表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『承認欲求強めの最強勇者、魔法動画でバズって前世のヒロインたちを召喚してしまう~今世の幼馴染が管理しきれないほど愛が重すぎる~』  作者: 悪癖


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/30

第20話 領空侵犯と騎士の常識

 剣崎凛が青葉高校へ転校してきてから数日。


 クラスメイトたちは、ある事実を受け入れ始めていた。


 ――剣崎凛は、そういう生き物なのだ、と。


「おはようございます、主」


 朝。


 教室へ入ってきたハルトに対し、凛は席から立ち上がる。


 背筋を伸ばし。


 まるで騎士団の閲兵式のような姿勢で頭を下げた。


「おう、おはよう」


「本日の体調はいかがですか」


「普通」


「昨夜の睡眠時間は」


「七時間くらい」


「朝食は」


「食った」


「異常なしですね」


「何の点検だよ」


 ハルトが笑う。


 すると後ろの席から田辺が言った。


「いやもう俺ら慣れたわ」


「何にだ?」


「凛さんがハルトの護衛やってるの」


「だろ?」


「だろ?じゃねぇよ」


 教室が笑いに包まれる。


 最初の頃こそ、


 主呼び。


 過剰な警戒。


 常時周囲を観察する鋭い視線。


 それらに皆驚いていた。


 だが今では違う。


 凛が窓際を確認していれば、


「ああ、いつものやつか」


 で終わる。


 廊下を歩く際に先行偵察をしていても、


「あ、護衛モード入った」


 で済まされる。


 慣れとは恐ろしい。


 もちろん結衣だけは慣れていなかった。


「慣れちゃダメなんだよ……」


 机に突っ伏しながら呟く。


「そのうち絶対何かやらかすから……」


 その予感は。


 見事に的中することになる。


 しかも数時間後に。


 放課後。


 ホームルームが終わり、生徒たちが帰宅準備を始める。


 ハルトたちも教室を出た。


「次の動画どうする?」


 ハルトが歩きながら言う。


「凛の動画が大当たりしたしな」


「まだ一億回以上伸びてるわよ」


 結衣がスマホを見ながら答える。


「コメントも止まらないし」


「次も剣術系かな」


「それだと同じような内容になると思います」


 聖奈が言った。


「少し方向性を変えるべきかと」


「ふむ」


 ハルトが腕を組む。


「でもバズる要素は欲しいんだよな」


「主」


 凛が口を開く。


「私としては訓練風景なども」


「地味じゃね?」


「戦場では基礎こそ重要です」


「視聴者は戦場にいねぇんだよ」


「なるほど……」


 真面目に納得する凛。


 そんな会話をしながら校舎を出た時だった。


 ブーン。


 どこかで羽音が響いた。


「ん?」


 ハルトが顔を上げる。


 グラウンド脇。


 コンテンツラボの近く。


 数人の生徒たちが何かを囲んでいた。


「映画部だな」


 結衣が言う。


「自主制作映画の撮影じゃない?」


「おお」


 ハルトの目が輝く。


「映像仲間!」


 どうやら映画部らしい。


 部員たちは楽しそうに機材を操作している。


 そしてその中心で。


 一機のドローンが空へ飛び上がった。


「最近練習してるらしいぞ」


 田辺がたまたま通りかかりながら言う。


「映画撮影用なんだってさ」


「へぇー」


 ハルトは興味深そうに眺めた。


 小型の撮影用ドローン。


 校舎の上空を滑らかに飛行している。


「いい映像撮れそうだな」


「確かに」


 結衣も頷く。


 だが。


 その瞬間。


 凛の表情が変わった。


 空を見上げる。


 目が細くなる。


 全身から張り詰めた気配が漏れた。


「……主」


「ん?」


「あれは何ですか」


「ドローン」


「どろーん」


「空飛ぶカメラ」


 説明を聞いても。


 凛の警戒は解けない。


 むしろ強まった。


「なぜ主の頭上を飛んでいるのですか」


「たまたまだろ」


「監視では?」


「違う違う」


「偵察任務の可能性も」


「ないない」


 しかし凛は空から目を離さない。


 異世界では。


 空を飛ぶ魔物。


 偵察使い魔。


 敵国の飛行兵。


 そうした存在が脅威だった。


 小型。


 静音。


 高所から監視。


 しかも主の近くを飛んでいる。


 危険要素しか見当たらない。


「主」


「なんだ」


「排除してもよろしいですか」


「ダメ」


 即答だった。


「そういうの高いから」


「ですが」


「ダメ」


「……御意」


 返事はした。


 したのだが。


 視線は全く納得していなかった。


 そして。


 事件は一瞬だった。


 ドローンが風に流されたのか。


 ふわりと軌道を変える。


 そのまま。


 ハルトたちの真上へ近付いた。


 ブーン。


 凛の目が見開かれる。


「敵襲ッ!!」


「違うって――」


 ハルトが言い終わるより早かった。


 凛の身体が動く。


 一歩。


 二歩。


 三歩。


 地面を蹴る。


 人間離れした速度。


 腰に差していた訓練用木刀が抜かれる。


「主の領空を侵す不届き者!」


「待てぇぇぇぇぇっ!!」


 結衣が叫ぶ。


 だが遅い。


 凛は跳んだ。


 軽々と三メートル以上。


 空中で身体を捻る。


 木刀が閃く。


「斬ッ!!」


 バキィィィン!!


 乾いた音。


 次の瞬間。


 ドローンが真っ二つになった。


「あ」


 ハルト。


「あ」


 結衣。


「あ」


 聖奈。


 そして。


 映画部一同。


 全員の時間が止まる。


 空中で分解されたドローンの残骸が。


 ぱらぱらと地面へ落ちた。


 静寂。


 数秒。


 完全な沈黙。


 その中で。


 凛だけが木刀を納めた。


「脅威排除完了です」


 誇らしげだった。


 まるで魔王軍の飛行偵察部隊でも撃墜したかのような顔だった。


 結衣は両手で頭を抱える。


「やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 予想より早かった。


 しかも想定の斜め上だった。


 映画部員たちは呆然としている。


 ハルトもさすがに引いていた。


「いや凛」


「はい主」


「何してんの?」


「敵機を撃墜しました」


「敵じゃねぇ」


「しかし飛行していました」


「飛ぶのが仕事なんだよ!」


 映画部の部長らしき男子生徒が震える声で言った。


「あの……それ部費で買ったやつ……」


「安心してください」


 凛が頷く。


「残骸は回収可能です」


「そういう問題じゃないんだよぉぉぉ!」


 悲痛な叫びが校庭に響いた。


 そして。


 凛は真剣な顔で周囲を見回した。


「主」


「なんだよ……」


「この件は統治機関へ報告すべきです」


「は?」


「領空侵犯が発生しました」


 嫌な予感がした。


 結衣も同じだった。


 聖奈も察した。


 凛は木刀を握り直す。


「代官を呼びましょう」


「代官?」


「この地の治安責任者です」


「いや待て」


「交番へ向かいます」


「待て待て待て待て」


 凛は本気だった。


 その瞳は完全に騎士団長のものだった。


「主の安全を脅かす飛行物体が学園上空を飛んでいたのです」


「だからドローンだって!」


「再発防止を求めます」


「やめろ!」


「代官を出せ! 領地侵犯だ! と正式に抗議を――」


 ハルトと結衣は同時に飛び出した。


 凛の両腕を掴む。


「離してください!」


「離さねぇ!」


「これは重要案件です!」


「重要じゃねぇ!」


 校庭に響く騒音。


 映画部員たちの涙目。


 呆然とする生徒たち。


 そして凛だけが本気だった。


 こうして。


 青葉高校を揺るがす新たな騒動は。


 近所の交番を巻き込む寸前まで発展していくことになるのだった。



 映画部のドローン撃墜事件から十分後。


 場所はコンテンツラボ会議室。


 関係者全員が集められていた。


 映画部部長。


 顧問教師。


 ハルト。


 結衣。


 凛。


 そして聖奈。


 重苦しい空気が漂う中。


 映画部部長が力なく言った。


「その……あれ、結構高かったんです」


「いくらくらい?」


 ハルトが聞く。


「予備バッテリーとか含めると三十万くらいです……」


「うわ」


 さすがのハルトも引いた。


「結構するな」


「だから排除前に確認を取るべきだったんです」


 凛は真面目な顔で言った。


 反省しているように見えて。


 反省していない。


 論点が違う。


「そういう問題じゃないからね?」


 結衣が即座に突っ込む。


「撃墜したこと自体が問題だからね?」


「ですが不審飛行物体でした」


「違うから!」


「敵である可能性も――」


「ない!」


「ですが――」


「ない!」


 完全に平行線だった。


 映画部員たちも困惑している。


 そこへ。


 聖奈が優雅に微笑んだ。


「その件でしたら問題ありません」


 全員の視線が集まる。


 聖奈はスマホを取り出した。


「今から新しい機体を手配します」


「え?」


 映画部部長が固まる。


「同型機でよろしいですか?」


「いや、同型機でも十分なんですが……」


「でしたら最新型にしておきましょう」


「はい?」


「予備機も必要ですね」


「はい?」


「編集設備との連携も考慮すると――」


 聖奈は何かを操作する。


 数秒後。


「発注完了しました」


「早っ!?」


 映画部全員が叫んだ。


「到着は明日です」


「明日!?」


「西園寺グループの物流網がありますので」


 当然のように言う。


 当然ではない。


 顧問教師が恐る恐る聞いた。


「お、お値段は……」


「百五十万円ほどでしょうか」


「増えてるぅぅぅぅ!!」


 映画部員たちが絶叫した。


 被害額の五倍になっていた。


 しかも。


「撮影支援用として追加機材も送ります」


「追加?」


「ドローン三機」


「三機!?」


「編集用ワークステーション」


「何で!?」


「防音ブースも」


「学校だよここ!?」


 映画部員たちの頭が追いつかない。


 結衣は額を押さえた。


「また始まった……」


 聖奈の悪い癖だった。


 一を返す時に百を返す。


 そして周囲を巻き込む。


 映画部員たちは最終的に、


「ありがとうございます……?」


 としか言えなかった。


 感謝していいのかも分からない。


 こうして事件は。


 金の力によって強引に解決した。


 少なくとも映画部側は。


 問題は。


 凛の方だった。


 会議室を出た直後。


 凛が腕を組む。


 表情は険しい。


「やはり妙です」


「まだやるの?」


 結衣が疲れた声を出す。


「主」


 凛は真剣だった。


「今回の件で確信しました」


「何をだ?」


「この学園は危険です」


「またそれか」


「はい」


 断言した。


「空から偵察機が侵入する」


「ドローン」


「大型施設が多数存在する」


「学校だからな」


「主は世界的な有名人」


「まあな」


「つまり狙われます」


「誰に?」


「分かりません」


「分からねぇのかよ」


「分からないから危険なのです」


 理屈としては成立していた。


 成立しているのが厄介だった。


 凛は歩きながら続ける。


「まず校門」


「校門?」


「警備が甘い」


「学校だからな」


「誰でも入れます」


「保護者とか来るし」


「危険です」


 即答。


「次に窓」


「窓?」


「多すぎます」


「減らせるか!」


「侵入経路になります」


「学校なんだよ!」


 結衣のツッコミが追いつかない。


 さらに。


 凛の暴走は加速した。


「主」


「ん?」


「明日から登下校は私が前後を警戒します」


「普通じゃね?」


「半径二十メートル以内の接近者を確認します」


「普通じゃないな」


「不審者は拘束します」


「ダメだろ」


「職務です」


「何の職務だよ」


「護衛です」


 凛は本気だった。


 完全に本気だった。


 異世界基準では。


 むしろこれでも甘い。


 勇者の護衛なら当然。


 それがリーゼロッテの常識だった。


 そして。


 校門へ近付いた時だった。


 凛が足を止める。


 鋭い目。


 獲物を見つけた猛獣のような視線。


「……いた」


「何が?」


 凛が指差す。


 校門前。


 スマホを構えている男子生徒がいた。


 ただの一般生徒だ。


 炎の勇者チャンネルのファンらしく。


 ハルトたちの写真を撮ろうとしている。


 悪意はない。


 ただのミーハーである。


 しかし。


 凛には違った。


「主」


「ん?」


「監視役です」


「違うと思う」


「今日三回見ました」


「同じ学校なんだから会うだろ」


「偶然ではありません」


「偶然だよ」


 凛は真顔だった。


「尋問します」


「やめろ」


「確認だけです」


「その確認が怖いんだよ」


 だが。


 凛は既に歩き出していた。


 男子生徒が気付く。


 そして。


 目の前に現れた全国三連覇の美少女剣士に固まった。


「え?」


「質問があります」


「は、はい」


「所属は」


「二年C組です」


「目的は」


「え?」


「なぜ主を撮影しているのですか」


「えっと……ファンだから?」


「ファン」


 凛の目が細くなる。


 嫌な予感しかしない。


「どの程度の信仰心ですか」


「信仰?」


「主のために命を懸けられますか」


「え?」


「家財を売れますか」


「え?」


「戦争に参加できますか」


「え?」


 男子生徒が完全停止した。


 結衣が頭を抱える。


 ハルトは笑っている。


 聖奈は興味深そうに聞いている。


 地獄だった。


「ふむ……」


 凛は顎に手を当てる。


「そこまでではないようですね」


「いや普通だから!」


 男子生徒が初めてツッコんだ。


「何なんですかその基準!?」


「安心してください」


 凛は頷く。


「危険度は低いです」


「評価された!?」


「ただし」


 凛は真顔で続けた。


「主へ接近する場合は私への申請を」


「は?」


「五メートル以内は事前許可制です」


「誰が決めたの!?」


「私です」


「ダメだろ!」


 結衣と男子生徒の声が完全に重なった。


 だが。


 凛は少しもおかしいと思っていない。


 むしろ。


 本気で良い案だと思っていた。


 そしてその時。


 彼女の視線は。


 校門の向こうに見える交番へ向いた。


 じっと見つめる。


 数秒。


 そしてぽつりと呟いた。


「やはり一度、代官と話す必要がありますね」


 結衣の背筋に冷たいものが走った。


「凛?」


「学園周辺の治安体制を確認します」


「待ちなさい」


「交番へ向かいましょう」


「待ちなさい」


「まずは領空侵犯について正式に――」


「待てぇぇぇぇぇぇっ!!」


 凛が歩き出す。


 結衣が飛び付く。


 ハルトは大笑い。


 聖奈は、


「確かに地域警備との連携は重要ですね」


 などと言い始める。


 最悪だった。


 そして数分後。


 剣崎凛は本当に木刀を持ったまま交番へ向かおうとすることになる。


 青葉高校周辺の警察官たちはまだ知らない。


 これからやって来る少女が。


 異世界最強の騎士団長であることを。



 青葉高校前交番。


 夕暮れ。


 帰宅する生徒たちが行き交う中。


 木刀を持った美少女と、それを止めようとする幼馴染と、面白がっている勇者と、なぜか上機嫌な財閥令嬢という異様な集団が交番へ向かっていた。


「待って!」


 結衣が凛の腕を引っ張る。


「本当に行くの!?」


「当然です」


 凛は即答した。


「今回の件は主の安全に関わります」


「関わらないから!」


「敵は常に油断した瞬間を狙います」


「敵いないから!」


「結衣」


 聖奈が優雅に微笑んだ。


「少し落ち着きなさい」


「聖奈まで何でそんな余裕なの!?」


「私は面白そうだからですわ」


「認めた!?」


 聖奈は隠しもしなかった。


 完全に面白がっている。


 しかも。


「実際、凛の言うことにも一理ありますもの」


「ありません」


「ありますわ」


「ありません」


「あります」


「ありません!」


「あります」


 即座に応酬が始まる。


 聖奈は楽しそうだった。


 凛の暴走を止める気が一切ない。


 むしろ燃料を注いでいる。


「主は現在、日本有数の知名度を持つ人物です」


「まあ有名ではあるけど」


 ハルトが頷く。


「動画の総再生数は数十億回規模」


「うん」


「世界中にファンがいます」


「いるな」


「つまり要人ですわ」


「違うだろ」


 結衣が突っ込む。


 だが聖奈は続ける。


「要人に対して飛行物体が接近した」


「ドローンね」


「しかも事前申請なし」


「学校だからね」


「凛が警戒するのも当然では?」


 凛が頷いた。


「流石はセラ……聖奈様」


「でしょう?」


 意気投合した。


 最悪だった。


 結衣は頭痛を覚えた。


 凛は異世界基準で暴走する。


 聖奈は現代社会を理解した上で暴走する。


 どちらも厄介だが。


 後者の方がもっと厄介だった。


「それに」


 聖奈がさらりと言う。


「警察の対応も確認しておきたいですし」


「何で?」


「もし本当に主へ危険が及んだ際、どの程度の速度で動けるのか知る必要がありますわ」


「警察を性能試験みたいに言うな」


「大事なことです」


「大事じゃない」


 そんなやり取りをしているうちに。


 交番へ到着した。


 中では二人の警察官が事務作業をしていた。


 そして。


 扉が開く。


 ガラッ。


 凛が入る。


 その後ろから。


 ハルト。


 結衣。


 聖奈。


 そしてなぜか少し離れた位置から見物する野次馬の生徒たち。


 警察官が顔を上げた。


「どうしました?」


 穏やかな声だった。


 数秒後には消えることになるが。


 凛は前へ出る。


 真剣な顔。


 完全に騎士団長モード。


「責任者をお願いします」


「はい?」


「この地域の治安責任者です」


「えーっと……」


 警察官が困惑する。


「どういったご用件で?」


「領空侵犯です」


「はい?」


「本日、主の頭上に不審飛行物体が侵入しました」


「……ドローンですか?」


「ご存じでしたか」


「いや、多分それドローンですよね?」


「敵機の名称ですか」


「違います」


 早くも会話が成立していなかった。


 結衣が顔を覆う。


 だが。


 ここで。


 聖奈が一歩前へ出た。


「失礼いたします」


 その瞬間。


 警察官の表情が変わった。


「あっ」


 見覚えがあった。


 いや。


 知らない方がおかしい。


 テレビ。


 新聞。


 経済誌。


 ネットニュース。


 至る所で見かける顔。


 西園寺グループの令嬢。


 西園寺聖奈。


「さ、西園寺様!?」


「ごきげんよう」


 優雅に微笑む。


 その笑顔だけで場の空気が変わった。


 警察官たちが慌てて姿勢を正す。


 結衣は遠い目をした。


(終わった……)


 嫌な予感しかしない。


「本日は相談に参りましたの」


 聖奈が言う。


「相談、ですか?」


「ええ」


「どのような……」


「勇者様」


「誰?」


 警察官が即座に聞き返した。


 聖奈は当然のようにハルトを見る。


「こちらの一ノ瀬晴人様です」


「はぁ……」


「世界的人物です」


「はぁ……」


「現在、非常に高い社会的影響力を有しております」


「はぁ……」


「その勇者様の頭上へ未確認飛行物体が接近しました」


「ドローンですよね?」


「結果としては」


「結果としては?」


「凛が撃墜しました」


「撃墜!?」


 警察官が立ち上がった。


「撃墜したんですか!?」


「はい」


「何で!?」


「危険でしたので」


 凛が真顔で答える。


「危険じゃないです!」


「確認は済んでいますか?」


「いやだからドローンですって!」


「しかし」


「映画部のですよ!」


「つまり所属不明機ではない」


「最初からそうです!」


 警察官が頭を抱え始めた。


 だが。


 聖奈がいる。


 西園寺家の令嬢が。


 真面目な顔で。


「私も地域の安全管理について確認したいと思っておりますの」


 などと言っている。


 無碍にはできない。


 できるはずがない。


「……詳しくお話を伺っても?」


 結果。


 警察官は聞かざるを得なかった。


 凛は頷く。


「ありがとうございます」


 そして。


 騎士団長による。


 意味不明な安全保障会議が始まった。


「まず学園上空の制空権についてですが」


「制空権」


「敵性勢力の潜入経路として――」


「敵性勢力」


「狙撃地点となり得る建物が――」


「狙撃地点」


「校門の警備体制は極めて脆弱で――」


「校門の警備体制」


 警察官の顔からどんどん生気が消えていく。


 結衣は申し訳なくなってきた。


 ハルトは面白そうに聞いている。


 聖奈は楽しそうにメモを取っている。


 そして。


 警察官たちはまだ知らない。


 この会議が。


 一時間近く続くことになることを。


 そしてその途中で。


 さらに面倒な提案が飛び出すことを。



 交番で始まった謎の安全保障会議は。


 四十分を超えていた。


 警察官たちは疲弊していた。


 結衣も疲弊していた。


 まともなのが自分しかいない。


 その現実に。


「もう帰りたい……」


 小さく呟く。


 だが会議は終わらない。


 むしろ悪化していた。


「まず主の登下校経路ですが」


 凛が地図を広げる。


 どこから出したのか分からない。


「現状では監視体制が不十分です」


「監視体制って……」


 若い警察官が力なく返す。


「交差点ごとの確認要員が必要です」


「誰がやるんですか」


「兵士を配置します」


「兵士はいません」


「そうなのですか」


 凛は驚いた。


 本気で驚いた。


「では予備戦力は」


「ありません」


「都市防衛隊は」


「ありません」


「騎士団は」


「ありません」


「どうやって街を守っているのですか?」


 凛が純粋な疑問として聞く。


 警察官は少し考えた。


「法治国家なので」


「……?」


 凛には意味が分からなかった。


 敵が攻めてこない前提で社会が成り立っている。


 異世界育ちには理解不能である。


 そこへ。


「凛」


 聖奈が口を開いた。


「考え方を変えましょう」


「考え方ですか?」


「ええ」


 聖奈は楽しそうだった。


 完全に面白がっている。


 だが頭は回っている。


「現代には兵士はいません」


「はい」


「ですが人員はいます」


「ほう」


「警備会社」


「ああ」


「警察」


「なるほど」


「民間警備員」


「確かに」


「そして西園寺グループ」


「強そうです」


 凛が真顔で頷いた。


 実際強い。


 財力という意味で。


 結衣は嫌な予感しかしなかった。


「聖奈」


 ハルトが聞く。


「何企んでる?」


「企んでおりませんわ」


 絶対嘘だった。


 聖奈は机の上に置かれた地域地図を見ながら言う。


「凛の案そのものは極端ですが」


「はい」


「発想自体は悪くありません」


「ですよね」


 凛が嬉しそうになる。


 燃料投下である。


「要は勇者様の安全管理体制を構築したいのでしょう?」


「その通りです」


「でしたら」


 聖奈が微笑む。


「計画書を作りましょう」


 警察官たちが嫌な予感を覚えた。


 結衣はもっと覚えた。


 三十分後。


 机の上には。


 なぜか。


 正式な企画書が出来上がっていた。


 タイトル。


『勇者様安全保障体制構築計画(第一次案)』


 結衣が頭を抱える。


「何これ」


「計画書ですわ」


「見れば分かる」


「主を守るためのものです」


「もっと分からない」


 凛と聖奈は真面目だった。


 そして。


 計画内容も真面目だった。


 方向性はともかく。


「まず登下校ルートの事前確認」


 聖奈が読み上げる。


「警備会社による巡回強化」


「うん」


「学校周辺の防犯カメラ増設支援」


「うん?」


「緊急時の連絡網整備」


「まあ分かる」


「主専用危機管理マニュアル作成」


「待て」


「ドローン接近時対応手順」


「待て」


「避難経路の複数化」


「待て待て」


「警察との連携体制強化」


「待てって」


 途中から完全に企業の危機管理計画になっていた。


 凛の暴走。


 それを聖奈が現代社会仕様へ翻訳した結果だった。


 しかも。


 結構まともになっている。


 警察官たちも途中から真顔で読んでいた。


「あれ……?」


 若い警察官が言う。


「意外と内容は普通ですね」


「でしょう?」


 聖奈が微笑む。


「元の発案者はあちらですが」


 凛を指差す。


 警察官たちが見る。


 凛は胸を張った。


「主を守るためです」


 警察官たちの表情が微妙になる。


 発想はおかしい。


 だが本人は大真面目。


 悪意もない。


 純粋に護衛したいだけ。


 そこがまた厄介だった。


「ただ」


 年配の警察官が言う。


「こういうものは警察だけで決められる話ではありません」


「当然ですわ」


 聖奈が頷く。


「ですので」


 嫌な予感。


「後日、担当者を伺わせます」


 警察官たちが固まった。


「担当者?」


「はい」


「どちらの」


「西園寺グループの危機管理部門です」


 空気が止まる。


 結衣も止まる。


 ハルトだけ笑っている。


「危機管理部門?」


「専門家です」


「専門家」


「元警察関係者もおりますし」


「はい」


「元自衛官もおります」


「はい」


「海外要人警護経験者もおります」


「はい」


「法務部門も同行します」


「はい」


 警察官の顔色が変わっていく。


 規模が想像以上だった。


「正式な提案書としてお持ちしますわ」


 にっこり。


「もちろんご迷惑をおかけするつもりはありません」


 絶対嘘だった。


 警察官たちもそう思った。


「地域の安全向上を目的とした意見交換です」


 もっと嘘だった。


 元を辿ればドローンを木刀で叩き落とした話である。


 どこでこうなったのか。


 誰にも分からない。


「凛」


 聖奈が言う。


「これでよろしいですか?」


「完璧です」


 凛は感動していた。


「流石は聖奈様」


「うふふ」


「現代の統治機構にも精通しておられる」


「多少は」


「これなら主の安全は守られます」


 完全に満足している。


 警察官たちは遠い目をした。


 もう否定する気力もなかった。


 そして。


 その時だった。


「そういえば」


 ハルトが何気なく言った。


「これ動画にしたら面白そうじゃね?」


 全員が固まった。


 一秒。


 二秒。


 三秒。


 凛が振り返る。


 聖奈も振り返る。


 二人の目が輝いていた。


 結衣だけが察した。


 次の地獄を。


「主」


「ハルトさん」


 二人が同時に言う。


「詳しく聞かせてください」


 その笑顔を見た瞬間。


 結衣は確信した。


 今回の騒動は。


 まだ終わっていないのだと。



 結衣が嫌な予感を覚えたのには理由がある。


 ハルトが何かを思いついた時。


 その九割はろくでもない。


 そして。


 残り一割はもっとろくでもない。


「動画?」


 凛が首を傾げる。


「はい」


 聖奈も興味を示した。


 ハルトはニヤリと笑う。


「今回の件さ」


「今回の件?」


「めちゃくちゃ面白くね?」


 結衣は即座に答えた。


「全然」


「面白いだろ」


「面白くない」


「ドローン撃墜」


「犯罪一歩手前だからね?」


「交番で安全保障会議」


「やめて」


「西園寺グループが警察と協議」


「やめてぇ!」


 結衣が頭を抱える。


 だが。


 ハルトの目は完全に動画投稿者のものだった。


 勇者ではない。


 学生でもない。


 炎上上等の配信者である。


「タイトルだけで勝てる」


「勝つな」


「【異世界騎士がドローンを敵機と勘違いして撃墜しました】」


「やめろ」


「【警察に安全保障を提案した結果】」


「やめろ!」


「【財閥令嬢が本気を出した】」


「なおさらやめろ!」


 結衣の悲鳴が響く。


 しかし。


 凛は真面目に考えていた。


「主」


「ん?」


「それは教育的価値がありますか」


「ある」


 即答だった。


「どこに!?」


「異世界人と現代人の価値観の違いが学べる」


「絶対違う」


「文化交流だ」


「言い方ァ!」


 凛は腕を組んだ。


 確かに。


 異世界では当たり前だった。


 だからこそ。


 現代人がどう感じるのかは興味がある。


「なるほど……」


 少し納得してしまった。


 結衣は絶望した。


 そして。


「面白そうですわね」


 聖奈まで乗った。


 終わった。


 完全に終わった。


「聖奈まで!?」


「だって事実ですもの」


 聖奈は笑う。


「凛は本気でした」


「はい」


「私は面白がっていました」


「認めた」


「警察の方々は困っていました」


「うん」


「そしてハルトさんは終始楽しそうでした」


「楽しかったぞ」


「それを映像化する」


「うん」


「大変興味深い企画ですわ」


 凛も頷く。


「確かに」


「確かにじゃない!」


 結衣だけが孤立していた。


 だが。


 その時だった。


「いや」


 ハルトが言う。


「再現じゃなくてさ」


「?」


「本当にやるんだよ」


「何をです?」


「護衛企画」


 空気が止まる。


 凛の目が見開いた。


 聖奈も面白そうに笑う。


「護衛企画」


「そう」


 ハルトは指を立てる。


「凛が本気で俺を護衛する」


「はい」


「それを動画にする」


「はい」


「現代社会で」


「はい」


「どこまで通用するか試す」


 凛の目が輝いた。


 騎士として。


 それは非常に興味深い。


「主」


「なんだ」


「私、本気でやります」


「もちろん」


「手加減なしです」


「望むところだ」


 固い握手。


 嫌な予感しかしない。


 結衣は確信した。


 次回は絶対に地獄になる。


 間違いない。


「ちなみに内容は?」


 聖奈が聞く。


「まず街に出る」


「はい」


「凛が護衛する」


「はい」


「一般人との距離感を学ぶ」


「なるほど」


「たぶん学べない」


 結衣が呟いた。


「その後」


 ハルトが続ける。


「色んな場所に行く」


「ほう」


「駅」


「はい」


「ショッピングモール」


「はい」


「公園」


「はい」


「ファミレス」


「はい」


「凛が全部警戒する」


「当然です」


「その結果どうなるか見る」


「楽しそうです」


「だろ?」


 盛り上がる二人。


 さらに。


「西園寺グループの警備担当にも協力を依頼できますわ」


 聖奈が言う。


「本職対騎士団長」


「面白い」


「面白くない」


 結衣はもう諦め始めていた。


 どうせ止まらない。


 いつものことだ。


 そして。


 気付けば外は夕暮れ。


 交番の警察官たちは疲れ切った顔で彼らを見送っている。


「では」


 聖奈が優雅に一礼する。


「本日の件は後日改めて」


「……はい」


 警察官は乾いた笑みを浮かべた。


 もう何も考えたくなかった。


 凛は最後に敬礼する。


「地域防衛へのご協力、感謝します」


「いえ……」


 警察官の目は死んでいた。


 こうして。


 ドローン撃墜事件から始まった騒動は。


 一応の終息を迎えた。


 少なくとも今日のところは。


 帰り道。


 ハルトは既にスマホで企画書を作り始めていた。


 隣では凛が真剣な顔で護衛計画を練っている。


 聖奈はどこまで協力者を呼べるか考えている。


 結衣だけが空を見上げた。


「絶対ロクなことにならない……」


 その予感は。


 きっと正しい。


 なぜなら次回。


 異世界最強の騎士団長が。


 本気で現代日本の街中を護衛し始めるのだから。


 そしてその様子は。


 全世界へ向けて動画として公開される予定なのだから。


 ――次回、『異世界騎士団長に本気で護衛させてみた』。


 炎上か。


 大バズりか。


 その答えはまだ誰も知らない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ