第4話 「いじめられるっ子」
俺は目が覚めると、病院のベッドの上にいた。なんて、ありきたりな展開は意外にも実際にあるもんなんだなと今は思う。病室には、母親が1人。もうすぐ父も来ると言われた。そんなことを言われても、ついさっきまで学校にいた俺の気分は中学生のままだった。
親から聞いた話によると、俺は階段から転げ落ちたらしい。俺って意外とおっちょこちょい。
俺は目覚めたばかりだからか、少し記憶がぼんやりとしていた。あの時、階段で葉一を待っていたことは覚えてる。それで俺は。 ん? 俺の手は何故か震えている。なんなのだろうこの苛立ちは。俺は自分の感情が抑えられなくなっていた。
病室に葉一が入ってきた時には手の震えは治っていたが、葉一に向けての感情が友情から、違うものに変わっている。それが何かはわからない。それが絶対にさっきの“苛立ち”とは違うと願いたい。
★ ★ ★
俺は意外とすぐに学校に復帰した。階段から落ちて頭をぶつけたが、一度気を失っただけで特に後遺症などもないらしい。当然、外傷もなし。
とはいっても学校を休んだ期間は数日あった。休み明けの久しぶりの学校は、何故か少し怖く感じて病院のベッドの上以来の手の震えが俺をもう一度襲った。でもやっぱり葉一と会えば手の震えは治った。感情は変わらないままだけど。
教室の中では、少し視線を感じる───まあ、階段から転げ落ちて病院送りになったクラスメイトがいたら、そりゃ注目されるか。でも、流石に見過ぎな気もする。その目線の一つ一つは無邪気なものもあれば、鋭いものもある。まるで葉一の立場に立ったみたいだ。詳しくは違うだろうけど、イメージ的な話。
俺のいない間に席替えをしたらしいが、隣の席は変わらずドスケベう◯こマン。唯一前とは違ったのは、ドスケベう◯こ(敬省略)が「大丈夫だった?」と話しかけてくれたことだ。率直に嬉しい。多分笑顔で「うん。」と返せた。
放課後は葉一と帰ろうと思い、3組の前まで行ったのだが、葉一は教室にはいないようで、心配になった俺はまたいじめられているのかもしれんと、急いで葉一を探した。その時に葉一に探されていたのは自分だとは気づかず。
俺が急ぎ足で、校舎を探し回っているとある3人組に声をかけられた。内容は葉一がどこにいるか知ってるかと。葉一にこんなたくさんの友達ができたのかと俺も感心した。でも俺も葉一がどこにいるかなんて知らないし、素直に知らない、と言った。
そうやって俺が答えると3人組は満を持して一緒に探すよと俺に言ってきた。話の流れ的に同行してくれるようだった。なんと優しい人たちだろう。
校舎を4人で探し始めて数十分が経ち、校内に生徒はほぼいなくなったが、学校の室内は、ある程度探すことができた。残すは、葉一が前にいじめにあったと話していた体育館裏ぐらい。俺は昇降口で靴に履き変えていると、聞こえてきた言葉は「しね。」だった。
そう言われた直後、俺は「は?」という顔をしていたと思う。実際はどれだけ不細工な顔をしていたかわからないが。
急に視界が暗くなり、体に伝わる感覚はいつの間にか倒れ込んでいた傘立てを区切る鉄の棒。その上に背中から押しつけられて、ただただ痛くて痛くて、苦しい。
「・・・うッ、うぇ、う゛えぇ....」
今まで感じたことはないほどの吐き気、恐怖、憎悪が僕を襲った。そんな俺を見て3人組はただ「きも笑」とか「苦しそう笑」とか、言っている。この時に抱いた感情が、葉一に抱いた感情とは明確に違うとわかり、少しだけほっとした自分がいた。
俺は、保健室で葉一と話した時に聞いておくべきだった。葉一の言う“あいつら”について。そしてこの日、俺は人生で初めていじめを受けた。それはただただ気持ちの悪い感覚。臓物が煮えくり返る。
結局、その日以降も俺は学校でいじめを受けるようになった。放課後に絡まれては、叩かれては、殴られる。肩でも当たれば、無差別に押し倒される。
理由なんてわからない、それでも理不尽な状況であることに変わりなかった。
時に、俺は探した。俺の上靴が無くなったから。隠されたことはわかってはいるけど、バカなふりをした。
時に、俺は顔に傷ができた。早朝すぎに、寝ぼけてたのかと思ったが、俺が転んだ理由は....朝は平和だなんて、もう思えなくなった。
時に、俺は死をも覚悟した。あいつらは俺にナイフを向けて、手の先、目の先、首の先。色んなところに突き立てる。気持ちが悪い。心底、気持ちがっ....悪いッ...。
鋭い目つきをした輩は、俺に向ける脅威までも鋭くしてくる。あくまで俺を動物かのように扱い、法の下に守られない俺と言う存在を、彼らの中で勝手に作り上げていた。
時に、俺は助けを求めた。先生に全てを話し、俺をいじめたあいつらを懲らしめてやりたかった.....それなのに。それなのに...!!あのクソ教師は厳重注意で収めやがった....いっそあいつも死ねばいいのに。
叱った素振りなんて一向に見せやしない。助けなんか始めから求めなければ良かった。
時に、俺は人を信じられなくなった。人は皆、他人を見下し、心のどこかで舐め腐っている。俺の苦しみなんか知らないくせに、そういう奴らに限って、ただそっぽを向いて、手すら差し伸べてはくれない。逆にそれが怖くなった。
何もしてくれないくせに、毎日こちらを見るのは、一体なんの意味がある。俺はお前らに何をした。
俺をいじめる奴らがどいつかも、わからなくなった。いつ殴られるか。いつ蹴られるか。恐怖で手が、足が、心臓が震える。
俺はいつの間にか、葉一とも関わらなくなった。俺も葉一と同じように傷をつけられるようになり、その傷を見せてしまったら心配させると思ったから。
───本当は、ただ面倒臭いだけ
俺が傷だらけで家に帰ると、うちの母親も優しく手当てをしてくれて、手当てが終わると泣きながら俺を抱きしめた。逆に、そこまで優しくされる方がよっぽど心に来た。
───どれだけ優しくしてくれたっていじめが終わらなきゃ意味がない
そうして俺の登校頻度は日に日に減っていき、ほぼ週1、いや・・・そろそろもう限界だ。
俺は学校へ行けなくなった。
そう思うと、正直俺は、葉一がいじめに対して、どんな感情を抱いてるかなんてわかっていなかったのかもしれない。そもそもわかるわけがなかった。このいじめにずっと耐えて、学校に来られていた葉一がどれだけすごいかを改めて知った。
───だけどそんなのはもう、どうでもいい。学校へ行かなければ、もう会うことのない人なのだから。
≪エピソード「ヨウイチ」≫
僕は、金瀬葉一。生粋のいじめられっ子だ。
いつも、何かが足りない。そんな人生だった。それでももうこの人生に悔いなんてない。生きる意味すら持てないようになっていた。逆に僕がこれまで生きてこられた理由は、他でもない母親であろう。
僕の母はいつも笑っていて、いつも僕には見せない疲れた顔をどこかに隠していた。それをわかっていた僕はそんな母を困らせまいと、一生懸命、学業から家事まで手を込んで過ごしてきた。そのせいだろうか。いつの間にか僕の周りに母親以外は居なくなり、僕の人生の主軸が母親になっていたのは。・・・これもまた言い訳になってしまうのだろうか。
そんな日々に変わってから、僕をいじって、嘲笑う人が増えてきた。僕は何も悪いことはしていないのに。だからもうそんな意地悪はもうさせない。この時はまだそんな意思をもって行動を起こせていた。
いじりや、からかいは日に日に、明確ないじめに変わっていった。僕をいじめている当人も、そんなことわかっているはずなのに始めは少しあった躊躇いも、ある日急に、僕を人間だと思えなくなったのかと思うほどに、消え失せたのだ。
ある日は、体育館裏に呼び出され、大人数で殴りかかられたりもした。確かその日は夕方までに家に帰ることはできなかった。
またある日には、倉庫に無理やり連れて行かれて、次の日の朝まで閉じ込められたりもした。あの時、”クスミ“という人が倉庫の鍵を開けてくれなければ1日なんかじゃ済まなかっただろう。彼にはこの一生ではし切れないほど、感謝した。・・・でも、彼は倉庫を開けてすぐにどこかへ行ってしまったから、僕のことなんて知らないんだろうけど。
そしてある日は、理科室に呼び出されたりもした。その日はいつもよりも突拍子もなく押し飛ばされた。その日は珍しく面と向かって話をしてきて、やっと終わったかと思ったのに。
押し飛ばされた時、僕の手が教卓の上にあった試験管を床に叩き落として、そのまま僕は試験管が飛んでいった方向に向かって尻餅をついた。運悪く僕の左手は、割れた試験管の上に着地して、僕の手は血だらけになった。その時に床にも血は広がっていき、その風景を見た、いじめっ子がその場から逃げ出したことを今でも覚えてる。その少し怯えた表情を見て、悪い気はしなかった。
そして多分最後の日。僕は自殺を企てた。場所は...そうだな...第二美術室とかがいいかな。あそこならちょうど校舎の正面にあって、校門を通って1番初めに見えるだろう。それなら僕は、最高のシチュエーションで、いじめを公に晒すことができる。これなら誰もが口を揃えて言うだろう。“あいつら”が悪いと。
その日は、僕の命日のはずだった。・・・それなのに、僕の計画には予想外の邪魔者が乱入してきた。その邪魔者は僕に向かって、なんと言ってるかはわからなかったが、とりあえず叫んでいた。その後に冷静になったかと思えば、急に悔いはないかと聞いてくる。そんな立派な悔いが残るような人生ではなかったというのに。彼はさらには遺書とか言い始めた。何を言ってるのやらとか思ったが...確かに...書いてはなかったかと僕は彼に説得された。だから僕は彼に、あとの人生を委ねてみようと思ってしまった。
それからも彼は、僕が道を踏み間違えそうになると必死に説得しようとしてくれた。それでも、僕は彼をすごいとは思わなかった。そんな軽々しい言葉なら誰だって言える。無責任な同情は、ただの偽善でしかない。そんな偽善を彼はいつまでも続けた。
彼が僕にそこまで依存する理由なんてひとつもないし、彼がそんなに頑張ったって僕からあげれるものもない。だからこそ気づいた。いつしか彼は、僕の友達になっていたんだ。そうやって気づいた時にはもう遅かった。そんな大事な時に彼は僕の前からいなくなった。
僕は気づくのが少し遅かった。もっと早ければ、学校へ来れなくなった彼に声をかけに行けたかもしれないのに。彼がいなくなった後、当然いじめの標的は僕になった。その時にはもう彼と出会う前と何も変わらない僕という存在だけが学校に残ってしまった。
そんな彼のいない日々を数日過ごしたら、僕はすぐ死にたくなると思っていた。なのに実際には、今という人生に未練しか残らなくなっていて、何か足りない人生に何かを足してくれる存在を求めていた。
ある日、家に帰ると彼のペンが机に置いてあった。これは以前彼がうちに来た時のものだろう。これを今渡しに行けば、今の状況は何か変わるだろうか。わからないが、とりあえず持っていくのは今度にしようって、正しいタイミングも、まだわからないくせに、問題を見ないふりした。と今日はもう終わりにしようとした。
でも僕は正直、彼のいない明日が怖くてしょうがない。怖くて怖くて、気づくと僕は外にかけ出して、彼の家までうっすらとした記憶を頼りに向かっていた。
結局道には迷ってしまったが、なんとか着くことはできた。
恐る恐るピンポンを押し、数秒待っても返答はない。まあ仕方がないかと、その日はそのまま素直に家へ帰った。
でも、また明日来よう、それで彼を無責任に説得してやろう。そう思った。
僕らの共通点は元々は隠キャ、コミュ障、ぼっちだけだったが今はいじめられっ子も追加された。




