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第73話 落とし穴、落ちてみた

ルーベルンたちも別れ、勇斗たちは地下四階の落とし穴に向かう。

 翌朝も、ルーベルンたちはコーヒーを淹れてくれ、勇斗たちよりも先に撤収を済ませた。


「そうだ」

 出発間際に、ルーベルンは言った。

「この近くに、落とし穴があるから、気をつけてね」


「わかりました! ありがとうございます!」

 アンジェロが礼を言って頭を下げる。


 勇斗は心の中で苦笑した。

 何故なら、勇斗たちの今日の目的地は、そこだからである。


 勇斗は尋ねた。

「落とし穴って、見ればわかるものですか?」


「うん。周りの床と、少しだけ違うんだよね」


「へえ。どのへんがです?」


 この質問には、狩人のジェイルが答えた。

「ダンジョンの床とか壁って、自然修復しているから、すげー奇麗だろ? なのに、落とし穴のある床は、薄汚れてるっつーか、古色蒼然としてるんだな。他の場所だったら、古い感じを出したほうがカモフラージュになるんだろうが、このダンジョンでは逆効果になってんだ。誰が仕掛けたんだか、ちょっと間が抜けてるよな」


 そう言って、ジェイルは笑った。

「ちなみに、この法則は、他の罠とかでも同じ場合があるから、覚えておくといいぜ」


「なるほど」

 と、勇斗は心に刻み込んだ。

 これは、とても有力な攻略情報かもしれない。古色の出ている壁や床は要注意。


「じゃあ、頑張ってね」

 とルーベルンが手を挙げた。


「お二人の未来に祝福があらんことを」

 ミグラスが祈祷をする。


「ありがとうございます。皆さんの未来にも祝福があらんことを」

 お返しに、アンジェロも祈祷を捧げる。


「じゃあな。死ぬなよ」

 と言ったのは、ジェイルである。


 その横で、ハーディが無言で手を振った。


 勇斗は、深く頭を下げて、彼らを見送った。



 勇斗とアンジェロは、テントを撤収して、小部屋を出る。

 来た道を戻り、途中から、昨日とは違う道を辿る。


「ジェイルさんは、見ればわかるって言ってたけど……」

 アンジェロが少し心配そうにしながら歩みを進める。


 その様子に、勇斗は苦笑した。

「とりあえず、まだ先だから、そんなビビんなくていいぞ」


「うう。やっぱり怖いよ……」


 落とし穴に落ちたらどうなるか、勇斗たちにはわからない。

 首尾よく地下六階に行けるものか。

 落とし穴の底に、剣山のようなものを想像して、勇斗はぶるっと身を震わせた。

 全くありえない話でもないのである。


 目的地には、それからすぐに到着した。

 ジェイルの言ったことは正しく、周囲とは微妙に風合いの異なる床が、目の前にある。


「これだね」

 とアンジェロが言った。

「めっちゃわかりやすい!」


 勇斗も頷く。

「これじゃあ、誰も引っかからないわな」


 その床は、周囲から明らかに浮いて見えた。他の床との差異は、実際に微妙なものではあるのだが、周りの床が均一すぎるために、強烈な違和感を発しているのである。


「どういう感じに落ちるんだろうね? たぶん、見えてる床って、幻みたいなものじゃない?」


「たぶんそうだろう。物理的な床だったら、周囲の床と同じように、修復されるだろうからな」


 ダンジョンの壁や床には修復機能があり、細かい傷や汚れなどは、定期的に補修されるのである。それがされていないということは、この床の外見は、立体映像のようなものかもしれない。


「そういえば、勇斗のディテクト・トラップで、落とし穴の底がどうなってるかとか、わかったりしない?」


 勇斗の覚えている魔法に、ディテクト・トラップがある。

「いや、あの魔法は、罠の有無と、種類を判別するものだ。落とし穴は、落とし穴としか判定できない」


「そっか……。じゃあ、やっぱり、落ちてみるしかないのか……」

 とても嫌そうに、アンジェロが呟いた。


「俺が先に行ってみるか?」

 と勇斗は言った。


 落とし穴でショートカットするというアイデアは、勇斗の発案である。言い出しっぺがリスクを取るべきだろうと思ったのである。


 アンジェロは首を振った。

「いや。僕たちはパーティなんだ。リスクは平等に引き受けたい」


 その言葉で、勇斗は思い出した。同じことを言った、かつてのパーティメンバーたちを。


 勇斗の初めてのダンジョン行に付き合ってくれた、三人の冒険者。狩人のノルム、戦士のガルベス、僧侶のシャーリー。彼らは、勇斗を残して消えた。


 正確に言えば、勇斗は彼らのパーティメンバーではなかった。そこまでの関係には、なりえなかったのだ。

 パーティメンバーではなかったから、彼ら三人は何処かに転移することになり、勇斗だけがとり残されたのである。


「そっか」

 と勇斗は言った。

「とり残されるのは、嫌だよな」


 うん、とアンジェロは笑った。


「じゃあ、一緒に行くか!」


「行こう!」

 アンジェロがそう言うや否や――。


「いちにのさん、で飛び込むぞ!」

 と勇斗は言った。


「えっ!? もう行くの? 心の準備とか……」


 勇斗は、アンジェロの手を取った。


 彼の言葉に耳を貸さず、無慈悲にカウントダウンを開始する。

「いち……」


「ちょ、ちょっと!」


「にの……」


「まって、まってー!」


「さん!」


 アンジェロと手を取り合って、勇斗は大きく跳躍した。


 落とし穴のある床に、とん、と両足が載る。

 両足が、床の硬い感触を捉えた――瞬間。

 床が、ふっと消失した。



 落ちる。

 落ちる。

 落ちる。


 一秒、二秒と、時間が過ぎていく。


「どこまで落ちるんだ!?」

 と勇斗は叫んだ。


「もう下についてないとおかしいよ!」

 とアンジェロが返す。


 全身が空気抵抗を受けていた。

 やったことはないが、まるでスカイダイビングのようである。


 そんな高さがあるはずはなかった。

 階段の長さを考えるに、だいたい、二階から飛び降りる程度の高さのはずである。


 周囲は暗闇。

 なにも見えない。


 そう思った瞬間、光が差す。

 ダンジョンの、薄っすらとした灯かり。


 そして――。

 見慣れた、ダンジョンの床が――。


 どすん。


 全身の骨が砕けたような苦痛が、勇斗を襲った。

 いや、砕けたような、ではない。

 事実、砕けたのである。

 だから、動けない。


 視線の先にあるのは、薄っすらと白く光る、ダンジョンの床と、壁。


 意識が急速に失われていく。

 アンジェロは――? と、勇斗は思った。

 しかし、首を巡らそうとしても、勇斗の身体は微動だにしない。


 そして――。

 勇斗の意識は、完全に、消えた。



「おお、冒険者よ! 死んでしまうとはなさけない!」


 意識を取り戻した勇斗の耳に、奇妙な声音のセリフが飛び込んでくる。


 ――例のやつか!

 と、即座に勇斗は合点した。

 聖女によって齎されたダンジョンの奇蹟――蘇生術である。


 声はどこから聞こえたものか、くだくだと、これからの手続きについて説明してくる。

 そう、それは、説明であった。


 聖金貨三十枚、もしくは、聖女の石三十個を支払えば、元の場所に戻れる。戻らない場合、扉を出ればダンジョンから出られるが、今回、ダンジョン内で獲得したすべてのものは没収される。

 選択肢の提示と、それぞれのメリット、デメリットが、過不足なく説明される。さながらゲームである。


「もう一度、説明をお聞きになりますか?」


「いいえ!」

 と、勇斗は叫んで、それから考え込んだ。


 ややあって、勇斗は誰ともなくつぶやいた。

「まじかー」


 死んでしまったのである。

「いや…………まじかー!」


 落下死。ちょっと想定の外の死に方であった。 

 いや、落とし穴で、落下死というのは、想定すべき死に方ではある。


 だが、各階の天井の高さであるとか、階段の長さであるとかから見ても、あれは高すぎる。百メートルとか、そういう高さを落ちたのではなかろうか。


 つまり、あの落とし穴の中は、超次元的な空間なのである。いや、そもそもダンジョンという構造物からして、超次元的な空間に構築されているのではないか。


 考えてみれば、各階層の広さも異常ではある。現実的に、ベルモントの地下に、ダンジョンが埋まっているとは思えない。


 してみれば、各階層が階段という現実的な物体で接続されているとしても、実際には魔術的な何かで接続されているということは、十分にありうる。であるなら、各階の天井の高さや、階段の長さなどで、階層ごとの高低差を見積もることは不可能である。


「じゃあ、落とし穴ってのは、本当に落ちてるわけじゃなく、どこかに転移してる?」


 転移の罠にはいい思い出がない。

 落とし穴の落ちる先が、転移の罠よろしく、ランダムであることなどあるだろうか?


「今すぐ、聖金貨三十枚でコンティニューしたら、わかるかも?」

 死んだ場所に戻るとなれば、先ほどの落下地点だろう。そこを調べれば、わかるかもしれない。


 だが、しかし――。

「ここは、一旦戻ろう。金も石も持ってないしな」


 勇斗とアンジェロは、はぐれた時のルールを決めていた。

 はぐれてから十二時間たっても合流できない場合は、帰還の呪符を使って、ダンジョン外で待ち合わせる。

 どちらか一人が、あるいは二人ともが死んだ場合も、ダンジョン外で待ち合わせる。

 コンティニューは使わない。


 そう決めてあったので、勇斗はひとまず外に出ることにする。


 なにより――。

「アンジェロが心配だな……。無事に生き返れてると思うけど……」


 元気な顔を見ないと、落ち着かない。

 勇斗は、扉を開けて、ダンジョンの外に出た。



「ユートぉ~~~~」

 泣き腫らしたアンジェロの顔が、そこにはあった。


 勇斗の顔を見るなり、抱き着いてきた。

「ごわがっだよぉ~~~」


「わりぃ。俺の見込みが甘かった。怖い思いさせちまった」


「ぞんなのはいいよぉ~」

 とアンジェロは涙ながらに言った。号泣である。

「ユートが生きててよがっだよぉ~」


「えっ、そっち?」


「だって、ユートの首も、手も足も、すごい方向に曲がってるし、完全に死んでると思って……。なのに、僕も体が動かなくて、キュア・ウーンズもできなくって……」


 どうやらアンジェロは、勇斗の無残な死体を見たらしい。


「そっか……。悪かった。怖かったよな……」


「うん……。もう、会えないかと思って……」


 勇斗は苦笑する。

「いや、ちょっとは蘇生術のことっつーか、聖女様のこと信用しろよ。お前も蘇生できてるんだから、俺も蘇生できてるさ」


 勇斗もアンジェロのことを少しは心配したが、アンジェロほどではない。まあ蘇生できるだろ、と割と楽観的に考えていた。


「だって……万が一ってこともあるじゃん」


「ねーよ」

 と、あえて勇斗は断言した。あるかもしれないとは、勇斗も思っている。しかし、それを考えたら、足がすくんでしまう。戦えなくなってしまう。


 俺は、弱いから。

 死なないと思っていないと、戦えない。


「俺は信じるぜ。聖女様のことを」


「……そうか」


「あっ! だからって、もちろん、死なないほうがいいからな。てか、できれば二度と死にたくない」


「うん! もう二度と死なないで! 僕、また泣いちゃうからね!」


 アンジェロはひとまず泣き止んだようである。

 抱き着いていた勇斗から、そっと離れた。


 勇斗は小声で言った。

「で、落とし穴の攻略なんだけど、飛び降りる前に浮遊の魔法かけといて、落下速度を落としてみるのはどうかなと思っている。高低差が思ったより大きかったけど、自然落下していた感じはしたから、きっと浮遊は有効だと思うんだ。そしたら死なないと思うし、まあ最悪、死なない程度の怪我だったらキュア・ウーンズかけてもらえばいいわけだし」


「……ユート?」


「ただ可能性としては、落とし穴に見せかけた転移ってこともありうると思うんだ。その場合はちょっとわからないが、ひとまずは物理的に落ちてるってことで考えてみるしかないと思うんだよな。転移だとランダムか固定の転移かってのが重要で……」


「ユート!!!」


「ん? なんだ?」


「やっぱり、ユートは頭がおかしいと思う」

 アンジェロが、心底呆れた表情で、ため息をついた。

次回更新は11/20の予定です。

階数間違ってたので修正しました。

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― 新着の感想 ―
だから落ちたくないよねvsだから落ち方を考えよう 色々通り越して呆れになってるw 痛みを体感してこれなの、勇者の勇の字もにっこり
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