対策済み
天井の配管を蹴り、犬噛蛍は隕石のごとく落下した。
脚部義体『建御雷』が青白いプラズマを纏い、怪物の巨体目掛けて炸裂する。
「潰れなさいッ!」
ドゴォォォォン!!
踵落としが怪物の肩口に直撃し、その巨体を床へと叩き伏せた。さらに蛍は反動を利用して後方へ宙返りし、着地と同時に左腕を突き出す。
『天照』オーバーチャージ。
「消し飛びなさい!」
五つの太陽が至近距離から放たれた。熱エネルギー弾は怪物の肉体に吸い込まれ、次々と爆発を起こす。肉が焼け焦げ、千切れ飛び、ピンク色の体液が飛散する。全弾命中。普通の生物なら消し炭になっている火力だ。
だが。
「グググ……ギュルル……」
焼け爛れた傷口が、沸騰するような音を立てて盛り上がった。炭化した組織が剥がれ落ち、その下から新品のピンク色の筋肉が瞬時に再生していく。
「……チッ。しつこい油汚れのようですわね」
蛍は舌打ちした。
「『スサノオ』があれば、再生する端からミンチにして差し上げられましたのに……!」
ハンマーがない今、決定打に欠ける。だが、長期戦になれば不利なのは生体エネルギーに限りがあるこちらだ。
「……仕方ありませんわ」
蛍は右腕を構えた。
偽装皮膚が展開し、黒光りする『鉤爪』がその禍々しい姿を現す。一撃必殺。だが、相手は驚異的な再生能力と反射速度を持つ怪物だ。確実に『核』を粉砕するには、避けられないタイミングで叩き込むしかない。
「ならば、避ける暇を与えなければよろしいのですわ!」
蛍の瞳孔が限界まで収縮する。『カグツチ』のリアクター臨界待機。同時に、背中の過剰駆動が唸りを上げる。
「『月読』、過剰駆動!」
『……ッ! 蛍主任待て! カグツチと月読の同時使用はエネルギー消費が激しすぎる! システムダウンのリスクが……』
(早苗……警告は無用ですわよ)
蛍が『月読』を発動する際、体内では凄まじい熱エネルギーが発生する。瞬時に炭化するほどの莫大な熱量だ。それを防ぐために特殊冷却触媒液『変若水・月光』がある。液体そのものが微細な吸熱ナノマシンの集合体であり、『月読』起動と同時に、脊髄にあるタンクから全身の人工血管へ爆発的に注入。熱を感知すると、ナノマシンが瞬時に活性化。吸熱反応により、加速による摩擦熱と代謝熱を相殺。蛍の体内温度を一定に保つ役割がある。
しかし、それは月読単体での話だ。カグツチとの併用は想定されていない。
早苗の焦燥した声が響くが、蛍は聞く耳を持たなかった。
「他に有効打はありませんわ!」
世界が凍りつく。蛍は加速した時の中で、床を蹴った。狙うは怪物の胸部深くに埋め込まれた、八尾本体。
だが、怪物は蛍の狙いを察知すると、自身の肉体を流動させた。腕、肩、背中の筋肉を胸の前へ一瞬で移動させ、分厚い『肉の盾』を形成したのだ。
「小賢しい……! ならば、盾ごと貫くだけですわッ!!」
蛍の右腕が、肉の壁に突き刺さる。インパクトの瞬間、『月読』の稼働時間が切れた。世界の音が戻ると同時に、『カグツチ』のプラズマリアクターが火を噴いた。
ズドォォォォォォォン!!!
閃光。そして轟音。超圧縮された熱エネルギーが怪物の内部で炸裂した。肉の盾が内側から弾け飛び、怪物の上半身がごっそりと消し飛んだ。焼けた肉片が雨のように降り注ぎ、下半身も熱でドロドロに爛れている。
残ったのは、黒焦げになりながらも辛うじて原形を留めている、コアとなっていた八尾の身体だけだった。
「はぁ……はぁ……ッ!」
蛍は膝をつき、肩で息をした。右腕からは白煙が上がり、冷却ファンが悲鳴を上げている。
脊椎ラインにある排熱弁が展開し、熱を吸って黄金色に変色した特殊冷却触媒液が、高圧蒸気となって噴出される。噴き出した黄金色の蒸気は、蛍の背後に円環状に広がっていく。まるで『満月』のようだ。
しかし、それは月読の稼働限界を意味していた。
モニター越しに観戦していたVIPたちが、どよめき、たじろいだ。
「おい、ヘンリエッタ! 負けているじゃないか!」
「自慢の生体兵器がバラバラだぞ!」
しかし、ヘンリエッタはワインを揺らしながら、涼しい顔で言い放つ。
「ご安心を……負けてなどおりません」
その言葉通りだった。黒焦げになった八尾の身体から、ブシュッという音と共に無数の触手のような血管が飛び出した。それらは周囲に散らばった肉片や、空気中の有機物すら取り込み、猛烈な勢いで再構築を始めたのだ。
骨が組み上がり、筋肉が巻き付き、皮膚が覆う。数秒前には消し飛んでいたはずの上半身が、ビデオの巻き戻しのように元通りになっていく。
「なっ……!?」
蛍が愕然と目を見開く。
「犬噛蛍の奥の手、『カグツチ』。高熱による内部破壊……もちろん対策済みです」
ヘンリエッタは勝ち誇ったように告げた。
「隠神シリーズの細胞は、熱刺激を受けると活性化し、爆発的に増殖する特性を持っている。焼けば焼くほど、彼女は強くなるのです」
怪物が完全復活した。その姿は先ほどよりも一回り大きく、より醜悪になっていた。
『……蛍主任! もう一発撃てるか!?』
「……無理ですわ」
蛍は脂汗を流しながら、動かない右腕を庇った。
「チャージに時間がかかりますわ……それに、エネルギーを使いすぎて……身体が……」
視界が歪む。エネルギー切れだ。その隙を、怪物は見逃さなかった。
「■■■■■!!」
再生したばかりの怪物の腕が、鞭のようにしなった。関節を無視した、触手のような予測不能の軌道。反応が遅れた蛍は、避けることができなかった。
バチィィィンッ!!
「きゃぁぁぁっ!?」
強烈な一撃が蛍を捉えた。小柄な身体が紙屑のように吹き飛び、壁に激突して転がり落ちる。
「う……ぐっ……」
蛍はよろめきながらも立ち上がったが、その左腕はだらりと垂れ下がっていた。裂けた制服と皮膚から、血がドロリと流れる落ちる。人間のような赤ではなく、白濁した人工血液だ。
その痛々しい姿を見た瞬間、VIPたちの反応が一変した。
「おお……見ろ! あの白い血!」
「傷ついたサイボーグの少女……たまらん!」「言い値で買うぞ! あのまま手負いの状態で私のコレクションに加えたい!」
「いや、私が買う! 四肢を切断して飾るんだ!」
醜悪な欲望の声が、スピーカーを通じて響き渡る。
「……やかましい、豚どもですわね……」
蛍は白い血を拭いもせず、気丈に振る舞った。
「これくらい……ただのかすり傷ですわ」
だが、その強がりがかえってVIPたちのサディズムを刺激し、入札額が跳ね上がっていく。
『……蛍主任。もういい』
脳内に、早苗の静かな、しかし決意に満ちた声が響いた。
『ボクが今すぐそちらへ向かう。リリカも連れて行く……持ち堪えろ』
「……早苗」
蛍は垂れ下がった左腕を無視し、残った右手で構えを取った。
「早く来ていただけると助かりますわ……ですが」
蛍は迫りくるピンク色の悪夢を見据え、ニヤリと笑った。
「決着は、思ったより早いですわよ?」




