第75話 地下八階で見つかったもの
夕食の席で玲子は、聖騎士ヒョードルから聞いた話を運営メンバーに伝える。
夕食の席である。
運営チームは、時間が合えば、皆で食事をとることにしている。
どうせ食事はとらねばならないので、ついでに情報交換をしてしまおうという目論見である。
ベルモントの領主であるアンドリューはさすがに難しいとしても、城住みのメンバーはだいたい揃って食べる。チームメンバーで唯一、城に居住していないメルルは、偶の参加になるが、今日は夕食の席についていた。
「てなことがあったのよ」
と玲子は言って、水を一口含む。
昼間に神殿で会った聖騎士ヒョードルの話を、皆にしているのである。
「え!? もう地下八階に行ってるの!?」
やはり、北條も玲子同様に驚いた。
「五月頭のランキング発表では、地下七階だったよね? それから、まだ十日やそこらじゃん」
スープに浸したパンを頬張りつつ、玲子は頷く。
口の中のものを、飲み込んでから言った。
「そうなのよ。ちょっと攻略スピードがやばいわ」
「やばすぎますね……」
と水谷も言った。
水谷はメインの食事をすっかり食べ終えて、デザートを食べながら、コーヒーを飲んでいる。
「それで……」
と、玲子は言った。
「冒険者の監視を強化したいのだけど、いい方法はないかしら?」
「監視を強化? どういうことです?」
「私たちが、冒険者の進捗を知ることになるのって、毎月のランキングよね。月に一回しか確認できないんじゃ、迅速な手を打ちづらいと思わない?」
「それはまあ、確かに」
「じゃあダンジョンマップで確認すれば、って話だけど、四六時中マップを見ているわけにもいかないわ。何らかのアラートが届いたときに見る、っていう形になるのが理想なのよ」
「なるほど」
「それに、今のダンジョンマップでは、冒険者がマーカーの形で見れるけど、その冒険者が誰かっていうのはわからないわよね。それだと、対策が立てづらいの」
「それは……そうですね」
「要件をまとめると……」
と玲子は言って、テーブルに置かれた紙束――簡易のメモ帳である――を取る。食事中でもメモが取れるよう、インク壺とペンと共に常設してあるのである。
玲子は、次のように日本語で記述する。
目的:冒険者の状況をリアルタイムに把握し、状況に迅速に対応できるようにする
要件1:冒険者のリアルタイム監視をできるようにする
要件2:冒険者の識別ができるようにする
要件3:常時監視しなくていいように、特定条件でアラートが飛ぶようにする
実装方法:おまかせ!
「はい、水谷。よろしく!」
言って、記入した紙を水谷に手渡した。
受け取って眺めると、水谷がにやりと笑った。
「おまかせ、ですか?」
「うん。よきにはからってちょうだい」
「2の冒険者の識別ですが、個人単位の情報が取れなかったら、パーティ単位でもいいですか?」
「そうね……。うん、大丈夫かな。目的には合致すると思う」
実装難度などで、こうした細々とした仕様変更をすることは、往々にしてある。その際は、目的から外れないかどうかが重要である。
「3のアラートは、どう飛ばします? メールってわけにはいきませんよね」
「交信珠は使えないかしら?」
交信珠というのは、対になる同士で念話をすることのできる魔道具である。
「なるほど……」
と言って、水谷が考え込む。ややあって、頷いた。
「いけそうな気がします。フェリスさん、どうでしょう?」
「うむ。わらわもいけると思う」
エルフの魔法使い、フェリスも頷いた。
水谷が言った。
「では、実装の期日ですが……内容的に、なるはやですよね?」
なるべく早く、という意味である。
「お願いできる?」
「五日くらいでなんとかします。アラートの条件は橘さんのほうで決めてください。なるはやでお願いします」
「オッケー。明日には出すようにする」
言ってから、パンの最後の一切れを口に放り込んだ。
「私もデザートお願い!」
執事に向けて言うと、フェリスとメルル、アルスも同じくデザートを注文する。
北條はまだメインを食べていた。いつものことだが、北條は非常に食べるのが遅いのである。
コーヒーの香りを味わいながら、玲子は言った。
「ヒョードルくんから、もうひとつ面白い話を聞いたの」
「へえ。どんな話?」
北條が興味深げに尋ねた。
「どうやら、地下八階に、見たことのない祭壇があった、っていうのね」
「待ってください」
と水谷が言った。
「それって、怖い話じゃないですよね?」
水谷は、怪談の類が非常に苦手である。
玲子は笑った。
「そんなんじゃない。別に妖しい祭壇があったみたいな話じゃないのよ。むしろ、逆かな」
「逆ですか?」
「ヒョードルくんが言うには、祭壇に何かしらの力を感じたから、触れてみたっていうの。回復の祭壇みたいなものかと思ったそうよ。そしたら――」
少し勿体をつけて、玲子はコーヒーを一口飲んだ。
「そしたら、どうしたの?」
案の定、北條が続きをせかす。
玲子は笑みを浮かべて言った。
「何も起きなかった」
がくっと北條が大げさに傾く。
「なにそれ? なんで勿体ぶったの」
「あくまで、その時は、何も起こらなかったって思ったみたいなの。でも、違った」
「違ったって?」
「違いは、それからの戦闘で感じたそうよ。曰く――パーティメンバーの皆が、身体が軽く感じ、武器での一撃が常ならず強力になり、魔物討伐の効率が劇的に上がった」
「ちょっと、それって……!」
「そう。きっと、何らかのステータスアップの祭壇だと思う」
「探してたやつじゃん!」
北條の言うとおりである。
この世界にも、身体強化の魔法は存在している。それは、ざっくり言えば、特定部位の筋力を増強する魔法であって、それ以上でも以下でもない。
人体というのは、魔法であってしても扱いが難しい。少し強めの強化をかけてしまうと、筋断裂が起きたりするのだ。あくまで筋力増強であって、身体の耐久性が上がるわけではないのである。
だから、身体強化の魔法は、対象部位の選択や強度の調整を、個人個人で細かく行う必要があって、非常に難しいのである。
その魔法が、祭壇の形でダンジョンにあった――。しかも、パーティ全員が、恩恵を受けられている。それは、個々人における強度の調整なども、その祭壇が絶妙にこなしているということである。
玲子は言った。
「これで、ステータスアップアイテムの製作ができるかもしれないわ」
玲子たちはダンジョンの管理者である。
ダンジョン内に設置されたオブジェクトの機能は、玲子たちでも使うことができる。機能をうまく切り出せば、アイテムとして製作が可能である。
「ステータスアップは、ダンジョン探索の効率化に繋がる。そして、効率アップ系のアイテムは――」
言って、玲子はこぶしを握り締める。
「売れるわ!」
「定番の課金アイテムですもんね」
と水谷が頷いた。
「というわけで、これの調査研究も水谷にお願いしたいのだけど……」
玲子が言うと、水谷が苦笑した。
「とりあえず、監視システムが構築できてから、ですよね?」
「まあ、そうなるわよね」
そこでフェリスが口を出す。
「そちらについては、ミズタニ殿が監視システムを構築している間に、わらわが調査を進めてもよいかな? 以前よりダンジョンの古代魔術語について、知見も増えてきていることであるし、なにより面白そうじゃ」
「たしかに。それがいいかもです」
「うん。それじゃ、フェリスにお願いするわ」
「心得た」
ふう、と玲子はため息をついた。
「なんだか、急に忙しくなってきたわね」
「俺たちは相変わらず暇だけどねー」
北條がメルルを見ながら言った。
「何を仰る」
とメルルは言った。
「ホージョー殿は、この世界の美術知識を学んでおられるではないですか。そのうえで、私にデザイナーとしての基礎をご教授くださっております。決して暇などということはございませんでしょう」
北條は苦笑した。
「そういうのはね。暇だからやれるの」
「そうなのですか」
「まあ、暇じゃなくても、知識と技術は常にアップデートしないとだけどね」
「はい! 肝に銘じます!」
玲子はそのやり取りを聞きつつ、軽いジト目で北條に言った。
「言ってることはめっちゃ偉いんだけど、もうそろそろ食べ終えたら?」
皆が食事を終わろうという段になっても、北條は未だ、メインの料理を食べ終えていなかったのである。
久しぶりの運営チーム登場ですね。
次回更新は12/5の予定です。




