第二十九話 車酔い
二日前にショッピングモールにて準備を済ませた二人は、いよいよ依頼報酬でもある温泉旅行へと出発した。
遂に、温泉旅行が始まった。天気は晴れ、ピクニック日和である。だが、ピクニックをするわけではない。ただ、旅館に行き温泉に入るだけのイベントである。
それでも、シロとネコにとっては新鮮な旅になるだろう。
温泉旅行は二泊三日の短期間。今はバスでの移動中である。しかし、そこで少しだけトラブルが発生。
「……酔った。」
「え?マジっすか?」
ネコは酔いやすいらしい。額に手をのせて、天を仰いでいる。シロは意外といわんばかりにネコの顔色を窺っていた。
「薬飲んでないんすね。」
「……完全に忘れてた。最悪。」
ネコは吐くほどでもないのか、ただ青白い顔色でぼんやりしていた。シロは少しだけ時計を見つめて、小さく言う。
「寝てていっすよ。あと二時間ぐらいかかるんで。」
「……ああ。」
ネコは許しを得たかのように、フードをかぶるとそっと目をつぶった。ネコは基本人前で寝ない。シロの前でも、ほとんど寝ない。よっぽど疲れたときか、体調が悪いときか。それからほんのちょっぴりお酒を飲んだ日か。だからシロにはいつも新鮮だった。
眠るネコはいつもよりも幼さを漂わせており、すうすうと寝息をたてている。そんな彼をシロはじっと見ながら、ふと思い出していた。
彼らが出会ったあの日のことを。
シロはバスの天井を見上げながら思い出していた。
情報屋時代のネコと、自分。二人は、運命のように路地裏で出会った。いや違う。片方の依頼によって、出会わされた。本来なら出会うはずがない。情報屋は室内でじっとしているだろうし、自分も気づかれないうちに脳天をスナイパーで貫くだろう。
だが、二人は違った。
なぜか、惹かれあうように向き合っていた。
「お前、殺し屋だろ?なんでここにいる。さっさと殺さないのか?」
「……そっちこそ。なんで情報屋が殺し屋相手に拳銃構えてるんすか?」
ネコも自分も、互いに手に収まるほど小さな拳銃を向けていた。確実に殺す心臓に照準を当てて。
「なんか、初対面なのに久しぶりって感じっすけど。どこかで会いました?」
シロが冗談交じりにそういうと、ネコは首をかしげる。
「お前の感覚がバグってるんじゃないか?」
「そうかも。」
シロとネコはただ見つめあうだけで、撃つ気配すら見せなかった。拳銃はただの挨拶のように、飾りのようにそこにあるだけ。そして、ほぼ同時に銃を下ろす。
本来なら、殺す側と殺される側。だが、二人は出会った瞬間に気づいた。
僕らは。
俺らは。
どこか似ていると。
こうして、二人は……。
シロが思い出にふけっていると、ネコがシロの頬をつねった。
「お前。変なこと考えてるんじゃないよな?」
「いたたた!?」
酔いは十分引いている。顔色もよくなっていた。そして、シロが何かを考えていたこともなんとなく察したらしい。寝起きでも、彼の察知能力は健在だ。
「いたいって、琥珀。どうしたんだよ。」
じろっと、ネコは見つめる。何を考えていたんだと疑うような目線で。
「おまえ、出会った頃のこと思い出してんのか?」
まさかの的中である。シロは冷汗をかき始めた。なぜそんなに目ざといのだろうかと疑問に思いながら。シロは眉をひそめながら正直に認めた。
「そ、そっすよ。何か悪かったっすか?」
彼の動揺した声が、隣に座るネコの耳に流れてくる。バスはまだ動いていて、シロの声とともに景色も一緒に流れていた。
ネコは小さくため息をつくと、頬をまだつねりながら言う。
「お前、終わったことを大体美化するだろ。」
「な、何でそこまでバレるんすか!?」
実際、二人があったのはそんなきれいなものではなかった。さっきの場面はシロの妄想である。
ネコはそんなシロの反応を見てにこっとほほえんだ。
「お前は本当に変わらないな。」
マスクの下は相変わらず見えない。だが、その笑顔をみているのは紛れもなく、借金まみれの男シロだけである。シロはにこっと笑うと言い返した。
「そうっす。俺は変わんないっす。」
「すがすがしいほどの正直者だな。」
ふと、ネコは視線を窓に移した。移り変わる景色は、いつの間にか山奥に移っているらしい。緑豊かな自然があたり一面に広がっている。
「何分ぐらいたった?」
「ええっと、そんなに経ってないと思うんすけど……。」
シロは視線を時計にずらす。ざっと、一時間経っていた。シロはそのことを伝えると、ネコはそっとうなずく。
「まあ、久々にちゃんと寝た気がする。うん。」
腕をぐーんと上にあげて、背伸びをする。本当に猫のようなしぐさであるが、本人に言ったら間違いなくまた頬をつねられるだろう。いいたい気持ちをシロは抑えつつ、残り一時間何を話そうかと考えた。
先ほどの過去の話。ぶっちゃけ、シロはあまり覚えていないのだ。だから美化するし、感動的な出会いのように感じている。
「てか琥珀ちゃん、過去話あんまり得意じゃないとおもうけど、実際あの日って何があったんすか?俺死にかけてたのは覚えてるんすけど。」
「……できたら話す。」
「おっ、琥珀ちゃんなんかやさ……」
優しいといいかけたシロに、再度ネコの手が伸びた。頬をじりじりと引っ張られている。フニャンとつねられるシロの頬にはほんの少しだけ、素の笑顔が残っていた。




