第二十四話 想定外
バチバチに戦うかに思えたが、実際には違った。相手の女性が諦めたのだ。その代わりに、こんなおかしな会社を終わらせろと申してきた。それにシロは応える。
エレベーターは静けさを放っていた。先ほどまでの戦闘が嘘だったかのように。シロはがっかりしつつも、ようやく長い期間にわたって行われた空き巣事件の犯人を捕らえることができると思うとなんだか安心していた。というか、警察がこのことを知ったらどう思うだろうか。あの空き巣は単独犯や組織犯ではなく、企業として信頼を根付いていた存在だったこと。
「ま、なるようになれ。」
本当なら、バチバチに戦いたかった。だが、これも借金返済のための依頼。素直に従うしかない。
チンと乾いた電子音とともに、一階に降り立った。
ピザの箱はそのままに、本来なら入ってはいけない立ち入り禁止区域にずかずかと入っていく。何の躊躇もない。
近くにいた警備員がシロをとめるように声を上げる。
「そこの君、止まりなさい。そこは立ち入り禁止だ。」
慌てたそぶりは一切ない。あくまでも事務的なものだ。シロは適当に手を振り歩いていく。完全なる無視である。
「おい。止まりなさい。」
「いま世界を救うんで。」
「何言っているんだ!さっさと引き返せ!」
警備隊の怒号が、一階に響き渡る。完全に裏目に出たかと思ったが、次の瞬間。シロは目を疑う。
「……え?ネコちゃん!?」
そこに立っていたのは、黒いパーカー。警備員を麻酔で眠らせた一人の青年。金色の瞳がチャームポイントのネコだ。
「ちょっと。おっそいんだけど。来ちゃった。」
シロは慌てふためく。その慌てようは、先ほどに使ったほうがよかっただろうか。ピザの箱を抱えつつ、ネコに近づく。騒ぎは大きくなっていく一方だ。
「ネコちゃん!!危ないっすよ、今すぐ家に帰ってお留守番してください!」
肩を揺らす勢いで、そう懇願している。ネコはただただジト目でシロを見ていた。
「いや、もとよりこうするつもりだった。あの警察が、僕らの活躍を盗み聞きしてたみたいで。……来ちゃった。」
「あー……そっすか。」
シロはさらに肩を落とした。話にはついていけるが、横やりを入れられたように感じて嫌気がさす。
イライラしているうちに、あの警官がやってきた。
「やあ、ご無沙汰しているね。」
「ちょっと~今から、犯人捕まえて、にやりって笑うとこなんだけど!」
シロは子供が駄々をこねるように、頬を膨らませる。成人男性がやることでは絶対ない。警官はスーツを着こなしネコの後ろに待っている。にこやかな笑みを浮かべて、後ろにはほかにも警察もいた。完全に、シロは仕事を奪われてしまいそうだ。
シロはじろっと警察を睨む。
「ちょっと、なんでだよ。」
演技はもう、とっくの昔に消えてシロが不機嫌なだけだった。ネコは申し訳なく思いつつ、頭をかいた。
「不可抗力だ、あきらめろ。だが、あの指示は変わらない。」
あの指示というのは、おっさん……つまり社長を捕まえるということ。それを聞いたシロは満面の笑みを浮かべる。先ほどまでの不機嫌さを取っ払った、笑顔だった。自分の仕事がまだ残っているということだからだろうか。
「よっし!行ってきます!!」
シロは何も聞かずに歩く。警察もネコもそれを留めはしなかった。カツカツと、ピザ屋の服装をそのままに、彼は行く。
「逃げられないように、会社は我々が囲んでいる。君は安心してここにいるといい。」
「……てか、何で僕を呼んだんです?彼だけでいいでしょう。とばっちりを受けました。」
「まあまあ、これからのお楽しみだよ。」
警官はそんな予告をしながら、腕を組んでシロの背中と床に寝ている警備員を見る。目を細めて、やはり何かをたくらむように微笑んだ。隣にいるネコはただただ、警戒することしかできなった。
シロが向かったのは”会議中”という張り紙のある一室。コンコンとノックをして声をかける。
「ピザの配達に来ました。」
もし、この中で”本当の会議”をしているのなら、シロはかなりの礼儀知らずだろう。だが、今はそんなこと知ったこっちゃない。
扉の向こうでざわついた気配がする。シロは小さく微笑んだ。
罠にかかった。
不安がっている?それとも何か察している?
何でもいい。シロにとって依頼は、金のために過ぎない。それに面白さが加わるのなら、何だっていい。
しばらくして扉が開いた。少し、おなかが出た男性。汗をハンカチで拭きながらじっとこちらを見ている。
「なんだね君は。張り紙が見えなかったのかい?会議中だ、会議中。それも、極秘の――」
いい終えるか、終えないか。あいまいな時にシロはその男性の胸倉をつかんだ。
ターゲットは目の前の、腕の中にいる男性。名前は安西和弘。エナジードリンクの広告を利用し、顧客情報を盗み、空き巣を指示した。それから、奪ったUSBをよその会社に売買した罪……などなど数えきれないほどの罪を犯している。シロは額がぶつかりそうな勢いで、顔を近づけるという。
「ご愁傷様、おっさん?」
シロのその言葉に、安西は膝から崩れ落ちた。予期していない敵。予期していないタイミング。どれも、今日だけはかみ合わなかった。確か、占いで最下位だったかと考えながら、安西は見上げた。
にやにやと相変わらず笑みを浮かべるシロ。だが、その目だけは笑っていなかった。




