表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『承認欲求強めの最強勇者、魔法動画でバズって前世のヒロインたちを召喚してしまう~今世の幼馴染が管理しきれないほど愛が重すぎる~』  作者: 悪癖


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/32

第15話 勇者と騎士、再会の円卓

 高層ビルの専用エレベーターが静かに上昇していく。


 一般客の姿は一人もいない。


 壁は落ち着いた木目調。


 床には高級ホテルのような厚い絨毯。


 間接照明が柔らかな光を落としていた。


 チン――。


 到着音と共に扉が開く。


 その先に広がっていた光景を見て、ハルトは思わず目を輝かせた。


「うおおおおおっ!」


 結衣も思わず声を漏らす。


「ちょっ……なにここ……」


 二人の目の前に広がっていたのは、まるで映画に出てくるような高級ラウンジだった。


 全面ガラス張りの窓。


 眼下に広がる夜景。


 磨き上げられた大理石の床。


 芸術品のような調度品。


 遠くでは生演奏まで流れている。


「すげぇぇぇぇ!」


 ハルトが窓際へ突撃した。


「結衣見ろ! 街がミニチュアみたいだぞ!」


「子供か!」


「いやこれ動画映えするだろ!」


「撮るな!」


 スマホを構えた瞬間、結衣が即座にはたき落とした。


 ハルトは不満そうな顔をする。


「なんでだよ」


「こういう場所は勝手に撮影禁止!」


「そうなのか……」


「知らないで撮ろうとしたの!?」


 結衣が頭を抱える。


 その様子を見ていた聖奈が微笑んだ。


「ご安心ください。こちらは私の施設ですので、ハルト様が望まれるなら撮影も可能ですわ」


「マジで!?」


「はい」


「よっしゃあああ!」


「許可出すな!」


 結衣のツッコミが飛ぶ。


 そんなやり取りを見ながら、凛は静かに目を細めていた。


 懐かしかった。


 主は何も変わっていない。


 世界を救った英雄でありながら。


 神にも等しい力を持ちながら。


 こうして目を輝かせてはしゃぐ。


 その姿が。


 異世界で共に旅をしていた頃と全く同じだった。


(主……)


 胸が熱くなる。


 今すぐ跪きたい。


 今すぐ忠誠を誓いたい。


 だが現代ではまずい。


 理性が必死に叫んでいる。


 凛は歯を食いしばって耐えた。


 一方で聖奈も似たようなことを考えていた。


(まったく……本当に変わりませんわね)


 異世界で国王や将軍たちを相手に堂々と振る舞っていた男が。


 夜景を見て大喜びしている。


 その落差が愛おしい。


 そして。


 凛が今にも爆発しそうなことにも気付いていた。


(あと十分持つかしら……)


 たぶん無理だ。


 聖奈は確信していた。


 そんな中。


 ラウンジ支配人らしき男性が深々と頭を下げた。


「お部屋の準備が整っております」


「うむ!」


 なぜかハルトが偉そうにうなずく。


「案内してくれ!」


「お前の店じゃないからね?」


 結衣の冷静なツッコミを受けながら、一行は奥へ進んだ。


 案内されたのは最上級個室だった。


 広い。


 とにかく広い。


 十人以上が座れそうな大型ソファ。


 大きなテーブル。


 防音設備。


 専用の給仕スペース。


 まるで高級ホテルのスイートルームである。


「うわぁ……」


 結衣が思わず感嘆の声を漏らした。


「学校帰りに来る場所じゃない……」


「な!」


 ハルトが興奮した様子で頷く。


「俺もそう思う!」


「なのに一番楽しそうなの何なの?」


「だって初めてだし!」


 庶民丸出しだった。


 聖奈は嬉しそうに微笑む。


 そして全員が席に着いたところで、スタッフたちが手際よく準備を始めた。


 数分後。


 銀のワゴンが運び込まれる。


 紅茶。


 コーヒー。


 果汁百パーセントジュース。


 色鮮やかなサンドイッチ。


 小さなケーキ。


 焼き菓子。


 高級そうな軽食が次々と並べられていく。


「おおお……」


 ハルトが感動している。


「これ全部食っていいのか?」


「もちろんですわ」


「スポンサー最高!」


「現金だなぁ……」


 結衣は呆れる。


 凛はそんな主の姿を見て少しだけ笑った。


 異世界では王族の晩餐会に招かれても平然としていた男が。


 軽食で喜んでいる。


 やはり主は主だった。


 やがて準備が終わる。


 スタッフたちは一礼し、静かに退室していった。


 扉が閉まる。


 部屋の中には四人だけ。


 途端に空気が変わった。


 凛の背筋が伸びる。


 聖奈の表情も少し真面目になる。


 結衣は全員を見回した。


 そして改めて思う。


 絶対に面倒な話になる。


 自分の勘は当たるのだ。


 嫌な方向に。


 必ず。


 ハルトはジュースを一口飲んだ。


 満足そうに頷く。


「よし」


 そして全員を見回した。


「じゃあ改めて話そうか」


 凛の肩が震える。


 十年間。


 ずっと待ち続けた瞬間。


 聖奈も静かに凛へ視線を向けた。


 結衣だけが事情を知らない。


 だが、ここから全てが明らかになる。


 勇者。


 王女。


 そして騎士。


 異世界から続く縁が、ついに一つの部屋へ集まった。


 凛は胸の前で拳を握り締める。


 今度こそ。


 今度こそ主へ伝えるのだ。


 長い旅路の果てに辿り着いた言葉を。


 その瞬間――。


 部屋の空気が静かに張り詰めた。



 静寂が落ちる。


 誰も口を開かない。


 いや。


 正確には。


 凛が口を開こうとして開けなかった。


 十年。


 ずっと探し続けた。


 何度も夢に見た。


 再会したら何を言おう。


 どう忠誠を誓おう。


 どう想いを伝えよう。


 考え続けてきた。


 だが。


 いざ本人を前にすると言葉が出ない。


 そんな凛を見て、ハルトが首を傾げた。


「えっと」


 ジュースを飲みながら言う。


「とりあえず確認なんだけどさ」


 凛の背筋が伸びた。


「はい」


「リーゼだよな?」


 その一言だった。


 凛の瞳から涙が零れ落ちた。


「……はい」


 震える声。


「リーゼロッテでございます」


 それを聞いた瞬間。


 ハルトはぽんと手を叩いた。


「あー! やっぱり!」


 まるで昔の友人と再会したような反応だった。


「なんか剣筋に見覚えあると思ったんだよ!」


 凛の胸がぎゅっと締め付けられる。


 違う。


 違うのだ。


 主。


 自分はそんな軽い存在ではない。


 いや。


 主にとっては本当にそれくらいなのかもしれない。


 異世界には英雄が何人もいた。


 王女もいた。


 大賢者もいた。


 聖女もいた。


 その中の一人。


 ただの騎士。


 それが自分。


 だが。


 凛にとっては違う。


 ハルトは全てだった。


 人生そのものだった。


 世界そのものだった。


「久しぶりだな!」


 ハルトは笑う。


「元気そうで良かった」


 その笑顔だけで泣きそうになる。


 結衣は横で困惑していた。


「いやいやいやいや」


 両手を上げる。


「待って」


 誰よりも話についていけていない。


「リーゼって誰?」


「ああ」


 ハルトが気軽に答えた。


「異世界で一緒だった仲間」


「仲間」


「剣教えてもらった」


「剣教えてもらった」


 結衣が凛を見る。


 凛を見る。


 もう一回見る。


 そして。


「絶対それだけじゃないでしょ」


 即答だった。


 凛が主を見る目が重すぎる。


 どう考えても。


 ただの仲間を見る目ではない。


 ハルトは不思議そうに首を傾げた。


「そうか?」


「そうだよ!」


 結衣の全力ツッコミが飛ぶ。


 その時。


 聖奈が静かに口を開いた。


「では、私も名乗るべきですわね」


 凛が視線を向ける。


 聖奈は優雅に微笑んだ。


「お久しぶりですわ、リーゼ」


 凛の目が見開かれた。


「その声……」


「ええ」


 聖奈は胸に手を当てる。


「前世ではセラフィアーナ」


「――っ!」


「現代では西園寺聖奈ですわ」


 一瞬。


 凛の思考が止まった。


 次の瞬間。


 立ち上がった。


「姫様!?」


 ガタンッ!


 椅子が鳴る。


 結衣がびくっと肩を震わせた。


「えっ!?」


 凛は完全に混乱していた。


「姫様だったのですか!?」


「ええ」


「なぜ!?」


「転生しましたので」


「それはそうですが!」


 久々の主従漫才だった。


 ハルトが笑う。


「やっぱリーゼも気付いてなかったのか」


「主は気付いていたのですか?」


「いや全然」


「ですよね」


「うん」


 妙な納得が成立した。


 聖奈は額を押さえる。


「ハルト様はもう少し周囲を見てくださいませ」


「見てるぞ?」


「見ておりません」


「見てる」


「見ておりません」


「見てる」


「見ておりません」


 結衣が呟く。


「夫婦漫才?」


「違いますわ」


「違う」


 声が揃った。


 さらに怪しかった。


 凛はそんなやり取りを見ながら、少しだけ安心していた。


 変わっていない。


 誰も。


 主も。


 姫様も。


 何も変わっていない。


 だからこそ。


 自分も変わらなくていい。


 そう思えた。


 凛は静かに立ち上がる。


 そして。


 テーブル越しに。


 ハルトへ向かって深く頭を下げた。


「主」


 その声音は重かった。


 異常なほどに。


 重かった。


「私は異世界で救われました」


 ハルトが首を傾げる。


「そうだっけ?」


「そうです」


 即答だった。


「私は王国最強などと呼ばれていました」


 凛は続ける。


「ですが実際は違いました」


 異世界時代。


 リーゼロッテは最強だった。


 誰よりも強かった。


 誰よりも剣を極めていた。


 だからこそ。


 誇りも高かった。


「そんな私が十年かけて積み上げた剣を」


 凛は笑う。


「主は数日で超えました」


「ああ」


 ハルトが思い出した。


「なんか怒られるかと思った」


「感動しておりました」


「そうだったのか」


「そうです」


 温度差が酷い。


 結衣はもう慣れ始めていた。


「そして私は理解しました」


 凛は真っ直ぐハルトを見る。


「この方こそ私が生涯をかけて仕えるべき方だと」


 空気が変わる。


 結衣が察する。


 あ。


 これ。


 告白とかそういうレベルじゃない。


 もっと重い。


 もっと危険なやつだ。


 聖奈は懐かしそうに目を細めた。


 前世でもそうだった。


 リーゼロッテは勇者に心酔していた。


 誰よりも。


 狂信的に。


 凛は拳を握る。


「私は主の剣です」


 その瞳は揺らがない。


「主の盾です」


 さらに。


「主のためなら命も捨てられます」


 結衣が頭を抱えた。


(重っ!)


 聖奈が懐かしそうに頷く。


(リーゼですわね)


 ハルトだけが笑顔だった。


「おお!」


 そして。


 全員が予想していた通りの勘違いをする。


「つまり動画活動を手伝ってくれるんだな!」


 凛が固まる。


 結衣も固まる。


 聖奈も固まる。


「用心棒役か!」


 ハルトは満面の笑みだった。


「助かる!」


 凛は数秒沈黙した後。


 静かに目を閉じた。


(違います)


 心の中で呟く。


(ですが)


 主がそう仰るなら。


 それもまた騎士の務め。


 凛は深く頭を下げた。


「御意」


 その返事だけが。


 妙に重々しく響いた。



 ――重い。


 結衣は心の底からそう思った。


 目の前の黒髪美少女。


 全国三連覇の女子剣道界の伝説。


 その正体が異世界の騎士団長だとかいう話も大概だったが。


 何より。


 本人の忠誠心が重い。


 重すぎる。


「御意」


 とか言っている。


 令和の女子高生が言う単語ではない。


 しかも本気である。


 百パーセント本気である。


 結衣は額を押さえた。


「えっと……」


 恐る恐る確認する。


「つまり凛さんは」


「はい」


「これからハルトの動画を手伝うの?」


「当然です」


 即答だった。


「主のお傍でお仕えいたします」


「ほらやっぱり!」


 結衣が叫ぶ。


「動画の手伝いじゃなくて完全に家臣じゃん!」


「騎士です」


「そこじゃない!」


 凛は真顔だった。


 本気で違いが分かっていない。


 ハルトはケーキを食べながら頷く。


「いやでも助かるな」


「ハルト!?」


「だってリーゼ強いし」


 あっけらかんと言う。


「今度の動画でアクション系やろうと思ってたんだよ」


「話聞いてた!?」


「聞いてたぞ」


「聞いてない!」


 結衣が即答する。


 聖奈は紅茶を優雅に飲みながら微笑んでいた。


 どこか楽しそうですらある。


「それでリーゼ」


「はい」


「これからどうするつもりなんだ?」


 ハルトが尋ねる。


 凛は迷わなかった。


「主のお傍におります」


「うん」


「朝から晩まで」


「うん」


「可能なら同居を」


「却下!」


 結衣が光の速さで割り込んだ。


 凛が驚いた顔をする。


「なぜですか?」


「なぜじゃない!」


「主の護衛として合理的かと」


「合理性の問題じゃない!」


 結衣は机を叩く。


 凛は本気で不思議そうだった。


 異世界なら普通だった。


 騎士が主君を護衛する。


 何もおかしくない。


 だが現代では違う。


 結衣は必死に説明した。


「高校生!」


「はい」


「男女!」


「はい」


「同居!」


「はい」


「駄目!」


 凛は少し考えた。


「なるほど」


「分かってくれた!?」


「婚約後なら問題ないと」


「問題しかない!」


 結衣の絶叫が個室に響いた。


 ハルトは笑っている。


 聖奈も笑っている。


 凛だけ真面目だった。


 結衣は天を仰いだ。


(なんで私だけ常識側なの……)


 孤独だった。


 本当に孤独だった。


 そんな中。


 ハルトがふと気付く。


「あれ?」


「今さら何?」


「リーゼって学校どうするんだ?」


 その言葉で空気が止まった。


 凛も固まる。


「学校……」


 言われてみればそうだった。


 今は平日の夕方。


 当然ながら自分にも学校がある。


 だが。


 凛の頭の中では優先順位が決まっていた。


 学校より主。


 圧倒的に主。


「退学を」


「駄目!」


 結衣が即答した。


「即答で退学しようとしないで!」


「しかし」


「しかしじゃない!」


 凛は困ったように眉を寄せる。


 本気で悩んでいる。


 どうやら本当に退学する気だったらしい。


 結衣の頭痛が悪化した。


 すると。


 ここで聖奈が優雅にカップを置いた。


 カチリ。


 小さな音。


 だが。


 なぜか全員が視線を向ける。


「その件でしたら問題ありませんわ」


 嫌な予感しかしない。


 結衣は直感した。


 そして。


 その予感は外れない。


「聖奈?」


「リーゼを青葉高校へ転入させましょう」


 さらっと言った。


 結衣が固まる。


「え?」


「え?」


 ハルトも同じ顔をした。


 凛だけ真顔である。


「可能なのですか?」


「可能ですわ」


 即答。


「西園寺グループが運営する教育機関との連携がありますもの」


「そうなんだ」


 ハルトが感心する。


「スポンサーってすげぇな」


「スポンサーの規模じゃないからね?」


 結衣はもうツッコむ元気も減ってきた。


 聖奈は微笑む。


「手続き自体は数日もあれば終わります」


「数日!?」


「理事会への説明も不要でしょう」


「不要なの!?」


「校舎を一棟寄付しておりますので」


「あっ」


 結衣が黙った。


 そうだった。


 この人。


 学校そのものに金を出していた。


 一般論が通じない。


 聖奈は凛へ向き直る。


「リーゼ」


「はい」


「ご不満は?」


「ございません」


 即答。


「主と同じ学び舎に通えるならば本望です」


 重い。


 やっぱり重い。


 結衣は確信した。


 聖奈も十分重い。


 だが。


 方向性が違う。


 聖奈は財力で囲う。


 凛は命で囲う。


 どちらも危険だった。


 ハルトだけが笑顔である。


「じゃあ決まりだな!」


 あまりにも気軽だった。


「これで動画も撮りやすいし」


「主」


 凛が真剣な表情になる。


「なんだ?」


「必ずお守りします」


「おう」


「誰にも傷一つ付けさせません」


「頼もしいな」


「命に代えても」


「そこまでしなくていいぞ?」


 ハルトは苦笑する。


 本気で言った。


 本当にそこまでしなくていいと思っている。


 だが。


 凛は違った。


 ハルトにとっては仲間。


 少し剣を教わった相手。


 一緒に旅をした友人。


 だが。


 凛にとっては違う。


 勇者ハルトは人生だった。


 信念だった。


 希望だった。


 自分が生きる意味そのものだった。


 だから。


 その言葉だけで嬉しい。


 守らなくていいと言われても。


 守る。


 命に代えても。


 絶対に。


 凛は胸の前で拳を握った。


 ようやく辿り着いたのだ。


 十年探し続けた主の隣へ。


 もう二度と離れるつもりはなかった。


 そして。


 そんな決意をしている本人だけが気付いていない。


 これから待ち受ける最大の障害が。


 主を守る敵でも魔王でもなく。


 目の前にいる幼馴染であることに。


 結衣は静かに思っていた。


(絶対に問題起こす)


 確信だった。


 百パーセント。


 間違いなく。


 そしてその予感は、だいたい当たるのである。



 話し合いが一段落すると、部屋の空気は一気に緩んだ。


 凛の正体はリーゼロッテだった。


 聖奈の正体はセラフィアーナだった。


 転校の話もまとまった。


 今後は動画活動も一緒に行う。


 結衣としては胃が痛くなる内容しかなかったが、とりあえず話し合い自体は終了である。


「ふぅ……」


 結衣はソファへ深く腰を沈めた。


「なんか一気に疲れた……」


「まだ何も始まってないぞ?」


 ハルトが不思議そうに言う。


「始まる前から疲れてるの!」


「変だな」


「原因お前だからね?」


 即答だった。


 ハルトは納得していない。


 結衣はもう諦めた。


 すると聖奈が微笑む。


「せっかくですし、少しゆっくりしていかれてはいかがですか?」


「おっ!」


 ハルトの目が輝いた。


「まだ何かあるのか!?」


「デザートもございますわ」


「最高!」


 現金だった。


 本当に現金だった。


 数分後。


 追加で運ばれてきたのは豪華なデザートの数々だった。


 果物が山ほど乗ったタルト。


 美しく盛り付けられたパフェ。


 高級チョコレート。


 アイスクリーム。


 見たこともないような洋菓子。


「うおおおお!」


 ハルトのテンションが再び上がる。


「これ全部食っていいのか!?」


「もちろんですわ」


「スポンサー最高!」


「だから毎回それ言うな」


 結衣が呆れる。


 だが。


 正直少し分かる。


 目の前のデザートは女子高生でもテンションが上がる。


「……これ高そう」


「高いですわ」


「聞かなきゃよかった」


 結衣はそっとフォークを手に取った。


 一方。


 凛はデザートよりもハルトを見ていた。


 主が嬉しそうだ。


 主が笑っている。


 幸せそうだ。


 それだけで満足だった。


 ハルトがタルトを頬張る。


「うまっ!」


 凛の口元が緩む。


 ハルトがパフェを食べる。


「うまっ!」


 凛の口元がさらに緩む。


 結衣が気付いた。


「凛さん」


「はい」


「食べないの?」


「主が満足されているので」


「食べなさい」


「ですが」


「食べなさい」


「はい」


 負けた。


 結衣には逆らえない。


 いや。


 正確には。


 ハルトの近くにいる人間だから逆らえない。


 凛は素直にパフェを食べた。


 少しだけ目を見開く。


「……美味しい」


「だろ!」


 なぜかハルトが誇らしげだった。


「俺もそう思う!」


「お前が作ったわけじゃないからね?」


 いつもの流れだった。


 そんな様子を見ながら。


 聖奈は静かに微笑む。


 懐かしい。


 異世界時代も似たような光景はあった。


 戦いの合間。


 食事の時間。


 馬鹿な話をして。


 笑って。


 明日の戦場へ向かう。


 今は世界も違う。


 立場も違う。


 だが。


 中心にいる人間だけは変わらない。


 だから。


 不思議と安心できた。


 しばらくして。


 夜景の見えるラウンジでの時間は終わりを迎える。


 時計を見るとすっかり遅い時間だった。


「そろそろ帰るか」


 ハルトが立ち上がった。


「明日も学校だしな」


「ようやくその言葉が出た」


 結衣が安堵する。


 凛は即座に立ち上がった。


「では送ります」


「いや大丈夫だって」


「しかし」


「家すぐそこじゃないし」


「しかし」


「大丈夫」


「しかし」


 完全に護衛モードだった。


 結衣は苦笑する。


 聖奈も微笑んでいた。


 結局。


 ハルトが三回ほど大丈夫と言うことでようやく納得した。


 エレベーター前。


 一行は別れることになる。


 ハルトは軽く手を振った。


「じゃあなリーゼ」


 その呼び方。


 その言葉。


 凛の胸が熱くなる。


「はい」


 自然と笑みがこぼれる。


「また明日」


「おう」


 たったそれだけ。


 だが。


 十年探し続けた人からの言葉だった。


 何よりも価値がある。


 結衣も手を振る。


「凛さんもまた明日ね」


「はい、結衣殿」


「あと学校で木刀振り回さないでね」


「善処します」


「絶対守って」


 不安しかなかった。


 ハルトと結衣はエレベーターへ乗り込む。


 扉が閉まる。


 最後まで凛は頭を下げていた。


 その姿が見えなくなるまで。


 ずっと。


 そして。


 エレベーターが下り始める。


 静寂。


 残されたのは二人だけだった。


 広いラウンジ。


 夜景。


 窓の外に広がる光。


 西園寺聖奈。


 剣崎凛。


 かつての王女と騎士。


 異世界で主従だった二人。


 ハルトと結衣が去ったことで、ようやく周囲の目を気にせず話せる状況になった。


 聖奈はゆっくりと振り返る。


「さて」


 優雅な微笑み。


 だがその瞳は真剣だった。


「リーゼ」


「はい」


 凛も姿勢を正す。


「転校手続きの件もありますし」


 聖奈は静かに言う。


「少し二人でお話をいたしましょうか」


 王女と騎士。


 前世から続く複雑な関係。


 そして。


 同じ主を追って現代まで辿り着いた二人だけの話し合いが、今から始まろうとしていた。



 静寂。


 広いラウンジには二人だけが残される。


 窓の外には夜景。


 無数の光が街を彩っていた。


 しばらく。


 誰も口を開かなかった。


 先に沈黙を破ったのは凛だった。


「姫様」


 聖奈は微笑む。


「今は聖奈で構いませんわ」


「……では聖奈様」


 長年の癖はそう簡単には抜けない。


 凛は素直に頭を下げた。


「申し訳ありません」


「何がですの?」


「主をお守りできませんでした」


 真剣だった。


 本気だった。


 十年。


 主の傍にいられなかった。


 その事実を今でも悔いている。


 だが。


 聖奈は首を横に振った。


「それは私も同じですわ」


 静かな声だった。


「私もハルト様を探し続けておりました」


 十年。


 途方もない時間。


 異世界の技術を現代へ持ち込むために研究を重ね。


 財閥を築き。


 世界中を探した。


 だが見つけられなかった。


 だから。


 責める資格はない。


「むしろ」


 聖奈は微笑む。


「再会できたことを喜ぶべきでしょう」


「……はい」


 凛も頷く。


 その通りだった。


 もう終わった話だ。


 大切なのはこれから。


 再び主の傍に立てること。


 それだけだ。


 聖奈はソファへ腰掛けた。


「お座りなさいな」


「失礼します」


 凛も向かいへ座る。


 そして。


 二人は同時に口を開いた。


「ハルト様について――」


「主について――」


 言葉が重なる。


 一瞬。


 二人は顔を見合わせた。


 そして。


 どちらからともなく笑った。


 懐かしかった。


 異世界時代もこうだった。


 勇者のことになると話題が尽きない。


 王女も騎士も関係ない。


 ただの勇者好きだった。


「まず確認しておきますわ」


 聖奈が言う。


「リーゼ」


「はい」


「あなたはハルト様の恋人になりたいのですか?」


 普通なら重い質問だ。


 だが。


 凛は少し考えた後。


 首を横に振った。


「分かりません」


「そうですの?」


「主が望まれるなら」


 それが答えだった。


「主が私を必要とされるなら剣になります」


 凛は迷わない。


「盾にもなります」


 さらに続ける。


「友人になれと言われれば友人になります」


「恋人なら?」


「恋人になります」


「妻なら?」


「妻になります」


 聖奈が苦笑した。


「相変わらずですわね」


「自覚はあります」


 ないだろう。


 絶対ない。


 だが。


 聖奈も似たようなものだった。


「私も同じですわ」


 凛が少し驚く。


 聖奈は夜景を眺めた。


「私はハルト様を愛しております」


 迷いなく言う。


「ですが」


 続く言葉も迷わない。


「私だけを見てほしいとは思いません」


 凛が頷いた。


 理解できた。


 異世界で勇者だったハルト。


 誰か一人のものになるような人間ではない。


 困っている人がいれば助ける。


 敵であろうと手を差し伸べる。


 だから多くの人に慕われた。


 だから自分たちも惹かれた。


 そんな人に。


 独占など似合わない。


「主らしくありませんから」


「ええ」


 意見は完全に一致した。


 聖奈は微笑む。


「ならば競争より協力ですわ」


「同感です」


 凛も即答した。


 少なくとも。


 二人の価値観は近い。


 主の幸せが最優先。


 自分の感情はその次。


 だから。


 争う理由がなかった。


「むしろ問題は別ですわね」


 聖奈がため息をつく。


「はい」


 凛も真顔になる。


 二人は同時に同じ名前を口にした。


「ハルト様」


「主」


 原因だった。


 全ての原因だった。


 聖奈が額を押さえる。


「なぜあの方は気付かないのでしょう」


「不思議です」


 凛も真面目に考える。


「かなり分かりやすくしているのですが」


「私もそう思いますわ」


 二人は本気だった。


 だが。


 相手はハルトである。


 異世界最強の勇者。


 そして。


 恋愛方面だけ最弱の男。


 聖奈は諦めたように笑う。


「今後も気付かないでしょうね」


「でしょうね」


 即答だった。


 意見が合いすぎる。


 だから。


 方針も自然と決まった。


「無理に迫るのはやめましょう」


「賛成です」


「ハルト様が嫌がることもしない」


「当然です」


「動画活動の邪魔もしない」


「むしろ支援します」


「学校生活も守る」


「守ります」


 どんどん話がまとまる。


 普通の恋愛会議ではない。


 勇者支援会議だった。


「私は資金面を担当しますわ」


「私は護衛を担当します」


「ハルト様が何か始めたら?」


「全力で支援します」


「危険なら?」


「安全を確保します」


「素晴らしいですわ」


「聖奈様も」


 完璧だった。


 少なくとも二人の中では。


 もし結衣が聞いていたら。


 全力で止めていただろう。


 だが残念ながらここにはいない。


 結果として。


 二人は非常に危険な結論へ辿り着く。


「まずは学校ですわね」


 聖奈が言う。


「転校手続きを終わらせます」


「ありがとうございます」


「それから動画活動」


「はい」


 凛の目が輝いた。


「主と共に戦えるのですね」


「動画ですわよ?」


「動画ですね」


 真顔だった。


 絶対に認識が違う。


 だが聖奈は気にしない。


 どうせハルトも似たようなものだからだ。


 そして。


 話し合いが終わる頃には。


 二人の間にあった前世からの距離はほとんど消えていた。


 王女と騎士。


 今は違う。


 同じ人を追いかけて現代へ辿り着いた仲間だった。


 聖奈は立ち上がる。


「ではリーゼ」


「はい」


「改めて」


 微笑む。


「おかえりなさい」


 凛の目が少し潤んだ。


 異世界はもうない。


 王国もない。


 騎士団もない。


 それでも。


 帰る場所はあった。


「ただいま戻りました」


 静かな声だった。


 夜景が輝く。


 こうして。


 勇者を追って現代へ辿り着いた二人目の仲間は、再び同じ陣営へ加わった。


 そして翌日から。


 青葉高校の日常はさらに崩壊へ向かう。


 その始まりを。


 まだ誰も知らない。


 ――そしてその夜。


 自室へ戻った凛は、一人静かに目を閉じる。


 主と出会った日のことを思い出しながら。


 王国最強と呼ばれていた頃。


 まだ勇者が勇者ではなかった頃。


 全ての始まりだった、あの日のことを。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ