第三十六話 脱出ゲーム その三 シロの視点
二つ目のなぞ解きは間違い探しだった。シロは見本となる黄色のドアの部屋を覚えて、間違いのある部屋へと向かう。
緑の扉の部屋。シロはゆっくり部屋に入った。ぱっと見は先ほどの部屋と何ら変わりがない。勉強机にベッド。ふつうの部屋。どこかに違和感があるはずだが、気付けてはいない。
「さてと、どこに違和感あるっすかね?」
シロは周囲を見渡した。……だが、初見では何もわからない。見る箇所が多すぎる。シロは顎に手を当てて考えた。
「というか、ノーヒントなんすかね?完全に俺しかやってないっすけど。ふつうならネコちゃんの方に見本の部屋、こっちに間違ってる部屋の方が協力的で面白いと思うんすけど。」
一応聞いてみよっかな。
そう思い、ネコに連絡を入れる。
「ねえ。ネコちゃん。ちなみにっすけど、そっちの部屋には何があるんすか?問題用紙だけっすか?」
『こっちか?こっちにはそっちの部屋の見取り図がある。だが、そこに違いはないから、何とも言えない。だが、一つ言えるのは……ぱっと見だけじゃだめかもしれないってことだ。』
「え?そうなんすか?ちなみにどこに。」
すると、紙の音がインカム越しに聞こえてくる。
『押し入れの中だ。』
「……りょ、了解っす!じゃ、いったん切るっすね。」
インカムの通信を切り、シロは一旦緑の部屋を出た。押し入れの中はまだ見ていなかった。理由?そんなの単純だ。
シロにとって押し入れはなじみ深いものであるから。
ガラッと勢いよく開ける。そこには小物が置いてあった。
クレヨン。自由帳。カバンに布団。それから白い犬のぬいぐるみ。
シロの目が見開かれた。
「は?こんなのも……あいつら理解してるんすか。懐かし……いや。はあ……。」
肩をがっくしと落とす。ネコと同様、心を過去をえぐられているようだ。
頭が真っ白になる。これだけは見られたくなかったし、忘れたかった。
「マジっすか……」
語彙力がかつてないほどに落ちている。それほど衝撃的だった。シロはしばらく眺めていたが、息を整えてぬいぐるみに手を伸ばす。
「まあ、あとで慰めてもらおっと。」
笑顔の仮面をつけてじっと押し入れを観察した。汚れはあったが、押し入れとして機能していた形跡がある。いや、実際にはそういう形式に見せかけているのかもしれないが。
「うーん、とりあえず見終わったっす。今度こそ間違い見つかるといいっすけど。」
気持ち少しだけ駆け足で隣の部屋に行く。時計がない以上時間管理が難しい。まだ一時間たっているのかでさえ不正確。そもそもそれを気にしていられるほど、この館は優しくはない。
再度、緑の部屋で見渡すのではなく近づいて違和感を探した。
「……。うん、やっぱりない。ええ、また押し入れ行かないとっすか?いや、あの情報野郎ならやりかねないっすね。」
いやそうに眉をひそめながら近づいていく。シロはまた躊躇った。ここには本当に嫌な記憶しかない。自分たちの事務所というべきか言えというべきかわからないアパートにも押し入れがある。
そこは極端にシロは近づかなかった。自室にもある。それをシロは壁紙で覆った。
それほど、押し入れは行きたくない。
ガラッ。
無理やり気持ちを押し込め中を開くと、そこにあったのは小物だった。
クレヨン。自由帳。カバンに布団。それから犬のぬいぐるみ――ではなく黒い猫のぬいぐるみ。シロはすでに分かっていた。
どうせ、あの男は自分たちを苦しめたいのだろうと。
「は、はは。ネコちゃんのぬいぐるみあったっすね。」
一応報告するために懐にあるインカムに手を伸ばす。だが、その右手が震えていた。無理やり笑いながら、インカムの電源をつける。
「……ネコちゃん。答え言うっすよ。」
『ああ。』
「犬のぬいぐるみが、猫のぬいぐるみになってたっす。」
『了解。お疲れ様。』
ネコの労いの言葉がここちよい。シロはじっとそのぬいぐるみを拾い上げて、観察する。
「ここを開ければ俺の方の鍵があるんすよね。うーん。よし。」
丁度、猫のぬいぐるみの後ろにチャックがあった。ジリジリと開けていく。
なかから鍵が出てきた。
「……はあ。」
ため息が止まらない。そんなひと時だった。
出てきた鍵で次の部屋を開けようと二人が廊下に出た時だ。目の前にあの男がいた。
「うわっなんすか?急に!?」
ヴァルはじっとシロを見てからおもむろに、看板を取り出した。
【お昼ご飯食べましょ】
仕掛け人側というか、依頼人側が何故ここまで気を遣うのだろうか。シロはひきつった笑みを浮かべている。こいつを信用できるわけがない。
「はあ?って、そんな時間?いや、それを惑わす罠なんすかね……。」
シロがどうしようかとあたふたしていると、遠くから足音がやってきた。ネコだ。涙目でそちらを見る。
「ネコちゃああん……。」
「……お、おう。」
「なんすか。この男精神攻撃強くないっすかぁ……?」
ネコはシロのあまりの動揺具合に、同じく動揺した。だが、まだ泣いてはいないと分かるとはあとため息をついた。
「ああ。しかもなんだあの看板。昼飯?」
「これって、罠じゃないっすか?昼飯食っている間にゲームオーバーにさせるとかいう。」
「それな。」
二人の疑いの目がヴァルに向いている。ヴァルは相変わらずにこにことしている。
「いや、そんなことはない。だが、制限時間内中ってのは確かだね。だけど、飢え死にさせる気もない。君らはもとより旅行にきている。その娯楽の一環だと思っていただければ。」
「はあ?信用ないんすよ!俺らの過去引きずり出して、楽しんでるんだろ!」
ヴァルを人差し指で指して大声で言う。あまりの勢いに、ヴァルに本当に刺さりそうだった。元殺し屋は時に自分の力を過信しすぎる。
だが、そんな彼の様子を見てもヴァルはやはり笑みを絶やさない。流石、情報戦に慣れている。
そう、ネコは感じていた。
ヴァルはその指をそっとつまむと、先ほどとは一風変わった笑みを浮かべる。
口元はそのままに。だが、眼だけはじっとシロを見ていた。
「それに、二人で会えるのは”食事の時間限定”だ。作戦会議でも何でもしたらどうだい?」
ネコはそれを聞いた瞬間ハッとした。
「作戦会議……てっきり別々で食うのかと。」
「いやいや。私は君たちの絡み合いが好きでね。」
「その言い方をやめろ。」
語弊がありそうな言い方にややうんざりしながらも、ネコはその昼食という名の二人で会える時間には前向きだった。シロにそっと目線を向ける。
その視線でシロはすっと、笑みを浮かべた。
「……ちなみに、食事なんすか?」
たった一動作で、いつもの表情に戻すシロ。これこそ、ヴァルが暴きたいものだ。
情報屋と殺し屋がたった二人で裏社会を抜け出し、二人で支えあっているいきさつとは何か。
ヴァルは二人の姿を見て、そっと考えを巡らせるのだった。




