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『承認欲求強めの最強勇者、魔法動画でバズって前世のヒロインたちを召喚してしまう~今世の幼馴染が管理しきれないほど愛が重すぎる~』  作者: 悪癖


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22/30

第21話 騎士団長に本気で護衛させてみた

 その企画が正式に動き出した時。


 一番最初に悲鳴を上げたのは結衣だった。


「だから言ったじゃん……」


 西園寺グループ本社。


 最上階会議室。


 長机いっぱいに広げられた資料の山を前に、結衣はげっそりとした顔で呟いた。


「絶対ロクなことにならないって……」


 対するハルトは満面の笑みだった。


「いやでも面白そうじゃん」


「面白そうで済ませていい規模じゃないんだよ」


 机の上には、


 警備計画書。


 避難誘導計画書。


 撮影計画書。


 医療体制計画書。


 緊急時対応マニュアル。


 関係各所との調整資料。


 さらに分厚いファイルが何十冊も積み上がっている。


「たかが動画一本だよ?」


「そのたかが動画一本のために何百人動いたと思ってるの!?」


 結衣が叫ぶ。


 実際。


 今回の企画は想像以上に大事になっていた。


 発端は単純だった。


 ハルトが言ったのである。


『凛って本気で護衛したらどんな感じなんだ?』


 と。


 そして凛が真顔で答えた。


『主の護衛は私の本懐です』


 と。


 そこから先は早かった。


 聖奈が乗った。


『面白そうですね』


 と。


 結果。


 西園寺グループ総出で、


『勇者を本気で護衛してみた』


 企画が始動したのである。


 当然ながら凛の護衛は普通ではない。


 本人は本気で戦場基準なのだ。


 放置すると、


 建物の屋上に監視員を配置し、


 周辺住民の聞き込みを行い、


 避難経路を複数確保し、


 狙撃地点を洗い出し、


 不審人物を拘束しかねない。


 そのため。


 西園寺グループの法務部。


 警備部。


 広報部。


 撮影部隊。


 施設管理部門。


 その他大勢。


 全員が必死になって、


「現代日本の法律に触れない範囲で騎士団長を満足させる方法」


 を考える羽目になった。


 ちなみに会議は三徹になったらしい。


 結衣はその報告を聞いた時、本気で担当者に同情した。


「本当にお疲れ様です……」


「皆さんとても楽しそうでしたよ?」


 聖奈が微笑む。


「絶対違うと思う」


 結衣は即答した。


 そんな中。


 凛だけは資料を真剣な表情で読んでいた。


「なるほど……」


「どうした?」


 ハルトが聞く。


「敵役の襲撃経路が甘いです」


「敵役って言うな」


 結衣が即座にツッコむ。


 今回の企画。


 実はただの護衛動画ではない。


 ハルトが途中で言い出したのだ。


「でも普通に歩くだけじゃ地味じゃね?」


 と。


 そして、


「途中で襲われた方が面白くない?」


 と言った。


 その結果。


 西園寺グループが総力を挙げて、


『疑似襲撃イベント』


 を準備することになったのである。


 もちろん安全第一。


 許可も取得済み。


 関係者以外に被害は出ない。


 だが字面だけ見ると恐ろしい。


 白昼堂々。


 ショッピングモール内で。


 襲撃イベント。


 冷静に考えると意味が分からない。


「ねえ」


 結衣が真顔で言う。


「私の感覚がおかしいのかな」


「何がだ?」


「ショッピングモールで襲撃イベントやるって普通?」


「最近の動画企画なら普通じゃないか?」


「普通じゃない」


 即答だった。


 凛は腕を組む。


「むしろ実戦性が不足しています」


「さらに普通じゃない人いた」


「本来であれば五十名規模の武装集団を――」


「ダメです」


「はい」


 聖奈が即座に却下した。


 凛は素直に引き下がる。


 ただし少し残念そうだった。


 その様子を見て結衣は頭を抱えた。


(この人達、本当に異世界組なんだなぁ……)


 感覚が違いすぎる。


 数日かけて作られた警備計画。


 無数の会議。


 大量の書類。


 関係各所との調整。


 その全てが、


『騎士団長の護衛ごっこ』


 のためである。


 なんという無駄な努力だろう。


 だが。


 その無駄な努力のおかげで。


 ようやく企画は実施可能になった。


 会議室の大型モニターに映る責任者が言う。


『準備完了です』


『警備体制問題なし』


『撮影部隊配置完了』


『モール側との連携完了』


『一般客への影響なし』


『イベント進行可能です』


 拍手が起きた。


 何故か達成感まで漂っている。


「おおー!」


 ハルトが立ち上がる。


「じゃあ行くか!」


「御意」


 凛も即座に立ち上がった。


 聖奈は微笑み。


 結衣だけが遠い目をしていた。


 そして――。


 撮影当日。


 巨大ショッピングモールの駐車場。


 撮影スタッフ達が慌ただしく動いている。


 カメラが回る。


 マイクが向けられる。


 ハルトはいつものように元気よく前へ出た。


「どうもー! 炎の勇者チャンネルです!」


 カメラへ手を振る。


「今日はですね!」


 隣へ立つ凛を指差した。


「うちの新メンバーである凛に!」


「はい」


「本気で護衛してもらおうと思います!」


 凛が胸に手を当てる。


「主の安全は私が保証します」


「頼もしい!」


「命に代えても」


「言い方!」


 結衣のツッコミが飛ぶ。


 ハルトは笑った。


「まあそんな感じで!」


「そんな感じじゃない」


「今日は俺が色々歩き回ってみるから!」


「はい」


「凛がどんな護衛をするのか見ていこう!」


 カメラへ親指を立てる。


「それじゃあ――」


 満面の笑み。


「行ってみよう!」


 動画用のオープニング撮影が終わる。


 スタッフ達が一斉に動き出した。


 カメラ担当。


 音声担当。


 警備担当。


 イベント担当。


 全員が配置につく。


 そして凛は。


 既に周囲を見渡していた。


 風の流れ。


 人の動き。


 建物の構造。


 出入口。


 屋上。


 監視カメラ。


 全てを確認している。


 その姿は完全に歴戦の騎士団長だった。


「……主」


「ん?」


「半径百メートル以内に脅威は確認できません」


「そうか!」


「ですが油断は禁物です」


「うん!」


「いつ襲撃されても対応できます」


「頼もしいな!」


「いや襲撃されるの確定なの!?」


 結衣の叫びが響く。


 なぜなら。


 今日の企画では。


 実際に襲撃イベントが起きるのだから。


 もちろん凛だけは知らない。


 彼女は本気で護衛している。


 だからこそ面白い。


 だからこそ危ない。


 そして。


 誰も知らなかった。


 この数時間後。


 ショッピングモール全体を巻き込んだ大騒動が始まることを。


 異世界最強の騎士団長は。


 果たして現代日本で護衛任務を完遂できるのか。


 ――撮影開始。


 戦場はショッピングモールへ移る。



 ショッピングモールに入ってから三十分後。


 既に結衣は悟っていた。


(今日一日ずっとこれだ……)


 と。


 平日の昼間とはいえ、大型ショッピングモールはそれなりに賑わっている。


 家族連れ。


 学生。


 買い物客。


 友人同士で遊びに来た若者。


 そんな人々の中を、ハルトたちは歩いていた。


 ……いや。


 正確には三人が歩いていて、一人だけ違った。


「主、停止してください」


「ん?」


 ハルトが立ち止まる。


 凛は真剣な表情で近くの柱を見つめていた。


「死角があります」


「ショッピングモールの柱だよ?」


 結衣が言う。


「敵が潜伏可能です」


「潜伏しないよ」


「ですが――」


「しないから」


 即答だった。


 凛は数秒考えた。


「確かに平時なら不要かもしれません」


「うん」


「しかし有事なら必要です」


「有事にならないから」


 凛は納得していない顔だった。


 一方。


 当のハルトは楽しそうだった。


「おー、このアングルいいな」


 スマホを取り出す。


「凛、もう少し前歩いてみて」


「御意」


 凛が即座に移動する。


 自然光が差し込む吹き抜け。


 エスカレーター。


 行き交う人々。


 その中を真顔で警戒しながら進む美少女剣士。


 確かに映える。


「いいなこれ」


 ハルトは満足そうに頷いた。


「映画みたいじゃん」


「映画ではありません」


 凛が即答する。


「実任務です」


「そういうキャラ作り好きだぞ」


「キャラ?」


「うん」


 凛は困惑した。


 だが主の言葉である。


 深く考えないことにした。


 そんな二人の後ろを歩きながら。


 結衣は頭を抱えた。


 周囲の客も微妙な顔をしている。


 当然だ。


 長身の美少女が。


 数歩進むごとに周囲を警戒し。


 天井を見上げ。


 監視カメラを確認し。


 非常口を把握し。


 時々柱の裏まで確認している。


 どう見ても普通じゃない。


「ねえ聖奈」


「何でしょう?」


「これ本当に公開するの?」


「もちろんです」


 即答だった。


「面白いじゃないですか」


「そうかなぁ……」


「私はとても面白いと思います」


 聖奈は微笑む。


 その視線の先では。


 凛が真顔でフロアマップを確認していた。


「敵が侵入するならこちらの通路が有力ですね」


「敵いないから」


「あるいは吹き抜け上層から――」


「いないから」


 結衣のツッコミが追いつかない。


 その横でハルトは撮影を続ける。


「皆さん見てください」


 カメラに向かって話し始めた。


「今のところ凛はずっとこんな感じです」


「主の安全確保は当然です」


「さっきから柱の裏ばっか見てるんだけど」


「死角確認です」


「映画のSPみたいだな」


「えすぴー?」


「ボディガード」


「ほう」


 凛は少し考えた。


「同業者ですね」


「違うと思う」


 結衣は諦め気味に言った。


 その後も状況は変わらない。


 雑貨店へ入る。


 凛が先に入る。


 店内確認。


 非常口確認。


 店員確認。


 不審者確認。


 安全確認。


 それからようやくハルトが入店。


「入っていいです」


「ありがとう」


「いや何そのVIP対応」


 結衣が呟く。


 だがハルトはむしろ楽しそうだった。


「なんかすごくね?」


「何が?」


「護衛されてる感」


「実際護衛されてるからな」


「いい動画になりそうだ」


 完全に撮影者目線だった。


 雑貨店を出て。


 ゲームセンターへ移動。


 アパレルショップを見て。


 フードコートを通過。


 どこへ行っても同じである。


 ハルトと聖奈。


 二人はほぼ友人同士のお出掛けだった。


「これ面白そうじゃないか?」


「主が望まれるなら購入します」


「いや凛に聞いてない」


「主の望みは私の望みです」


「便利だな」


「便利じゃないから」


 結衣が言う。


 聖奈も負けていない。


「こちらも購入しましょう」


「いや別にいらないぞ?」


「では十個ほど」


「話聞いてた?」


 いつものやり取り。


 いつもの温度感。


 問題は。


 その横で凛が本気で警戒していることだった。


 やがて一行は吹き抜け広場へ到着する。


 中央には大きな噴水。


 ベンチ。


 イベントスペース。


 休日には催し物も行われる場所だ。


 凛は広場を見渡した。


 そして。


「最悪です」


 真顔で言った。


「えっ」


「防衛に適していません」


「広場だからね」


「遮蔽物が少ない」


「うん」


「逃走経路が限定される」


「そうだね」


「高所からの狙撃に弱い」


「日本で何と戦う気なの!?」


 結衣の叫びが響いた。


 近くの買い物客が振り向く。


 しかし凛は真剣だった。


「主の安全を考えれば当然です」


「そういう問題じゃないの!」


「なるほど」


 ハルトは感心したように頷く。


「やっぱ凛って本物だな」


「恐縮です」


「その設定徹底してるの尊敬する」


「設定?」


「うん」


 凛はまた困惑した。


 だが主が褒めてくれた。


 それだけで十分だった。


 少しだけ頬が緩む。


 その様子を見て。


 結衣は遠い目をした。


(この人、本当に幸せそうだなぁ……)


 主に褒められただけで嬉しそう。


 主を守るだけで満足そう。


 価値観が騎士すぎる。


 そんなことを考えていると。


 凛が突然立ち止まった。


 表情が引き締まる。


「……?」


 結衣は眉をひそめた。


 先ほどまでとは違う。


 本当に何かを見つけた顔だ。


 凛の視線は。


 吹き抜け二階部分へ向いていた。


「どうした?」


 ハルトが聞く。


 凛は数秒沈黙した後。


「いえ」


 静かに首を振る。


「問題ありません」


 そう答えた。


 だが。


 騎士団長としての勘が。


 何かを感じ取っていた。


 もちろん。


 それは偶然ではない。


 なぜなら今この瞬間。


 西園寺グループのスタッフ達が。


 次の工程へ向けて動き始めていたのだから。


 そして数十分後。


 この平和なショッピングモールは。


 予定通り。


 襲撃イベントの舞台となる。



 異変が起きたのは。


 吹き抜け広場を出てしばらくした頃だった。


 ハルト達が二階通路を歩いていた時。


 凛の足が止まる。


 その瞬間だった。


「主」


 低い声。


 先ほどまでとは違う。


 戦場で部下へ命令を下す騎士団長の声だった。


「後ろへ」


「ん?」


 ハルトが首を傾げる。


 しかし凛は既に動いていた。


 ハルトを背後へ押し下げる。


 同時に前方へ一歩。


 鋭い視線が人混みを射抜く。


「……来ます」


 その直後。


 人混みの中から数人の男達が飛び出した。


「対象確認!」


「確保する!」


 大声。


 一般客には聞こえないよう事前に周辺はスタッフによって整理されている。


 しかし凛はそんな事情を知らない。


 知らないからこそ――。


 目が変わった。


 完全に。


 戦場の目へ。


「敵襲」


 その一言に。


 結衣の背筋が凍った。


 普段の凛ではない。


 リーゼロッテだった。


 魔王軍との大戦を生き抜いた。


 王国最強の騎士。


 その顔だった。


「ちょっ――」


 結衣が何か言おうとする。


 だが遅い。


 男の一人がハルトへ飛びかかった。


 次の瞬間。


 視界から消えた。


「え?」


 男の方が驚いていた。


 気付けば床へ転がされていたからだ。


 凛は一歩も動いていない。


 ただ相手の勢いを利用して崩しただけ。


 しかし。


 技術差が絶望的すぎた。


「一人」


 淡々と呟く。


 続けて二人目。


 背後から接近。


 腕を掴もうとする。


 その腕を逆に取られ。


「ぐっ!?」


 身体が宙を舞った。


 綺麗な投げ技。


 派手さはない。


 だが恐ろしく実戦的だった。


「二人」


 男達は顔を見合わせた。


 演技ではない。


 本気だ。


 彼女は本気で敵襲だと思っている。


 そして。


 本気で排除しようとしている。


 ――同時刻。


 ショッピングモール監視室。


 大量のモニターを前に。


 西園寺グループ関係者達が固唾を呑んでいた。


「やっぱりこうなったか……」


「予想通りですね」


 責任者が苦笑する。


 今回の襲撃役。


 実はただのエキストラではない。


 国内外で活動経験を持つ民間警備会社の人員。


 しかも。


 紛争地帯での警備経験を持つ本職達だった。


 もちろん銃火器はない。


 だが身体能力と訓練レベルは本物。


 普通の人間ならまず突破できない。


 そんな相手を用意した理由。


 それは聖奈の一言だった。


『手加減は不要です』


 会議室が静まり返った。


 その時。


 担当者は思わず聞き返した。


『本当にですか?』


『はい』


 聖奈は微笑んでいた。


『むしろその方が良いでしょう』


『ですが相手は女子高生ですよ?』


『リーゼなら問題ありません』


 断言だった。


『むしろ半端な相手だと危険です』


『危険?』


『はい』


 聖奈は少しだけ苦笑した。


『本気で護衛している相手に近付かれた方が怒ります』


 その結果。


 警備会社側へ事前説明が行われた。


『反撃される可能性があります』


『どの程度ですか?』


『かなりです』


『かなり?』


『やりすぎと言われる程度には』


『……』


『ただし怪我はさせません』


『根拠は?』


『彼女だからです』


 意味不明な説明だった。


 だが。


 西園寺グループが本気だったため受け入れられた。


 そして。


 もう一つ。


 事前に決められていたルールがある。


 それは――。


『もしハルト様へ接触できた場合』


『はい』


『その時点でネタ晴らしを行います』


 企画成功。


 護衛失敗。


 そこで終了。


 だが。


 聖奈もハルトも。


 内心では知っていた。


 そんな展開にはならないと。


 それは期待ではない。


 信頼でもない。


 確信だった。


 リーゼロッテ、かつて王国最強と呼ばれた騎士。


 魔王軍最強クラスの将軍達を相手に。


 幾度も前線を支え続けた女。


 そんな彼女が。


 護衛対象から目を離すはずがない。


 まして。


 守る相手がハルトなら。


 絶対に。


 あり得ない。


 ――現場。


「囲め!」


 襲撃役達が散開する。


 前後左右。


 複数方向から接近。


 一般的な護衛なら厳しい。


 だが。


 凛は冷静だった。


「主」


「おう」


「私の後ろへ」


「了解」


 ハルトは素直に従う。


 むしろ少し楽しそうだった。


 凛はそれを確認すると。


 周囲を見渡した。


 敵五名。


 脅威なし。


 即座に判断。


 そして。


 静かに腰を落とした。


 その姿に。


 襲撃役のリーダーが本能的な違和感を覚える。


(なんだ……?)


 女子高生だ。


 小柄だ。


 武器もない。


 なのに。


 なぜか近付きたくない。


 獣に近付いた時のような。


 そんな感覚。


 そして次の瞬間。


 彼は理解する。


 自分達が相手にしているのは。


 ただの女子高生ではないと。


 凛が一歩踏み込んだ。


 それだけで。


 空気が変わった。


 戦場の空気へと。



 先に動いたのは襲撃役だった。


 正面から一人。


 右から一人。


 背後を回るように二人。


 さらに少し離れた位置で一人が待機する。


 素人ではない。


 連携も統率も取れている。


 だからこそ。


 凛は即座に理解した。


(訓練されている)


 王国軍。


 傭兵団。


 盗賊。


 魔王軍。


 数え切れない敵と戦ってきた経験が告げる。


 この連中は危険だ。


 少なくとも一般人ではない。


 だが――。


 負ける相手でもない。


「主」


「おう」


「動かないでください」


「了解」


 ハルトは素直だった。


 むしろ少しワクワクしている。


 凛はそんな主の様子に安心する。


 恐怖はない。


 ならば自分が守ればいい。


 それだけだ。


 正面の大男が突進してきた。


 身長は一九〇センチ近い。


 体重も百キロ近いだろう。


 鍛え上げられた肉体。


 拳だけでも十分凶器になる。


 対する凛は女子高生。


 体格差は歴然だった。


 だから。


 真正面からは受けない。


 半歩。


 僅かに身体を捌く。


 空振った腕を流し。


 重心を崩す。


 だが。


 そこで終わらない。


 相手も訓練されている。


 即座に体勢を立て直した。


(速い)


 凛は内心で評価した。


 以前の相手ならそのまま転倒していた。


 だがこの男は違う。


 実戦経験がある。


 力任せではない。


 技術も持っている。


 その瞬間。


 左から二人目が突っ込んできた。


 挟撃。


 凛は咄嗟に後退する。


 髪先を掠める拳。


 危ない。


 本当に危ない。


 もし普通の女子高生なら終わっていた。


「おお……」


 ハルトが感心した声を漏らす。


 撮影班も息を呑む。


 想定以上に激しい。


 だが。


 それでも凛は冷静だった。


 なぜなら。


 この程度は。


 異世界では日常だったからだ。


 大男が再び迫る。


 今度は蹴り。


 鋭い。


 重い。


 まともに受ければ吹き飛ぶ。


 凛は腕で流した。


 だが。


 衝撃が走る。


「っ……!」


 身体が数歩下がる。


 痛い。


 腕が痺れる。


 体格差はどうにもならない。


 異世界の加護もない。


 今の凛はただの女子高生だ。


 鍛えているとはいえ限界はある。


 それでも。


 技術だけは。


 誰にも負けない。


「なるほど」


 凛は静かに呟いた。


「強いですね」


 その言葉に。


 襲撃役の男達が驚く。


 普通は逆だ。


 圧倒される側が言う台詞ではない。


 だが凛は本気だった。


 彼らは強い。


 だから敬意を払う。


 それだけだ。


 次の瞬間。


 凛が踏み込んだ。


 初めての攻勢。


 相手の懐へ潜り込む。


 肩。


 肘。


 手首。


 三点を同時に制する。


 大男の身体が崩れる。


「なっ――」


 そのまま床へ。


 派手な音。


 だが受け身を取れるよう誘導している。


 怪我はない。


「一名拘束」


 続けて二人目。


 腕を捻り。


 体勢を崩し。


 床へ押さえ込む。


 無駄がない。


 必要以上に傷付けない。


 それは。


 聖奈との約束があるからだった。


 数日前。


 企画説明の際。


 聖奈は真面目な顔で言った。


『リーゼ』


『はい』


『日本では敵でも殺してはいけません』


『……』


『捕縛してください』


『捕縛ですか』


『はい』


『敵を?』


『敵をです』


『生きたまま?』


『生きたままです』


 凛は困惑していた。


 異世界ならあり得ない。


 危険人物は無力化する。


 それが常識だった。


 しかし。


 ここは主の世界。


 ルールは守るべきだ。


『承知しました』


 だから今も。


 凛は徹底していた。


 首は狙わない。


 関節も壊さない。


 骨も折らない。


 気絶も極力避ける。


 ただ制圧する。


 それだけ。


 だが。


 その縛りは凛にとって想像以上に難しかった。


「っ!」


 三人目が飛び込む。


 掴み技。


 今度は避けきれない。


 腕を取られた。


 体格差がある。


 力比べでは不利。


 一瞬だけ動きが止まる。


「捕まえた!」


 男が叫ぶ。


 だが。


 次の瞬間。


 凛は身体を回転させた。


 関節技。


 力ではない。


 技術による崩し。


 男の体勢が逆に崩れる。


 そして床へ。


 四人目も。


 五人目も。


 一人ずつ。


 確実に。


 制圧されていく。


 気付けば。


 全員が床に転がっていた。


 誰一人怪我はない。


 だが誰一人立ち上がれない。


 完璧だった。


 凛は呼吸を整える。


 額に汗が浮かぶ。


 腕も少し痛む。


 楽な戦いではなかった。


 もし本当に殺して良いなら。


 もっと早く終わっていた。


 だが。


 それでは主の世界のルールに反する。


 だから。


 全員生きたまま捕らえた。


 凛は周囲を警戒する。


 まだ終わっていない。


 そう思っていた。


 しかし。


 床に転がる襲撃役達は。


 別の意味で呆然としていた。


「……マジか」


 リーダーが小さく呟く。


 彼らはプロだった。


 だから分かる。


 この少女は異常だ。


 筋力でも体格でも勝っている。


 実戦経験だってある。


 それなのに。


 誰一人まともに触れられなかった。


 しかも。


 無傷で捕縛された。


 その事実に。


 監視室の関係者達も沈黙していた。


 そして。


 ハルトと聖奈だけが。


 どこか懐かしそうに笑っていた。


 当然だ。


 今の光景を。


 二人は何度も見てきたのだから。


 勇者を守る騎士。


 王国最強の盾。


 それが彼女だった。


 そして凛本人だけが。


 まだ気付いていない。


 この戦いが。


 まだ終わっていないことに。



 襲撃役全員を制圧してからも。


 凛は警戒を解かなかった。


 倒れた男達を視界に収めながら。


 周囲の人の流れ。


 死角。


 逃走経路。


 増援の可能性。


 それらを順番に確認していく。


「主」


「ん?」


「負傷はありませんか」


「ないぞ」


「そうですか」


 ようやく少しだけ表情が和らぐ。


 だが次の瞬間。


「ならば次の脅威に備えます」


「まだやるの?」


 結衣が思わず声を上げた。


 凛は真顔だった。


「当然です」


「いや終わったよ?」


「敵は複数回攻撃を仕掛けてくる場合があります」


「ここ日本だから!」


「だからこそ油断を誘う可能性があります」


「そんな可能性ないから!」


 今日何度目か分からないツッコミだった。


 しかし。


 その時だった。


 突然。


 周囲から拍手が起きた。


 ぱちぱちぱちぱち。


 凛が振り返る。


 そこには。


 撮影スタッフ達。


 西園寺グループ関係者達。


 そして床に転がっていた襲撃役達までいた。


 全員が笑っていた。


「……?」


 凛の眉が僅かに寄る。


 状況が理解できない。


 そして。


 聖奈が前へ出た。


「お疲れ様です、リーゼ」


「聖奈様?」


「護衛任務完了ですよ」


「……?」


「ネタ晴らしです」


 数秒。


 沈黙。


 そして。


「……ネタ晴らし?」


 凛が首を傾げた。


 その様子を見たハルトが吹き出した。


「ぷっ……」


「主?」


「いや、凛」


 肩を震わせながら言う。


「今の全部ドッキリみたいなもん」


「……」


「動画企画」


「……」


「襲撃も仕込み」


「……」


 凛の思考が停止した。


 完全に停止した。


 十秒ほど。


 本当に十秒ほど。


 固まった。


 そして。


「…………え?」


 ようやく出た言葉がそれだった。


 結衣が盛大に吹き出す。


「今さら!?」


「仕込み……?」


「そう」


「襲撃ではなく?」


「うん」


「敵ではなく?」


「うん」


「訓練だったのですか?」


「まあそんな感じ」


 凛は静止した。


 再び静止した。


 床に転がる襲撃役を見る。


 本人達は笑顔で手を振っている。


 確かに敵ではない。


 周囲を見る。


 スタッフばかりだ。


 確かに敵ではない。


 そして。


 自分のやったことを思い出す。


「……」


 顔が赤くなった。


 耳まで真っ赤になった。


「わ、私は……」


「うん」


「本気で……」


「うん」


「敵襲だと……」


「うん」


「思っていました……」


「知ってる」


 ハルトは笑っていた。


 聖奈も笑っている。


 結衣に至っては腹を抱えていた。


「だから面白かったんじゃん!」


「っ……!」


 凛が俯く。


 恥ずかしい。


 とても恥ずかしい。


 だが。


 それ以上に。


「主」


「ん?」


「無事でしたか」


「無事だぞ」


「そうですか」


 凛は安堵した。


 本当に。


 心の底から。


 それを見た聖奈が優しく微笑む。


「やはりリーゼでしたね」


「……?」


「私は失敗する可能性を考えていませんでした」


「聖奈様」


「ハルト様も同じです」


 ハルトも頷く。


「そりゃな」


「主」


「凛が失敗するわけないだろ」


 当たり前のように言う。


 それはお世辞ではなかった。


 冗談でもない。


 本気だった。


 凛はそれを理解する。


 だから。


 少しだけ目を伏せた。


「……ありがとうございます」


 嬉しかった。


 何よりも。


 主に信頼されていることが。


 嬉しかった。



――――――



 その後。


 予定通り動画の締め撮影が行われた。


 ショッピングモールの休憩スペース。


 カメラが回る。


 ハルトが前へ出た。


「というわけで!」


 満面の笑み。


「護衛企画でした!」


 拍手。


 スタッフ達も盛り上がる。


「途中で襲撃イベントがあったけど!」


「イベントでした……」


 未だに少し落ち込んでいる凛。


 結衣が笑う。


「まだ引きずってる」


「だって……」


「本気だったもんな」


「はい……」


 耳まで赤い。


 コメント欄が大変なことになる未来が容易に想像できた。


 ハルトは笑いながら続ける。


「結果は!」


 凛へマイクを向ける。


「護衛成功!」


「当然です」


 反射的に答える。


 そして数秒後。


「……あ」


 また恥ずかしくなった。


 結衣が再び吹き出した。


「ダメだこの人!」


「可愛いですね」


 聖奈が微笑む。


 和やかな空気だった。


 そして。


 ハルトはカメラへ向き直る。


「いやー」


 肩を竦める。


「改めて思ったけど」


「?」


「凛って現代社会向いてないな」


「主?」


「今日だけで何回敵襲って言った?」


「それは必要な警戒で――」


「必要ない」


 結衣が即答した。


「狙撃ポイントとか言い出したぞ」


「言ってましたね」


「吹き抜けは防衛に向いてないとか」


「言ってたな」


「言いました」


「認めるんだ」


 全員が笑う。


 凛だけが不思議そうだった。


 その様子を見ながら。


 聖奈がふと思いついたように言う。


「そうですね」


「?」


「次はリーゼに日本を教えましょう」


 場が静まる。


「日本?」


 凛が首を傾げる。


「はい」


 聖奈は微笑む。


「現代日本で問題なく生活するための勉強です」


「必要でしょうか」


「必要です」


 即答だった。


「かなり」


 結衣も頷く。


「めちゃくちゃ必要」


「そんなにですか?」


「そんなに」


 ハルトも笑う。


「俺もそう思う」


「主まで……」


 凛は納得していない顔だった。


 だが。


 主が言うなら仕方ない。


「承知しました」


「よし決まり」


 ハルトが締める。


「というわけで次回!」


 カメラを指差した。


「異世界騎士団長に日本の常識を教えてみた!」


 スタッフ達が拍手する。


 凛だけが少し不安そうだった。


 そして誰もが思っていた。


 たぶん。


 いや間違いなく。


 普通には終わらないだろうと。


 なにせ相手は。


 主への忠誠心が重すぎる王国最強の騎士なのだから。



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投稿した動画のコメント

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【動画タイトル】

『【護衛】異世界騎士団長に本気で護衛してもらったらショッピングモールが戦場になった件www』


【再生数:8,743,621回】

【高評価:412,583】

【コメント:38,942件】


『凛さんだけガチで護衛任務やってるの草』


『ショッピングモールで狙撃ポイント探すなwww』


『結衣ちゃんのツッコミが追いついてない』


『主の後ろへ、で毎回笑う』


『護衛企画なのに本人だけ命懸けなの何』


『敵襲!←イベントです』


『凛さん最後までドッキリだと気付いてなくて草』


『聖奈さん絶対面白がってるだろ』


『ハルトの「失敗するわけないだろ」が普通に好き』


『このチャンネルたまにラブコメ挟んでくるよな』


『凛の耳真っ赤になるところかわいすぎた』


『これもう護衛というよりSP映画なんよ』


『ショッピングモール側よく許可出したな』


『西園寺グループまたおかしい企画やってる』


『西園寺グループ広報仕事しろwww』


『広報「仕事しました」』


『↑かわいそう』


『襲撃役の人たち普通に強そうだったな』


『護身術経験者だけど動きが異常に綺麗』


『関節技の入り方がプロレベルなんだが』


『元自衛官です。あの体格差で無傷制圧は普通無理です』


『↑やっぱそうだよな?』


『↑映像編集じゃないなら意味わからん』


『これCG説ある?』


『CGであの長回し撮れるならハリウッド行け』


『いや最近のAIならいける』


『↑無理だろw』


『毎回CG論争起きるの草』


『襲撃役の人が本気で困惑してる顔してた』


『あそこ演技じゃなかったら笑う』


『むしろ演技に見えなかった』


『凛さんが強いんじゃなくて襲撃役が接待してる説』


『↑最後の投げられた人の顔見ろ』


『接待であんな顔ならアカデミー賞取れる』


『「敵を生かして捕縛します」←物騒すぎる』


『本人だけ世界観違う』


『戦場経験者かな?』


『↑いやまさか』


『このチャンネル見てると時々本当にそう思えてくる』


『ハルトが完全に信頼してるの良かった』


『信頼というか確信してる感じだったな』


『凛の主LOVEが重すぎて好き』


『護衛対象が視界から消えた瞬間の顔怖かった』


『主の安全>法律>常識』


『↑だいたい合ってる』


『結衣「ここ日本だから!」が今日のMVP』


『今までで一番結衣ちゃんが大変そうだった回』


『聖奈さん全部分かってて放置してるの酷いw』


『絶対楽しんでたよな』


『襲撃役の人たち報酬上乗せしてあげて』


『海外の傭兵崩れみたいな人連れてきたの誰だよ』


『↑聖奈』


『↑納得した』


『次回、日本の常識を教える回らしいけど無理では?』


『狙撃ポイント探すのやめさせるところから始まる』


『たぶん来週も結衣が苦労する』


『凛さん絶対また何かやらかす』


『日本の常識VS異世界騎士団長』


『次回タイトルだけで面白いの確定』


『予告の時点でもう嫌な予感しかしないwww』


『絶対何か起きるだろこれ』


『来週が待ちきれない』

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