血の宮殿(ブラッド・パレス)
地下施設へと続く広大な資材搬入路。そこは今、鮮血と鉄屑のアートギャラリーと化していた。
リリカ・ヴォルコヴァが、最後の銃士隊の首を機巧鎌・蟷螂で刎ね飛ばす。彼女はその場で一回転し、空中に舞った銃士隊の頭を回し蹴りで彼方の壁へとシュートした。
ガシャーン! という派手な破壊音と共に、頭部が配電盤にめり込み火花が散る。
「ヒューッ! ストライク!」
リリカは銀髪のツインテールを揺らし、血濡れたブレードを振るって納刀した。その顔には、戦闘の高揚感による紅潮と、嗜虐的な笑みが張り付いている。
その一部始終を、鷹空早苗は冷ややかな瞳で観察していた。彼女は二丁のEMピストルをホルスターに戻しながら、リリカの戦闘データを脳内で解析していた。
(……驚くほど似ている)
早苗の思考回路がある結論を弾き出す。
リリカの戦い方――その野性的で、直感的で、そして何より暴力を楽しむスタイル。それは早苗の上司であり、ライバル視している対象、犬噛蛍のそれに酷似していた。もし、あの破壊の権化である蛍が、凄乃王ではなく蟷螂使いだったとしたら。おそらく、今のリリカのような動きをしていただろう。
(だが……それを差し引いても、動きに無駄が多すぎる)
早苗は眉を僅かに寄せた。今の蹴りも、その前の過剰な回転斬りも、戦術的には全く不要な動作だ。エネルギーの浪費であり、隙を生むリスクでしかない。だが、リリカの身体能力と反射神経を見る限り、彼女がそれに気づいていないわけがない。つまり、これは――。
「……リリカ。質問がある」
早苗は瓦礫を踏み越え、リリカに近づいた。「ん? なーに? アタシの華麗な剣さばきに惚れちゃった?」
リリカはジャケットの襟を正しながら、ニシシと笑う。
「君の戦闘スタイルだ。犬噛蛍主任の挙動パターンと高い相関が見られる。だが、彼女以上に『演劇的』な無駄が多い。今の回し蹴りも、配電盤を破壊するなら銃撃で十分だったはずだ。なぜ、わざわざリスクを負ってまで派手に振る舞う?」
早苗のド直球な指摘に、リリカはケラケラと声を上げて笑った。
「あはは! さっすがサナエちゃん、見る目あるねぇ! バレちゃった?」
リリカは悪びれる様子もなく、ウインクをして見せた。
「これはね、アタシ流の『売り込み』だよ」
「売り込み?」
早苗が首をかしげる。
「そ。アタシは傭兵だからさ、クライアントに『こいつは使える』『こいつを使えば面白いもんが見れる』って思わせなきゃなんないわけ」
リリカは指を折りながら説明した。
「蛍はさ、こういう派手なのが大好きじゃん? ドカンとやって、血がドバーッと出るようなのがさ。だから、あの子の前ではこういうスタイルがウケるんだよ」
「……なるほど。顧客のニーズに合わせたパフォーマンスということか」
「ご名答。そこでさ」
リリカは一歩踏み出し、早苗の顔を覗き込んだ。その赤い瞳が、猫のように悪戯っぽく細められる。
「アタシとしちゃあ蛍だけじゃなくて、アンタにも『お得意様』になってほしいわけよ」
「……ボクにか?」
「そりゃあね。サカイの特殊資産管理部だっけ? 羽振りがいいのは知ってるし。蛍はいい客だけど、あの子だけだと仕事の内容が『破壊』ばっかになるだろ? アタシはもっとこう……スマートな仕事もできるってとこ、アンタに見せときたかったんだよね」
リリカは肩をすくめた。
「ま、今回はちょっと蛍寄りのパフォーマンスになっちゃったけど。アンタみたいな理屈っぽいタイプには、もうちょっとテクニカルなとこ見せた方が良かったかな?」
早苗は、目の前の享楽的な傭兵を改めて評価し直した。ただの戦闘狂ではない。自分の強みと、相手が何を求めているかを計算し、自分自身を商品として演出する狡猾さを持っている。それは非効率に見えて、傭兵としての生存戦略においては極めて『効率的』な思考だ。
「……理解した」
早苗は小さく頷いた。
「君の意図は把握した。だが、ボクへのアピールならば、派手さよりも確実性を重視しろ……とはいえ」
早苗は踵を返し、地下エレベーターの操作パネルへと向かった。
「その柔軟な思考と適応能力は評価する。今後の任務において、君を選択肢に入れることは……やぶさかではない」
その言葉に、リリカはパァッと表情を明るくした。
「っしゃ! 言質取ったぜ! これでアタシもサカイ御用達ってわけだ!」
「まだ採用したわけではない。……行くぞ、リリカ。ここから先は研究所の中枢だ。君の『テクニカルな仕事』とやらを見せてもらう」
「任せとけって! アンタの期待以上に、いい仕事してやるからさ!」
リリカは『天之羽矢』を担ぎ直し、早苗の背中を追った。
地下深層、ロマノフ・バイオダイン研究所のメインサーバー室。分厚い隔壁が焼き切られ、その向こう側からリリカと早苗が足を踏み入れた。
そこは、無機質なサーバールームというよりは、巨大な生物の体内を思わせる異様な空間だった。
施設内を血管のように張り巡らされた透明な強化ガラス・パイプの中を、ドス黒い赤色の液体――『ツァーリ・オイル』が高速で循環している。
その流動が生み出す稼働音は、モーターやファンの回る機械的なものではない。まるで、地底に眠る巨大な心臓の鼓動のような「ドクン、ドクン」という生々しい重低音を響かせ、部屋全体の空気を震わせていた。
部屋の奥には巨大なガラスシリンダーが墓標のように林立している。
内部は濁った緑色の保存液で満たされており、中身をハッキリと視認することはできない。だが、液体の中でゆらりと揺れる黒い影の形状からして、ろくでもない代物――倫理を冒涜した実験体であることは想像に難くなかった。
道中、リリカの戦いぶりは一変していた。無駄な回転や挑発的なアクションは一切封印。彼女は『天之羽矢』の透過能力を最大限に活かし、壁の向こうの敵の熱源を感知するや否や、心臓や頭部を一撃で撃ち抜くという極めて機械的で洗練された狙撃に徹していた。
「どーよ、サナエちゃん! 今のヘッドショット、ミリ単位の狂いもなかったでしょ?」
リリカは得意げに鼻を鳴らした。
「アンタの言う『テクニカルでスマートな仕事』ってやつ? アタシ、やればできる子なんだよねぇ〜」
調子に乗ってウインクを飛ばすリリカに対し、早苗は冷ややかな視線を送った。
「……結果は評価する。だが、その軽口は減点対象だ」
早苗はリリカの横を通り過ぎ、部屋の中央に鎮座する巨大なサーバータワーへと歩み寄った。
「成功したからと言って増長するな。慢心は最大の非効率だ。……周囲の警戒を怠るな」
「へいへい、厳しーねぇ」
リリカは肩をすくめ、部屋の入り口付近で周囲の警戒にあたった。
早苗はサーバーのコンソール前に立ち、指先からニューラル・ラインを射出した。接続音が鳴り、彼女の意識は膨大なデータの海へとダイブする。
『論理壁突破。ルートディレクトリへアクセス……』
早苗の瞳が激しく明滅する。そこには、表向きのバイオ燃料データの下に隠された、忌まわしい実験記録の数々が眠っていた。
(……ビンゴだ。人体とバイオウェアの強制融合実験。拒絶反応を無視したキメラ化のデータ……これはサカイにとって有益なサンプルになる)
「データ抽出を開始する。容量が大きい……圧縮して転送する」
早苗が作業に没頭し始めた、その時だった。研究所の警告灯が赤く点滅し、無機質なアラート音が鳴り響いた。
『警告。メインサーバーへの不正アクセスを検知。カテゴリー5、防衛プロトコル起動。検体番号、04から09、解放』
「ああん? なんだなんだ?」
リリカが周囲を見回す。
部屋の壁面に並んでいた巨大な培養カプセルのロックが、プシューッという音と共に一斉に解除された。中から溢れ出したのは、緑色の保存液と、異形の怪物たち。
それは人間をベースにしているが、もはや人とは呼べない代物だった。異常に肥大化した筋肉。皮膚を突き破って露出した金属骨格。そして両腕が巨大な鎌や杭のように変異した、ロマノフ製の生体兵器。
彼らは獣のような咆哮を上げ、侵入者である二人を認識した。
「うわっ、趣味ワルッ! なにあれ、筋肉ダルマの失敗作?」
リリカが顔をしかめる。
「あんなのとハグしたくないんですけどー!」
早苗はハッキングを継続しながら、鋭く叫んだ。
「リリカ! 迎撃しろ!」
「言われなくても! ……って、多いな!?」
カプセルから次々と這い出てくる生体兵器は、全部で六体。
(……クッ、論理壁の強度が上がった。自動防衛プログラムがデータの流出を阻止しようとしている……!)
今ここでラインを切断すれば、データは破損し、任務は失敗に終わる。かといって、この状態で戦闘を行うことは不可能だ。
早苗は決断し、リリカに命令を下した。
「リリカ! 30秒だ!」
「はぁ!?」
「データの完全確保と、プロテクトの突破にあと30秒かかる! その間ボクは動けない!」
早苗の青い瞳が、リリカを射抜く。
「奴らを一匹たりとも、ボクに近づけさせるな! 全て食い止めろ!」
リリカは迫りくる異形の群れを見据え、ニシシと凶悪な笑みを浮かべた。彼女は天之羽矢を背中に戻し、両腕から機巧鎌・蟷螂をジャキッと展開した。
「30秒? ……上等じゃん!」
彼女の背中の過剰駆動が唸りを上げる。
「アタシにとっちゃ、30秒なんて永遠みたいなもんだぜ? ……さあ、ダンスの時間だ肉塊どもッ!!」
「『迦楼羅』、起動……!」
リリカの背骨に埋め込まれた過剰駆動咆哮を上げた瞬間、世界の色相が反転した。重低音のような唸りと共に、時間の流れが泥沼のように引き延ばされる。飛び掛かってきていた生体兵器たちの爪が、空中で緩慢におよぐ。口から滴り落ちる粘液が、重力を失ったかのように空中を漂う。
現実世界の30秒。加速世界にいるリリカにとって、それは『遊び時間』だった。
「さてと……まずは一番ブサイクな奴から!」
リリカは床を蹴り、音のない世界を疾走する。最初の一体、右腕が巨大な杭に変異した怪物の懐に潜り込む。両腕の機巧鎌・蟷螂が、漆黒の軌跡を描いた。
ザンッ、ザンッ!
二閃。怪物の両膝の腱を正確に切断し、返す刀で首を跳ね飛ばす。本来なら血飛沫が舞うはずだが、この世界では赤い粒が空中に漂うだけだ。
「はい次!」
リリカは、倒れることさえ許されない怪物の死体を踏み台にして跳躍した。二体目、三体目。彼女は踊るように刃を振るう。ロマノフご自慢の強化筋肉も、キチン質の装甲も、高周波振動する機巧鎌・蟷螂の前では豆腐と変わらない。
しかし。
(……硬ってぇな。骨まで金属かよ)
刃から伝わる手応えに、リリカは口元を歪めた。ただの肉塊ではない。内骨格がチタン合金で補強されている。だがリリカの膂力と、『技術』による弱点看破の前には無意味だ。関節の継ぎ目、装甲の薄い首筋。彼女は的確に弱点を突いていく。
『残り15秒……』
脳内のタイマーがカウントを刻む。リリカが四体目をバラバラにした時、過剰駆動の稼働限界が近づき、視界の端が明滅し始めた。
「チッ、クールダウンかよ……!」
『迦楼羅』の接続が切れる。
ドォォォォン!!
堰き止められていた音が、爆発的に戻ってくる。切り刻まれた四体の怪物が、一斉に血を噴き出しながら崩れ落ちる音。悲鳴。肉が裂ける音。
「グオオオオオオオッ!!」
生き残った二体が仲間の死に激昂する。一体がリリカに突進し、もう一体が――防御の手薄になった早苗へと向かう。
「させねーよ!」
リリカはスライディングで敵の突進を回避しながら、『天之羽矢』を引き抜いた。ゼロ距離射撃。フルチャージ。
ズドン!!
リリカに迫っていた怪物の腹部に風穴が空く。だが、早苗に向かった最後の一体は止まらない。巨大な鎌のような腕を振り上げ、無防備な背中を晒してハッキングを続ける早苗へと肉薄する。
しかし、リリカは笑っていた。
(……へへっ、ここが見せ場だろ?)
彼女の脚が逆関節へと変形し、人間砲弾のように飛び出した。怪物の鎌が振り下ろされる、そのコンマ一秒前。
空中で銀閃が奔る。
リリカはすれ違いざまに、振り上げられた怪物の両腕を根元からスパンッ! と切り飛ばした。
宙を舞う凶器。
直後、リリカはダンッ! と重い音を立てて早苗と怪物の間へ割り込むように着地する。その着地の衝撃と遠心力を乗せたまま、彼女は『機巧鎌・蟷螂』を交差させ、無防備になった怪物の胴体を深々とX字に切り裂いた。
ドサッ。
怪物の巨体が、早苗のわずか数センチ手前で崩れ落ちる。
「……ふぅー。一丁あがりッ!」
リリカはブレードを振って血糊を払い、安堵の息を吐いた。
だが、その直後だった。
「ガ……ア……!」
切断されたはずの怪物が痙攣し、異常な再生能力で肉の繊維を繋ぎ合わせ始めた。断面から触手のような肉芽が飛び出し、リリカの足首を掴もうと蠢く。
「うげっ!? マジかよ、しっぶといなオマエ!」
リリカが舌打ちをして、トドメの一撃を加えようと鎌を振り上げた、その刹那。
ドォン!!
背後から放たれた一発の銃弾が、再生しかけた怪物の頭部を正確に粉砕した。脳漿が飛び散り、今度こそ怪物は完全に沈黙する。
リリカが振り返ると、そこにはニューラル・ラインを引き抜き、二丁拳銃を構えたままの早苗が立っていた。銃口からは微かな硝煙が立ち上っている。
「……29.8秒」
彼女はリリカを見上げ、無表情のまま言った。
「オーダー通りのタイムだ。それに、ボクの作業領域への敵性体の侵入はゼロ……よくやった、リリカ。完璧な仕事だ」
モニターのプログレスバーが100%に達し、緑色の文字が点滅する。『データ転送完了』
「へへっ、だろ?」
リリカはニシシと笑い、血まみれの手でピースサインを作った。
「アタシにかかりゃこんなもんよ……で、どう? アタシの株、上がった?」
早苗はリリカのその子供っぽい仕草を見て、ふっと小さく息を吐いた。それは、彼女にしては珍しい、肯定的な感情の表れだった。
「ああ。ストップ高だ」
早苗は懐からハンカチを取り出し、リリカに投げ渡した。
「顔を拭け。血でメイクが台無しだ」
「おっ、気が利くねぇ~! ありがとよ、サナエちゃん!」
リリカはハンカチを受け取り、ゴシゴシと顔を拭った。
「任務完了だ。撤収する……帰ったら、明部長に君の報酬アップを申請しておく」
「マジ!? やった! 今夜は天然寿司だー!」
リリカは天之羽矢を担ぎ、鼻歌交じりに歩き出した。
(リリカ・ヴォルコヴァ。不確定要素だが……その爆発力は計算以上の解を導き出す。……悪くない手駒だ)
二人は研究所を後にする。
死体の山を越えながら、リリカがふと思い出したように早苗の顔を覗き込んだ。
「ねえねえ、サナエちゃん。さっき株がどうこうって言ったけどさぁ」
「……なんだ」
「ビジネス・パートナーとして上場ってのは嬉しいけど、プライベート・パートナーとしてはどうよ?」
リリカは早苗の肩に馴れ馴れしく腕を回し、耳元で吐息混じりに囁いた。
「なんならアタシ、そっちの関係の方がウェルカムなんだけど? 君みたいなカワイコちゃんとなら、ベッドの上でも……戦場以上に『いい仕事』して、とろっとろに泣かせてあげる自信あるぜ♡」
あからさまな誘惑。粘つくような視線。
だが、早苗は一切動じなかった。彼女はリリカの腕を淡々と振り払うと、無機質な瞳で返答した。
「……言ったはずだ。君の戦闘能力と適応力は評価している、と」
「ん?」
「高い殺傷能力、そして生存本能。サカイの利益に貢献するリソースとして、業務上のパートナーとしてなら大いに歓迎する」
早苗はスタスタと歩き出し、背中越しに冷たく言い捨てた。
「それ以外の用途は非効率だ。却下する」
「うっわ、つれなーい! だがそこがいい!」
リリカは振られたことさえ楽しむようにケラケラと笑い、冷徹な少女の後を追った。




