第74話 神殿騎士の報告
玲子は、聖騎士ヒョードルと謁見するため、神殿に向かう。ヒョードルは、玲子に伝えたいことがあるようで――。
「めんどくさーい!」
と玲子は言った。
揺れる馬車の中である。
隣に座るアルスがそれに応えた。
「仕方ありません。これも聖女の務めでしょう」
向かう先は、ベルモントの南にある神殿である。
車窓を流れ行く街並みを眺めつつ、玲子は大きくため息をついた。
「神殿騎士との謁見でしょ? なんで私なんかが……」
「聖騎士であるヒョードルどのに祝福を授けたのは、タチバナ様ですので」
「あれのせいなの? だったら、祝福なんかしなきゃよかったわ……」
「罰当たりなことをおっしゃるな」
とアルスは苦笑する。
「しかし、忙しくない今のうちに、聖女の仕事を片付けておくというのは良いかと思いますよ」
「まあね」
アルスの言うとおりではあった。今、運営チームに喫緊の予定はない。
玲子としては、売上向上のために課金アイテムのラインナップを追加したいと考えているのだが、そのための基礎研究を皆にお願いしているところである。
それにしても、と玲子は思う。
「聖女の仕事ねぇ」
玲子の仕事はゲームディレクターである。元々はソーシャルゲームの運営をしていたが、ひょんなことから、今はダンジョンの運営などという仕事をしている。
それが、いつのまにか聖女の仕事まで兼ねることになっているのである。
「人生、なにがあるかわかんないものねぇ」
呟いて、また、ため息をついた。
「聖女様に再びお会いできましたことに、深く感謝いたします」
玲子の前に跪いて言ったのは、少年の面影を残す、若い騎士である。
名を、ヒョードルと言った。
彼は、神殿騎士団で最も高位の、聖騎士である。
――こういう時、どうしたらいいの!?
戸惑いつつ、ちらと隣に目をやると、頼みのアルスは肩をすくめて首を振った。わかりません、という意思表示であろう。
ため息をついて正面を見れば、そこにいるのは神殿長のマグナスである。口をパクパクさせている。
よく見れば、その口は、こう言っているように見えた。
しゅ、く、ふ、く!
――なるほど!
玲子は、ヒョードルの肩に手を置いて言った。
「聖騎士ヒョードル。ダンジョンより、よく無事に戻られました。あなたに聖女の祝福を授けます」
言いながら、祝福なんてどう授けたらいいかわかんないけどね! 雰囲気だけね、雰囲気だけ! と心の中では思っている。
「ありがとうございます!」
ヒョードルが顔を上げて言った。心底嬉しそうで、きらっきらの目をしている。
それを見れば、玲子としても悪い気はしない。
今回の謁見は、神殿騎士団によるダンジョン探索の報告であると聞いている。
別にわざわざ聖女に報告する必要はないだろうに、ヒョードルが、どうしてもと願ったそうである。
玲子としても、生の冒険者の声を聞くことができるのは、ありがたくはある。ただ、場所が神殿であるがゆえに、自分が聖女として振舞まわなければならないことが億劫である。
まあ別に、聖女でござい、って感じじゃなくても、別にいいか。
そう開き直って、玲子はヒョードルに、いつもの口調で問う。
「で、ダンジョンはどうだった?」
「はい! 実に厳しい環境でございました!」
さも嬉しそうにヒョードルは答える。答えの内容と表情が合っていない。
「地図を手にしているとはいえ、ダンジョンはそこらじゅうに分岐があり、周辺の見た目もほとんど同じですから、すぐに迷いそうになってしまいます。そのうえ、死角も多いですから、魔物の奇襲にも備えなければなりません。神経を使うことこの上なく、行軍は容易にはいきません。そうやって疲労しているところに、また魔物が襲来するわけです!」
熱っぽく語るヒョードルに、うんうん、と玲子は頷く。あ、こういうタイプの子だったか、と思いつつ。
「しかし我々も神殿騎士団の精鋭にございます。疲れがあるとて、そこらの魔物にやられるような、やわな鍛え方はしておりません。アーカードが大楯を構え、魔物の攻撃を受け止めます! そこにジェニーがバトルハンマーを携えて魔物に強襲! ひるんだところを、私がハルバードで……」
えい! やあ! と、ヒョードルが身振りで臨場感を表現する。
玲子は苦笑しながら、彼の背後に控える五人を見た。おそらくあれが、ヒョードルの言うところの神殿騎士の精鋭なのであろう。
彼らが、エア大立ち回りを演じるヒョードルを見る目は、それぞれである。苦笑いを浮かべる者、頷きながら笑顔を浮かべる者、無表情でいる者……。
玲子は言った。
「ちょっと、ちょっと、ヒョードルくん!」
「はっ! なんでございましょう?」
「そちらにいる皆さんを、紹介していただいてもいいかしら?」
ヒョードルは、はっとした様子で直立不動になり――。
「失礼いたしました!」
と勢いよく頭を下げた。
いちいち動きが大げさである。
紹介しようと動きかけたヒョードルを手で制して、三十代半ばと思しき中肉中背の男が一歩、前に出た。
「自己紹介させていただく」
そう言って、頭を下げる。
「我が名は騎士アーカード。ヒョードルは、不肖の我が弟子にございます。聖女様には、どうにもご迷惑をおかけしておるようで、申し訳なく……」
ヒョードルが言った。
「アーカードの得物は大楯と片手剣です。彼の守りがあってこそ、パーティは安定したパフォーマンスを発揮できます」
アーカードは頭を上げ、軽く頷いた。
そこで、ヒョードルは、不安げに玲子を見た。
「ご迷惑……でしたか?」
玲子は苦笑する。
「そうね。私にも、ダンジョン運営の仕事があるから、あんまりしょっちゅう呼び出しをされたらかなわないかも」
「申し訳ございません! では、パーティメンバーの紹介は簡単に済ませて、本題に入らせていただきます!」
そう言って、ヒョードルが皆を紹介した。
マイルス。小盾と片手槍を持った、遊撃を担当する前衛の騎士。
ジェニー。重いバトルハンマーを手にした、大柄なアタッカーの女騎士。
ホルダー。回復やバフを担う、少年の僧侶。
アーニャ。主に攻撃系の神聖魔法を操る、美しい女僧侶。
「以上、これに私とアーカードを含めた六名が、此度のダンジョン攻略に挑む、神殿騎士のパーティでございます」
冒険者の技量に疎い玲子にも、彼らの佇まいからは、相当の実力が感じられた。
「紹介ありがとう。あなたがたにも、神のご加護があらんことを」
玲子は儀礼的に、彼らにも祝福を授ける。わからないなりに、雰囲気で。
「それで、本題というのは?」
玲子が尋ねると、ヒョードルは引き締まった表情で、ひとつ頷いた。
「実は、八階で発見したものを、レーコ様にお伝えしたく」
「八階!?」
と玲子は大声を上げた。
「あなたたちがダンジョン探索開始したのって、四月からじゃなかった?」
「はい。そうでございます」
「で、今、五月の半ばなんだけど……八階?」
「はい。四月のうちに七階に到達しましたので、続けて八階の攻略を進めております」
「……早すぎる」
「は?」
「いえ。こっちの話」
言いながら、玲子は焦りを覚える。
これまでの冒険者の攻略ペースは、非常に遅かった。それは、階層が進むにつれて顕著である。
もしかして――彼らは冒険者の常識が通用しない? まさか、一気に十階まで攻略してしまうことはないと思うけど……。
地下十階は、現在のダンジョンにおける最下層である。それ以降の階層は存在しない。
つまり――地下十階を攻略されたら、そこでゲームクリアである。それは、運営型ゲームにおいて、在り得べかざることである。
ゲームの終了は、運営の終了を意味する。つまり、それ以上の売り上げを得ることができないということである。
まだ帰れるだけの額が稼げてないのに!
玲子は心の中で叫ぶ。
このままでは、玲子の腐海――数多の薄い本が積まれた玲子の部屋――が白日の下に晒されてしまう。……もう遅いのかもしれないが。
「いかがされました?」
遠い目をする玲子に、ヒョードルが声をかける。
はっと我に返り、誤魔化した。
「いいえ! なんでもないわ! おほほほほほ」
「それでは……」
ヒョードルは改めて、地下八階での発見を、玲子に語り始めた。
随分とお待たせしてしまいまして申し訳ありません。
次回更新は、12/5を予定しています。




