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エピソード28

―儀式―



 とある夜、村の外れにある荒れ果てた神殿に、深淵派の信者たちがひそやかに集まっていた。



 火の灯らぬ神殿に、狂気じみた声が幾重にも重なって響いていた。



 闇の中、信者たちの目がぎらついている。祈りというにはあまりにも歪な呪文が、うねるように空間を満たしていた。



 儀式が始まる前から、神殿全体には不穏な空気が満ちていた。



 信者たちの顔には、邪神復活の瞬間を迎えるという期待と恐怖が入り混じり、その場にいるだけで思考が軋むような感覚に襲われる。



 中央の祭壇には、黒い布に顔を覆われた一人の生贄が静かに横たわっていた。



 彼女の胸元からはかすかに鼓動が伝わり、生きている証が残されていた。



 それでも、信者たちは命を捧げものとし、主の復活を叶えようとしていた。





「魔力を注げ、命を捧げろ。そうすれば、主は目を覚ます」





 低く響いた声は、深淵派のリーダー、ザイル=ネグルのものだった。その言葉が合図となり、信者たちは一斉に魔道具を掲げ、異界の呪文を唱え始める。



 黒煙が祭壇の周囲に渦巻き、神殿の天井が軋む。まるで建物そのものが、邪神の目覚めに反応して呻いているかのようだった。



 生贄の目がゆっくりと開かれ、恐怖と絶望がその瞳を濡らす。逃げる術もなく、魔力の渦が彼女の体を包み込んでいく。



 空間が歪み始める。異界から滲み出る魔力が、現実を少しずつ蝕んでいく。



 生贄の胸から浮き上がるように、淡い光が引き剥がされる。それは悲鳴のように蠢きながら、祭壇全体を呑み込んだ。



 同時に、周囲の信者たちの身体からも、強制的に魔力が吸い出されていく。  彼らの体は震え、顔は陶酔と苦悶の入り混じった表情に染まっていた。





「もうすぐだ……!」





(“癒し”など甘えだ……癒しは贖い。だが“救済”とは――抗わず、溺れ、呑み込まれることだ。主の闇にすべてを捧げ、ただ虚無に帰す。それこそが……真理)



 ザイルが呟いたその時、空間が裂けるような轟音が響いた。裂け目の奥から現れたのは、形を持たぬ闇。そこから、じわじわと濃い黒霧が立ち上り、中心に目が開かれる。



 それは深淵の色を宿す、非人間的な、無限に冷たい瞳だった。目は生贄を見下ろし、その命を一息で吸い取るかのように魔力を収奪していく。



 同時に、神殿全体が黒く染まり始めた。封印の紐が解け、アエル=ネヴラの本体に繋がる力が、現世へと一歩を踏み出す。



 信者たちの魔力が尽きていく。立っている者すらまばらになり、全身を震わせたまま、その場に崩れ落ちていく。それでも、彼らの顔には歓喜の涙が浮かんでいた。





「……目覚めた」





 ザイルは息を呑み、その場に跪く。闇の中心に、巨大な影が浮かび上がっていた。



 完全なる顕現。アエル=ネヴラは、再び現世に姿を現したのだ。



 神殿が軋む。森がうねる。空気が震え、霧が走る。自然そのものが、主の復活に応えて鼓動を始めたかのようだった。



 そして、世界は静かに、ゆっくりと、新たな終焉へと歩を進め始める。





―感応―



 その瞬間。家のベットで横になっていた僕の胸に、灼けるような熱が走った。



 皮膚の下を何かが這う感覚。背骨を伝って、知らない血が流れ込んでくる――そんな錯覚に襲われた。



 息が詰まり、視界が揺らぐ。心臓の奥、かつて自ら封じた核のような場所が脈動を始めた。





「アエル……」





 その名を思い出すより早く、記憶の断片が走馬灯のように駆け巡る。



 失ったもの。手放したもの。  そして、力を封じたあの夜の光景。



 ……呼ばれている。



 血が騒ぐ。身体が震える。まるで誰かの声が、直接魂に触れてくるような感覚。



 アエル=ネヴラ……それは僕がかつて自分の中にいた力を、封じた名。



 けれど今、そいつが確かに息を吹き返した。僕の鼓動に重なり、肉体の奥底で蠢いている。その存在が、完全に目覚めたのだ。



 僕は目を見開いた。体の奥で、何かが確かに応えていた。



(このままじゃ、まずい……)



 けれどもう遅い。力は動き始めてしまった。それはかつて僕が恐れた、真の力の目覚めでもあった。



 その“融合”は、もう始まっている――静かに、けれど確実に、僕という器の内側から。

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