第二十三話 嚙みつきあい
ついに、ネコが懸念していた強敵と出くわした。相手は拳銃持ち。シロはいったいどう対処するのだろうか。
一人はピザ屋の服装をしてへらへらと笑みを浮かべた若い西寧。一人は拳銃を青年に向ける一人の女性。二つの命が一つの何かをめぐって対面している。情報という名のおやつ、いやお宝をめぐって。
「おとなしくしたら、命は取らない。って今更遅い?」
「はは、そうかもっすね。だってその銃普通の人ならよけられないっすもん。」
「普通の人ね。」
互いに一歩引くことはない。沈黙と二人の呼吸が合わさる。
「あと三秒待つ。三・二……」
女性が言い終わるか、終わらないかというところでシロが動いた。ピザの箱を銃の衝撃を受けとめるために。女性は少しだけ残念がる。
たかが、段ボールに銃弾を防げるわけがないと踏んだのだろう。そもそも、ピザの香りがプンプンしている。中身も、外装もそのままピザだと女性は思った。
「じゃあ、さようなら。シロさん?」
バンっと銃が発砲された。勢いはすさまじくこのままなら確実に、シロのこめかみが真っ赤に染まり意識を手放すだろう。
だが、シロは変わらず笑っていた。銃弾がゆっくり動いているように見えるが、実際には一瞬だった。
カンッ。
なにかが、金属ではじかれたような、そんな音がした。女性が目を見開く。
「その箱。ピザの香りがするだけなの?」
銃弾はたしかにとおっているかに思えたが、貫通はしていなかった。シロはニマニマしながら言う。
「いや?中身はあるっすよ。見ます?」
「バカにしているの?」
「バカになんて……ほら?」
おもむろに、シロはピザの箱を開ける。中にはちゃんと切れ込みが入ったマルゲリータがあった。中央には何故か潰れた銃弾。そしてその板代わりに鉄板。それも銃弾なんてはじくようなものがおおわれている。
「あなた、それを平然と片手で……ますますわからないわね。なんで殺し屋やめたのよ。まだやっていればそれなりに、安定した収入が得られたのに。」
「俺は金目当ては昔だけっすよ。今は、別のものが欲しくなったんで。」
ピザを箱にしまう。シロは相変わらずいう気はないらしい。そりゃもちろんだ。この世界の情報は、全てに価値がある。簡単に、それも無料に手渡せる代物ではない。とくに、シロは。
女性は一つ、いやかなり勘違いしていた。目の前にいる犬はただの犬ではなく、狼に近い狂犬だと。
「ふふ……あはは。ねえ、シロさん。もし、私が勝ったらその時は話してもらえる?」
「ええ?どうしようかな」
相変わらず、どちらかが死ぬかもしれないという状況にもかかわらず、二人はのんきに話をした。互いの目的も果たせないまま、時間が過ぎていく。
これも、もしかしたらどちらかの作戦の一環かも知れないが。
しばらく見つめあいという、にらみ合いが続行した。ふと、シロの耳にあの声が聞こえる。
『……あんたが、ちんたらしている間にデータ奪った。あとは、その女性……ではなく。一階にいる、今は会議中のおっさん捕まえてくれ。』
シロはそれを聞いてげんなりする。
「ええ、終わりっすか?」
『まだ終わってないだろ。はあ、何無駄話してる。さっさと行け。』
シロはがっくりと肩を落としながらゆっくり立ち上がった。女性はその話を少しだけ小耳にしたのか、再度銃を構える。
「あっはは。まだやる気っすねお姉さん?」
ピザの箱を構えながら、銃弾を受け止める準備をする。シロはもう、笑っていなかった。
冷めきった黒い瞳の中には、まだ交換をしていない蛍光灯の光すらも届かないほど、何も映っていなかった。空気がガラッと変わっている。彼は何で変わるのだろうかと女性はわずかに呼吸が乱れた。
わからない。
それが正直な感想だ。これほどの実力がありながら、殺し屋をやめた理由とは。女性はごくりと息をのみ、銃を下ろす。シロは意外だったのか、ようやく表情を動かした。
「え?」
「殺せないわ。私はあなたを。実力不足。」
「ええ?」
先ほどの殺気。覚悟。それが白紙に戻るようなすがすがしい敗北宣言だった。シロは眉をひそめた。
罠か、本当にあきらめたのか。
だが、女性は観念したような笑みを浮かべているのはたしかだった。
「でも、一つ教えて。後悔していない?」
同僚でも、知り合いでも、何でもない彼女は裏社会のルールを知っていたとしても、それだけ聞きたかったようだ。シロは困ったように眉を顰める。
それでも、攻撃する意思がないと判断して、シロはしぶしぶ言った。
「しょうがないっすね。後悔していないかって?――全然。むしろ、俺にとっては幸福すぎて手放すのが惜しいっす。それが今の俺っス。殺し屋に戻る気も、この居場所を取られる気もない。それだけは行っておくっすね。」
シロは小さく微笑んだ。その笑みは紛れもなく、幸せに満ち溢れたものだった。女性は、小さくため息をつき、エレベーターのボタンを押す。
「正直、私もこの会社辞めたいと思っていたの。だから。頼んだわ。」
チンという乾いた音とともに、エレベーターの扉が開く。主犯を捕まえるまで残りわずかだ。




