第78話 運営失敗!?
トップパーティが地下九階に到達した影響は、他のパーティにも広がっていく――。
「最後通牒ってわけですか?」
苦々しげに、ハンソンはつぶやいた。
対面に座るルミナス伯が、うむ、と重々しくうなずいた。
「おぬしらの慎重さは、美点ではある。しかし、戦においては時に、無謀ともいえる蛮勇が求められるのだ。今がその時である!」
「つまり、一刻の猶予もないと、ルミナス様はお考えで?」
「無論だ」
とルミナス伯は言った。
「おぬしも今月のランキングを見たであろう。ギルバート伯のパーティが地下九階に到達した。神殿騎士どもも、それに迫る勢いである。それに対して、おぬしらはどうだ?」
ルミナス伯は、テーブルを掌で叩く。ばあん! と大きな音がした。
ハンソンはひっそりと苦笑する。
「まだ地下八階であろうが! その八階の踏破率も、神殿騎士どもに抜かれておる!」
「ようやく地下八階の魔物相手の戦術が構築できたところでしてね。これから一気に巻き返しますよ」
「一気に、とは?」
「今月中には、地下八階の踏破率を八十……いや、九十くらいにはできるかと」
「それでは遅いのだ! もはや地下八階の踏破率は考えずともよい! 一刻も早く地下九階に入り、そこを攻略せねば!」
「やはり、九階ですか……」
八階の魔物でも、ハンソンたちにとっては格上である。それを、熟達したパーティの連携で、どうにか撃退しているのが現状だ。
それなのに、地下九階か……。無謀にもほどがあるだろう。
「最低限、ギルバート伯のパーティと、肩を並べねばならん。それができねば、このままダンジョン探索を続行することは、無意味である」
ルミナス伯はそう言い切った。
「無意味、と言いますと?」
「魔王討伐の望みがない以上、おぬしらを雇う意味はないということである」
ルミナス伯は、その言葉を、再度、口にした。
ハンソンは言った。
「俺たちを解雇して、どうなさるんで? 他のパーティを雇うんですか?」
ルミナス伯は首を横に振った。
「そうなれば、吾輩はダンジョンから手を引く。おぬしら以上のパーティを雇い入れることなど、もはや叶わぬだろう。吾輩はおぬしらを買っておるのだ」
そいつは――と、ハンソンは苦笑した。
「嬉しいことを言ってくれますね……」
つまりは、一蓮托生ということである。
雇い主にそこまでの覚悟があるということならば、応えざるを得まい。
ハンソンは嘆息して言った。
「少しだけ、無理を通してみますかね」
たのむ、と言って、ルミナス伯が深く首を垂れた。
貴族から最後通牒を突き付けられたのは、ハンソンたちのパーティだけではない。同じような話が、そこここであった。
ハンソンたちのように挽回の機会が与えられたのは、まだいいほうである。
ランキングに一度も載ったことのないような泡沫貴族の一部は、そのまま冒険者を解雇して、ダンジョン探索から手を引いてしまったのである。
ダンジョンに入場する冒険者の急激な減少と、課金アイテムの大幅な売り上げ低下。そのアラートは、現場からすぐにアンドリューに伝えられた。そしてアンドリューから、玲子たちへと伝わる。
それを聞いた玲子は、頭を抱えた。
「危惧していたことが起きてしまったわ……」
「いったいこれは、どういうことでしょうか……?」
アンドリューは困惑顔である。
「急激なユーザーモチベーションの低下。それに伴う大量離脱……」
玲子はため息をついた。
「典型的な、運営の失敗ね……」
「モチベーションの低下というのは、どういうことですか?」
「今回のことで言えば、ランキング首位の冒険者が、地下九階に到達したことが引き金になった。自身でダンジョン攻略することが無理と思った冒険者たちが、ダンジョン探索を続ける意欲を失ったの」
「なんと!?」
「それだけならまだよかった。アルスくんが酒場で聞いた噂によれば、一部の貴族が同じようにやる気を失ってしまった。雇っていた冒険者を解雇して、ダンジョン探索から手を引いてしまったみたい……」
「まさか、そんなことが!?」
「考えてみれば、当然の結果よね。そもそもが、彼らのモチベーションは、ダンジョンを一番に攻略することにしかなかったんだもの。それが達成できそうにないから、もうやめる。当然のことだわ」
「いや、しかし、そんな……」
アンドリューが納得いかないといった態で口ごもる。
そんなアンドリューに、玲子は問いかけた。
「人が何事かを継続的に続けていくためには、何が必要だと思う?」
アンドリューは首をひねる。
「……なんでしょう? わかりかねます」
「期待――よ」
と、玲子は言った。
「期待――でございますか?」
「そう。これを続けていれば、将来いいことがある、っていう意味での期待。もっといい仕事にありつけるかもしれないから勉強する、鍛錬する。ゲームだったら、今後もまた面白い体験ができるだろうっていう期待。それが、続ける理由になる。でも、ダンジョン探索は……」
アンドリューが言葉を継いだ。
「……魔王を倒して、英雄になれるかもしれない。王より褒賞を賜れるかもしれない」
そう、と玲子は頷く。
「それが貴族や冒険者がダンジョン探索に抱いている期待なの。その期待を持てなくなった人たちが、今、離脱を始めた」
「一体、どうすれば……?」
「まずは、すぐにでも噂を流す」
「噂とは?」
「ダンジョンの最下層が、地下十階ではなくなったらしい。どうやら、魔王軍がダンジョンを拡張したようだ――ってね」
「なるほど……」
「まだ挽回の機会があると思わせる。冒険者や貴族の期待を維持するには足りないと思うけど、今すぐにできることはこれしかない」
不安げにアンドリューが言った。
「それで、どうにかなりますか?」
「多少は期待を維持できると思う。でも、根本の問題は解決していないわ……」
「根本の問題とは?」
「ユーザーモチベーションの設計が良くなかった。魔王討伐しかモチベーションになっていない、現状のままだと、いずれまた同じ問題が起こる」
「しかし、どうすれば……?」
「ゲームサイクルを設計します」
「ゲームサイクル?」
首をかしげるアンドリューに、玲子は言った。
「緊急会議を実施するわ。皆を集めてくれる?」
次回更新は8/16(土)です。




