第三十八話 最後の部屋 ネコの視点
シロとネコは食事を終えたのち、いくつかの部屋を攻略していった。そして、最後の部屋にたどり着く。そこでは、どんな問題……いや罠があるのだろうか。
最後の部屋。そう聞いて、ネコは少しだけ懸念していた。インカムのバッテリーもそうだが、あいつが何かをたくらんでいないかと。
「……どうせ何かあるんだろうな。」
部屋に入った感覚は、いたって普通。ただの殺風景な館の一室といったところだろうか。相変わらず、何の建物だったのかを疑いそうになるほど、質素である。
それからいつもの部屋にあった問題用紙も一切なかった。ネコはじっとその変化に気づいて、周囲を探索した。
「何もない……わけないよな。」
ネコがそう疑問に思った次の瞬間だった。一歩踏み出した右足がわずか五ミリほど沈む。ネコはぴたりとその場で静止した。
カチリ。何かのスイッチを踏んでしまったようだ。ネコはインカムを使うかためらったが、その前に周囲を見渡した。
相変わらずなんともない部屋。だが、スイッチを押した以上油断大敵である。
「……。」
すると、風をきる音がした。ネコは姿勢を低くする。
そして慌てずに足で振り払った。
カラン。
何かが当たった音がした。その先へ視線を向ける。
「……?」
そこに落ちていたのは矢。どこから飛んできたのかは全く予想ができない。ネコは、その矢を拾い上げる。
ふつうの矢だった。そもそも、矢なんて見慣れない。それはネコも同じだった。狙われるとしたらいつも死ぬ可能性が高い、銃や爆弾。だから、こういう原始的な武器は珍しい部類に入る。
くるくると手で回し、変な個所はないかと探るもなんともなかった。
「攻撃の意図があるのかないのかわから……ん?」
しばらく回していた時、矢柄にシールが貼られていることに気づく。迷うことなくめくると、一枚の紙になった。
そこにはこう書かれていた。
【君にはここで離脱してもらう。】
「離脱?」
離脱の意図がわからない。この脱出ゲームはシロと二人で協力してなぞ解き等をするはずだ。最後の問題はそうはいかないのだろうか。
インカムのバッテリーはまだ残っているし、なによりシロはネコがいないと何もできない。……指示待ちの番犬といっても過言ではない。
「そもそも離脱ってなんだ。何から離脱しろっての……。」
もやもやするといわんばかりに頭をかき、周囲を見渡す。
なにもない。
気配はする。
つまり、なんだ?
流石に情報屋でもこんなに情報が少ないと、うろたえてしまう。だが、ネコは冷静だった。
何もないわけがないのはわかっている。離脱ということは何か仕掛けてくることを感じ取れる。
そうだとしても、そうじゃないとしても。
深呼吸をしてその脅威に備えるのだった。
数分経った時だ。インカムがつく。シロがこちらに連絡しようとしていた。
「……。」
ネコは若干、抵抗しつつも応答する。
「そっちはどうだシロ。」
『あの、こっちなにもないんすよね。そっちは?』
「あ?」
どちらの部屋も何もない。おかしい、怪しすぎる。ネコが額をコツコツとたたいて考えた。
「こっちには一枚ある。”君にはここで離脱してもらう。”だそうだ。」
『へ?』
シロの反応はあながち間違いではない。ネコがそういおうとしたその時だ。
ネコがいる部屋の扉が開く。振り返るとそこには、あの気味の悪い笑みを浮かべる男が佇んでいる。ヴァルだ。彼は真っ先にネコの右手首を掴んだ。
そしてそのまま引き寄せて、インカムを奪った。
「は?」
『ネコちゃん?』
「離せ!」
ネコが腕を振り払おうと力をこめるがピクリともしない。ヴァル、意外にも力が強かった。
ネコの声が漏れてシロにも届いているのか、声が聞こえる。
『ネコちゃん!何があったの!?』
だが、ネコはシロの声なんて聴いてられなかった。ヴァルが何をたくらんでいるのかを全く感じ取れない。それを考え、どうやって逃げるかを探すことに夢中だった。
殺す?――いや、こいつはない。本当に僕ら二人に夢中だから。
攫う?――いや、そもそもここにつれてこられている時点で、攫われているも同然だ。
そういえばさっき、離脱とか言ってたか?もしかしてこのことか?
だが。ネコが考えている間にもヴァルは動く。それは変わらない。引いた手をさらに引き、ネコを抱き寄せた。そして口元に何かを持ってくる。
湿った布。甘いにおいが漂っていた。……我ながら気づけなかった。情報屋相手だからと、情報戦になるとばかり思い込んでいた。
なんで、初歩的なことを忘れていたんだろう。
「眠らせる気か……。」
気付くのに遅れてしまい、軽く吸ってしまった。逃げようとしていた手に力が入らなくなる。目の前が白黒にちかちかと点滅し始めた。
「君にはすこし眠ってもらうよ。……そうすれば、シロ君は問題に答えられずにゲームオーバー。はじめから仕組んでいたのさ。」
「……っち。つまんないやつ。頭脳戦にしろよ、そこは。」
「いや?したつもりさ。でも、油断……いや弱くなったなネコ。こんなものにも気づかないとは。」
ネコは抑えつけられながらも、自負していた。なぜ、気づかなかった。こんなこと。なんで怠ったんだ。
意識が遠く離れていく。力は完全に抜けていた。眠い、ひたすらに。
ヴァルは寝かけたネコの耳元で言う。
「まあ、君の食事だけにちょっとだけとある薬を仕込ませておいたからだろうね。猫舌の君にはわからなかっただろう。」
「……そういうことかよ。」
恨めしそうに見上げていたが、ぷつんと糸が切れたように意識を手放した。ぐったりしたネコの体は思ったより軽く、ヴァルは顔色一つ変えずに抱え上げた。
「さて、シロ君。聞こえていたかな。ここからは君一人だ。どうせクリアできないだろうけどな。」
高笑いをした後、インカムの電源が落ちた。充電が切れた。
そして、ネコとの連絡手段も途切れた。




