エピソード23
ギルド支部の酒場に、低く重い声が響いた。
「これ以上、冥恩教団を野放しにするわけにはいかん」
ギルドマスターの言葉に、レオンやエリス、そして周囲にいた冒険者たちは静かに頷いた。
近頃、村人の間では不穏な噂が絶えなかった。
民家に刻まれた不気味な印、井戸に流し込まれた灰、水の変質、夜中に響く鐘の音――。
深淵派の信者たちは明らかに村の秩序を乱していたが、問題はそこだけではなかった。
「白ローブを着た穏健派の中にも、黒衣の信者が混ざっている可能性がある。
服を変えるだけで派閥などいくらでも偽れる。ならば、教団そのものを一括で排除するしかない」
ギルドマスターの決断は、重く、確かだった。
「公式にギルドとして動く。冥恩教団の活動は村の安定を脅かすものと認定し、治安維持の名目で排除する」
その方針に、ギルドの冒険者たちは賛同した。
黎恩の翼の指導者であるイオは沈黙を貫いた。イオは、抗う言葉を探すようにわずかに唇を動かした。
だが、その言葉は形にならなかった。
争わぬことを信じるという選択は、時に、自分を押し潰す。
それでも彼は、祈りの形を、まだ捨てることはできなかった。
しかし彼自身、この状況を招いた責任を背負い込んでいるようだった。
だがその目には、一つの命も見捨てたくないという祈りが宿っていた。
ギルドの冒険者たちは、村の各所に散らばっていた信者を一人ずつ見つけ出し、通告を行った。
「この村での活動は禁止された。今すぐ立ち去れ」
信者たちは動揺しながらも、ギルドという権威の前に抗う術はなかった。
「……我らは主の導きに従っているだけだ……」
と悔しげに呟く者もいたが、それ以上の抵抗は見せなかった。
追い出された黒衣の一人は、振り返りもせずに呟いた。
「……ならば、お前たちの“終わり”は、主に委ねよう」
こうして冥恩教団の信者たちは村を離れ、村には束の間の静けさが戻った――ように思えた。
だが、それは静かなる前兆に過ぎなかった。
教団の影が消えた数日後、異変は訪れた。
「森の魔物の数が急増している――!」
最初に気づいたのは、新米の冒険者たちだった。
討伐任務で森に入った彼らが、想定以上の魔物の群れに囲まれ、かろうじて命からがら戻ってきたのだ。
冒険者たちは、傷だらけの体で息を切らしていた。
剣の刃には血が乾き、矢筒は空になっていた。
誰かが口を開いた。
「あいつら、こっちを囲んでた……まるで、指示を受けてるみたいだった」
レオンが険しい表情で言う。
「普通なら、こんな動き方はしない。群れないはずの種まで、一緒に行動してる……」
レオンが険しい表情で言う。
「森の腐敗が進んでいるのが原因でしょうか?」
エリスが冷静に分析する。
「可能性は高いな」
ギルドマスターは、難しい顔で地図を広げた。
「北側の森――教団が以前、祠で儀式を行っていた周辺だ。
あのあたりの魔物出現率が、急激に上昇している。しかも……魔物の動きが組織的だ」
村人たちの間にも、不安が広がり始めていた。
「最近、夜になると森から低い唸り声が聞こえるんだ……」
「魔物の気配が村に近い……今までこんなことなかったのに……」
カルトがいなくなったことで安心していた村人たちは、今度は別の恐怖に囲まれていった。
僕は静かに考え込む。
(……これは偶然か? それとも……)
深淵派は、村の追放をただ黙って受け入れていたわけではない。
もしかすると、これは――復讐なのではないか。
彼らは、救済と称して、今度は魔物をもって村を“浄化”しようとしているのかもしれない。
僕の頭が、じんわりと痛みを発した。
(まだ、終わっていない……)
ギルドマスターが地図から顔を上げ、静かに言った。
「……まずは、森の調査が必要だな」
「ギルドマスター……こんな短期間でここまで……」
ギルドマスターの、的確な指示にレオンが呟く。
「まるで、こっちの動きを読んでいたかのようだ」
その言葉に、全員がうなずいた。
かくして、冥恩教団を排除した僕たちは――新たな脅威。
魔物という影を従えた、深淵の信仰と向き合うことになるのだった。




