第72話 過去との邂逅
偶然に遭遇したルーベルンたちのパーティに、カレーをご馳走になる勇斗たち。
食後も、ふたつのパーティの交流は進み――。
久しぶりのカレー――それもカツカレーである――は、涙が出るほどにうまかった。
これ作ってるの絶対日本人だろ! と確信できる、完璧なカツカレーであった。
ジェイルが言った。
「実はこのカレー、ベルモントの街で食べられるって知ってるか?」
「まじすか!? でも、高いんじゃないっすか?」
とんでもない情報に、勇斗は食いつきつつ、懸念を表明する。
「こんなダンジョン価格と違って、普通の値段だ。銀貨一枚ってとこ」
「まじで!? 今度、絶対いきます!」
「お前、まじでカレー好きだな……まあ、俺もだけど」
と言って、ジェイルが笑った。
おすそ分けされたカレーを食べ終えて、勇斗たちは一息つく。
ルーベルンたちのテント前に集まり、皆でゆっくりと食休みとなった。
驚いたことに、ルーベルンたちのテントに、荷物はほとんどなかった。聞けば、食料品などの輸送には、アイテム召喚の呪符を利用しているということである。
「だから、ちょっとした贅沢品なんかも持ち歩けるんだよ」
そう言ってルーベルンが取り出したのは、先日の漁り火亭で見たコンロの魔道具、その小型版といった品であった。
ルーベルンはそれを床に置くと、続いてリュックからポットと小型のミル、そして、何かの入った小袋を取り出した。
「まずは湯を沸かす、っと」
コンロの上に水を入れたポットを置き、ルーベルンが指を触れる。触れると同時に、点火する。
勇斗は少し驚いた。
――気を練るスピードが段違いに早い。
魔道具を起動するには、気を流し込まなければならない。丹田の気を、指先などの他の場所に移動させるには、技術がいる。勇斗などでは、まだ一秒くらいはかかってしまうだろう。
それが、一瞬である。
なるほど、これが一流冒険者ってもんなんだな――。勇斗は心の中で苦笑する。
ルーベルンは鼻歌でも歌いだしそうな上機嫌で、小袋の中身をミルに移していく。
ふわりと漂ってきた香ばしい匂いで、勇斗は小袋の中身が何であるかを察した。
ルーベルンが、がりがりとミルを回し始めると、アンジェロが鼻をひくつかせる。
「これって……もしかして、コーヒー!?」
「正解」
と言って、ルーベルンが笑った。
「ダンジョンでコーヒー飲んじゃうんですか!? なんて贅沢!」
アンジェロは大のコーヒー党である。勇斗と一緒にお茶をするときも、いつもコーヒーを飲んでいる。反対に勇斗は、コーヒーがあまり得意でない。
ジェイルが言った。
「ルーベルンのコーヒーは、まじでうまいぜ」
「うわぁ。僕らも飲んでいいんですか?」
「もちろん。ぜひ飲んでってよ。君たちの話も聞きたいしね」
「やったぁ! ルーベルンさんたちのお話も聞きたいです!」
勇斗は思った。
知らない人と話すのも億劫だし、コーヒーもあまり得意じゃないし、できれば自分のテントに帰りたいんだけど……。
上機嫌のアンジェロを見ると、そのようなことは言い出せなかったのである。
「ええっ!? じゃあ、ルーベルンさんたちは、地下八階に行くんですか!?」
アンジェロは吃驚の声を上げた。
コーヒーをすすりつつ、勇斗も言う。
「やっぱり、このへんで見る冒険者とは、装備からして質が違うなと思ってたんすよね」
本心からの言葉であった。おべっかのような気づかいは、勇斗にはできないのである。
ルーベルンの淹れてくれたコーヒーは、うまかった。コーヒーが苦手な勇斗に配慮して、たっぷりのミルクを入れてくれたのだ。砂糖もたっぷりで、体に染み渡るようである。
「まあな」
と胸を張ったのは、ジェイルである。ヤンキーっぽい雰囲気に気後れしていたものの、話してみれば、実に気のいい兄ちゃんであった。
勇斗は尋ねた。
「そういえば、今日は何か特別な日だって言ったっすよね。なんかあるんすか?」
「それは……ええと」
ジェイルが赤面しつつ口ごもった。
ふふふ、と笑って、ルーベルンが言った。
「今日はね。ジェイルの誕生日なんだよ」
「おお! おめでとうございます!」
アンジェロが拍手をするので、勇斗もつられて拍手をする。
ジェイルは赤くなりながらも、仏頂面を保っている。
「いいなー。僕らも今度、お祝いしよ!」
とアンジェロが勇斗に言った。
「えー、そういうのはいいよ。なんか恥ずいし……」
言った勇斗の言葉に、ジェイルが食いつく。
「だよな! 俺も恥ずいからやめろって言っだんだけどよ!」
「いいじゃないですか。こういうの嬉しくないですか?」
と、アンジェロは笑いながら言う。
「まあ、カレー奢ってくれたのは嬉しかったが……。それだったら、まあ、また祝われてもいいかな、って……」
ジェイルが耳たぶまで赤くしながら言った。
ツンデレがデレた、と勇斗は思った。
「今度、勇斗の誕生日教えてよ」
アンジェロが勇斗の耳元で囁く。
「ちなみに僕は、六月二十三日だよ。来月だからね。忘れないでね」
「わーったよ」
勇斗は苦笑いを浮かべた。
「そういえば、あなたたちはフリーの冒険者なのですか?」
勇斗たちに、僧侶のミグラスが尋ねた。
フリーというのは、貴族などと契約していないという意味であろう。
アンジェロが答えた。
「はい。これまでならありえないですけど、ダンジョンの入場税が撤廃されたので」
ミグラスが頷いた。
「入場税の撤廃は、神殿の呼びかけによるものですが、それを受け入れてくださった聖女様のご慈悲の賜物ですね」
「実は、入場税が撤廃される前より、出費は増えてるけどね」
と、ルーベルンが苦笑する。
アンジェロが驚いて言った。
「えっ! そうなんですか?」
「そうだよ。なにせ、帰還の呪符を毎回使ってるから。それに、他の呪符も細々とね」
帰還の呪符は、一枚が聖金貨五十枚もする。四人分で毎回、聖金貨二百枚の出費である。持ち運ぶ荷物を減らすために、アイテム召喚の呪符を使っているとのことなので、そちらの出費もなかなかだろう。
実は入場税の頃より出費が増えていて、冒険者の数も増えているということなら、売上はむしろ増えているのではないか?
運営、なかなか考えてるな……と勇斗は心の中でつぶやいた。
アンジェロが尋ねた。
「やっぱり、そのあたりのお金は、パトロンさんが出してくれるんですか?」
ジェイルが答えた。
「ああ、貴族の後ろ盾は、やっぱり強いぜ」
「やっぱ貴族なんだ……」
そう呟いたアンジェロに、ミグラスが尋ねる。
「あなた方は、契約冒険者になるつもりはないのですか?」
「えっ? いや、僕たちは……」
えへへへ、とアンジェロは誤魔化すように笑った。
ジェイルが言った。
「実力なら問題ねーよ。二人だけで地下五階まで来れる奴なんて、なかなかいないと思うぜ」
アンジェロの反応を、自らの実力を低く見積もっているから、と捉えたようである。
更に、ルーベルンが、勇斗を見ながら言った。
「魔法戦士っていうのも、なかなかレアな職業だよね。それだけでも契約したくなると思うけど」
勇斗は苦笑する。
「戦士としての技量も、魔法使いとしての技量も、どっちつかずの中途半端なんすよ」
「僕は、魔法は得意じゃないからね。剣技も大したことはない。大楯で皆を守ったり、全体に指示を出したりしかできないよ。それに比べたら……」
「いやいや、専門職に比べたら、ただの器用貧乏っす」
ずっと無言だった魔法使いのハーディが、不意にぽつりと呟いた。
「……勇者」
勇斗は、ぎくりと身を縮こませた。
ああ、とジェイルが言った。
「そういやそうだな。元勇者のベルモント候は、剣も魔法も超一流の魔法戦士だったっていうな」
「貴君も、ベルモント候のような勇者を目指すとよろしいでしょう」
ミグラスが言った。
「は、はい……」
勇斗は頷いた。
幸いなことに、勇斗がハズレ勇者と呼ばれる存在であることは、誰も気づいていないらしい。
「そ、そういえば!」
とアンジェロが言った。話題を逸らそうとしてくれているようである。
「皆さんって、どなたと契約されているんでしょうか?」
「ああ、俺たちか?」
とジェイルが言って、自慢げに、にやりと笑った。
「聞いて驚け! 俺たちこそ、ランキング一位の最強パーティ! ギルバート伯の契約パーティだ!」
勇斗の血の気が、さーっと引いた。
「ユート、大丈夫?」
宴席を終えて、自分たちのテントに戻ると、アンジェロは心配げに勇斗に尋ねた。
勇斗は、頷きながら答える。
「ああ、大丈夫だ」
そう。
大丈夫だったのである。
一瞬、動揺はした。しかし、ただそれだけであった。
怒りもない。悔しさもない。悲しみもない。
そうか。これが最強の、ギルバート伯のパーティなんだな。純粋に、ただそう思った。
「どうやら、吹っ切れてたみたいだわ」
と勇斗は笑った。
彼らは、いい人たちだった。そのことに、何の疑いもない。
勇斗たちにカレーをご馳走してくれて、おいしいコーヒーも淹れてくれた。
宴席なのに酒を飲まないで、理由を聞けば、ダンジョン探索中には飲まないんだ、というプロ意識を見せてくれた。
これから先の階層について、出現するモンスターの情報までくれた。気を付けるべき罠の位置を教えてくれた。
先達として尊敬できる人々だった。
ただ、それだけだ。
ギルバート伯に対しては、思うところはある。
だが、彼に雇われたパーティだからといって、嫌悪することはなかった。それが、勇斗には嬉しかった。
「よかったね!」
とアンジェロは笑った。
ああ、と勇斗は答えた。
「よかったよ」
勇斗は、アンジェロと一緒に、笑うことができた。
笑うことができたのである。
階数間違ってたので修正しました……。




