第79話 冒険者アラート発令!
ダンジョンの監視システムから、初めてのアラートが発令される――!
「冒険者アラート、コード6。地下五階以降で、二時間以内に下層に移動した冒険者がいます」
男性とも女性ともつかない声が、交信珠から発せられた。それは、実際の音ではなく、玲子の頭の中に響いている。
声は、同じ内容のメッセージを、三度繰り返した。水谷の組み込んだ、ダンジョンのアラート機能である。
玲子の指定した条件に引っかかる冒険者がいた場合、交信珠を使って自動的に通知をする仕組みであった。
休暇の予定で、昼近くまで惰眠をむさぼっていた玲子は、慌てて起き上がる。
「うっそでしょ……!」
思わず呻いた。
地下五階以降は、トップレベルの冒険者でも、階段間の踏破に三時間はかかる難所である。それが二時間以内となると、何らかの特殊な手段を用いているとしか思えない。
コード6は、万が一、そのような特殊な手段をとられることを考慮して、念のために入れておいたものなのである。
「それがまさか、発令することになるなんて……」
飛び起きた玲子は、ベッドを下りて隣室に向かう。
そこには、メイドのハンナが、薄い本を片手に座っていた。
「あら、レーコ様。もうお起きになられましたか」
言って、ふふっと笑う。
「今日は寝れるだけ寝る、って仰ってましたのに」
「ハンナ、それどころじゃなくなったのよ。急いで着替えて出るわ」
「あらまあ。ではすぐにお仕度しますね」
玲子は急いで着替えを済ますと、交信珠をバッグに放り込んで、自室を飛び出した。
水谷の部屋の扉をノックをすると、扉が開いて、メイド服姿のサビィが顔を出す。
サビィは水谷付きのメイドである。
「あら、レーコ様。何か御用でしょうか?」
「水谷いる!?」
「ええ。まだお休みなっているかと思います」
ふふふ、と笑って言った。
「それはもう、天使のような寝顔でございますよ」
玲子はそれを想像して、頬が緩みかける――が、すぐに気を取り直した。
「ごめん。申し訳ないんだけど、すぐに起こしてもらえるかしら? 緊急事態っぽいのよ」
「えっ! わかりました!」
サビィが言って、踵を返した、そのとき――。
「ふわぁ~。どうかしましたか?」
奥から、あくび交じりの声がした。水谷のものである。
「水谷! 冒険者アラートが発令されたわ。コード6。すぐに状況を確認したい」
「えっ! コード6!? ほ、本当ですか?」
すっかり目が覚めたようである。
「とりあえず、部屋に入ってください。すぐに状況を確認しましょう」
「ああっ、ナオト様! せめてお召替えなさってから……」
直人は水谷の下の名前である。
こいつ、メイドに下の名前で呼ばせてんのね……と思ったが、玲子も同じことをしていることに気づいて、言葉を飲み込む。
「いえ。状況が状況なので、このままで。すみません」
水谷は可愛らしいパジャマ姿である。髪も寝癖がついている。かわいい。
玲子がそんなことを考えているとは思ってもいないであろう、水谷は真剣な表情で、地図魔法を発動した。続けて、監視魔法を起動する。
「モニター・ダンジョン!」
中空に浮かび上がった映像には、二人の少年が映っていた。
小柄で中性的な赤毛の少年が、床にぺたりと座り込んで、安堵の吐息をついている。
もう一人の、どことなく日本人を思わせる黒髪の少年は、得意げに胸を反らしていた。
「な! 浮遊魔法でいけただろ!」
得意満面に勇斗は言った。
アンジェロは、げっそりとした表情で、大きなため息をつく。
「また死ぬかと思ったよ……」
「地面に近づくにつれて浮遊魔法の効果が強まるみたいだな。ま、想定通りだ」
まったく想定通りではなかったが、勇斗はそう言った。
浮遊は、あくまで浮遊であって、飛行ではない。地面から少し浮かぶ効果しかないのである。
したがって、地面付近では効果を強く発揮するのだが、落とし穴に落ちた瞬間は、ただの自由落下にしか過ぎなかった。
正直、勇斗自身も死にそうに思ったのである。
はあ~~~、とまた大きくため息をついてから、アンジェロは尋ねた。
「で、ここは地下六階なの?」
勇斗は周りを見回してから、大きく頷いた。
「地図の通りの地形だ。地下六階で間違いない」
「地下五階の落とし穴の、真下ってこと?」
「ああ。狙い通り――な」
勇斗は笑みを浮かべて言った。
この世界の落とし穴も、下の階層の、同じ座標に繋がっていたのである。
と、いうことは――。
「次は地下六階の落とし穴だ。そこで狙い通り落ちることができたら、あっという間に地下七階に到達ってわけだな」
勇斗は自信ありげに、笑った。
「ちょちょちょ、ちょっと待って! 落とし穴ショートカット!? まじで!?」
二人の会話を聞いた玲子は、驚きで声を上げる。
落とし穴を使ったショートカットは、シングルプレイのダンジョンRPGでたまに見られる行為である。開発者側が、それを意図して落とし穴を置いていることもままある。
ただ、このダンジョンの開発者――誰であるかはわからないが――は、これを想定していないであろう。
水谷は難しい表情を浮かべながら、うーんと唸った。
「チート……とまでは言えないですけど、かなり想定外のアクションですね」
水谷の言葉に、玲子も頷いた。
「そうね……。まさか冒険者が、こういう搦め手を使ってくるとは思ってなかったわ……」
「確かに、ゲーマーっぽい発想です」
頷いて言ってから、水谷が尋ねた。
「で、どうします? たぶん、対策はできなくもないです」
今度は、玲子が唸る番であった。
「うーん、さっき水谷が言ったように、チートとまでは言えない……。彼らも、それなりのリスクを取ってやっているものだし……攻略法の範疇と言っていい……いいのかしら?」
玲子が悩んでいる間にも、若い二人の冒険者は、ダンジョンを進んでいたらしい。
ここだ、という声が、映像から聞こえてきた。
見た感じ、ただの通路に見えるそこに、いくぞ! という気合の声と共に、二人が飛び込む。
二人の身体は床をすり抜けて――見えなくなった。
水谷が慌ててマップを操作する。
地下七階に切り替え、そこにあるマーカーに触れると、ふたたび呪文を唱えた。
「モニター・ダンジョン!」
ぱっと映像が切り替わる。そこには、先ほどの二人が映っていた。
玲子は苦笑しながら言った。
「地下六階から七階へのショートカットも成功ってわけね」
「地下六階は、落ちてきた場所から、七階へ落ちる落とし穴までの距離が短いみたいですね」
「滞在時間、十分くらい? あっという間じゃん」
うーん、と玲子は考え込む。
落とし穴ショートカットを塞ぐ方法は、水谷がどうにかできると言っている以上、ひとまず考えなくてよい。
考えるべきは、これを塞ぐべきかどうか、である。
まず考慮すべきは、クレームリスクだ。
ショートカットを出来なくしたとき、ユーザー――すなわち冒険者からのクレームがどのくらい来るか、それによって運営にネガティブな影響が起こりうるか、である。具体的には、運営するサービス――ダンジョンからの離脱である。
玲子は、現状、クレームリスクは低いと判断する。
若い二人の冒険者の、浮遊魔法でいけた、という会話から察するに、何度か試みているようではあるが、成功したのは今回が初であろう。彼ら自身が発案したものかはわからないものの、他に同じようなことをしている冒険者が多くいるとは考えにくい。
それがひっそりと修正されたとしても、クレームを入れてくる冒険者はほとんどいないだろう。
だから、修正することにあまりリスクはない。
ないのだが――玲子はこの行為を、面白いと感じた。
ゲーム開発、運営にとって、面白いは正義である。
もちろん、落とし穴ショートカットが蔓延するような状況になれば、対策も必要になるだろう。
皆がそれをやると、地下六階はただの通過点――しかも十分で通過できる――になってしまう。それは、単純に面白くない。
ただ、今のところは――。
「見逃しましょう。面白いじゃない」
玲子は言った。
「ユーザーの発見を片っ端から潰しちゃうのは、いい運営とは言えないわよね?」
「うーん……ですが、もしこの方法が蔓延してしまってから、修正しますってなると、クレームリスクが高くなりそうです……」
「それはそうなんだけど、この世界は元の世界と違って、情報が広がりにくいじゃない。攻略wikiがあるわけじゃないしさ」
「たしかに。冒険者の間では、情報は秘匿される傾向にあるみたいですし」
「うん。というわけで、ひとまず様子を見ましょう」
玲子の言葉に、水谷も頷く。
こうして、勇斗たちの発見した落とし穴ショートカットは、ひとまず運営から目こぼしされることになったのである。
次回更新は12/27予定です。




