表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/38

 対策済み

 天井の配管を蹴り、犬噛蛍は隕石のごとく落下した。

 脚部義体『建御雷』が青白いプラズマを纏い、怪物の巨体目掛けて炸裂する。


「潰れなさいッ!」


 ドゴォォォォン!!


 踵落としが怪物の肩口に直撃し、その巨体を床へと叩き伏せた。さらに蛍は反動を利用して後方へ宙返りし、着地と同時に左腕を突き出す。


 『天照』オーバーチャージ。


「消し飛びなさい!」


 五つの太陽が至近距離から放たれた。熱エネルギー弾は怪物の肉体に吸い込まれ、次々と爆発を起こす。肉が焼け焦げ、千切れ飛び、ピンク色の体液が飛散する。全弾命中。普通の生物なら消し炭になっている火力だ。


 だが。


「グググ……ギュルル……」


 焼け爛れた傷口が、沸騰するような音を立てて盛り上がった。炭化した組織が剥がれ落ち、その下から新品のピンク色の筋肉が瞬時に再生していく。


「……チッ。しつこい油汚れのようですわね」


 蛍は舌打ちした。


 「『スサノオ』があれば、再生する端からミンチにして差し上げられましたのに……!」


 ハンマーがない今、決定打に欠ける。だが、長期戦になれば不利なのは生体エネルギーに限りがあるこちらだ。


「……仕方ありませんわ」


 蛍は右腕を構えた。

 偽装皮膚ミミックスキンが展開し、黒光りする『鉤爪カグツチ』がその禍々しい姿を現す。一撃必殺。だが、相手は驚異的な再生能力と反射速度を持つ怪物だ。確実に『コア』を粉砕するには、避けられないタイミングで叩き込むしかない。


「ならば、避けるいとまを与えなければよろしいのですわ!」


 蛍の瞳孔が限界まで収縮する。『カグツチ』のリアクター臨界待機。同時に、背中の過剰駆動オーバードライブが唸りを上げる。


「『月読』、過剰駆動オーバードライブ!」

『……ッ! 蛍主任待て! カグツチと月読の同時使用はエネルギー消費が激しすぎる! システムダウンのリスクが……』

(早苗……警告は無用ですわよ)


 蛍が『月読』を発動する際、体内では凄まじい熱エネルギーが発生する。瞬時に炭化するほどの莫大な熱量だ。それを防ぐために特殊冷却触媒液『変若水・月光(ルナ・クーラント)』がある。液体そのものが微細な()()()()()()()の集合体であり、『月読』起動と同時に、脊髄にあるタンクから全身の人工血管へ爆発的に注入。熱を感知すると、ナノマシンが瞬時に活性化。吸熱反応フェーズ・シフトにより、加速による摩擦熱と代謝熱を相殺。蛍の体内温度を一定に保つ役割がある。


 しかし、それは月読単体での話だ。カグツチとの併用は想定されていない。


 早苗の焦燥した声が響くが、蛍は聞く耳を持たなかった。


「他に有効打はありませんわ!」


 世界が凍りつく。蛍は加速した時の中で、床を蹴った。狙うは怪物の胸部深くに埋め込まれた、八尾本体。


 だが、怪物は蛍の狙いを察知すると、自身の肉体を流動させた。腕、肩、背中の筋肉を胸の前へ一瞬で移動させ、分厚い『肉の盾』を形成したのだ。


「小賢しい……! ならば、盾ごと貫くだけですわッ!!」


 蛍の右腕が、肉の壁に突き刺さる。インパクトの瞬間、『月読』の稼働時間が切れた。世界の音が戻ると同時に、『カグツチ』のプラズマリアクターが火を噴いた。


 ズドォォォォォォォン!!!


 閃光。そして轟音。超圧縮された熱エネルギーが怪物の内部で炸裂した。肉の盾が内側から弾け飛び、怪物の上半身がごっそりと消し飛んだ。焼けた肉片が雨のように降り注ぎ、下半身も熱でドロドロに爛れている。


 残ったのは、黒焦げになりながらも辛うじて原形を留めている、コアとなっていた八尾の身体だけだった。


「はぁ……はぁ……ッ!」


 蛍は膝をつき、肩で息をした。右腕からは白煙が上がり、冷却ファンが悲鳴を上げている。


 脊椎ラインにある排熱弁が展開し、熱を吸って黄金色に変色した特殊冷却触媒液クーラントが、高圧蒸気となって噴出(フルムーン・パージ)される。噴き出した黄金色の蒸気は、蛍の背後に円環状に広がっていく。まるで『満月』のようだ。

 しかし、それは月読の稼働限界オーバーヒートを意味していた。


 モニター越しに観戦していたVIPたちが、どよめき、たじろいだ。


「おい、ヘンリエッタ! 負けているじゃないか!」

「自慢の生体兵器がバラバラだぞ!」


 しかし、ヘンリエッタはワインを揺らしながら、涼しい顔で言い放つ。


「ご安心を……負けてなどおりません」


 その言葉通りだった。黒焦げになった八尾の身体から、ブシュッという音と共に無数の触手のような血管が飛び出した。それらは周囲に散らばった肉片や、空気中の有機物すら取り込み、猛烈な勢いで再構築を始めたのだ。

 骨が組み上がり、筋肉が巻き付き、皮膚が覆う。数秒前には消し飛んでいたはずの上半身が、ビデオの巻き戻しのように元通りになっていく。


「なっ……!?」


 蛍が愕然と目を見開く。


「犬噛蛍の奥の手、『カグツチ』。高熱による内部破壊……もちろん対策済みです」


 ヘンリエッタは勝ち誇ったように告げた。


「隠神シリーズの細胞は、熱刺激を受けると活性化し、爆発的に増殖する特性を持っている。焼けば焼くほど、彼女は強くなるのです」


 怪物が完全復活した。その姿は先ほどよりも一回り大きく、より醜悪になっていた。


『……蛍主任! もう一発撃てるか!?』

「……無理ですわ」


 蛍は脂汗を流しながら、動かない右腕を庇った。


「チャージに時間がかかりますわ……それに、エネルギーを使いすぎて……身体が……」


 視界が歪む。エネルギー切れだ。その隙を、怪物は見逃さなかった。


「■■■■■!!」


 再生したばかりの怪物の腕が、鞭のようにしなった。関節を無視した、触手のような予測不能の軌道。反応が遅れた蛍は、避けることができなかった。


 バチィィィンッ!!


「きゃぁぁぁっ!?」


 強烈な一撃が蛍を捉えた。小柄な身体が紙屑のように吹き飛び、壁に激突して転がり落ちる。


「う……ぐっ……」


 蛍はよろめきながらも立ち上がったが、その左腕はだらりと垂れ下がっていた。裂けた制服と皮膚から、血がドロリと流れる落ちる。人間のような赤ではなく、()()()()()()()()だ。


 その痛々しい姿を見た瞬間、VIPたちの反応が一変した。


「おお……見ろ! あの白い血!」

「傷ついたサイボーグの少女……たまらん!」「言い値で買うぞ! あのまま手負いの状態で私のコレクションに加えたい!」

「いや、私が買う! 四肢を切断して飾るんだ!」

醜悪な欲望の声が、スピーカーを通じて響き渡る。


「……やかましい、豚どもですわね……」


 蛍は白い血を拭いもせず、気丈に振る舞った。


「これくらい……ただのかすり傷ですわ」


 だが、その強がりがかえってVIPたちのサディズムを刺激し、入札額が跳ね上がっていく。


『……蛍主任。もういい』


 脳内に、早苗の静かな、しかし決意に満ちた声が響いた。


『ボクが今すぐそちらへ向かう。リリカも連れて行く……持ち堪えろ』

「……早苗」


 蛍は垂れ下がった左腕を無視し、残った右手で構えを取った。


「早く来ていただけると助かりますわ……ですが」


 蛍は迫りくるピンク色の悪夢を見据え、ニヤリと笑った。


「決着は、思ったより早いですわよ?」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ