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 野良犬たちの作戦

 ヴィンセントはファラリスと別れ、指定された合流地点へと向かうために、愛車である装甲改造されたスポーツカー『ヴェンデッタ』のステアリングを握っていた。

  窓の外を流れるネオ・トーキョーの景色は、極彩色の雨の中にいるように歪んでいる。


 かつてこの国は日本政府という集団が支配していたらしい。だが、そんなものは教科書の中だけの話だ。政府の影響力が消えたのはいつからだったか、ヴィンセントはその正確な年号を忘れてしまったが、理由は痛いほど分かっていた。国というシステムは、あまりにも無能で、鈍重すぎたのだ。「公共の福祉」だの「倫理」だのという綺麗事で、企業の利益追求という名の進化を押さえつけようとした結果、()()()が今やリストラ寸前だった。


  笑える話だな。


  今や、都道府県という境界線は意味をなさず、地図は企業のロゴマークによって塗り分けられている。境インダストリアルの『八雲ヤクモメトロポリス』、三河モーターズの『トウカイ重工区』、浪速バイオティクスの『カンサイ実験特区』。


 ここは現代の戦国時代だ。武将の代わりにCEOが、刀の代わりに株価と私設軍隊で領土を奪い合う血とオイルの匂いがする時代。


「……だが、この街だけは特別だ」


 ヴィンセントは独りごちる。

 ネオ・トーキョー。この巨大都市だけは、あまりにも多くの企業が利権を主張し合った結果、皮肉にも誰も完全には支配できない奇妙な均衡バランスを生み出していた。

 どの企業も喉から手が出るほど欲しいが、手を出せば他社から袋叩きに遭う。


 だからこそ、奴らは裏で動く。妨害工作、暗殺、データの奪取。表のニュースでは「遺憾の意」を表明しながら、裏では俺たちのような傭兵アウトローに金を払い、代理戦争をさせている。


「便利屋、掃除屋、あるいは捨て駒……呼び方は何でもいい。金払いさえ良ければな」


 ヴィンセントはアクセルを踏み込んだ。V8エンジンの咆哮と共に、車体はチヨダ・セクターの検問を強引に突破し、スラム街の深淵へと潜っていく。


 指定された場所は、打ち捨てられた地下鉄の廃駅だった。

 湿気たコンクリートの臭いと、ネズミの走る音が響く暗闇。 そこに、二つの人影があった。


 「遅いぞ、サイクロプス。最強になりたいなら時間は守るもんだ」

 「時間を守ることが最強につながるとは俺には思えないがな……タンク」


 車のヘッドライトに照らされたのは、巨大な体躯の男だった。全身をサイバネティックな装甲で覆い、両腕には改造されたドライビング・インターフェースが直結している。


 ドライバーの『タンク』


 輸送任務において右に出る者はいないと言われる男だ。どんな検問も突破し、どんな悪路も踏破し、依頼品を『必ず』目的地へ届ける運び屋。彼にかかれば、スクラップ寸前のバンですら戦車モンスターマシンに魔改造すると言われている。


 そして、もう一人。


 瓦礫の上に腰掛け、ホログラム・ディスプレイを操作している小柄な女。 彼女はヴィンセントを見ても顔を上げず、空中に浮かぶコードを指先で弾いていた。


 「よう、リズ。久しぶりだな。調子はどうだ?」

 「……五月蝿い。今、サカイの防壁ファイアウォールにバックドアを仕込んでいるの。集中させて」


 サーファーの『リズ』


 彼女の脳は常にネットのディープ・ダイブにあり、肉体はこの場にありながら、意識は数キロ先の監視カメラを覗いている。境インダストリアルのような軍事レベルのセキュリティに穴を開けられるサーファーは、この街でも片手で数えるほどしかいない。


 「タンクにリズか……ファラリスの野郎本気だな」


 ヴィンセントは車を降り、二人の前に歩み寄った。

 確かに一流だ。このメンバーなら、小国の軍くらいなら簡単に制圧できるかもしれない。

 だが、相手は境インダストリアルだ。 あの『妖怪』どもを相手にするには、これでもまだ心許ないか。


 「おい、サイクロプスよう。今回のヤマ、マジでサカイの姫様を攫うのか?」


 タンクが太い葉巻を噛み砕きながら尋ねてくる。その表情には、恐怖と興奮が入り混じっていた。


 「なんだ? ビビってんのか? タンク」


 「まさか! 俺はいつだって、デカい荷物を運ぶのが生き甲斐だビビってるわけじゃねぇさ。だがな、サカイの『夜行』部隊が出てきたら話は別だ。あいつらは人間じゃねえ……お前なら知ってるんだろ? 元社員様」


 タンクの視線が、ヴィンセントの黄色いバイザーを射抜く。

 ヴィンセントは鼻で笑った。


 「ああ、知っているさ。だからこそ、俺たちが必要なんだろう?」


 ヴィンセントは熱能カタナ『斬火ザンカ』の柄を軽く叩いた。

  かつて企業は、その飽くなき欲望のために国へ反旗を翻した。 ならば今度は俺が自身の名声のために、かつての飼い主へ牙を剥く番だ。


 「リズ、セキュリティの状況は?」


 「……よし。解析完了。イルカのルートと護衛配置を共有するわ」


 リズが指を振ると、ヴィンセントの視界にAR(拡張現実)で地図が展開された。 複雑に入り組んだ首都高速の立体交差。その一点を指し示している。


 「ここを一時間後にサカイのコンボイが通過する。ここなら上から見られない……。やつらの死角に入れる、わずか6秒間の空白地帯よ」


 「6秒か……十分すぎるな」


 ヴィンセントはニヤリと笑った。 

 『阿修羅・過剰駆動オーバードライブ』を発動すれば、その6秒はヴィンセントにとって数分に等しい。


 「作戦を確認する。タンク、お前は退路の確保だ。サカイの追撃部隊を撒くルートをリアルタイムで計算しろ。リズ、お前はドローンの目を潰せ。奴らの通信をジャックして、混乱を引き起こすんだ」


 「了解……で、お前さんは?」

 「俺は真正面から突っ込んで、護衛を皆殺しにする。そして、お姫様を優しくエスコートしてやるさ」


 ヴィンセントはマスクのフィルターを開放し、地下の澱んだ空気を深く吸い込んだ。

  血と鉄と、死の予感がする空気。 

 これだ。このヒリヒリするような感覚こそが、俺が生きていられる唯一の証だ。


 「さあ……仕事の時間だ」


 ヴィンセントの言葉と共に、三人の影が動き出した。




      *




 廃駅のさらに奥、かつて車両整備工場だったと思われる広大なスペースに、その『怪物』は鎮座していた。


 タンクが誇らしげに親指で指し示した先にあったのは、もはや車と呼んでいいのか迷う代物だった。

  ベースは三河モーターズ製の大型装甲車だろうか。だが、その原型を留めないほどに魔改造が施されている。 

 ボディ全体を覆うのは、戦車の主砲すら弾き返しそうな分厚い爆発反応装甲リアクティブ・アーマー。フロントには障害物を粉砕するための巨大な衝角ラムが取り付けられ、ルーフには格納式の対空ガトリング砲が、まるで眠れる獣の牙のように天を向いている。 そしてタイヤは六輪すべてが独立駆動する極太のランフラット・タイヤだ。


 「……おいおい。こいつは『輸送車』ってツラじゃねえぞ。移動要塞だろ」


 ヴィンセントは思わず口笛を吹いた。

  装甲の継ぎ目から覗く、剥き出しのエンジンパイプと冷却用チューブが、荒々しくも機能的な美しさを放っている。 これなら、境インダストリアルの『ガシャドクロ』戦車と正面衝突しても押し勝てるかもしれない。


「気に入ったか? 俺の可愛い『鉄血アイアン・ブラッド』号だ」


 タンクが愛おしそうに装甲板をバンバンと叩く。


 「エンジンはトウカイ重工区からくすねた航空機用のターボファン・エンジンを無理やり積んでる。ニトロを噴射すれば、この図体で時速300キロは出るぜ……まあ、燃費は最悪だがな」


 「燃費なんぞ気にして戦争ができるか……いい仕事だ、タンク。これなら地獄の底からでも生きて帰れるだろうよ」


 ヴィンセントは素直に称賛した。

 一流の傭兵は道具を選ばないと言うが、それは嘘だ。超一流は、自分の命を預ける道具には徹底的にこだわる。タンクのこの仕事ぶりは、彼がただの筋肉ダルマではなく、繊細な職人であることを証明していた。


 「で、席順はどうなってる?」


 ヴィンセントが助手席のドアに手をかけた時、タンクがそれを大きな体で遮った。


「悪いが、こいつに乗るのは俺とそこのリズだけだ」


「……あ?」


 ヴィンセントは怪訝な声を上げた。マスクの奥の黄色い瞳が、タンクを見上げる。


 「俺だけ蚊帳の外かよ。この鉄の棺桶でドライブできるのを楽しみにしてたんだがな」


 「バカ言え。お前の図体と装備を見ろよ。この助手席には、リズのダイブ用機材と冷却ユニットが山ほど積んであるんだ。お前が乗ったら重量オーバーでサスがイカれちまう」


 タンクは呆れたように肩をすくめ、後方で黙々と機材チェックをしているリズを顎でしゃくった。


 「それにだ。今回の作戦の要は『奇襲』だろ? 俺とリズが派手に暴れて、境の護衛を引きつけるデコイになる。奴らの目が俺たちに釘付けになったその一瞬の隙に……」


 タンクはニヤリと笑い、ヴィンセントの胸板を拳で突いた。


「お前が突っ込み、お姫様を確保する。それが一番確実だ……違うか? サイクロプス」


 ヴィンセントは一瞬沈黙し、そして短く鼻を鳴らした。

  正論だ。

  ヴィンセントの『阿修羅』過剰駆動オーバードライブによる超高速機動は、車の中にいては宝の持ち腐れだ。彼は遊撃手としてフリーで動き、敵のフォーメーションが崩れた瞬間にその喉元を食い破るのが最適解だ。


 「実際お前より速いやつを俺は知らねぇからな。お前が適任だろ?」

 「……チッ。分かったよ。一番美味しい役回りは譲ってやる」


 ヴィンセントは渋々といった様子で頷いた。 だが内心では、タンクの戦術眼に感心していた。

  自分たちの役割ロールを完璧に理解している。囮役というのは一番死ぬ確率が高い損な役回りだ。それを自ら買って出るとは、いい度胸だ。


 「リズ、お前は平気か? このゴリラの運転じゃ、三半規管がシェイクされるぞ」


 ヴィンセントが声をかけると、リズは『ニューロ・リグ』のケーブルを首筋のジャックに差し込みながら、無表情で答えた。


 「問題ないわ。移動中は感覚遮断してるから……それに、タンクの運転データは解析済みよ。荒っぽいけど、計算された『乱数』みたいなものね。予測不能だけど、事故率はゼロに近い」


 「へっ、最高の褒め言葉だな!」


 タンクが豪快に笑い、運転席へと巨体を滑り込ませた。

  エンジンが始動する。 地底の空気が震え、猛獣の咆哮のような重低音が響き渡る。


 「よし、作戦開始だ……サイクロプス、お前は自分の足で現地へ向かえ。タイミングはリズが指示する」


 「ああ。遅れるなよ、お前ら」

 「がははっ! 時間にルーズなのはお前のほうじゃねーか!」


 ヴィンセントは愛車『ヴェンデッタ』の方へと歩き出した。

  背後で『鉄血』号が動き出し、暗闇へと消えていく。


 さて、と。 ヴィンセントは車のドアを開け、シートに身を沈めた。


  ここからは別行動だ。


  ネオ・トーキョーの夜景が、フロントガラス越しに毒々しく輝き始める。 祭りの始まりだ。


 ヴィンセントはアクセルを踏み込んだ。 タイヤが悲鳴を上げ、車体が弾丸のように夜の街へ飛び出した。


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