第17話 剣聖、お披露目につき
「申し訳ありませんが、転校手続きについてはもう数日だけお待ちください」
翌日の昼休み。
校長室でそう頭を下げていたのは西園寺聖奈だった。
校長は困惑しながらも頷く。
「いや、こちらとしては全く問題ないが……何か事情でも?」
「ええ。少々、優先すべき国家級案件がありまして」
「国家級!?」
「動画撮影です」
「動画撮影かぁ」
校長は納得した。
青葉高校の校長は炎の勇者チャンネルの熱心な視聴者である。
国家級より納得してしまった。
「それなら仕方ないな!」
「ありがとうございます」
聖奈は優雅に一礼する。
隣では凛が真顔で頷いていた。
「主のお披露目は重要ですからな」
「いや今回は凛のお披露目だよ」
結衣が即座に突っ込んだ。
こうして剣崎凛の転校は数日延期となった。
理由は極めて単純。
先に動画を撮るためである。
校長室を出た四人は、そのまま放課後に西園寺グループ所有の撮影用会議室へ向かった。
高層ビル最上階。
大きなガラス窓から街並みが見渡せる豪華な会議室。
テーブルには高級菓子と飲み物が並んでいる。
しかしハルトの視線は別のところに向いていた。
「登録者数、また増えてるな……」
スマホを見ながらニヤニヤしている。
「主、お喜びになられておりますな」
「そりゃ嬉しいだろ」
「流石です」
「いや再生数見てるだけだぞ」
「再生数にすら愛されるお方……」
「どういう評価だよ」
結衣が頭を抱えた。
もう駄目かもしれない。
まだ二日しか経っていないのに会話が成立していない。
そんな中、聖奈が咳払いした。
「さて、本題に入りましょう」
全員の視線が集まる。
「今回の企画ですが」
聖奈は微笑んだ。
「やはりチャンネルに新メンバー加入という形ですし、凛さんのお披露目動画が良いかと」
「あー、確かに」
ハルトも頷く。
今や世界中から注目されるチャンネルだ。
新メンバーの紹介動画は必要だろう。
「で、何やる?」
「凛さんと言えば剣術です」
聖奈は当然のように言った。
「日本の女剣士として名高い凛さんが使うべき剣と言えば――」
そこで。
聖奈は隣に置いていた細長い包みをテーブルへ置いた。
するり。
布が外される。
現れたのは。
美しい鞘に収められた一振りの日本刀だった。
会議室の照明を受けて鈍く輝く。
明らかに本物。
明らかに高級品。
明らかに危険物。
「日本刀ですね」
聖奈はにこやかに言った。
「本物です」
「さらっと本物出すな」
結衣が反射的に突っ込む。
「撮影用ですので」
「撮影用の定義がおかしいのよ!」
「安心してください。文化財ではありません」
「そこじゃない!」
ハルトは興味津々で刀を眺めた。
「おー、格好いいな」
「でしょう?」
「流石に本物は初めて触るかも」
「主」
凛が静かに口を開く。
「抜いてもよろしいでしょうか」
「おう」
次の瞬間。
キィン。
澄んだ音が響いた。
銀色の刀身が姿を現す。
結衣は思わず息を飲んだ。
凛の雰囲気が変わった。
ほんの一瞬。
会議室の空気が張り詰める。
まるで戦場のような。
殺気にも似た圧力。
だが。
「……うむ」
凛は満足そうに頷いた。
「良い剣です」
「分かるの?」
「多少は」
「多少のレベルじゃないだろ」
異世界最強騎士団長である。
むしろ専門家だ。
聖奈は満足そうに微笑む。
「やはりお似合いですね」
「ありがとうございます」
凛は丁寧に頭を下げた。
その様子を見ていたハルトが手を叩く。
「よし」
「?」
「決めた」
嫌な予感しかしなかった。
結衣の危険察知能力が警報を鳴らす。
「何を?」
「せっかくだし色々斬ってみるか」
「行き当たりばったり過ぎる!」
「え?」
ハルトは本気で驚いた顔をした。
「こういうのって大体そうじゃない?」
「違うよ!?」
「まず何切るか決めて」
「そこからなの!?」
「あと安全確認して」
「うん」
「撮影場所決めて」
「うん」
「企画書作って」
「え?」
「そこで驚くな!」
ハルトは首を傾げた。
「必要?」
「必要だよ!」
「でも今まで作ったことないぞ」
「知ってるよ!」
だから毎回胃が痛いのだ。
しかし聖奈は頷いていた。
「素晴らしいと思います」
「スポンサーが肯定するな!」
「即興こそ芸術です」
「違うから!」
「流石は主」
「凛も乗るな!」
会議室が騒がしくなる。
だがその中心で。
凛だけは静かだった。
膝の上に置かれた日本刀。
その柄をそっと撫でる。
前世では数え切れないほど剣を握った。
魔族と戦い。
魔物を斬り。
世界を巡った。
しかし。
今は違う。
これは主と共に作る動画だ。
戦争ではない。
平和な日常だ。
だからこそ嬉しかった。
ハルトの隣に立てることが。
同じ画面に映れることが。
「……ふふ」
思わず笑みがこぼれる。
「どうした?」
ハルトが不思議そうに聞く。
凛は慌てて首を振った。
「いえ」
そして真っ直ぐ主を見た。
「どのような相手でも斬ってご覧に入れます」
「頼もしいな」
「御意」
結衣はそのやり取りを見ながら額を押さえた。
嫌な予感しかしない。
絶対に何かやらかす。
百パーセントやらかす。
そしてその予感は。
数十分後、撮影準備が始まった瞬間に的中することになるのだった。
撮影場所として選ばれたのは、西園寺グループ所有の広大な実験施設だった。
周囲数キロに人家なし。
防音設備完備。
耐衝撃結界付き。
そして万が一隕石が落下しても大丈夫らしい。
「何と戦う想定なんだよ」
「主です」
凛が即答した。
「即答するな」
「実績がありますので」
「否定できねぇ!」
結衣が叫ぶ。
過去動画を思い返せば確かに否定できなかった。
広場の中央。
撮影機材が並べられている。
いつものように結衣がカメラ担当。
聖奈は補助。
そして出演者はハルトと凛だ。
「よーし」
ハルトがカメラの前へ立つ。
凛も隣へ並んだ。
日本刀を腰に差した姿は恐ろしく絵になる。
長い黒髪。
整った顔立ち。
凛とした立ち姿。
まるで時代劇から抜け出してきたようだった。
「撮影開始!」
結衣の声。
カメラが回る。
瞬間。
ハルトの表情がいつもの配信者モードに切り替わった。
「どうもー! 炎の勇者です!」
元気よく手を振る。
「そして今日は!」
隣を示す。
凛が一歩前へ出た。
「剣崎凛と申します」
ぺこりと頭を下げる。
その仕草だけでも妙に品がある。
「というわけで今回は!」
ハルトが勢いよく叫ぶ。
「新メンバー剣崎凛お披露目企画!」
そして。
サムネイルを意識した顔で。
「【異世界帰りの女騎士に本物の日本刀を持たせてみた】!!」
タイトルコールが響いた。
少し離れた場所で結衣が呟く。
「絶対伸びる」
「伸びますね」
聖奈も頷いた。
企画会議など無意味だった。
もう勝ちが見えている。
動画内ではハルトが日本刀を掲げる。
「今回は本物の日本刀を使います!」
「安全には十分配慮しております」
聖奈が画面外から補足する。
「スポンサーのコメントが入った」
結衣がぼそりと言った。
「で、とりあえず何切る?」
ハルトが周囲を見回す。
完全にノープランだった。
すると聖奈が手を叩く。
「用意しております」
スタッフが運んできたのは。
大量の簀巻きだった。
「何で用意してあるんだよ」
「日本刀と言えば簀巻きですので」
「そうなの?」
「多分」
「多分で用意したの!?」
結衣のツッコミを無視して準備が進む。
簀巻きが台座へ固定される。
高さは胸ほど。
いかにも試し斬り用である。
「では凛さん」
「承知しました」
凛が前へ出た。
日本刀を抜く。
キィン、と澄んだ音。
その姿に思わず空気が静まる。
異世界で幾千の戦場を駆け抜けた女騎士。
身体能力は現代日本人の範疇だ。
だが。
経験だけは違う。
圧倒的に違う。
凛は静かに構える。
無駄のない姿勢。
洗練された重心。
そして。
「――ふっ」
閃いた。
次の瞬間。
簀巻きがずるりと滑り落ちた。
斬撃音すら聞こえない。
美しい一太刀。
まるで映像を早送りしたようだった。
「おおー!」
ハルトが素直に拍手する。
「流石だな!」
「恐縮です」
凛は少し照れた。
離れた場所で結衣も感心する。
「すご……」
「流石は騎士団長です」
聖奈も満足げだった。
普通ならここで終わる。
十分すごい。
普通の動画なら大成功だ。
しかし。
「俺もやりたい」
ハルトが言った。
「はい?」
結衣が嫌な予感を覚える。
「日本刀使ったことないし」
「やめた方が」
「ちょっとだけ」
そう言いながら刀を受け取った。
凛も特に止めない。
主だからである。
「じゃあ適当に」
構える。
その瞬間。
凛の表情が変わった。
「……?」
違和感。
何かがおかしい。
ハルトの立ち姿。
重心。
足運び。
全てが自然過ぎた。
剣を握った経験がない人間の動きではない。
「主?」
凛が思わず声を漏らす。
そして。
ハルトが刀を振った。
ただ一振り。
それだけだった。
ズパンッ!!
凄まじい音。
簀巻きが綺麗に四つへ分かれた。
一拍遅れて上半分が崩れ落ちる。
切断面は恐ろしく滑らかだった。
沈黙。
数秒。
誰も喋らない。
やがて。
「……あれ?」
結衣が言った。
「あれ?」
聖奈も言った。
「……あれ?」
凛も言った。
全員の視線がハルトへ集まる。
当の本人は首を傾げていた。
「ん?」
「主」
凛が恐る恐る聞く。
「本当に日本刀は初めてで?」
「初めてだぞ」
「……」
「……」
「……」
誰も信じなかった。
凛は騎士としての本能で理解していた。
今の一太刀。
技術だけで言えば。
自分より上かもしれない。
「いやいや」
凛は首を振る。
そんな馬鹿な話があるか。
主は勇者だ。
剣士ではない。
剣術の専門家ではない。
そう思いたい。
だが。
目の前で起きた現実がそれを否定していた。
「主」
「ん?」
「もしかして昔、剣術を?」
「いや?」
ハルトは本気で考える。
「魔王城で暇な時に剣振ってたくらい?」
「それを剣術経験者と言うのです」
凛が頭を抱えた。
結衣も頭を抱えた。
聖奈だけが楽しそうだった。
「面白くなってきましたね」
そして誰もが思う。
今回の主役は凛のはずだった。
なのに。
何だろう。
この。
ハルトの方が強そうな雰囲気は。
撮影開始から十分。
企画の方向性が怪しくなり始めていた。
「はい、一旦ストップ!」
ハルトがカメラへ向かって手を振った。
先ほどの試し斬りシーンを終え、一度撮影を区切る。
しかし。
現場の空気は微妙だった。
凛が腕を組みながら難しい顔をしている。
結衣は何とも言えない表情。
聖奈は楽しそう。
「……主」
「ん?」
「私がお披露目役ではなかったのでしょうか」
「そうだぞ?」
「なぜ主の方が目立っていたので?」
「知らん」
ハルトは真顔だった。
本当に知らない。
「主は昔からそういうお方です」
聖奈が頷く。
「何かをやるたびに周囲の想定を破壊します」
「納得できるのが腹立つ」
結衣がぼやいた。
そして。
ハルトがパンッと手を叩く。
「よし、気を取り直して本題だ!」
全員が姿勢を正す。
カメラが再び回り始める。
動画用のテンションへ切り替わったハルトがカメラへ向かって話し始めた。
「さて!」
「さっきは試し斬りをやってもらいましたが!」
「このチャンネルと言えば何でしょう!」
少し間を置く。
そして自分で答える。
「そう!」
「魔法です!」
結衣が小声で呟いた。
「実際に魔法なんだけどね……」
もちろん動画上では秘密である。
世間的には高度なCG技術。
特殊効果。
そういう扱いだ。
だが実態は。
本当に魔法である。
「うちのチャンネルって魔法の動画がメインなんだよな」
ハルトが言う。
「だから剣士が加入したとしても、やっぱり魔法と絡めた方が映えると思うんだ」
「なるほど」
凛も納得したように頷く。
「そこで!」
ハルトが親指を立てた。
「今回は凛にいろんな魔法を斬ってもらおうと思います!」
画面の向こうの視聴者を意識したように手を広げる。
「異世界帰りの女騎士がどこまでやれるのか!」
「見てもらおうじゃないか!」
凛も刀を構えた。
「お任せください」
実に頼もしい。
そして。
ハルトは何でもないことのように言った。
「じゃあまずは百体くらいかな」
「何が?」
結衣が聞き返した。
「ゴーレム」
「百体」
「うん」
「百体」
「うん」
「百体?」
「うん」
結衣は頭を抱えた。
慣れてきたと思ったが全然慣れていなかった。
隣では聖奈がメモを取っている。
スポンサー側の感覚もだいぶ麻痺している。
「では始めます」
ハルトが前へ出た。
右手を軽く掲げる。
魔力が流れる。
大地が震えた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ――!!
地面が盛り上がる。
土が集まる。
岩が組み上がる。
そして。
一体。
二体。
三体。
十体。
二十体。
五十体。
百体。
次々と巨人が誕生していく。
数分後。
平原の向こう側には。
百体のゴーレムが整列していた。
「……」
「……」
「……」
結衣と聖奈が無言になる。
何度見ても慣れない。
百体のゴーレム軍団。
しかも。
ただのゴーレムではなかった。
全て同じ装備。
同じ姿勢。
同じ間隔。
まるで訓練された軍隊。
鎧をまとい。
剣や槍を持ち。
整然と並ぶ様子は圧巻だった。
やがて。
ゴーレム達が一斉に武器を掲げる。
ガシャン!
ガシャン!
ガシャン!
規律正しい音が響く。
「おお……」
結衣が思わず漏らした。
「なんか今回いつもより怖くない?」
「そうですね」
聖奈も珍しく真面目な顔になる。
「軍隊ですね」
ただ並んでいるだけなのに。
妙な威圧感があった。
するとハルトが説明する。
「今回は自動操縦だ」
「自動操縦?」
「俺はリアクション担当」
「撮影中に言うことじゃない気がするんだけど」
「まあいいだろ」
ハルトは笑った。
「技量のベースは異世界で戦った魔王軍の魔人部隊」
「ほう」
凛の目が細くなる。
「その平隊員をコピーしてある」
「平隊員?」
「うん」
「なるほど」
凛は納得したように頷いた。
だが。
結衣と聖奈は知らない。
魔王軍の平隊員がどの程度なのか。
「凛さん」
聖奈が聞いた。
「強いんですか?」
「強いですね」
「どのくらい?」
「王国騎士団の精鋭十名ほどで一体を倒せれば上出来でしょう」
「待って」
結衣が止めた。
「それ平隊員?」
「平隊員です」
「え?」
「魔王軍ですので」
「え?」
理解が追いつかない。
百体いる。
その百体全部がそれ。
そして。
凛は静かに前へ出た。
刀を抜く。
夕陽が刀身を照らす。
百体の軍勢。
整列する魔人部隊のコピー。
普通の人間なら恐怖で足がすくむだろう。
しかし。
凛は違った。
むしろ。
懐かしそうですらあった。
「……久しいな」
ぽつりと呟く。
異世界。
戦場。
血と鉄の匂い。
何度も相対した敵。
何度も切り伏せた敵。
騎士として生きた日々。
全てが脳裏によみがえる。
そして。
凛の口元がゆっくりと吊り上がった。
不敵に。
獰猛に。
戦場を愛する騎士の顔で。
「面白い」
ぞくり。
結衣の背筋に悪寒が走る。
さっきまで主にデレデレしていた少女とは思えない。
そこにいたのは。
幾千の戦場を生き残った歴戦の剣士だった。
凛は刀を肩へ担ぐ。
そして。
百体の軍勢へ向けて歩き出した。
「主」
「ん?」
「少々暴れても?」
ハルトは笑った。
「好きにやれ」
「御意」
次の瞬間。
凛の姿が消えた。
いや。
速すぎて見えなかった。
そして軍勢の最前列へ。
一直線に切り込んだ。
地面が弾けた。
凛の踏み込みによって。
轟音。
爆風。
土煙。
その全てを置き去りにして、凛は最前列へ飛び込んだ。
迎え撃つゴーレム達が一斉に動く。
ガシャン!
百体の軍勢。
規律正しく訓練された兵士のような動き。
先頭の槍兵型が三体。
左右から挟み込むように突きを放つ。
さらに後方から剣兵型が追撃。
人間なら回避不可能。
熟練騎士でも防戦一方になる包囲攻撃だった。
だが。
凛は笑っていた。
「遅い」
刀が閃く。
キィン――。
澄んだ音。
それだけだった。
次の瞬間。
槍兵三体の上半身が同時に滑り落ちる。
まるで最初から切れていたかのように。
切断面は鏡のように滑らかだった。
だが。
終わらない。
後方から剣兵が飛び込む。
右。
左。
正面。
三方向同時。
しかも連携が巧妙だった。
一撃目を避ければ二撃目。
二撃目を防げば三撃目。
完全に実戦仕様。
軍隊の戦い方だった。
「おおっ!」
ハルトが実況席で盛り上がる。
「普通に強いなこいつら!」
他人事だった。
結衣が叫ぶ。
「作ったのお前だからね!?」
しかし凛は意に介さない。
身体を半歩だけ動かす。
たった半歩。
それだけで三本の剣が空を切った。
「なっ……」
結衣が目を見開く。
避けたように見えなかった。
最初からそこに剣が届かない位置へいたような。
そんな違和感。
そして。
凛が歩く。
本当に歩いているだけだった。
走らない。
慌てない。
急がない。
戦場を散歩するような足取り。
そのたびに。
斬る。
斬る。
また斬る。
ゴーレムが崩れる。
首が飛ぶ。
腕が落ちる。
胴が割れる。
だが。
凛の刀は一度も止まらない。
流れるような連撃。
舞うような剣技。
それでいて一切の無駄がない。
剣術というより現象だった。
五体。
十体。
二十体。
気づけば軍勢の一角が消滅している。
「いや待て」
結衣が呟く。
「おかしい」
「何がだ?」
ハルトが聞く。
「凛ちゃん強すぎない?」
「強いな」
「他人事か!」
しかし実際。
異様だった。
ゴーレムは弱くない。
むしろ強い。
剣速も速い。
連携も見事。
隊列も崩れない。
現代軍隊のような統率力。
しかも魔王軍精鋭のコピー。
人類側から見れば悪夢そのもの。
それなのに。
凛の前では雑草のように刈られていく。
やがてゴーレム達も対応を変えた。
前衛が足止め。
後衛が一斉突撃。
さらに左右から挟撃。
百体だからこそ可能な物量戦。
視界を埋め尽くす武器。
逃げ場のない包囲網。
普通なら終わりだった。
だが。
凛はそこで初めて速度を上げた。
ドンッ!!
空気が爆発した。
「えっ」
結衣が見失う。
次の瞬間には軍勢の中央。
さらに次の瞬間には後方。
さらにその次には左翼。
姿が消える。
現れる。
消える。
現れる。
戦場全体を縦横無尽に駆け巡る。
残るのは。
斬られたゴーレムだけ。
ガラガラと崩壊していく。
「すご……」
聖奈が思わず漏らす。
彼女も初めて見る。
本気で戦う凛の姿。
普段は主を崇拝する天然騎士。
しかし本質は違う。
異世界で名を轟かせた英雄。
王国最強。
魔王軍すら恐れた剣士。
それが剣崎凛だった。
そして。
戦況はさらに一方的になる。
ゴーレム達が一斉に飛び掛かる。
三十体以上。
巨大な影が空を覆う。
「おお!」
ハルトが歓声を上げた。
「これは見応えあるな!」
完全に観客である。
凛は空を見上げた。
不敵に笑う。
「良い」
刀を構える。
腰を落とす。
そして。
「――散れ」
一閃。
たった一振り。
だが。
放たれた斬撃は暴風のように広がった。
空中のゴーレム達が同時に切断される。
三十体。
全て。
一撃。
次の瞬間。
空から大量の残骸が降り注いだ。
轟音。
土煙。
衝撃波。
まるで爆撃の跡地だった。
「おおおおおおおお!!」
ハルトだけが盛り上がっている。
「今のカッコよかった!」
「ありがとうございます」
凛が礼を言う。
まだ戦闘中である。
そのやり取りの間にも。
ゴーレムは次々と倒れていく。
そして。
数分後。
静寂が訪れた。
広場一面に転がる残骸。
百体分。
山のような瓦礫。
立っている者は一人だけ。
凛だった。
呼吸の乱れなし。
汗一つなし。
服の汚れすらほとんどない。
もちろん。
無傷。
対するゴーレム軍団。
全滅。
百体。
完全壊滅。
戦闘時間。
わずか数分。
結衣は呆然と呟いた。
「勝負になってないじゃん……」
聖奈も頷く。
「ええ」
ゴーレムは十分強かった。
常識外れに強かった。
百体もいれば一国を脅かせるレベルだった。
だが。
凛はさらにその上だった。
圧倒的。
文字通り次元が違う。
そんな中。
ハルトがカメラへ向かって親指を立てる。
「どうだみんな!」
「うちの新メンバー強いだろ!」
その後ろで。
百体の残骸を背に刀を納める凛の姿は。
まるで戦場から帰還した伝説の剣聖そのものだった。
そして。
その凛本人は。
主に褒められたことが嬉しくて少し頬を緩めていた。
「はい、カット!」
結衣の声が響く。
百体のゴーレムとの戦闘を終えた広場には、瓦礫の山が広がっていた。
まるで戦争の跡地だ。
だが。
動画はまだ終わっていない。
「最後の締め撮るぞー」
ハルトが手を振る。
「了解です」
凛も刀を納めながら近付いてきた。
結衣は瓦礫の山を見ていた。
「本当にこれ動画サイトに投稿するの?」
「するぞ」
「大丈夫?」
「いつも通りだろ」
「慣れって怖いね」
もう基準が分からなくなっていた。
隣では聖奈が満足そうに頷いている。
「素晴らしい撮れ高でした」
「まあ確かに」
百体のゴーレム軍団。
それを数分で殲滅する女騎士。
どう考えても大当たり動画である。
「よし」
ハルトがカメラ前へ立った。
凛もその隣へ並ぶ。
夕日が差し込む。
背後には百体分の残骸。
絵面だけはラスボス討伐後だった。
「じゃあ締めます!」
カメラが回る。
ハルトがいつもの笑顔を浮かべた。
「というわけで!」
「今回は新メンバー剣崎凛のお披露目動画でした!」
凛が軽く会釈する。
「剣崎凛です。今後ともよろしくお願いいたします」
その姿は凛々しい。
つい数分前に軍勢を壊滅させた人間とは思えないほど礼儀正しかった。
「どうだった?」
ハルトが聞く。
「久々の戦闘でしたので」
凛は少し考える。
「楽しかったです」
「楽しんでたのか」
「はい」
「百体相手に?」
「百体でしたので」
「基準がおかしい」
結衣が小さく突っ込む。
凛は真面目な顔で続けた。
「また機会があれば、さらに強い相手とも戦ってみたいですね」
「聞いたかみんな!」
ハルトがカメラを指差す。
「本人がやる気満々だぞ!」
「主がお望みでしたら」
「いや俺も見たい」
「承知しました」
話がまとまった。
結衣だけが不安そうだった。
絶対ろくなことにならない。
「というわけで!」
ハルトが締めに入る。
「これからも凛が動画に出る予定だから、ぜひ応援してくれ!」
「よろしくお願いいたします」
二人が並んで頭を下げる。
そして。
「チャンネル登録!」
「高評価!」
「よろしく!」
「お願いいたします」
最後にいつもの決めポーズ。
カメラが止まる。
「オッケー!」
結衣が声を上げた。
「撮影終了!」
ようやく終わった。
長い一日だった。
凛は満足そうに空を見上げる。
「動画撮影とは面白いものですね」
「だろ?」
「はい」
異世界では味わえなかった体験。
戦うこととは違う。
誰かを楽しませるための時間。
それは凛にとって新鮮だった。
そんな彼女を見て、ハルトも笑う。
「これから色々撮るぞ」
「お任せください」
「次は何やるかな」
「主の望むままに」
「その言い方やめろ」
結衣が即座に突っ込んだ。
だが。
四人ともどこか楽しそうだった。
撮影機材を片付けながら帰り支度を始める。
その頃。
編集班が動画データを受け取り始めていた。
百体の軍勢を薙ぎ払う女騎士。
新メンバー加入。
そして。
炎の勇者チャンネル史上でも屈指のインパクトを誇る内容。
投稿されれば間違いなく話題になる。
世界中で。
学校で。
ネットで。
そして――。
まだ誰も知らない。
数日後。
剣崎凛という転校生が青葉高校へ現れることで、学園中が大騒ぎになることを。
動画投稿。
新メンバー。
そして転校生。
様々な出来事が重なり始める中。
炎の勇者チャンネルの新たな日常が、また一歩動き出そうとしていた。
――――――――――――――
投稿した動画のコメント
――――――――――――――
【動画タイトル】
『【異世界帰りの女騎士に本物の日本刀を持たせてみた】』
【再生数:128,472,891回】
【高評価:6,814,239】
【コメント:487,652件】
『新メンバー美人すぎるだろ』
『凛さんカッコよすぎる』
『なんだこの大和撫子』
『タイトルだけで勝ち確動画だった』
『本物の日本刀で試し斬り!?』
『最初の簀巻き斬り綺麗すぎて草』
『いやハルトの方がおかしくね?』
『↑それな』
『↑みんな思った』
『凛さん「すごい」→ハルト「もっとすごい」になってて草』
『待って、勇者の方が剣上手くない?』
『本人は初めてって言ってるぞ』
『↑絶対嘘だろ』
『↑なお本人は本気で言ってる模様』
『いつもの』
『このチャンネル感覚バグってる』
『凛ちゃん主役動画のはずなのに途中からハルトの剣術議論始まってるの笑う』
『ゴーレム百体で声出た』
『百体で「とりあえず」なの怖い』
『百体出した瞬間の結衣ちゃん=全国民の反応』
『スポンサーのお嬢様も慣れてきてるの草』
『CG班過労死案件』
『CG会社「聞いてない」』
『毎回思うけどCG予算どうなってるんだ』
『西園寺グループの金力で殴る動画』
『ゴーレム軍勢の統率やばくない?』
『あれ普通に強敵演出だった』
『ただの的じゃないのが怖い』
『軍隊じゃん』
『軍隊だった』
『いや軍隊以上だろ』
『元自だけどあんな統率見たことない』
『↑急に専門家出てくるな』
『剣術経験者だけど凛さんの足運びがガチ』
『↑CGだろ』
『↑いや動きがリアル過ぎる』
『剣道七段だけど意味が分からない』
『↑七段困惑してて草』
『居合経験者です。途中から理解を諦めました』
『専門家全員敗北してる』
『凛さん無傷で百体殲滅してるんだけど』
『魔王軍平隊員設定なのに強すぎ問題』
『平隊員(国滅ぼせます)』
『ハルトの異世界基準ほんと信用ならん』
『このチャンネルの平隊員はラスボス候補』
『異世界の治安終わってるだろ』
『凛さん戦闘中だけ顔変わるの好き』
『普段おっとり→戦闘狂スイッチ入るの最高』
『あの不敵な笑みでファンになった』
『海外勢だけどサムライガール最高』
『THIS IS ANIME』
『NO, THIS IS HARUTO CHANNEL』
『↑草』
『海外ニキたち大興奮で草』
『結衣ちゃんがずっと常識人ポジで安心する』
『結衣ちゃんのツッコミがないと精神が保てない』
『結衣「百体?」←好き』
『今回一番共感したセリフ』
『炎の勇者チャンネル、新メンバーSSR引いてて草』
『これ学校で大騒ぎになるやつだろ』
『転校してきたら男子全員終わる』
『女子人気も高そう』
『ハルトの周りだけラノベ世界』
『今更である』
『この動画一本で登録者数何百万人増えるんだ?』
『次回動画で凛さん掘り下げてほしい』
『学校回あるよな?』
『絶対転校生イベント来るだろ』
『動画出た翌日に学校行ったら大惨事では?』
『嫌な予感しかしない』
『どうせ次回も何かやらかす』
『このチャンネルで平和に終わった回を知らない』
『次回が楽しみすぎる』




