第80話 冒険者になる!?
冒険者としてダンジョンに潜ると言う玲子に、水谷と北条は戸惑う――。
「冒険者になるだぁ!?」
水谷の話を聞いたカレー屋の大将――木下は、 素っ頓狂な声をあげた。
「そうなんですよ!」
スプーンを片手に、水谷は言った。
左手には、お冷ではなく、エールのジョッキが握られている。
「それも、レベルデザインをするために必要だっていうんですよ。ありえないでしょ!」
「レベルデザイン? ってなんだ?」
答えようとして、水谷は口を噤む。説明しようとすると、水谷らがダンジョンの作り変えができることを話さねばならない。そのことは、木下にはまだ秘密である。
「えーっと、その。要するに、ダンジョン運営の仕事に必要だからって言うんですよ! だからって、僕らみたいな素人が、急に冒険者の真似事なんてできるわけないじゃないですか!」
言って、右手のスプーンでカレーソースの絡んだカツを一切れ口に放り込み、左手のエールで流し込んだ。
ぷはーっと、大きな息が漏れる。今日も今日とて、木下のカツカレーは美味い。エールにもよく合う。
「それで、おまえさん、今日は飲んだくれてるんだな」
木下は、水谷の座るカウンター席に目をやる。そこには、エールのジョッキが山をなしている。
「それにしても、顔色一つ変わらないんだなぁ……」
と呆れたように言った。
「体質的に強いみたいなんですよ……」
水谷は、不機嫌さを浮かべながら言った。
「……今日は酔いたい気分なのに!」
「仕事の愚痴は、酒で吐くのが一番さ」
言ってから、うんうん、と木下は頷いた。
「って、今の、ちょっと呑み屋のオヤジっぽくなかったか?」
がははと笑った。
「……おかわり」
と水谷は言った。
「……どっちだ?」
横目で睨むようにして、木下は尋ねた。
「どっちもです!」
水谷は、空になったジョッキと、カレーの皿を、木下に突き出した。
「一体、どこに入るんだか……」
言いながら、木下は、少年の姿をした水谷を見やった。
一方そのころ、城の食堂では――。
「やっぱり、どう考えても無茶じゃない?」
「なにがよ」
「俺たちが冒険者になるってやつ。下手したら死ぬかもでしょ?」
懸念を表明する北條に、玲子は軽く答えた。
「そこは蘇生術があるから大丈夫!」
北條は渋面を浮かべる。
「あれだって、ゴブリンが蘇生されちゃうバグがあったじゃん。信用できるわけ?」
「今のところ、蘇生に失敗したって話はないでしょ。信用してもいいんじゃない?」
「蘇生が問題なかったとしてもさ。死ぬときは死ぬくらい痛いわけじゃん。きついって」
「うーん、じゃあ、北條は冒険者やるの、やめとく?」
「……それで、玲子ちゃんはいいわけ?」
「無理強いはできないし。できれば、自分たちが作ってるものを、皆で体験しておくに越したことはないけど」
「いや、ダンジョンはゲームじゃないじゃん。わざわざ冒険者の真似事までしなくても……」
「ゲームよ」
と玲子は言い切った。
「少なくとも私は、このダンジョンをゲームにしたい。誰もが楽しんで、冒険できるところにね。言ったでしょ。ここで私は、ファントム・サーガをリメイクするって」
「でも、レベルデザインのために、命まで懸けるわけ? そこまでレベルデザインって必要?」
「レベルデザインは必須。現代のゲームだけじゃない。デジタルゲームが生まれたときから、私たちゲーム開発者は、レベルデザインをし続けてきた。アーケードでは、プレイ時間をコントロールするため。コンシューマでは、プレイヤーにルールを習熟させるため。私たちはレベルデザインを武器に、プレイヤーをゲームの虜にしてきたの」
そこで玲子は、ゆっくりと水を飲んだ。そして続ける。
「私の私見、っていうか天城さんの薫陶だけど、ゲームの面白さの本質は、成長にあるのよ」
「成長?」
「そう。シューティングゲームなんかは、プレイヤー自身のプレイスキルが成長することが、面白さの本質にある。RPGにおいては、レベルアップなんかの、プレイヤーキャラクターの成長が、面白さの本質」
「確かに、そうかも」
「つまり、成長するから、ゲームは面白い。というよりか、成長が実感できるから、ゲームは面白いの。現実だったら、自身が成長しても、それをすぐに実感できることは少ない。でも、ゲームはそれを、いろいろな手段で実感させるようにできているの。以前より先のステージに進めたり、わかりやすくレベルっていう数字が増えたり。つまりゲームは、常にプレイヤーを褒めるようにできているのよ。成長して、それを褒められるのは、快楽。だからゲームは楽しい」
「なるほど」
「でも、今のダンジョンにはそれがない」
と言って、玲子はため息をつく。
「ランキングじゃダメなの?」
「悪くはない。一応、到達階層っていう成長の道筋は提示できてるし、わかりやすい報酬で、ゲームサイクルの態は為している。ただ、一か月サイクルだと、ちょっと長すぎるの。もっと短いスパンで成長と成果を実感させたい。せめて、一回の探索ごとに、成果を実感できる程度には」
「現状のダンジョンだと、確かにそれはないかもね……」
「それに、現状のダンジョンは、不親切すぎるのよ」
「不親切?」
「ダンジョンの階数が進むごとに、敵が強くなるらしいのは悪くないわ。でも、それに伴って冒険者が成長していかないと、どこかで次の階に進めなくなってしまう。そこで離脱が起きてしまうわ」
「まあ、ゲームじゃないから、そうなるよね」
「だから、冒険者が成長する仕組みを、私たちで用意しなきゃなの。そのためには、レベルデザインが必要なのよ。プレイヤーの成長を促して、成長を実感させて、成果を褒める。それができているのが、良いゲームの条件。私は、ゲームサイクルと、レベルデザインを再設計することで、ダンジョンをもっと面白い環境に変えていきたいの」
「なるほど」
と言って、北條は嘆息した。
「レベルデザインが必要なことは理解できた。そのためには、現状のダンジョンを知る必要があるってこともね」
もう一度、北條は大きくため息をつく。
「仕方ない。玲子ちゃんだけダンジョンに行かせるわけにはいかないもんね。付き合うしかないか」
「ありがとう」
と言って玲子は破願する。
北條は言った。
「でさでさ。玲子ちゃんは聖女だから、僧侶とかの回復役じゃない? で、水谷君は魔法使いなわけじゃん。俺は何にしようかなぁ~?」
「そうねぇ。このパーティ構成だと、できれば前衛が欲しいところね」
「じゃあ、戦士? 一応、大学時代はフェンシングやってたけど」
「刺突武器!? 戦士っぽくないわ!」
「モンスター相手に通用するかな?」
「あんまりしなそう……」
うーん、と考え込む玲子たちであった。
今回で第二部完になります!
閑話を挟んで、第三部「レベルデザイン篇」に入る予定です。
次回更新は、8/22(金)になります。




