第二十六話 逃げれない定め
ようやく、空き巣を指示した犯人を捕まえることに成功した。お金もしっかり回収し、実行犯も逮捕されたらしい。次の日二人はのんびりと過ごしていたのだが――。
二人が住む事務所に、二か月に一度来る人物がいる。それは、シロの借金の清算に来るとある組の人だ。普段は事前に連絡を取り合って、かなり親し気にやり取りをしているのだが、今回は違った。シロは体を縮こませて、ネコの後ろに隠れている。
それは、単にシロがその人を嫌っているわけではない。問題は、今回の金額だった。
「ええっと、前回の二倍……いや、三倍か。」
ネコがシロの代わりに、請求書を見ている。そこには、通常は十万円と書かれているはずの金額が、三十万円と書かれていた。確かに、三億円のシロの親の借金からと考えれば妥当かもしれないし、少ないかもしれない。ただ、しいて言えば支払い始めてからかなり年月が過ぎている。急に金額が跳ね上がるのは聞いていなかった。
シロは銃を前にしてもへらへらできていたというのに、駄々をこねるほどの余裕があったというのに震えるばかりで一言も話さない。
担当の女性、灰色の髪。水色の瞳をまっすぐネコを見つめて尋ねてきた。彼女の名は秘密。シロとネコ同様にコードネームを名乗っている。その名はウルフ。なんだか彼女も安直である。
「ボスが、シロを戻したがっている。だから、この金額だと予想。二人に迷惑をかける、払えるか?」
「それは問題ない。だがまあ、見ての通りやな記憶を思い出してな。まいってる感じだ。ここまで来たのは偉いが。」
「そうか。よしよし。」
ウルフは届かない距離感で、撫でるようなしぐさをした。シロはじっと黒い瞳でそれを見るも、もっとネコに隠れる。身長は絶対シロのほうが高いはずだが、今は子犬のようにおびえていた。
「まあ、そっとしてやれ。ありがとなウルフ。ほら、シロ。支払いしとくな?」
ネコはそういうと、自室からお金を持ってきた。封筒に入れて、請求書にサインをしていく。シロはその様子をおびえながらもじっと見ていた。ウルフもじっと見ていた。
ふと、ウルフが尋ねる。
「ねえ、ネコ。最近の裏社会の状態って把握してる?」
ウルフの所属する組織は裏社会に存在する組織”アラク”。蜘蛛のように裏社会全体を見渡す糸を張り巡らしているといわれているほど、情報に詳しい。ネコが元情報屋なのに対してその組織には何人もの情報屋がいる。勝てるわけはないのだが、互いに信頼しているのは確かだった。
「まあ、なんか裏切り増えてきたんだろ?」
サインを終えた書類を突きつけながら淡々という。ウルフは小さくうなずいた。知って当然という雰囲気だろう。
「うん。よく知っているね。」
「あたりまえだ。そっちはどうなんだ?ガード硬すぎて見えなかった。」
どちらも馬鹿正直に言う。ネコが情報屋時代のころから、2人は知り合いだった。シロと同様に。だから、よく知っている。
別に隠し事しても、どちらかが見破ると知っている。
ウルフは小さく微笑むと、ネコに向かって言う。
「今のところは何ともない。」
「さすが、アラク。裏社会の牢屋という噂にピッタリだ。」
「やめてよ、そんなことない。」
二人が楽しそうに会話しているのを見ていたシロは、ようやく震えが収まったらしい。背伸びをしてから元気で話し始めた。
「そ、それより話を戻すっすけど、お、俺を戻したいって何すか?」
シロは元裏社会、スナイパー。そして、アラク出身だ。だから、借金を返すのに時間が遅れても多少は保証してもらえているらしい。
だが、今回は金額を増やしてきた。何か事情がありそうだとシロも理解したのだろう。ネコも気になるのか、頬杖をついて眺めていた。
「ええ、最近よく依頼出してた殺し屋が死んだの。死因は判明していないけど、まあ、少しだけね。」
人はいつか死ぬ。寿命、病気、事故、事件。そして、裏社会はその確率がぐんと跳ね上がる。だから、日常茶飯事なのだ。良い駒があの世に行ってしまうのは。
「だから、人手が欲しかったんだ。まあ、無理なら他の殺し屋を探すだけ。気にしないで。シロには幸せになってほしい。」
「は、恥ずかしいっすね。」
シロは眉をひそめながらも、微笑んだ。ようやく笑みを取り戻せたようだ。ネコは小さくため息をして、ウルフに言う。
「まあ、ほどほどに。彼もきっと、やるだけやったはずだ。」
「うん。彼は職務を全うした。尊敬している。」
ウルフはそろそろ時間だと思い、ゆっくり立ち上がる。
「頑張ってね。何でも屋って稼げないんでしょ。」
「おい、いきなりひどいこと言うな。」
「うん。失礼だった。」
彼女はそういうなり、踵を返して引き返していく。シロとネコは同時に立ち上がり、玄関まで見送った。
「じゃあ、ゆっくり休んでね。シロ、ネコ。犬猫コンビ。」
「だから、俺は犬じゃないって!!」
ウルフは満足するように玄関を出ていった。ガチャリとドアの音が鳴る。二人でそれを見守っていた。
「はあ。ごめんなネコちゃん。ちょっと動揺しちゃった。」
「ちょっとどころではなかったけどな。」
いつもの空気に戻ってきた二人。これからも何でも屋として働くのだろう。それでも、一旦休みだ。
「温泉旅行、行くんすよね。」
シロはぼんやり天井を見上げて言った。相変わらず、切り替えが早い男であった。




