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第87話 地下七階に行きたい!

仕事終わりに、勇斗はアンジェロと合流する。地下七階の隠しエリア探索について相談するためである。


 キメラ祭の翌日である。


 勇斗は朝から建築ギルドの仕事をこなし、夕刻になってアンジェロと合流した。


「今日はどこに行くの?」


 アンジェロの問いに、勇斗は少しだけ考える。

「今日はちょっと奮発して、漁り火亭とかどうだ?」


「いいねー。久しぶりだ」


 漁り火亭は、魚料理がメインの店である。

 名物の海鮮鍋は、鍋を囲んで具材を自ら煮立てる、日本スタイルであり、非常に人気があった。当然ながらそのレシピは、異世界からきた日本人から伝来されたものだろう。


 二人で歩きながら、漁り火亭への道をたどる。


「アンジェロは、今日も神殿の手伝いか?」


 勇斗が仕事のとき、アンジェロが何をしているかというと、救護院や孤児院など、神殿の管理する施設の手伝いをしているらしかった。ただ、給金はほとんど出ないので、ボランティアのようなものであるそうだ。


 うん、とアンジェロは頷いた。


「それで食ってけてるのか?」


「前のパーティで稼いだぶんがあるから、あと一年くらいは平気かな」


「どんだけ稼いでたんだよ!」


「王都周辺は、依頼の数も多いからね。難しい依頼となると報酬もすごいんだよ」


 どうやらアンジェロは、難しい依頼もこなせる、ハイレベルの冒険者だったようである。


「勇斗も、建築ギルドの仕事、長いよね」


「そういや、もう二年近くなるな。前の世界だと、肉体労働とか考えたこともなかったけど、やってみたら意外と向いていたみたいだ」


「体つきもしっかりしてきたよね」


「だな」

 と言って、勇斗は力こぶを作る。マッチョとまでは言えないが、そこそこの大きさである。


 勇斗は、にやりと笑みを浮かべて、アンジェロに言った。

「それにしても、アンジェロは細っこいな!」


 ふん、と鼻を鳴らしてアンジェロが答える。

「太けりゃいいってもんじゃないんだよ。僕の場合は、スピードと技のキレで戦うスタイルだから、余計な筋肉は邪魔になるの!」


「そうかぁ? 見ろ、この美しい筋肉を! これが欲しくないっていうのか?」


 勇斗は、言うほど付いているわけではない腕の筋肉を、うりうりとアンジェロに近づけて見せる。


「やめてよー!」

 アンジェロは顔を赤らめながら、いやいやをした。



 そうこうしているうち、二人はやがて目的地に到達する。


 漁り火亭は、人気の店ではあるものの、そこらの酒場と比べればちょっとだけお高い。そのためか、満席で追い返されるということはなかった。


 広い店内は、いくつもの小部屋に分けられている。一般的な酒場はオープンスペースだが、この店は珍しく、すべてが個室なのである。


 給仕が、そのうちの一室に、二人を案内した。

 据え置きのテーブルには、中央に魔道具のコンロが置かれている。


「海鮮鍋二人前と、果実水を二杯ください」

 椅子に座りながら、勇斗は早々に注文した。


 かしこまりました、と給仕が扉を閉めて出ていくと、アンジェロが言った。

「個室がよかったわけだね」


「そういうこと」

 勇斗はにやりと笑って答えた。


 これからする話は、あまり人に聞かれたくないのだ。他人に聞かれてしまうと、情報の価値が落ちる。そういった類の話である。


 アンジェロが声を潜めた。個室といえど、防音が効いているわけではないので、大声で話すわけにはいかない。

「昨日言ってた、地下七階の話だね」


「ああ。あそこには、おそらく隠しエリアがある」


 勇斗がそう思う根拠は、地下七階の踏破率である。

 冒険者ギルドで掲示されるランキングには、各パーティの到達階数、そして、その階の踏破率が書き出される。

 踏破率というのは、その階層のどのくらいの領域に足を踏み入れているかを示す指標である。ランキングに載ることを希望するパーティは、それぞれが制作した地図を冒険者ギルドに提出し、それによって踏破率を判定される。

 これまで、ランキングに載った各パーティの、地下七階の踏破率は、九十五%を越えることがなかった。百%にはなっていない。

 それが、勇斗の考える、地下七階に隠しエリアがあるという根拠であった。


「でも、ランキングに載っていないけど、地下七階の踏破率が百%のパーティがいるかもじゃない?」


「もちろん、その可能性はありうる」


 たとえば、地下七階の踏破率を百%にしたパーティが、同じ月にすぐに地下八階に行ってしまったとする。その場合、ランキングには到達階層の地下八階が記載され、地下七階の踏破率が記載されることはない。

 そして、そのようなパーティがいたかどうか、勇斗に知ることはできない。


 しかし――。

「賭けるには十分な可能性ではあると思う。リターンがでかいからな」


 なんといっても隠しエリアである。そこで見つかるものが、どのくらいの価値になるものか、想像もつかない。


「そもそも、これまで誰にも見つかってないんでしょ。僕らに見つけられるかな?」


「見つけられるように、魔法ギルドで手に入る探知系魔法を、一通り揃えるつもりだ」


「それって、結構お金かかるでしょ? 大丈夫?」


「昨今の建築ギルドの高賃金を舐めるなよ。俺だって、わりと貯めこんでるんだ」


 今、ベルモントの街は建築ラッシュである。ダンジョンの入場料がなくなったことにより、各地から冒険者が流れ込んできている。合わせて、需要を見越した商人なども増えていて、住居がまるで足らないのである。


 アンジェロは言った。

「探知系魔法で隠しエリアを探すのは、まあいいとする。問題は、遭遇する魔物とどう戦うかだよ。僕ら二人の実力じゃ、地下七階はきついと思う。ていうかその前の、地下五階、六階を突破するのもまあまあ厳しい……」


 勇斗たちの最大到達階層は、地下四階である。実力的にはもう少し潜れるが、それでも、地下五階レベルだと思われた。


「そこだけどな……」

 と勇斗が言ったところで、扉がノックされる。


 どうぞ、と声をかけると、二人の給仕が入ってきた。そのうちの一人は、持っていたグラスを置く。柑橘が香る、果実水である。

 もう一人がテーブルに置いたのは、スープの張られた小ぶりな鍋と、海鮮の盛られた大皿である。


 鍋を魔道具にセットしして、給仕が尋ねた。

「作り方はご存じでしょうか?」


「はい。大丈夫です」

 と勇斗は答えた。日本人なので、鍋物の調理はお手の物である。 


「では、火をお点けします」

 と言った給仕を、勇斗は手で制した。


「すみません。それもこちらでやります」


 それを聞いて、アンジェロは首を傾げたが、何も言わない。


「そうですか……。承知いたしました。ごゆっくりどうぞ」

 言って、給仕二人は、部屋から出た。


 アンジェロは言った。

「火くらい点けてもらえばいいのに」


「まあ、ちょっと待て」


 勇斗は、袋から数枚の紙を取り出した。テーブルの空いたスペースに、それを広げる。


「こいつを広げるのに、火気があるのは都合悪いからさ」


「これって……ダンジョンの地図だよね?」


 ああ、と勇斗は言って、にやりと笑う。

「地下五階と、地下六階の地図だ」


「えっ!? どこで手に入れたの!?」


 驚愕するアンジェロに、勇斗は自らの頭を、つんつん、とつついた。


 それを見て、アンジェロは、はっとする。

「そういえば、ギルバート伯のところにいた時、地下六階までの地図を見ていたんだっけ……? って、えっ? それ覚えてるの? 記憶だけで地図を複製したの?」


 アンジェロはぺらぺらと紙をめくり、驚愕の声をあげた。


「それも……こんな詳細に!?」


 勇斗にはそれができる。ゲームに関してのみ言うならば、勇斗はある種の天才である。


 地形の把握は、攻略の初歩である。だから、ギルバート伯に渡された地図は、読み込んで頭に叩き込んだ。たとえそれが、勇斗の行ったことのない階層であったとしてもである。


 勇斗は言った。

「この地図があれば、ひとまず地下七階までは行ける」


 アンジェロが、地図を見て首をひねった。

「でも、この地下六階の地図、完全じゃないよね? 下層への階段が描かれてないけど?」


「当時のギルバート伯のパーティは、まだ地下六階を探索しているところだった。地下七階には到達していない」


「じゃあ、階段の場所わかんないじゃん。どうやって地下七階に降りるの?」


 ふふん、と、勇斗は得意げに笑った。

「ここだ」

 と、地図の一点を指し示す。


 そこに書いてある文字を、アンジェロが読み上げた。

「ええと、罠あり……罠の種類は……落とし穴!?」


「な! ここに落ちれば、地下七階に行けるんじゃないか?」


「ちょっ、ちょっと待って! 落とし穴に落ちたら死んじゃうって!」


「地下六階で落とし穴に落ちたら、その先は地下七階だろ?」


「いやいや、なんでそうなるの?」


 ん? と勇斗は考え込む。

 言われてみれば、確かにそうである。アンジェロの言葉は正しい。


 勇斗の想定する落とし穴の罠は、ダンジョンRPGにおけるそれであった。ウィザードリィを初めとするダンジョンRPGにおいては、落とし穴に嵌ると下の階層の同じ座標に落ちることになるのが基本である。


 しかし、ここのダンジョンはゲームではない。お約束通りにいくかどうかは、試してみなければわからないのである。


 そう、試してみればいい。


「大丈夫だって。ダンジョンでは死なない。聖女様の奇蹟のおかげでな。だから、とりあえず現地に行って試してみればいい」


 お気楽な勇斗の意見に、アンジェロは苦い顔をした。


「まあ、試すのはいいけど……。落とし穴があるのは、地下六階でしょ?」


 言って、アンジェロは地下五階の地図を見る。

 上階である地下四階から降りてくる階段と、下階である地下六階に下りる階段には、かなりの距離がある。


「めっちゃ遠いし、地下五階の魔物と戦いながら行くとなると、かなり大変じゃない?」


 アンジェロの当然の疑問に、勇斗はにやりと不敵な笑みを浮かべた。


「ここを見てみろ!」

 と指し示したのは、地下五階の地図であった。


 そこに書かれた文字を読んで、アンジェロが呆れの表情を浮かべる。

「落とし穴……」


「そう。そこだと、地下四階から降りてくる階段にかなり近い。そして!」

 と言って、勇斗は地図をめくった。


「この落とし穴で地下六階に落ちることができるとしたら、落ちる場所はここになる!」


 勇斗の示す場所は、先ほどの、地下六階の落とし穴の近くである。


「落とし穴二連発で、すぐに地下七階にいけるって寸法だ! どうだ? めちゃくちゃショートカットできるだろ!?」


 喜色満面の勇斗に、アンジェロがため息をついた。

「勇斗って……やっぱり変だよね」


「はぁ? どこがだよ?」


「そんなこと考える冒険者なんていないよ! 罠は避けるもので、自分から嵌りに行くなんて意味わかんない!」


「いやいや。ギミックをどう使うかは、プレイヤー次第だ。ギミックを置いたやつの意向に従う必要なんてねーよ」


「だね」

 とアンジェロは頷いて、笑った。

「宝箱の転移の罠だって、勇斗は武器にした。だから、これもそうなんだ」


 アンジェロが言ったのは、かつて勇斗がゲイルという粗暴な冒険者を撃退したときの話である。


「異世界人だからかな? 発想が僕らとは違う」


「そうかもな」

 勇斗は頷いた。

「で、どうする? やってみるか?」


「うん。やってみる価値は十分にあると思う」


 アンジェロの答えに、勇斗は満面の笑みを浮かべた。


「よし! そうと決まれば、腹ごしらえだ!」


「うん! 僕もうおなかぺこぺこだ!」


 それから二人は、漁り火亭名物の海鮮鍋を、大いに堪能したのであった。

遅れてすみません!

次回更新は11/7の予定です。

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