第三十三話 脱出ゲーム 説明
ひとまず、旅館で一日休んだ彼らシロとネコは、明日に備えてしっかり休んだ。そして迎える当日。彼らはどんな脱出ゲームを迎えるのだろうか。
午前五時ごろ。早起きしたシロとネコは例の館の前に再び立っていた。
「はあ、悪夢みたっすよ。」
シロがブツブツとぼやく。それもそのはず、相手はかなり有名な組織の一員である。二人で太刀打ちできる相手とは到底思えない。
なんせ二人は、確かに裏社会を身で感じてきたが今は相ではない。どちらでもない中間にいる。だから劣っているといっても過言ではないのだ。
切り替えるように踏み出したシロが扉を開けようと、手を伸ばす。だが、その前にガチャっと音が聞こえた。二人は二歩離れる。先日お世話になったあの男が来た。
「ああ、来ましたか。どうぞ中へ。」
ヴァル。あの仮面男は二人にどんなゲームを用意してきたのかという疑問が、何度目かもわからずにシロとネコの脳裏によぎる。
「いくぞ、シロ。」
「はーい、ネコちゃん。」
スニーカーの安っぽい音と、ブーツの音が重なった。
なかは昨日となんら変わらない。変わっているとすれば、ヴァル以外に数人、黒スーツに身を包む部下がいることだ。
「おい、こいつらはなんだ。」
「一応ね。特にネコ。君は逃げの天才といわれている。猫のように暗闇に溶けて、足音すら聞こえないと来た。流石に逃げられてはたまらない。」
ニヤリと微笑んでいるような気配がした。実際そうだろう。仮面の下にある顎が若干動いたから。
ネコは深くため息をつくと、シロの一歩後ろで様子を見ることにしたらしい。……というところの、シロへの丸投げである。
「で、きたっすけど。脱出ゲームってことはここ出れば勝ちって判定でいいんすか?」
「ああ。もちろん。だが、館内を一周してなぞ解きをしてもらう。」
「ええ~なぞ解き?じゃあ、俺の仕事ないっすね。ラッキー。」
にっこりと満足そうに微笑んだシロだが、次の言葉が彼の期待を裏切る結果となるとは予想していなかった。
ヴァルはシロの能天気さには慣れているといわんばかりに、コホンと咳込み言う。
「いや、二人には別行動してもらう。」
シロはすっと笑みを消した。それは聞いていないといわんばかりに。シロはちらりとネコを見た。
彼はいたって冷静にヴァルの言葉をかみしめていた。流石元情報屋というべきか。肝が据わっている。殺し屋は主がいなくては動けない、実行役に過ぎない。
そう思っている。
それと、離れてしまうということは。自分で考えて行動しなくてはいけないということだ。あたりまえだが、シロにとっては違和感が強かった。
まるで、リードを外された飼い犬のように。
「なんで、別行動なんすか。あんた、俺等二人が好きなんすよね?」
無意識に首に手を当てながら尋ねた。そうだ、そのはずなんだ。ヴァルは二人の息の合いように昨日興奮していた。それほど、二人が好きなはずなんだと、気になるはずなんだと。
だが、相手はそれを覆すようなゲームを提案した。
「ああ、二人が好きさ。でも……」
仮面をかちゃりと外す。中から出てきたのは、緑色の髪に紫の瞳。毒々しい姿でこちらを見据えていた。
「それが離れたとき、君たちどうなるか気になるんだよね。」
「……っち。」
「おや、不服そうだねシロ。そんなにいや?あの子を一人にするのは。」
ヴァルはニヤリと笑って首をかしげる。シロの表情全てを隅々まで見られている。流石にまずいと思ったのか、ようやくネコが前に出た。
「さっさとしろ。前置きで時間すぎるだろ。」
「そうだったね、ネコ。さて、君たちには左右に分かれて探索してもらう。」
現在地点は館の玄関。そこから向かって右手側と左手側に通路が見える。つまりこうだ。左右でそれぞれ担当して謎を解く。といったところだろう。
「それぞれ互いにまつわる謎を置いておいた。だから君たちには簡単だと思う。そう、我々は君たちの信頼度を見たいんだ。どれだけ互いを知っていて、互いを理解しているかどうかをな!」
高笑いしそうな勢いで手を天に掲げて宣言した。脱出ゲームという、互いの信頼しているかどうかの確認。それこそ、ヴァルの目的だった。
「まて、一つ聞きたい。昨日はやたら二人で協力しろって言ってたろ?なんで別々にする?」
「あ、その話聞きたい?さすがネコ。」
指をパチンと鳴らして、グイッと顔を近づけた。
「二人で解くのは変わらない。ただ、同じ場所にはいかせない。つまり、ここは対になる部屋で一緒になぞ解きができるそんな館だ。」
ヴァルは指先で空中をなぞるように動かし、玄関ホールの天井を見上げた。
すると、天井の照明がゆっくりと明滅し、左右の通路に沿って淡い光が走る。
右側の廊下には青い光。
左側の廊下には赤い光。
まるで二人を誘導するように。
「右側はシロ。そして反対側は……ネコ。部屋の構造は鏡写しさ。まるで君たちみたいに真反対。ただし。」
ヴァルは広角を上げて、ささやくように言う。
「解くために必要なヒントは相方の部屋にしかない。それを互いに教えあって謎を解いてくれ。」
ヴァルがふいに背中を向けて部下の一人でもあるスーツ姿の女性を呼ぶ。
「そして、ヒントをもらうために必要なアイテム。インカム。これは充電式だ。つまり、この充電が切れたらヒントはもうもらえないと思え。」
「ふーん。で、実際に対面して話すのはできないと。」
「そういう事さ。簡単だろ?」
ヴァルは手を広げて、数歩後ずさる。説明は終わったようだ。
「さて、ほかに質問は?そうこうしているうちにも制限時間は過ぎていくよ。」
シロもネコも一度、呼吸を整えた。無言で互いに視線を交わす。
いびつで意見も合わないことがある。それでも支えあって、ここまで来た。決して完ぺきとは言えないこの関係に、誰かが価値を見出している。それがいま露見された。
ネコはじっとシロを見て、再度ヴァルを見た。そして低く鋭い声で尋ねた。
「聞いていなかったことが一つある。これに失敗したら、お前は何を望む?」
その言葉にぴたりとヴァルの笑みが止まった。数秒もたたないうちに口元がゆがむ。
笑っていた。
あざ笑っていた。
目を細めてあっさりという。
「君たちの秘密、この場で暴露してもらおうじゃないか。」
楽しそうに、あっさりとそう言い切った。
それがどれほど二人に効くかをきっと、ヴァルは理解しているだろう。
ヴァルの言葉にシロは歯を食いしばる。ネコは舌打ちをしようとして止めた。
威嚇。ヴァルの目にはそう見えた。二匹の生き物が自分たちの縄張りを荒らされまいと体をこわばらせている。
それがどんなに美しいかを二匹は知らない。
「さて、ほかにはなさそうだね。さあ、始めようか。君たちの信頼とはどれほどのものか、期待しているよ。」
この脱出ゲームは幕を開けた。
シロとネコが望まぬ形で。




