第二話 猫探索
今回の依頼は猫探し。依頼料は十万円。二人は稼げるのだろうか。
数分後。カタカタとなっていたタイピング音は消え。代わりにプリントが印刷される機械音が聞こえてきた。
シロはその音に耳を傾けながらにやりと笑う。
「はやいね~、やっぱりネコちゃん。」
雑にほめると、ネコはプイッとそっぽを向いてため息をついた。
「さっさと取りに行け。あと、これは表依頼だから変に変装とかすんなよ。」
「了解。」
ペチペチと素足の音を鳴らしながら、プリンターの前にやってきた。すでに印刷済みの紙がそこで待機していた。
「……は?ここって入り組みすぎて迷いの森って呼ばれてる住宅街じゃん。」
そこに写されているのは、右へ左へあっちこっち道が開かれた迷路のような住宅街だ。ネコはその反応に同意だといわんばかりにこくりとうなずく。
「あと、欠損が多く猫が通れそうな道が多数存在しているらしい。だから十万だと。一般人が諦めた依頼ってわけだろうな。」
「なるほど。どおりで破格ってわけだな。」
シロは納得したのかすっと立ち上がった。
「じゃ、行ってくる。」
「ああ。気をつけろよ。」
そんな軽い挨拶をして別れた。互いに互いを信用している。そういう関係なのだ。シロは帽子を深くかぶり、雑にジャケットを身に羽織ると重い玄関の扉を開く。
外から流れてきたのは、四月のあたたかな陽ざし。そして玄関先に咲く桜の木から落ちてきた花びらだった。シロは黒い瞳を細めて言う。
「春だなあ。」
クスッと笑うと、地図を片手に散歩を始めた。
「さーて、猫はどこにいるかな。琥珀なら、わかるだろうけどな。猫っぽいし。」
あの事務所では”ネコちゃん”と呼ぶが、外ではそうではないらしい。理由としては、今回の依頼は表向きの依頼であるためだ。だから、ここで偽名を使えば自分がシロであることも相方がネコであることもバレかねない。些細な気遣いが彼らの異名を世に広めていた。
地図をじっと見ていると、運動していた若い女性が話しかけてきた。
「あら、お兄さん。おはようございます。いい天気ですね。」
「おはようございまーす。そうっすね。いい天気だ。」
にこっとシロ……本名”阿久戸”は笑みを返した。女性は頬を赤らめている。阿久戸は実は持てるようだ。本人に自覚があるのかはさておいて。
「お姉さんは、朝からランニングっすか?いいですね~!」
「いいですよね。お兄さんは買い物ですか?」
女性は聞いているようで、探っている。買い物ならきっとついていく気だろう。阿久戸はしばらく悩んだ末、正直に答える。
「猫を探しに行こうかと。」
「ね、猫?」
「はい!」と元気よく返事をすると軽い足取りで去っていく。
「それじゃあ、運動頑張ってくださいね!」
と捨て台詞を吐きながら。女性はぽかんとその場にとどまるも、口元を手で覆う。
「猫好きなんだ……かわいい。」
女性は話す時間が減ったことにも気づかず、気になった人の好きなものを知れて満足そうだった。
一方自宅では。ネコ、本名”琥珀”はモニター越しに阿久戸のGPSを目で追っていた。
「あいつ、あてずっぽうで探しに行ってないよな。てか、猫エサは持ったのか?」
信用こそしているものの、少しだけ心配なようだ。なぜならば、琥珀は基本自宅待機だからだ。依頼の受注であったり、家計簿であったり。危険なことを実際にやることはほとんどない。だから、危険な目に合うのは自分より阿久戸のほうが先なのだ。
「はあ。一応連絡しとくか。」
ポチポチとスマホで雑にメールを送る。
<猫エサとか持ったか?>
すると瞬きをする間に既読が付いた。数秒後返信が来る。
<もちろん。猫は缶詰が好きなんだろ?ちゃんとコンビニで仕入れた。二百五十円。>
<値段はいちいちいらん。操作に難航したらすぐに連絡しろ。>
<りょーかい。>
またもや雑にやり取りをすると、琥珀は深くゲーミングチェアによりかかった。
「そんな簡単に猫が捕まえられたら苦労しないっての。」
そういいつつも、ふっと笑みをこぼす。気が済んだというように、視線をモニターに戻した。そこには膨大なデータが表示されていた。さっきの猫探しの依頼もそうだが、最近の株の変化や新聞記事なども含まれている。
「あいつの借金返済までは手伝ってやらないとな。」
モニターにはまだ、阿久戸が動いているマップが表示されていた。
場面変わって、外。阿久戸は琥珀の読み通り、あてずっぽうで探していたようだ。
「猫ちゃーん?」
「おーい、猫様。」
「にゃーん?」
ゴミ箱や、段ボールの残骸やらいろんなところに迷わず手を入れてふわふわの生き物を探している。猫は気まぐれであり、人見知りが多い。それを知っての行動だろうか。それにしては雑すぎる。
「お、猫のたまり場みっけ。」
にやにやと泥やら汚い手を広げる彼ははっきり言って不審者だった。猫がシャーっと毛を広げて完全に警戒体制である。
阿久戸は肩をがっくり落としながらショックを受けていた。自覚はやはりなかったようだ。
「なあ、この猫しらない?」
触るのをあきらめたかのようにぴらぴらと依頼者の飼い猫の写真を揺らした。
すると、意外と一匹の猫が鼻を鳴らしながら近づいてきた。阿久戸はぱあっと笑みを浮かべる。
「なんだ、君。わかるのか?」
抑揚がわかりやすい。語尾に音符が付きそうなほど跳ねている。一匹のその猫は黒猫だった。クンクンと匂いを嗅いでくる。すると、くるりと踵を返してどこかに向かい始めるではないか。阿久戸はゆっくり立ち上がる。
まるで、その行動がわかるかのように。
その読みはあたり、黒猫は阿久戸を先導するように歩き始めた。阿久戸は脅かさないようについていく。そんな奇妙な冒険がスタートした。




