖がっています」


「そりゃ怖がるでしょ!」


「なぜでしょう」


「なぜでしょうじゃないのよ!」


 ハルトが笑う。


「いやー凛すげえな」


「主」


 凛の表情が少し緩む。


「参考になりますか」


「めちゃくちゃ面白い」


「ありがとうございます」


 嬉しそうだった。


 完全に褒められた犬である。


 結衣は遠い目をした。


(この人達、本当に相性いいなぁ……)


 片方は異世界最強勇者。


 片方は異世界最強騎士。


 どちらも常識がない。


 だから会話が成立してしまう。


 そこへ。


 主将の佐伯が恐る恐る手を挙げた。


「あの」


「はい」


「剣崎さんは普段どういう練習を?」


 聞いてしまった。


 聞いてはいけなかった。


 凛は少し考えた。


「朝は走り込みですね」


「はい」


「十キロほど」


「普通だ」


 少し安心する。


「その後に岩を斬ります」


「普通じゃなかった」


 即終了だった。


「岩?」


「はい」


「岩?」


「岩です」


 岩だった。


 結衣が額を押さえる。


「斬れないからね?」


「斬れます」


「斬れないから」


「主は斬れます」


「比較対象が悪いのよ!」


 ハルトはうんうん頷いていた。


「岩は基礎だよな」


「お前も黙れ!」


 道場に笑いが起きる。


 部員達も吹き出していた。


 緊張が少しほぐれる。


 そしてその時だった。


 凛がふと全員を見渡した。


 真面目な顔。


 静かな声。


「ですが」


 空気が変わる。


「皆さんは勘違いしています」


 部員達が姿勢を正す。


「私が強いのではありません」


 誰もが首を傾げた。


 何を言っているのだろう。


 凛は当然のように続ける。


「私より強い方を知っています」


 その視線が向いた先。


 ハルトだった。


 部員達が一斉に振り向く。


「え?」


「一ノ瀬?」


「動画の人?」


 ハルトはカメラを回していた。


「ん?」


 当人だけが何も分かっていない。


 凛は静かに微笑む。


「私が十年かけて積み上げたものを」


 一拍。


「主は数日で超えました」


 沈黙。


 部員達が固まる。


 結衣は頭を抱える。


 聖奈は満足そうに微笑む。


 そしてハルトだけが。


「いやいや」


 笑いながら手を振った。


「俺そんな剣得意じゃないし」


 その瞬間。


 道場中の人間が同じことを思った。


(絶対ウソだ)


 と。


 こうして。


 女子剣道部員達の中で。


 一ノ瀬晴人という存在への興味が。


 さらに大きく膨れ上がっていくのだった。


 夕陽が差し込み始めていた。


 窓の外は茜色に染まり、剣道場の床板にも長い影が伸びている。


 地獄のような稽古は、気付けば数時間にも及んでいた。


 そして――。


「今日はここまでにしましょう」


 凛が静かに告げた瞬間。


 剣道部員たちは一斉にその場へ崩れ落ちた。


「お、終わった……」


「生きてる……俺、生きてるぞ……」


「今までの人生で一番長い放課後だった……」


 誰もが汗だくで、道着は完全に濡れている。


 だが不思議なことに、途中で脱落した者は一人もいなかった。


 全員が最後まで食らいついていた。


 凛はそんな部員たちを見回し、僅かに頷く。


「よく頑張りました」


 その一言だけだった。


 だが部員たちはなぜか少し嬉しそうな顔をしている。


 あれだけボロボロにされたのに。


 人間、不思議な生き物である。


 俺はカメラ越しにその様子を見ながら苦笑した。


(完全に軍隊の新兵訓練の後だな)


 とはいえ。


 凛もただ厳しいだけではない。


 今日一日で部員たちの動きは目に見えて変わっていた。


 姿勢。


 足運び。


 視線。


 集中力。


 素人の俺でも分かるくらいだ。


 その時だった。


「ですが」


 凛が竹刀を手に取る。


 部員たちの顔が引きつった。


「最後に一つだけ」


「ま、まだあるんですか!?」


「安心してください」


 凛は微笑む。


「仕上げです」


 その笑顔が一番怖い。


「実戦形式で稽古をしましょう」


「……」


「……」


「……」


 誰も返事をしない。


 だが凛は気にしない。


「まずは私が相手をします」


 地獄の第二ラウンドが始まった。



――――――



 結果から言おう。


 惨敗だった。


 いや。


 惨敗という表現すら生ぬるい。


「面」


 パァン!


「胴」


 パァン!


「小手」


 パァン!


「次」


 パァン!


「次」


 パァン!


「次」


 パァン!


 剣道部員たちは文字通り一人ずつ処理されていった。


 凛はほとんど動いていない。


 相手が打ち込んでくる。


 捌く。


 打つ。


 終わり。


 それだけ。


 それだけなのに誰も触れることすらできない。


「……」


「……」


 剣道部員たちの表情から言葉が消えていた。


 途中から悔しさすら通り越している。


 理解不能。


 そんな顔だ。


 そして最後。


 部長との対戦が終わったところで、凛は竹刀を下ろした。


「以上です」


 静寂。


 数秒後。


「ありがとうございました!!」


 部員たちが一斉に頭を下げた。


 凛も礼を返す。


 その姿はどこか満足そうだった。



――――――



 片付けを終えた頃には、外はすっかり夕暮れになっていた。


 凛は帰り支度をしながら言う。


「もしよろしければ」


 部員たちが顔を上げる。


「明日も指導しましょうか?」


 一瞬。


 沈黙が流れた。


 そして。


「すみません」


 部長が即答した。


「遠慮しておきます」


「え?」


 凛が目を瞬く。


 さらに副部長も続く。


「本当にありがたいんです」


「めちゃくちゃ勉強になりました」


「今日だけで強くなった気がします」


「でも」


 全員の意見は一致していた。


「これ以上は無理です」


「命が持ちません」


「体力が先に死にます」


「精神も死にます」


「たぶん魂も死にます」


 剣道場に笑いが起きた。


 凛は少し考え、


「そうですか」


 と残念そうに呟く。


「私としてはまだ序盤だったのですが」


「やめてください」


 部員たちが全力でツッコんだ。


 俺も同意である。


 たぶん本当に序盤だったのだろう。


 だから怖い。



――――――



 その日の夜。


 俺は編集作業を終えていた。


 撮影した映像を見返す。


 何度見ても凛の動きは異常だった。


 まるで別の競技。


 いや。


 別の生き物である。


「これは伸びそうだな」


 俺は動画タイトルを入力する。


 そして投稿ボタンを押した。


――――――――――――


【炎の勇者チャンネル】


『元異世界騎士団長が剣道部を鍛えた結果がヤバすぎた』


――――――――――――


 動画は公開された。


 数分後には再生数が伸び始める。


 コメントも増えていく。


 反応は上々。


 いつも通りだ。


 だが。


 俺はまだ知らなかった。


 動画を見た人々が注目したのは。


 凛の強さだけではなかったことを。


 コメント欄の一角で。


 少しずつ。


 確実に。


 ある議論が始まっていた。


『いやこれ指導としてどうなん?』


『厳しすぎないか?』


『パワハラじゃね?』


『剣道経験者だけど流石に引いた』


『部員かわいそう』


『これ美談なの?』


『いやでも強くなってるし……』


『どっちなんだこれ』


『賛否分かれそう』


 火種はまだ小さい。


 本当に小さかった。


 だが。


 ネットという世界では。


 小さな火種ほど危険なことがある。


 その炎が翌日。


 想像以上の勢いで燃え上がることになるとは。


 この時の俺はまだ知らなかった。



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投稿した動画のコメント

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【動画タイトル】

『元異世界騎士団長が剣道部を鍛えた結果がヤバすぎた』


【再生数:4,827,614回】

【高評価:18.9万】

【コメント:41,372件】


『団長さん美人すぎるだろ』


『開始5分で部員の顔が死んでて草』


『勇者より団長の方が怖い説』


『これもう剣道部じゃなくて特殊部隊訓練だろ』


『部員「ありがとうございました!」←洗脳されてない?w』


『団長の圧が画面越しでも伝わってくる』


『途中から誰も喋らなくなるの笑う』


『これ本当に高校の部活?』


『ハルトが途中から実況やめてるの地味に面白い』


『勇者ですら空気読んで黙ったの草』


『団長さんガチ勢すぎる』


『剣道経験者だけど見てて胃が痛くなった』


『いやでも実力は本物なんだよな』


『部員たち明日筋肉痛で歩けなそう』


『最後の実戦ヤバすぎる』


『動き見えなかったんだが』


『CG班頑張りすぎ』


『毎回CGの技術だけ進化してるチャンネル』


『これCGじゃない派まだ生きてる?』


『むしろ今回で本物疑惑強くなった』


『↑また始まったw』


『剣道有段者だけどあの打突は意味分からん』


『審判目線でもちょっと理解不能』


『現役指導者です。指導内容にかなり疑問があります』


『↑お、来たぞ』


『強いのは分かるけど指導としてどうなん?』


『俺もそこ気になった』


『効率重視なんだろうけどキツすぎね?』


『部員たち顔色悪くなってたぞ』


『最後までやり切ったんだから問題ないだろ』


『いや高校生相手だぞ?』


『本人たち笑ってたじゃん』


『笑うしかなかった可能性』


『それは草』


『なんかブラック企業の新人研修見てる気分になった』


『団長「まだ序盤」←怖すぎる』


『あの発言普通に引いたわ』


『でも強くなってるからなぁ』


『結果出てるなら良くね?』


『結果出れば何やってもいいは違うだろ』


『コメント欄ちょっと荒れてて草』


『珍しく賛否割れてるな』


『古参だけど今回ちょっとモヤっとした』


『炎の勇者チャンネルって基本ネタ動画だったのに急にガチ指導入ると反応困る』


『団長の価値観が異世界基準なんじゃない?』


『↑それはありそう』


『異世界なら普通なのかもしれんが現代だとアウト寄りでは』


『保護者目線だと結構怖い』


『部員の親は動画見て大丈夫なんかこれ』


『これ学校許可出してるの?』


『顧問何してたんだ』


『剣道連盟案件になりそうで怖い』


『いや流石にそこまではw』


『でもSNSで切り抜かれたら燃えそう』


『↑それ思った』


『絶対「まだ序盤でした」だけ切り抜かれる』


『もうされてるぞ』


『え?』


『ショートで流れてきた』


『草』


『次回コメント欄地獄になってそう』


『なんか嫌な予感しかしない』


『炎上編始まる?』


『次の動画どうなるんだこれ』


『勇者、お前また何かやったのか』


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