第四話 夜中の餌
百分ほどの焼き肉を楽しんだ二人。夜の冷たい風に触れながら帰路についていた。
「食った食った。」
お腹をさすりながら阿久戸は欠伸を噛みしめる。満腹になって、疲れて眠くなったのだろう。隣の琥珀もどこか満足そうだ。
「おいしかったな。」
「いや~たまにはいいな。」
阿久戸は歯を見せながら楽しそうに笑みをこぼした。二人で並んで歩くと、身長差がより広がってみえる。
阿久戸の身長は百八十を超えているが、琥珀はようやく百六十センチを記録したぐらいだ。その差二十センチ。傍から見たら兄弟に見える。
だが、彼らはあまり気にしていないのか、のんびり雑談をしていた。
「てか、琥珀。」
「ん?」
阿久戸はおもむろに振り返って軽くかがんで言う。
「あんたの親、見つかりそうか?」
「……。」
琥珀はバツが悪そうに目線を外した。
「今聞くか?」
「いや。なんとなく。」
琥珀が、何でも屋を営み始めたきっかけが、まさしく親の話である。彼の両親は行方不明らしい。何年も前から探しているようだが、まったく手掛かりはないのだ。
そこで、何でも屋を営み情報収集をしている。
「まだ何も。」
「大変だよな。互いに。こっちは借金背負って、そっちは手掛かりゼロ。」
「……まあな。」
ふと琥珀が空を見上げると、雲一つない星空が自分たちを見下ろしていた。阿久戸もそれを見て見上げる。
「まあ、ゆっくりでいいよな。俺たちは時間有り余ってるんだし。」
阿久戸のその表情は、いつものへらへらとしたものとは少し違った。どこか年相応の満足そうな表情だ。白い髪が風で揺れている。まるで犬のしっぽのように。
そんな彼らが歩いていると、ふと声をかけられた。
「そこのおふたりさん。少しいいかい?」
阿久戸と琥珀は同時に振り返る。そこには一人の女性がいた。茶髪で赤いジャケットを羽織っている。こちらを見て小さく微笑んでいた。
琥珀が口を開く前に、阿久戸が彼女に声をかける。へらへらと笑みを張り付けて
「なんすか?おねーさん?」
「君たち、例の”何でも屋”だろ?」
女性がそういうと、二人の表情は固まり仕事人の顔になる。琥珀ーーネコは阿久戸ーーシロの前に出て目を細めた。
「申し訳ありません。僕たち、直接依頼を受けることはないんですよ。ホームページのほうに記載してくれると助かります。」
「そうっすね。俺たちも”暇”じゃないんで。」
二人して仮面を張り付けて女性と話をしている。だが、相手もなかなかの者だった。
「じゃあ、この場で依頼したら話を聞いてくれるかな?」
「……ほう?」
ネコは面白いといわんばかりにシロに目線を移した。シロもにやりと微笑む。
「まあ、考えなくもないっすよ。」
軽い口調で返事をすると女性はこくりとうなずいた。「じゃあ、そうさせてもらう。」と何のためらいもなく目の前で依頼を撃ち込み始める。シロとネコは対して気にせず、少しだけ寒さに震えた。
「てか、寒いんで事務所来ます?」
「いいのか?」
ネコはこくりとうなずいた。
「依頼者になるならそちらの方が早い。ついてこい。」
意外にもネコのほうが乗り気だった。なんとなく同業者の香りがする。そんなところだろう。女性は小さく微笑むと、小柄な彼の背中を追うように歩き出した。シロもそれをじーっと眺めてのんびり足を運ぶ。三つの足音が夜の街に溶けていった。
二人の住処に帰ってきた。いや、事務所だったか。ご丁寧に来客用に茶を淹れながら、依頼が送られてくるのを待っていた。
「そういや、お姉さん。俺たちのことどこで知ったんすか?自己紹介でもしてくれると助かるんすけど。」
沈黙というより退屈が嫌だったシロが女性に声をかけた。女性はハッとしたように笑う。
「そうだったそうだった、自己紹介がまだだったね。私の名前は”クイーン”とでも呼んでくれると助かるよ。君たちも偽名で名乗っているようだし。ねえ、シロくんとネコくんだったかな?」
女性はからかうようにそういった。だが、二人は大して気にしていないようだ。猫のようにマイペースで、犬のように単純である。
「へえ~クイーンって名乗ってるんだ。いいっすね!」
「安直すぎないか?いや、僕たちもそんなこと言えないか。」
その反応を見てクイーンはわずかに眉をひそめた。
「あなたたち、本当にあの噂の犬猫ペアなの?危機感がなさすぎるわよ。」
「ええ?名前はいつかバレるもんだろ?なあ、ネコちゃん。」
パソコンを見ていたネコに向かってシロは言う。コクリとうなずいた。
「名前はただのデータに過ぎない。というか、僕たちに名前を知られて困るような知人はいないよ。」
「ネコちゃん、同時に心えぐられたんだけどどうしてくれんの?」
「知らん。」
口喧嘩のようで、そうでもないただの言い争いが続いていた。
数分後。ピロンという、小さな通知音とともにネコの見ているパソコン画面にメッセージが来た。
「メール番号”九一七”であってる?」
「ああ。それだ。」
ネコはカチカチとマウスをクリックしながら依頼を読み上げた。プライバシーも何もない、純粋な声色で。
「クイーンの依頼は……うわ、シロみてみろよ、裏仕事だぜ?」
「久々だな。今日は猫探してたってのに。」
二人は同時に画面をみながら依頼を読み上げた。声を合わせて。
希望期限:一か月以内
ターゲット:渋谷大翔
理由:裏金でキャバクラにお金をつぎ込んでいる疑いあり
内容:身辺調査
まるで壁と話しているかのような、シンプルすぎて通り過ぎてしまいそうな内容だった。シロとネコは互いに目線を交わす。
「ん?クイーンさん。これだけでいいんすか?というか金額書き忘れてるっすよ。」
「いや、あえて書いてない。情報の質に応じて金額を上乗せしよう。前金が必要なら、あとで申請してくれ。」
なんとも、太っ腹な客だったようだ。




