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『承認欲求強めの最強勇者、魔法動画でバズって前世のヒロインたちを召喚してしまう~今世の幼馴染が管理しきれないほど愛が重すぎる~』  作者: 悪癖


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第22話 リーゼロッテ更生計画!? 現代日本サバイバル講座

 カメラが回る。


 画面の中央に立ったハルトが、いつものように親指を立てた。


「どうも! 炎の勇者チャンネルのハルトです!」


 隣では聖奈が苦笑しながら手を振る。


「西園寺聖奈です」


 そしてもう一人。


 銀髪を揺らしながら堂々と腕を組む少女。


「主の第一側近、リーゼロッテだ」


 ぴしり、と空気が止まった。


 聖奈が額を押さえる。


「はい、今日の企画の必要性が開始十秒で証明されました」


「何だその反応は」


「それですよ」


 ハルトも深く頷く。


「というわけで本日の企画はこちら!」


 効果音と共にテロップが表示される。


『異世界人を現代日本に適応させろ! リーゼロッテ更生計画!!』


 ぱちぱちぱち、とスタッフ役の使用人たちが拍手する。


 凛は不満そうだった。


「更生とは聞き捨てならんな」


「だって最近のお前、色々おかしいだろ」


「おかしい?」


「おかしいです」


 ハルトと聖奈が同時に断言した。


 凛は首を傾げる。


「私は昔からこうだが?」


「そこが問題なんだよ」


 ハルトはカメラへ向かって説明を始める。


「実は凛って、リーゼロッテの記憶を取り戻す前は普通に日本で生活してたんです」


「そうですね。成績も良かったですし、学校でも特に問題行動はありませんでした」


「つまり元々はちゃんと現代日本に適応してたんだよ」


「そうだな」


「なのに記憶を取り戻した瞬間から」


 ハルトは指を折り始める。


「護衛対象の周囲を警戒しながら歩く」


「当然だ」


「校舎の構造を見て侵入経路を分析する」


「当然だ」


「教室の窓から狙撃位置を確認する」


「当然だ」


「屋上に出るたびに監視哨を設置したがる」


「当然だ」


「全然当然じゃないんだよなぁ……」


 聖奈が遠い目をした。


 コメント欄を模した編集テロップが画面下に流れる。


『リーゼロッテさん通常運転』


『感覚が戦場なんよ』


『女子高生とは』


『凛ちゃんかわいい』


『かわいいけど危ない』


 凛は納得していない様子だった。


「しかし護衛とはそういうものではないのか?」


「異世界ならな」


「現代日本では違うんです」


 聖奈が説明する。


「もちろん事件や事故はあります。でも王族暗殺とか魔族の襲撃とか、そういうレベルの危険は滅多にありません」


「ふむ」


「だから護衛も『周囲に警戒を悟らせず自然に行う』のが基本なんだよ」


 ハルトが続ける。


「例えば俺の護衛をするとしても――」


「うむ」


「『ハルト様! 三時方向に不審人物!』とか言いながら前に飛び出すな」


「だが不審人物が」


「普通のおじさんだ」


「……」


「スーパーで買い物してる一般人だ」


「……難しいな」


 凛が本気で悩み始めた。


 聖奈が吹き出す。


「ほら、こういうところです」


「なるほど」


 ハルトは大きく頷いた。


「だから今日は特別講師を呼んでいます」


「特別講師?」


 凛が目を瞬かせる。


 その時だった。


 部屋の扉が静かに開く。


 入ってきたのは四十代半ばほどの男性だった。


 黒いスーツ。


 無駄のない体格。


 背筋は真っ直ぐ伸びている。


 しかし威圧感を表に出していない。


 むしろ存在感を消していると言った方が正しかった。


 気付けばそこにいた。


 そんな印象を受ける人物だった。


 凛の表情が変わる。


「……ほう」


 戦士の目になった。


 相手の実力を測る目。


 男性は凛へ軽く会釈する。


「初めまして」


 落ち着いた声だった。


 ハルトが紹介する。


「西園寺家で実際にSPを教育してる人です」


 聖奈も頷く。


「うちの警備部門の教育責任者ですね」


 凛の目が僅かに輝いた。


「強いな」


 その一言に、男性は少しだけ苦笑する。


「そう見えますか」


「見える」


 即答だった。


 空気が張り詰める。


 戦場を知る者同士だけが感じ取れる何か。


 それを察したハルトはニヤリと笑った。


「というわけで次からはプロによる現代護衛講座だ!」


 カメラへ向かって指を突きつける。


「リーゼロッテは現代日本に適応できるのか!?」


 凛は腕を組みながら不敵に笑った。


「面白い。受けて立とう」


 そして教育責任者の男性が静かに前へ出る。


「ではまず――」


 その一言で場の空気が引き締まった。


 現代日本最前線の護衛術と、異世界最強側近の常識が激突する講義が、今始まろうとしていた。


 西園寺家の訓練施設。


 動画撮影用のカメラが設置される中、凛は腕を組みながら目の前の男性を見ていた。


 西園寺家警備部門の教育責任者。


 実際にSPたちを指導している人物だ。


 男性はホワイトボードの前に立つと、まず最初にこう言った。


「護衛とは何だと思いますか?」


 凛は即答した。


「護衛対象を守ることだ」


「正解です」


 男性は頷く。


「ですが、その手段について大きな違いがあります」


 ホワイトボードに文字が書かれる。


『異世界の護衛』


『現代日本の護衛』


 その下に矢印が引かれる。


「異世界の護衛は脅威への対処が中心です」


 凛が頷く。


「敵を排除する」


「ええ」


 男性は否定しない。


「ですが現代日本の護衛は違います」


 そして次の言葉を口にした。


「脅威を発生させないことが最優先です」


 凛が眉をひそめる。


「発生させない?」


「はい」


 ハルトも横から補足する。


「例えばさ」


 スマホを取り出した。


「俺がコンビニに行くとする」


「うむ」


「リーゼならどう護衛する?」


 凛は少し考えた。


「周囲を警戒しながら先行する」


「うん」


「店内の死角を確認」


「うん」


「出入口を監視」


「うん」


「怪しい者がいれば即座に拘束」


「アウト」


「なぜだ」


「怪しいだけで拘束したらニュースになる」


 聖奈がツッコんだ。


 凛が固まる。


 教育責任者が続けた。


「現代日本では法が存在します」


「……ああ」


「護衛対象を守るためであっても許されない行動があります」


 ホワイトボードに大きく書かれる。


『護衛は警察ではない』


 凛は少し驚いた顔をした。


「なるほど」


「私たちは危険を予測します。しかし勝手に人を取り押さえる権限はありません」


 男性は淡々と語る。


「だからまず観察します」


「観察」


「覚えるべきことは三つです」


 今度は番号付きで書かれた。


 一、


 違和感を探す。


 二、


 逃げ道を確保する。


 三、


 目立たない。


 凛が最後の項目を見て首を傾げた。


「目立たない?」


「SPが目立ってどうするんです」


 男性は少し笑った。


「優秀なSPほど一般人に見えます」


 そう言われて改めて見ると、確かにそうだった。


 体格は良い。


 強いのも分かる。


 しかし街中ですれ違ったとしても普通の会社員にしか見えない。


 凛は感心したように呟いた。


「気配を消しているのか」


「その通りです」


 男性が頷く。


「護衛対象の周囲に溶け込む」


「敵に気付かれないためか?」


「それもあります」


 そして少し表情を真面目にした。


「ですが一番の理由は、護衛対象に普通の生活を送ってもらうためです」


 凛が目を瞬く。


「普通の生活……」


「常に護衛を意識させるのはストレスになります」


 男性は続ける。


「護衛対象が安心して買い物をし、学校へ行き、人と話せる環境を作る」


「それが仕事だ」


 凛は少し黙り込んだ。


 異世界では考えたこともなかった。


 王族も貴族も常に護衛を意識していた。


 むしろ当然だった。


 しかし現代日本では違う。


 護衛の存在を感じさせないこともまた技術なのだ。


 ハルトがニヤリと笑う。


「どうだ?」


「……興味深い」


 凛は素直に認めた。


「守るという結果は同じだが、考え方がまるで違う」


「そういうことです」


 教育責任者は満足そうに頷いた。


 そして懐からペンを一本取り出した。


「では次は実践です」


「実践?」


「はい」


 男性は何気なくペンを床へ落とした。


 カラン、と音が響く。


 その瞬間。


 凛の視線が自然に下へ向く。


 ほんの一瞬。


 本当にわずかな時間だった。


「――今です」


 男性が言った。


 気付けば彼は凛の真横に立っていた。


「なっ!?」


 凛が反射的に飛び退く。


 ハルトも思わず目を見開いた。


 全く気付かなかった。


 教育責任者は何事もなかったように元の位置へ戻る。


「人間の注意は簡単に逸れます」


 静かな声だった。


「護衛対象を見るのではありません」


「周囲を見るのです」


 凛の目が鋭くなる。


 戦士としての本能が刺激されたのだろう。


 久しぶりに出会った。


 強者ではない。


 だが技術の塊だ。


 そんな相手に。


 教育責任者は微笑んだ。


「次は簡単な訓練をやりましょう」


 その言葉に、凛は思わず口元を吊り上げる。


「面白い」


 現代日本流の護衛術。


 その奥深さを、凛は少しずつ理解し始めていた。


「それでは始めましょう」


 教育責任者が訓練エリアへ移動する。


 西園寺家の施設内に作られた模擬街区。


 コンビニ風の店舗。


 ベンチ。


 自動販売機。


 交差点。


 実際の街並みに近い環境が再現されていた。


 動画スタッフ役として使用人たちも配置されている。


 凛は周囲を見回した。


「ずいぶん本格的だな」


「実際の訓練施設ですから」


 聖奈が答える。


「うちのSPもここで訓練しています」


 教育責任者がハルトを指差した。


「今回の護衛対象は彼です」


「俺?」


「はい」


 ハルトはカメラに向かって親指を立てた。


「本日の被害者役です」


「言い方」


 聖奈が即座にツッコむ。


 教育責任者は説明を続けた。


「ルールは簡単です」


「うむ」


「私は周囲を歩きます」


「ふむ」


「あなたは護衛として彼を見失わないようについていく」


 凛は頷く。


 簡単そうに聞こえた。


「それだけか?」


「それだけです」


 教育責任者は微笑む。


「ただし」


 嫌な予感がした。


「護衛対象だけを見てはいけません」


「?」


「周囲の状況も把握してください」


「なるほど」


 凛は理解したように頷く。


「始めましょう」


 訓練開始。


 ハルトが歩き出す。


 凛はすぐ隣へ並んだ。


 教育責任者は何も言わない。


 ただ少し離れた位置から歩いている。


 数十秒。


 何も起きない。


 凛は周囲を確認しながら進んでいく。


(簡単だな)


 そう思った時だった。


「リーゼ」


 ハルトが話しかける。


「何だ」


「この前の動画の再生数なんだけどさ」


 雑談が始まった。


 凛は自然に応じる。


「かなり伸びていたな」


「だろ?」


「コメントも面白かった」


「どれが?」


 会話に意識が向く。


 その瞬間。


「終了です」


 教育責任者の声。


 凛が周囲を見回した。


 そして固まる。


「……ハルト様は?」


 いない。


 隣にいたはずのハルトが消えていた。


「え?」


 聖奈が吹き出した。


「早っ!」


「どこへ行った!?」


 凛が慌てて周囲を探す。


 すると。


「こっちこっち」


 十メートルほど離れた自販機の横からハルトが手を振っていた。


 凛は愕然とする。


「いつの間に……」


「今のは典型的な失敗です」


 教育責任者が説明する。


「護衛対象と会話する」


「はい」


「会話に集中する」


「……あ」


「周囲への意識が薄れる」


 凛は思わず顔をしかめた。


 確かにそうだった。


 敵意も気配もなかった。


 だから油断した。


 教育責任者は続ける。


「プロは会話しながら周囲を見ることができます」


「同時にか」


「当然です」


 さらりと言われた。


 凛は少し悔しそうな顔をする。


「もう一度だ」


「もちろん」


 再挑戦。


 今度は意識して周囲を観察する。


 人の動き。


 建物の出入口。


 死角。


 全てを確認しながら歩く。


 すると教育責任者が横から質問してきた。


「今このエリアには何人いますか?」


「六人」


 即答。


「素晴らしい」


 次の質問。


「出入口は?」


「三箇所」


「死角は?」


「コンビニ裏と自販機横」


 教育責任者が少し驚いた顔をした。


 さすが異世界で実戦を積んできた戦士である。


 観察力そのものは非常に高い。


 問題は方向性だけだった。


「良いですね」


「当然だ」


 凛が少し得意げになる。


 その時だった。


「わっ」


 使用人の一人がわざと書類を落とした。


 紙が散らばる。


 凛の視線がそちらへ向く。


 ほんの一瞬。


 次の瞬間。


「終了です」


「なに?」


 またハルトが消えていた。


「だからなんでだ!?」


 今度はコンビニの中から出てきた。


 ハルトが爆笑している。


「二回目ー!」


「ぐぬぬ……」


 凛が本気で悔しそうな顔をする。


 教育責任者は真面目な表情だった。


「人間は動くものに反応します」


「……」


「大きな音にも反応します」


「そうだな」


「だから脅威側は注意を逸らそうとします」


 凛の表情が変わる。


 その言葉は理解できた。


 戦場でも同じだからだ。


「囮か」


「その通りです」


 教育責任者が頷く。


「重要なのは何が起きても優先順位を間違えないこと」


 そしてハルトを指差した。


「護衛対象が最優先です」


「……なるほど」


 凛は深く息を吐いた。


 戦い方は違う。


 だが本質は同じだ。


 守るべきものを見失うな。


 それだけだ。


 教育責任者は満足そうに頷いた。


「では最後の実践です」


 その言葉に凛の目が鋭くなる。


 今度こそ失敗しない。


 そう決意した表情だった。


 しかし。


 教育責任者の口元には、わずかな笑みが浮かんでいた。


 まるで――


 ここからが本番だと言わんばかりに。


「では最後の実践です」


 教育責任者の言葉に、凛は姿勢を正した。


 これまでの訓練で学んだことは多い。


 護衛対象だけを見るな。


 周囲を観察しろ。


 注意を逸らされるな。


 そして何より、目立つな。


 だが教育責任者の表情を見る限り、本当に教えたいことはまだ別にあるらしかった。


「最後の課題は簡単です」


 男性はそう言うと、ハルトへ視線を向ける。


「あなたは今から自由に行動してください」


「おっけー」


「走っても構いません」


「おっ」


「寄り道しても構いません」


「なるほど」


「ただし事前説明は一切なしです」


 ハルトがニヤリと笑った。


 凛は少し警戒する。


 嫌な予感しかしない。


「凛さん」


 教育責任者が言う。


「あなたは彼を護衛してください」


「当然だ」


「ただし」


 一拍。


「彼の行動を制限してはいけません」


 凛が首を傾げた。


「制限?」


「勝手な行動をしそうなら止めればよいのではないか?」


 教育責任者は首を横に振った。


「それは違います」


「なに?」


「護衛対象は囚人ではありません」


 凛が目を瞬かせる。


「護衛とは行動を縛る仕事ではないのです」


 その言葉が妙に印象に残った。


 戦場では違った。


 護衛対象が危険な場所へ行こうとすれば止める。


 命令ならば抱えてでも避難させる。


 それが当然だった。


 しかし教育責任者は続ける。


「もちろん本当に危険なら止めます」


「うむ」


「ですが基本は違います」


 そして指を立てた。


「護衛対象がやりたいことを安全に実現する」


「……」


「それが仕事です」


 凛は少し考え込んだ。


 その間に。


「じゃあ行ってきまーす」


 ハルトが歩き始める。


「あっ」


 凛も慌てて追いかけた。


 ハルトは本当に自由だった。


 コンビニへ入る。


 雑誌コーナーを見る。


 飲み物を選ぶ。


 外へ出る。


 ベンチへ向かう。


 かと思えば急に方向転換する。


「なぜそんなに落ち着きがないのだ」


「動画撮影中の俺はこんな感じだぞ」


「普段からそうだろう」


「否定できない」


 聖奈が遠くで頷いていた。


 凛はハルトを見失わないようについていく。


 周囲も確認する。


 死角も意識する。


 人の流れも把握する。


 先ほどまでよりはるかに自然に動けていた。


 教育責任者が離れた位置から観察している。


 十分ほど経過した頃。


 ハルトがふと立ち止まった。


「ん?」


 前方にいた使用人の一人が、重そうな荷物を運んでいる。


 するとハルトは自然に駆け寄った。


「持ちますよ」


「え?」


「重そうなんで」


 荷物を半分受け取る。


 そのまま目的地まで運び始めた。


 凛は一瞬反応に困った。


 予定外の行動だったからだ。


 しかしすぐに周囲を確認する。


 危険はない。


 人の流れも問題ない。


 ならば。


 自分はハルトの行動を補助するだけだ。


 荷物を受け取ろうとした使用人へ声をかける。


「足元に気を付けろ」


「あ、はい」


 自然だった。


 戦場で培った観察力が、現代流の護衛へ変換され始めている。


 教育責任者が小さく頷く。


 やがて訓練終了の合図が鳴った。


「ここまでです」


 凛が振り返る。


「終わりか」


「はい」


 教育責任者は微笑んだ。


「最後の訓練の意味は分かりましたか?」


 凛は少し考えた。


 そして答える。


「護衛対象の自由を奪わないこと」


「その通りです」


「だが、それだけではないな」


 男性が目を細める。


 凛はハルトを見る。


 今日一日ずっと護衛していて気付いたことがあった。


「ハルト様は勝手に動く」


「おい」


「予測不能だ」


「否定できない」


 聖奈がまた頷いた。


「だが」


 凛は続ける。


「だからといって行動を縛れば、ハルト様らしさが失われる」


 教育責任者が静かに頷いた。


「ええ」


「ならば私は守るだけだ」


 自然に言葉が出た。


「好きに動けるように」


「危険があれば取り除く」


「それでいい」


 教育責任者は満足そうに笑った。


「合格です」


 その一言に、凛が少し驚く。


「合格?」


「十分ですよ」


 男性は続けた。


「技術はいくらでも学べます」


「……」


「ですが護衛の本質を理解できる人は意外と少ない」


 そしてハルトを見る。


「守るべき相手を信頼すること」


 今度は凛を見る。


「そして信頼されること」


 その言葉に、凛は少しだけ目を見開いた。


 戦場にはなかった考え方だった。


 守る。


 それは命令だからではない。


 忠誠だけでもない。


 信頼だから守る。


 その感覚は不思議としっくりきた。


 ハルトが笑う。


「どうだ?」


「……悪くない」


 凛も小さく笑った。


 教育責任者はそんな二人を見て頷く。


「これで本日の講義は終了です」


 拍手が起こる。


 動画スタッフ役の使用人たちも拍手していた。


 カメラはその様子を映し続ける。


 こうしてリーゼロッテ――いや剣崎凛の現代日本適応講座は、一旦の幕を閉じたのだった。


 夕方。


 訓練施設の一角に設置されたカメラの前。


 ハルト、聖奈、凛の三人が並んでいた。


 今日の撮影もいよいよ締めである。


 ハルトがカメラへ向かって笑顔を作った。


「というわけで本日の企画!」


 効果音。


『異世界人を現代日本に適応させろ! リーゼロッテ更生計画!!』


 テロップが表示される。


「無事終了しましたー!」


 ぱちぱちぱち、と拍手。


 聖奈も微笑む。


「お疲れ様でした」


「お疲れ様でした」


 凛も頭を下げた。


 教育責任者も隣に立っている。


 ハルトはさっそく質問した。


「先生、総評をお願いします」


 教育責任者は少し考えてから口を開いた。


「率直に言えば、驚きました」


 凛が少し首を傾げる。


「そうなのか?」


「はい」


 男性は苦笑した。


「最初は正直、苦戦すると思っていました」


「む」


「ですが観察力、状況判断能力、危険察知能力は非常に高い」


 凛は黙って聞いている。


「特に周囲の変化を把握する能力は、私が教えている新人SPより上ですね」


 使用人たちがざわついた。


 かなり高い評価らしい。


 聖奈も少し驚いている。


「そんなにですか?」


「ええ」


 教育責任者は断言した。


「護衛の技術そのものは短期間で十分習得できるでしょう」


 そして凛へ向き直る。


「今後も続ければ優秀な護衛になれます」


 凛は素直に頭を下げた。


「勉強になった」


「こちらこそ」


 教育責任者も頭を下げる。


 非常に綺麗な締めだった。


 ――はずだった。


「よし!」


 ハルトが満足そうに頷く。


「これで凛も現代日本に適応できたな!」


「うむ」


 凛が頷く。


「まず護衛対象から三歩以内を維持し――」


「うん」


「周囲の人間を常に観察し――」


「まあそれはいい」


「出入口を確認し――」


「それもまあ」


「毒物混入の可能性を考慮して飲食物を――」


「待て」


 聖奈が止めた。


 凛は真顔だった。


「どうした?」


「いや、今さらっと怖いこと言わなかった?」


「基本だぞ」


「日本では基本じゃないんだよ」


 凛は不思議そうな顔をする。


「そうなのか?」


「そうなの」


 ハルトも苦笑した。


 だが凛は納得していない。


「しかし危険は常に存在する」


「まあゼロじゃないけど」


「ならば食堂の座席配置も――」


「まだやるの?」


「避難経路の確認も――」


「まだやるの?」


「登下校ルートの脆弱性分析も――」


「だからまだやるの?」


 聖奈のツッコミが止まらない。


 使用人たちも笑いを堪えていた。


 教育責任者まで少し困った顔になっている。


「……あの」


「はい」


「そこまでやる必要はありません」


「なに?」


 凛が本気で驚いた。


 ハルトと聖奈は同時に頭を抱えた。


「そこに驚くな!」


「そこが一番大事なんだよ!」


 凛は腕を組む。


「むう……」


 本気で悩んでいるらしい。


「だがハルト様は有名人だぞ」


「まあ多少は」


「ならば警戒を――」


「ほどほどでいい」


「ほどほど……」


 異世界最強クラスの戦士にとって、その概念が一番難しいらしかった。


 しばらく考え込んだ末。


 凛は真面目な顔で宣言した。


「分かった」


「おっ」


「では今後は周囲三百メートル以内の警戒に留めよう」


「全然分かってねぇ!」


 ハルトと聖奈の声が完全に重なった。


 撮影スタッフたちも大爆笑。


 教育責任者もとうとう吹き出してしまった。


 凛だけが納得した顔をしている。


「これなら十分妥協している」


「してない」


「全くしてない」


「え?」


 本気で分かっていなかった。


 ハルトはカメラへ向き直る。


 そして大きくため息を吐いた。


「というわけで」


 テロップ。


『護衛技術 習得』


『現代常識 要経過観察』


 画面の隅で凛が抗議している。


「私は十分常識的だぞ」


「どの口が言うんだ」


「護衛対象を見失わなくなったではないか」


「そこじゃない」


「違うのか?」


「違う」


 聖奈が笑いながら肩を竦める。


「まあ、少しは進歩したんじゃないですか?」


「少し?」


「少し」


 凛は不満そうだったが、どこか楽しそうでもあった。


 ハルトは最後にカメラへ向かって親指を立てる。


「それじゃあ今回はここまで!」


「また次回!」


「うむ」


 三人で手を振る。


 撮影終了。


 だが。


 カメラが止まった直後。


 凛が施設の出口を見て呟いた。


「ところであの非常口、配置が少し――」


「終わっただろもう!」


 ハルトのツッコミが響く。


 聖奈の笑い声が続く。


 こうして凛は現代式の護衛術を学んだ。


 確かに学んだ。


 間違いなく成長もした。


 だが――


 現代日本の常識まで身に付いたかと言われると。


 それはまた、別の話だった。



――――――――――――――

投稿した動画のコメント

――――――――――――――


【動画タイトル】

『【異世界人更生計画】元最強護衛騎士に現代SP講座を受けさせた結果www』


【再生数:4,872,311回】

【高評価:287,541】

【コメント:41,328件】


『開始10秒で更生計画の必要性が証明されてて草』


『女子高生の発言じゃねぇwww』


『校舎見て侵入経路分析は怖すぎる』


『当然だ←当然じゃない』


『聖奈さんのツッコミキレキレで好き』


『リーゼロッテさん真面目だから余計面白い』


『本人だけ常識人だと思ってるのが一番ヤバい』


『普通のおじさんを不審人物扱いするなw』


『スーパーのおじさんかわいそう』


『感覚が完全に戦場なんよ』


『でも実際強そうなんだよなこの人』


『SPの先生めっちゃ有能そう』


『なんか先生だけ空気違わなかった?』


『気付いたら横にいたの普通に怖い』


『あのペン落とす実演すごかった』


『あれどうやったんだ?』


『プロの技術解説動画としても面白い』


『護衛は警察じゃない←勉強になった』


『護衛対象に普通の生活を送らせるのが仕事って考え方いいな』


『いや普通に良い話だったのに最後で全部吹っ飛んだ』


『周囲300メートル警戒で妥協は草』


『300メートルてどこの軍事基地だよ』


『むしろ異世界の王族ってどんな生活してたんだ』


『リーゼロッテ視点だと現代日本が無防備すぎる説』


『凛ちゃんの価値観聞いてると異世界怖い』


『ハルト消える訓練のとこ何回見ても笑う』


『2回とも引っ掛かるの可愛い』


『ぐぬぬ顔好き』


『このチャンネル最近ずっと当たり回続いてない?』


『ハルトが勝手に動き回るのは護衛泣かせすぎる』


『教育責任者「護衛対象は囚人ではありません」←名言』


『なお護衛対象本人』


『絶対普段から問題児だろ勇者』


『聖奈さんが終始保護者ポジで笑う』


『護衛対象を信頼するって話ちょっと感動した』


『急に良い動画になるな』


『でも最後はちゃんとオチを付ける』


『動画構成うますぎる』


『これ台本じゃないなら凛さん天然の天才だろ』


『天然というか戦士脳』


『異世界軍人を現代に連れてきたらこうなるのか』


『先生、新人SPより上って評価してたけど結構凄くない?』


『観察力だけなら本当にトップクラスなんだろうな』


『元自衛官だけど状況把握能力は普通に優秀だと思う』


『↑自分も警備業だけどあの視点は訓練されてる人のそれ』


『↑専門家まで困惑してるの草』


『SP業界の人たちコメント欄に集まってきてて笑う』


『西園寺家って毎回さらっと凄い人出てくるな』


『あの教育責任者さん単独で動画化してほしい』


『本当に西園寺家何者なんだ』


『CGとか演出じゃなくて凛さんだけはガチでそう思ってそうなんだよな』


『毎回思うけど演技が自然すぎる』


『いや逆に自然すぎて怖い』


『異世界設定のロールプレイだとしても完成度高すぎる』


『リーゼロッテシリーズもっと見たい』


『次は現代常識講座第二弾やってくれ』


『交通ルール編とか絶対事故る』


『ファミレス編も見たい』


『コンビニで不審者探し始めそう』


『現代適応企画シリーズ化希望』


『このままだと半年後でも周囲300メートル警戒してそう』


『絶対まだ何かやらかすだろこの人』


『現代常識 要経過観察 ← 完全同意』


『次回予告なくても続編確定だろこれ』


『更生計画、全然終わってない件』


『次回も楽しみにしてる』

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