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 ヌエ・ユニット

 案内された『プラチナ・クラス』は、学校の教室というより高級会員制クラブのVIPラウンジだった。床には深紅の絨毯が敷き詰められ、壁には本物の名画が飾られている。

 中央にはバーカウンターまである。未成年であるはずの生徒たちが、色のついた液体が入ったグラスを傾けていた。

 だが、蛍が足を踏み入れた瞬間感じたのは、高級感よりも『違和感』だった。


 部屋には五人の生徒がいた。皆美しく、そして完璧すぎた。筋肉の付き方、肌の艶、姿勢。すべてが理想的な比率で構成されており、まるで精密なマネキンのようだ。彼らは蛍が入ってきても、動揺する素振りすら見せず、ただ静かな瞳で彼女を見つめた。


『……蛍主任。警戒しろ』


 早苗の声が緊張を帯びる。


『こいつら……スキャンできない』

(なんですって?)


 蛍は心中で問い返した。


『光学的には見えている。だが、ボクの指向性ハッキングが彼らのサイバーウェアを認識しない……まるで、彼らの身体には機械が一切埋め込まれていないかのように』

(……なるほど)


 蛍は確信した。彼らこそが、ロマノフの技術の結晶。機械ではなく、有機培養された人工臓器と筋肉――『新型バイオウェア』の適合者たちだ。 金属探知機にも、サーファーのスキャンにも引っかからない生体兵器。


「よく来たわね、西園寺蛍さいおんじケイ


 部屋の奥、革張りのソファに座っていた最高管理責任者(コミッショナー )ヘンリエッタが、ワイングラスを片手に微笑んだ。


「バナンを倒した手腕、見事だったわ。彼も旧世代の強化人間としては優秀だったけれど……所詮は金属とオイルの塊。君のような『本物』の前では霞んでしまうわね」


 ヘンリエッタは立ち上がり、蛍に近づいた。


「君の身体……スキャンさせてもらったけれど、驚異的よ。天然の肉体に脅威的適合率。君こそ、我々が探し求めていた『器』だわ」

「器……ですって?」


 蛍は警戒心を隠し、無邪気な転校生を演じて小首をかしげた。


「ええ。このネオ・オリンピア英才育成機構の真の目的は、スポーツ選手を育てることじゃない……人類を次のステージへと進化させることよ」


 ヘンリエッタが合図をすると、5人の生徒たちがゆらりと立ち上がった。彼らの身体から、機械の駆動音は一切しない。だがその皮膚の下で、何かが脈打つような、生々しい気配が膨れ上がっていく。


「紹介しよう。彼らは『ヌエ・ユニット』。君と同じ、選ばれたエリートたちよ」


 生徒の一人、線の細い美少年が、蛍に向かって微笑んだ。次の瞬間、彼の手の甲がパカッと割れる。そこから骨のような、あるいは昆虫の針のような鋭利な突起がシュルリと伸びた。機巧鎌・蟷螂(キコウガマ・トウロウ)のような鉄の刃ではない。有機的な骨の刃だ。


 「ひっ……!?」


 八尾が喉の奥で小さな悲鳴を上げた。

 彼女の獣としての本能が警鐘を鳴らしたのだ。目の前にいるのは人間ではない。ましてや機械でもない。もっとおぞましい、自然界の摂理をねじ曲げた『捕食者』だと。八尾はガタガタと震え、助けを求めるように蛍の背中へと身を隠した。


『……生体反応上昇!』


 早苗が叫ぶ。


『蛍主任、奴らの武器は身体そのものだ!』

「言われずとも見ればわかりますわ」


 蛍は目を細め、その異形の刃を見つめた。恐怖はない。あるのは、獲物を見つけた狩人の歓喜だけ。


「素敵なお友達ですこと……金属探知機に引っかからない武器なんて、暗殺にはもってこいですわね」


 蛍は後ろに控える八尾に、「下がっていなさい」と目配せをした。そして、優雅にスカートの裾をつまんで挨拶をした。


「それで? わたくしをここへ呼んだのは、お茶会のお誘いではありませんわよね?」

「もちろん」


 ヘンリエッタは冷酷に告げた。


「君には、彼らと『融合』してもらうわ。君の強靭な肉体に、我々の傑作バイオウェアを移植すれば……最強の個体が完成する」

「あら……ずいぶんと一方的ですこと。わたくしの意思確認もなしに、まるで決定事項のように語りますのね」


 蛍は呆れたように肩をすくめた。その瞳の奥には、侮蔑の色が濃く滲んでいる


 ヘンリエッタの眼鏡が妖しく光った。


「拒否権はないと言ったはずよ……押さえなさい」


 5人のヌエ・ユニットが一斉に動き出した。音もなく、風のように速い。バナンとは比較にならない速度。


 だが、蛍は嗤った。


「融合? お断りしますわ」


 ドクンッ!!


 蛍の心臓が早鐘を打ち、擬態用リミッターが強制解除される。

 彼女の全身から、抑え込まれていた莫大なエネルギーが蜃気楼のように立ち上った。可憐な少女の皮を被っていた怪物が、その真なる牙を剥く。


「わたくしに異物を入れていいのは、イサナ様とお母様だけですのよ!」


 蛍が床を蹴る。


「早苗! 録画の準備はよろしくて!?……ここからはショータイムですわ!」

『……了解。カメラはハック済みだ。存分に暴れろ、狂犬』


 最上階、プラチナ・クラス。

 サカイ・インダストリアルのサイバー技術の結晶である犬噛蛍と、ロマノフ・バイオダインの禁忌が生み出したバイオウェアのヌエ・ユニットたち。

 鋼鉄と生体。二つの異なる『進化』が、今ここで激突する。


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