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第79話 ゲームサイクルとは何でしょう?

ユーザー離脱の対策を練る玲子たち。玲子は、ゲームサイクルの必要性について、皆に説明する。

 玲子の呼びかけを受けて、運営メンバーの皆が会議室に召集された。


 北條が尋ねた。

「ユーザーの離脱って、どういうこと?」


 玲子はこれまでの経緯を説明する。

 一部の冒険者が地下九階に到達したことで、あきらめた冒険者が出てきたこと。あまつさえ、貴族の一部も諦め始めたこと。

「要するに、問題点はひとつ。ユーザーモチベーションの設計ができていないことよ」


 玲子の言葉に、北條がすぐに返した。

「ていうか、設計してないよね」


 ぐっと玲子は言いよどむ。

「……とりあえず、ダンジョンに魔王を打倒するという大目標があったから、当面はそれで保つと思っていたのよ……」


 北條は呆れたように玲子を見る。

「でも、ちょっと問題を放置しすぎじゃない?」


「それはそうだけど! そうなんだけど! インゲームに手を付ける余裕がなかったから、延び延びになっちゃってたの……」


「まあ、そうか。インゲームの改修もセットで考えないとどうしようもないもんね」


「アウトゲーム、特に課金アイテムの開発が中心になっちゃったから……」


 アルスが手を挙げた。

「すみません。その、インゲームとか、アウトゲームとかいうのは、どういったものでしょう?」


「そうか。あの時はまだ、アルスもフェリスもいなかったんだっけ」

 以前、インゲーム、アウトゲームの説明をしたのは、アンドリューに対してであった。


 アンドリューが、こほんと咳払いをする。

「正直、私もうろ覚えですな……」

 と、申し訳なさそうに言った。

「しかし、その、インゲームやらアウトゲームやらが、冒険者のモチベーションと関係あるのですか?」


「あるわ。要は、ゲームサイクルが成立していないことが問題なのよ」


「ゲームサイクル? 先日もそのようなことを仰っておられましたが……」


「そう。ユーザーのモチベーションを継続させるには、ゲームサイクルが回ることが必要になるの。いま、ダンジョンにはそれがない」


 アルスが尋ねた。

「その、ゲームサイクルというのは、どういったものでしょうか?」


 そうね……と玲子は考える。

「今回も狩猟を例にとって説明してみようかしら」


 ふむ、とアンドリューは頷いた。

「言われてみれば、昔そのような説明を聞いたような気がします」


「駆け出しの猟師がいるとします」

 と、玲子は言った。

「狩猟を始めるにあたって、彼はまず装備を用意する。始めたてで資金のない彼は、まず安価な木の小弓を用意することにする。ここは、アウトゲームの部分」


 アルスが尋ねた。

「アウトゲーム?」


「私たちがイメージする狩猟の主要部分――要は、獣を追って、狩る――その部分を、私たちはインゲームと呼んでいる。そして、それ以外の、狩猟の準備に当たる部分なんかを、アウトゲームと呼んでいるの」


「なるほど」


 アルスがひとまず頷いたのを見て、玲子は続ける。


「彼は、用意した装備で狩猟に行く。ただ、小弓だから、射程もないし殺傷力も低い。大型の獣を狙うことは難しいから、ウサギや鳥なんかの小物を狙うことになる。それで、首尾よく、ウサギを仕留めて帰ってくる。ここは、インゲームに当たる部分ね」


 皆が頷いた。


「猟師は、狩ってきたウサギを解体して、皮と肉を市で売って、お金を手に入れる。狩りの後処理ね。ここもまた、アウトゲームに当たる部分」


 皆が理解していることを確認してから、玲子は続ける。


「ウサギでは、大した儲けにはならないかもだけど、これを幾度か繰り返していけば、猟師はまとまったお金を手にすることができるでしょう。そこで猟師は、新しい装備を購入することにする。そうね……大弓にしましょうか。狩りにも慣れて、技量も上がっているから、使いこなせるわね」


「まあ、大丈夫でしょう」

 と、アンドリューが頷いた。


「大弓であれば、それなりの射程と威力が担保できる。猟師は、新しい獲物に挑むことになるでしょう。鹿とか、猪とか。たぶんウサギより、効率的に稼げるからね」


「なるほど」


「猟師は狩猟を続けて、次はクロスボウなんかを手に入れたりして、より難易度が高く、しかし、より稼ぎが良い獲物にステップアップしていく。このサイクルが――すなわち、ゲームサイクルなの」


「なるほど。それは理解できます」

 とアンドリューは頷いた。


「しかし、それは冒険者でも同じことではないでしょうか。低難度のクエストから始めて、その稼ぎで装備をより良いものに換え、より難易度の高いクエストに挑戦していく。普通のことではありませんか?」


「その通りね。それが、他の街の冒険者であったなら……。でも、ここベルモントの冒険者は、そうじゃないわよね」


 玲子の言葉に、アンドリューが唸った。

「つまり、ダンジョンでは、貴族と契約していない冒険者は、稼げていないということでございますね……」


「そう。ダンジョンにおける彼らの収入源は、魔物から剥ぎ取れる素材くらいしかないの。それも、冒険者が増えて余り気味なせいか、あまり高くは売れないわ。これが諸悪の根源よ」


 はぁ、と玲子はため息をついた。


「インゲームでリソースを入手する。入手したリソースを消費して、アウトゲームで自身を強化する。そして、より高難度のインゲームに挑む。基本的な、この流れができていないから、ゲームサイクルが回っていないわけ」


「この、ゲームサイクルというものと、冒険者のモチベーションには、どのような関係があるのでしょう?」


「ゲームサイクルは、期待で成り立っているのよ。装備を更新すれば、もっと大きい獲物を狩れるだろうという期待。大きい獲物を狩れば、もっと稼ぐことができるだろうという期待。もっと稼げれば、よりよい装備を買えるだろうという期待。前にも言ったけど、モチベーションというのは、期待に左右されるの。将来に期待できなければ、モチベーションは続かない」


 水谷が言った。

「だから、ゲームサイクルを構築しないといけないわけですね」


「そういうこと」


 北條が尋ねた。

「ダンジョンで手に入るリソースって、要はお金だよね?」


「基本的には、そうね」


「ダンジョンを、一般冒険者でも儲かる形にできたりしない?」


「難しいわ。ゲームと違って、私たちはお金そのものを発行することができないのよ。聖女の石をお金のように扱ってはいるけれど、それはダンジョン内でしか流通させられない。神殿に怒られちゃうから……」


「それじゃあ、その聖女の石を使って、ゲームサイクルが回るようにできないかな?」


「できる」

 と玲子があっさり言ったので、北條は驚いた。


「できるの!?」


 玲子はそれに、頷きながら言った。

「簡単なことよ。私たちが、冒険者の装備を、聖女の石で販売すればいい」


 なるほど……と言って、北條は顎に手をやった。

「ダンジョンに潜る、聖女の石を獲得する、聖女の石でよりよい装備に更新する、より深く潜る……って感じになれば、一応、ゲームサイクルが回る形にできるわけか」


「その通り。できれば、装備を更新するところを、ガチャにできればいいんだけど……」


 水谷が言った。

「なるほど。そうなれば、一般的なソシャゲのゲームサイクルと同じになりますね」


「あとは、ダンジョン探索で手に入るリソースを、聖女の石以外に作る、ってことも考えたい」


「えっ、何を作るんですか?」


「経験値とレベルよ」


 ええっ!? と、水谷と北條が驚く。

「どうやるんですか!?」

「この世界には、レベルもステータスもないんでしょ!?」


「ないわ。ないから、作るのよ」


 北條が尋ねる。

「だから、どうやって?」


「フェリス、あなた、身体操作魔法が使えるでしょう?」

 かつてフェリスは、アンドリューたちと冒険していた際、身体操作魔法を使用していたのである。

「肉体の強化はできるかしら?」


 玲子の問いに、無論じゃ、とフェリスが胸をそらす。


「それじゃあ、ダンジョンの魔力を使って、冒険者の肉体強化をすることもできる?」


 ふむ、とフェリスが首を傾げ、それから頷いた。

「おそらく、できるであろうと思う」


 玲子は、それに頷いてから、皆に説明する。

「つまり、レベルに応じたバフ――強化魔法を、冒険者に付与するの。冒険者は、モンスターを倒すことで、経験値を得る。経験値がたまれば、レベルアップする。レベルが上がれば、冒険者は、強化魔法で強くなるというわけ」


「なるほど! それであれば、疑似的にレベルシステムを実装できますね」


「でしょ? ダンジョンに潜ってモンスターを倒せば、レベルが上がって強くなる。強くなれば、もっと深いところも探索できるようになる。これで、もうひとつのゲームサイクルが回せるようになるわ」


 北條が言った。

「いいね。いけるんじゃない?」


 玲子はそれに頷きつつも、眉根にしわを寄せる。

「ただ、新しい装備を作るにしても、レベルを実装するにしても、ひとつ大きな問題があるのよね……」


「問題? どういうこと?」


「レベルデザインができない。広義のほうのね。冒険者が、ある階層をクリアするにあたっての、適正レベルであったり、そのときの装備の強さであったりを、私たちがある程度、想定できなければならない。今やろうとしている、新しい階層を作るにあたっても、同じこと」


 レベルデザインという語は本来、階層やステージをデザインすることを指す。しかし、日本の開発現場においてはしばしば、経験値配分や、アイテムの強さなど、プレイヤーにまつわるパラメータをデザインすることも範囲に含まれる。玲子の口にした、広義のレベルデザインというのは、後者のことである。


 北條が尋ねた。

「レベルデザインが、できない? できていないじゃなくて、できない?」


「そう。何故なら、私たちは、ダンジョンのことを知らない。どの階層に、どんなモンスターが出て、それがどんな強さで、どの程度の強さの冒険者が、どの程度の装備なら勝てるのか」


「言われてみれば、確かにそうかも」


「レベルデザインができなきゃ、どんな装備を作ればいいかもわからないし、レベルも設計できないわ。だから、私たちは、改めてダンジョンのことを知らないといけない」


「どうするの?」


「ダンジョンに潜る。私たち自身が、新米冒険者として、ダンジョンに挑むのよ!」

次回更新は8/19(火)です。

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