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イショカコ!  作者: K殻
第一章 ハンカチの行方
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第2話 「How to write 遺書」

 ハンカチをなくした。

 第二美術室で落としたと思っていたのだが、実際にはそこにハンカチなどなかった。その代わりにそこには、ハンカチではないモノが待っていた。わらしべ長者かの如く、ハンカチと引き換えに僕は面倒なモノを手に入れてしまったのかもしれない。・・・多分探せばハンカチは見つかったのだろうけど、あの後に探すほどの精神力は僕にはなかった。


 あの後、僕はまず名前を名乗った。今思えば名前も言わず、よくもあれだけ堂々と言えたもんだ。僕はあの時、そんな気が使えるほど頭が回っていなかったのだろう。

 

 名前を言うとき、少し恥ずかしいという感情があった。あの時は知らない相手が変なことを言っている。それだけで終わったのだが、これからは変なことを言われてから知り合いになった、ただの変人に成り上がってしまったのだから。


 だが、この時の僕の羞恥はすぐに無駄になった。なんと、葉一は元々僕のことを知っていたらしいのだ。何で僕のことを知っていたのか、その理由が一番気になった。でも、こちらからは無理に聞きださなかった。もしかしたら、その時僕から理由を聞いていれば教えてくれたのかもしれない。


 一連の挨拶を終えて、僕は葉一の首と手すりに結ばれたロープをほどいてあげた。このロープを使って一体どうしようとしていたのやらとは思ってはいたが、葉一の考えを詳しく聞いてみると、あまりにも皮肉な内容で胸糞が悪くなった。とりあえず、遺書を書き終えたら、もっと静かで見つからないようなところで自殺することを勧めてみよう。そう誓った。


          ★ ★ ★


 夕暮れ時。僕と葉一は、二人で校門を抜けた。


「楠見くんはなんで僕の自殺を止めたの?」


 葉一は僕にそう問い、僕は少し回答に困った。


「あの時言ったでしょ。俺はただ金瀬に今の人生に悔いがないかなって思っただけ。あの時、金瀬が遺書を書かないって言ってたら、俺は止めてなかったよ。」


「そうなんだ。」


少しの間はあったが、僕は当然を装って改めて質問に答えた。


 正直に言えば、葉一が遺書を書かないと言っていても僕は必死に止めていただろう。どう止めていたのかは、想像がつかない。それほど難しい場面だったから。改めて、僕の提案に乗ってくれて本当によかった。そう、思った。


「金瀬はこの後用事とかある?」


「別に。もう死んでる予定だったし。なんもない。」


 僕は葉一と仲良くなりたかった。できることなら僕が止めずとも、もう死のうとしないでほしかった。


「じゃあうち来る?俺も暇だし。」


「なんかあるの?僕、人と話すのうまくないから、家に呼んでも話すだけじゃつまらないよ。」


「そんなのどうでもいいよ。金瀬と話したいだけだから、つまらなくても話せればいい。」


「やっぱり…変な人だね。楠見くんは。」


 そんな会話を繰り返し、僕の家に着くまでに僕らは仲を深めていった。まだだいぶ浅いが、これでいい。これくらいでいい。孤独だった今までの生活に比べれば十分マシな方だった。

 

 家に着くなり僕はドアのカギを開けて階段を上がり、自分の部屋へと葉一を招いた。うちの階段は、一段上がるたびにギシッギシッと鳴るほどの年季の入ったものだから、とは事前に話していたが、想像以上にギシギシいうものだから、それを家族以外に聞かれるのは少し恥ずかしかった。

 

「金瀬は好きなものとかあるの?」


「ない。嫌いなモノならあるけど。」


「じゃあ結構、偏食家なの?」


「そういうわけじゃない。出されたものは全部食べるけど、好んでは食べないって意味。」


「なんか意外。元々変な人のイメージがあったからそういうところ普通なの、結構意外。」


「僕からすれば楠見くんはいつまでも変人だよ。」


 どうやら葉一の中では、僕はどうしたって変人にされてしまうらしい。


 部屋に招いたはいいものの、会話はさっきまでと特に変わらずに不規則に進んでいた。

 今思ったが葉一の話し方は少し幼いような気がした。僕の話し方が少し馴れ馴れしいだけかもしれないが、少しぎこちないというか〜...。う〜ん。・・・うん。多分、人見知りって感じだろう。


 特に話すことがなくなり、僕らは少し黙り合った。その時、初めて会った時のようなシーンと重い空気が部屋に漂っていた。とりあえず気まずい。葉一の顔色を伺っているがずっとぼーっとしていて、感情がうまく読み取れない。とりあえずこのままだと僕の部屋で自殺しかねないから、なにか話すことないかと近くにあったパソコンを開いた。パソコンの起動音に反応して、チラッと葉一はこちらを伺った。僕はひたすらに話すことを探し、そういえばと遺書の書き方について調べることにした。僕から言い出したことだ。僕がどうにかしなければならない。

 

「(遺書とは)」


 パソコンに打ち込む。パソコンの検索結果には、いろいろと書かれていた。例えば、「遺書とは主に家族、友人に向けた死ぬ直前で書く手紙。」、「書き方に決まったものはなく、思いを綴ることができる。」など要約すればそんなことが書いてあった。

 それならまず、葉一の率直な思いを聞きたい。その一心で僕は葉一に質問を投げかけた。


「金瀬はなんで死にたいと思ったの?」


「やっぱり、いじめのせい?」


「うん。やっぱり楠見くんも、なんだそれだけかって思う?」


「いや?・・・でも、相談すればよかったのに───とは思う。先生とか、相談できる人はいっぱいいるじゃん。」


「したよ。」


 これはたぶん嘘か、強がりなんだろう。僕に昼間、先生がいじめについての情報を聞いてきたくらいなのだから、学校では誰にも言わずに、噂にまでなるまでずっとひとりで抱え込んでいたんだろう。ここまでして誰にも言わずに来た理由はなんとなくわかる。僕だって同じ立場だったならそうしただろう。いや、そうやってしかいられなかっただろう。


「金瀬は両親のことどう思ってる?両親はいい人?」


 まず、葉一に遺書を書きたい人、その人に書きたい内容を聞き出してみようと試みた。


「父親はいない。母親はいるけど、普通だよ。特にお金を持ってるわけでもないし。」


「そういうのは、お金とかそういう話じゃないだろ。まず、感謝はしてるの?」


「してるよ。子供の頃から、僕が傷だらけで帰ってきたら、優しく手当てしてくれて、優しく僕を抱きしめてくれた。それで私がいるから…って。」


「それなら尚更、死なない方がいいんじゃないの?」


「僕だってずっとそう思ってた。でももう限界。終いには、いじめてくるやつらも次は僕の親を痛みつけてやるって。だから、僕が死んですべてを終わらせるんだ。」


「・・・わかった。」

「じゃあ遺書で親に伝えたい感謝の言葉とかあるの?」


「特に思いつかない。ただありがとうとしか。」


「それでいいと思うよ俺は。金瀬が感謝してることは、多分金瀬の親もわかってるだろうし。」


 そうやって、僕はいつしか葉一の相談窓口になっていた。今日は初めてのご利用。


 その後も僕らは会話をしていった。遺書とは関係ないが、好きな教科の話とか。この話はありきたりではあったが、意外にも話が合った。例えば、葉一も理科の授業の実験では、うまく進まずにうんざりしていた──とか。体育の時間は面倒くさいからいつも見学してサボってる──とか。僕も日ごろから体育は正直、面倒くさいと思っていたから、その話題の時には「俺も次は見学してみようかな。」とか僕から言ってみたりもした。すると葉一は優しい笑顔で笑い返してくれた。


 他にもいっぱい話した。休日の過ごし方とか、学校での友達との話とか・・・。と2つ例には出したが、この2つは別にそこまで語るほどのものじゃなかった。思い出したくもない。


 まあ、結果的に葉一との話はとても楽しかった。いつもは友達なんていらないものだと思っていたのに葉一との話はいつまでも続けていたいと思えていた。いつしか今まで友達を作ってこなかった理由すらわからなくなっていて、少し自分が変わった気がした。

 明日は勇気を出して、授業のこととは関係ないことを隣の席の人に言ってみようかなとか、明日という日に期待を抱いてみたりもした。

 

 時刻は6時過ぎ。さすがに外も暗くなり始めて、葉一も帰る準備をし始めていた。


「今日はありがとう。楠見くんのおかげで少しは気が楽になった気がする。」


「全然!また金瀬がつらくなったら、俺に相談してよ。なんでも話聞くから。」


「どうせ、ただ話聞くだけで、ろくな回答してくれないでしょ。・・・まあ、また会えたら今日みたいに話しようね。じゃあ、バイバイ。」


「バイバイ。───また死にたいと思っても、俺に言う前に死ぬなよ!」


 なんて冗談を言える関係になれたのかもわからないが、葉一はそういった後にも僕に優しい笑みを見せてくれていた。


          ★ ★ ★


 次の日。僕は昨日の期待を忘れないうちにと急いで登校をした。その日はいつもとは少し違う気がしていた。今日の目標は、ただ一つ「隣の席の人に話しかける。」それだけだ。よし、がんばるぞ。


 1日が始まり、まずは1時間目。隣の席の人は授業を真面目に聞いていた。さすがにそんな真剣な人の邪魔をするまい。次の時間話しかけよう。

 次は2時間目。話しかけようとしたら、隣の席の人は立ち上がり、先生に許可をとってトイレへ行ってしまった。授業中に帰っては来なかった。これはしょうがない。

 そして3時間目。───体育。

 満を持して4時間目。隣席人は、ノートに何かを一生懸命に書きこんでいた。何を描いているのか聞こうかと思ったが、隣席人のノートを覗き込むとかなりきわど目の落書きをしていた。さすがの僕でもTPOはわかる。今はたぶんダメな時だ。そんな絵を描いては。

 給食を食べて、5時間目。隣人は、寝ていた。6時間目にする話題は、’’昼食後に寝ないで授業を受ける方法’’に決まった。

 そして今日最後のチャンス。しかし6時間目は理科だった。今日も大人数での実験で、当然話す時間もなく、今日は一度も話すことなく終わってしまった。・・・明日もある。大丈夫、自分。

 授業の後、教室に戻ってから僕は忘れ物に気づいた。最近物忘れが多い。これは精神的に重大な病気なのかもしれない。僕も葉一と一緒に遺書でも書こうかと、そう思った。


 理科室に戻ると当然誰もいなく、窓の隙間から入る風は音を立てて、こちらの肩をたたいた。僕は理科室に忘れていた黒いシャーペンを拾い上げて、そのまま教室へ戻ろうとした。


 ───スーーッ


 その時、窓から抜けた鋭い風が僕の足元まで何か白いものを運んできた。それは他でもない、なくしたと思っていた’’ハンカチ’’であった。なぜここに...!とも一瞬なったが、おそらく、昨日の理科の時間に手を洗った後、そのまま落としてしまったのだろう。正直そんなことはどうでもよく、今は見つかったことに安堵していた。


「こんなところにあったのか。」


 そう言ってハンカチを拾い上げようと腰を下げた。僕はそっとハンカチを手に取り、ポケットに入れたのだが、それと同時に僕は、床に残った''シミ''を見つけた。そのシミは少し赤黒く、シミの付いた床は少し擦れていた。

 多分、おそらくこれは血の跡。


 ───もしかして実験で失敗したって、まさかこれのことか...?


 咄嗟にそう思った。しかし、一体どんな失敗をすればこれほどの血痕が残るのだろうか。


 しかし、不思議なことに血痕は一つではない。だが一つ一つが違ったものにも見えなかった。その血痕は点となり、点が線となり、僕を導くように連なっていた。


 点となったその血痕は、理科室の教卓の後ろから理科準備室に続いていることに気がついた。・・・いや、気づいてしまったのだ。その時、再び僕はどうするべきかわからなくなった。あの時、葉一を止めたときのように。だが、今回はあの時と違って、’’仕方がない’’と流れのままに行動はできない。今回は明確に僕に選択権がある。この血痕を追うべきか、追わないべきか。僕の探求心はそう考えるたびに膨れ上がっていく。帰るなら今が一番ベストなタイミングだった。僕も脳みそでは帰ろうとしていた。しかし、本心は違ったようだ。気づくと僕は、準備室のドアに手をかけ、自信満々に探偵になりきっていた。

 ドアを開けて数秒、準備室の中にも血痕があるのを確認した。準備室の中の血痕は、理科室のものよりもくっきりと輪郭が残っていた。普段、生徒が入ることが少ない場所だから、掃除も後回しにされている。そんな風にも読み取れた。


 血痕を辿ると最終的に一つの棚にたどり着いた。その棚に特に変な部分はなかった。しかし、棚にしまわれている段ボールには床と同じ血痕が残っていた。

 僕は恐る恐るその段ボールを、棚から引き出し、中身を確認した。が、その段ボールには顕微鏡が入っているだけで、特にこれといって異変はなかった。何もないことに不思議と安堵し、段ボールを棚へ戻そうとした。その時だった。僕は段ボールに隠されていた、“棚の奥”を見てしまった。

 

 そこで僕が見つけたものは、血に染められた赤い試験管。その割れた破片であった。

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