第77話 ダンジョン攻略もう無理じゃね?
ダンジョンを攻略したら、国王に何を貰うか。そんな話でわいわいやっていた勇斗たちだが、一か月後、状況は激変してしまう――。
ベルモントの酒場である。
勇斗とアンジェロは今日もまた、ダンジョンの地下四階まで潜った。
手に入れたものは、魔物素材がいくらかと、聖女の石が二十個。悪くない収穫であった。
軽い祝杯をノンアルコールであげながら、二人は料理をつまむ。
サラダをつつきながら、アンジェロが言った。
「そういえば勇斗は、魔王を倒したら、王様に何をお願いするつもりなの?」
アンジェロの問いに、勇斗は首をひねった。
「魔王って、地下十階に封印されてんだろ? 俺たちは、まだ地下四階だぞ。現実味がねーよ」
「勇斗はつまんないねぇ。冒険者ってのは、夢みてなんぼだよ」
アンジェロの言葉に、勇斗は苦笑する。
「魔王を倒したら、王様がなんでも欲しいものをくれるんだっけ?」
「そうだよ」
「アンジェロは、何を貰うつもりなんだ?」
「僕は、ベルモントの司祭長にしてくださいってお願いするかな」
「司祭長? それって、偉いのか?」
「ベルモントの司祭長だと、神殿組織の中でも、それなりに偉い立場だね。なんたって、ベルモントはそこそこ大領だからさ」
「それなりなのか。もっと上の地位をもらったらどうだ? それこそ、神殿組織のトップとかさ」
「大司教? むりむり! 僕なんて平民の出だからさ」
「なんでも欲しいものをくれるんじゃないのか?」
「なんでも、っていうのは建前だよ。国王に、じゃあこの国くださいって言って、くれると思う?」
勇斗は軽く考え込んでから、言った。
「ゲームだと普通にくれるけどな」
アンジェロはため息をついた。
「あのねえ。現実は、勇斗の言うゲームってやつとは違うの。なんでもって言って、なんでも叶えてくれるほど、甘くないの。それにもし、僕が大司教の座をもらったところで、他の聖職者がそれを認めてくれないと意味がないでしょ? ベルモントの司祭長くらいが、身の丈に合った願いなわけ」
「リアルって面倒くせ~」
言って、勇斗はテーブルに突っ伏した。
アンジェロは続けた。
「だからベルモント候も、この土地をもらったんだよ。魔王を封印した勇者が、ダンジョンを鎮護するっていうのは、誰に対しても説得力があるからね。当時のここは国王直轄地で、他の貴族の治める土地じゃないのも都合がよかった。ベルモント候も、そのあたりの現実をちゃんと考えて提案したんだと思うよ」
ふうん、と勇斗は気のない返事をした。
アンジェロが言った。
「で! 勇斗は何を願うのさ!」
「えー、なにも考えてない」
「ダメだよ! 僕が願いを言ったんだから、次は勇斗の番!」
勇斗は体を起こして、腕を組む。
もらいたいもの……。何かあるだろうか?
そこで、あることを思いついて、あっ、と声が出た。
もし、元の世界に戻れるとしたら――?
アンジェロが尋ねた。
「なになに? なんか思いついた?」
その、アンジェロの楽しげな表情に、勇斗は思わず口をつぐむ。
元の世界に帰りたい。そう言ったら、アンジェロは悲しむだろうか?
たぶん、表向きは支持してくれるだろう。実際に帰ることになっても、笑顔で送ってくれるだろう。
しかし――。
勇斗は、軽く咳払いをして言った。
「ま、一生遊んで暮らせるだけの金かな」
「まじ!? めちゃくちゃしょうもないんだけど!?」
「うるせー! 俺は俗物なんだよ!」
言って、勇斗は笑った。
そんな話をしていたのが、四月のことであったのだが――。
五月初旬、冒険者ギルドに掲示されたランキングを確認した勇斗のテンションは、がた落ちしていた。
「俺たち、ダンジョンに潜る意味あるか?」
そう勇斗がこぼすと、アンジェロは驚いた。
「急に何を言い出すんだよ!」
「だって、もう無理じゃん……」
「無理って、どういうこと?」
「俺たちはまだ地下四階までしか行けてないんだぞ。それなのに、ランキング一位は地下九階だ。もうどうやっても追いつけないだろ」
え? とアンジェロは意外そうな顔をした。
「別に追いつけなくてもよくない?」
「なんでだよ!? 俺たちがダンジョンに潜る理由を考えてみろよ」
「まあ、魔王を倒して王様に褒賞をもらうこと、だよね」
「だろ? それをもうすぐにでも他の奴が達成しそうで、俺たちの出る幕はない。ダンジョンに潜る意味が無いだろ」
「そうかなぁ。でも、他にも目的はあるでしょう?」
「他の目的って?」
「えっと、冒険者としての鍛錬とか」
「鍛錬ったって、それもダンジョンを攻略するために鍛錬してるわけだろ。その攻略ができないんだったら、いくら鍛錬したって無意味じゃん」
「あと……魔物素材を入手して売ったりとか」
「そんなの、はした金じゃんか。建築ギルドの仕事を受けたほうが、一日の稼ぎとしてはずっといい」
「それはそうだけど……もしかしたら何かすごいお宝とか見つかるかもしれないし!」
「そんな話、これまで聞いたことあるか? もう、あのダンジョンはすっからかんなんだよ」
言ってから、勇斗は大きくため息をつく。
「せめて、貴族と契約してたら、潜る意味もあるんだろうけどなぁ……」
貴族との契約次第では、ダンジョン探索するごとに、金が入ってくるのである。
「それ、ユートが言っちゃうわけ!? 誰の都合で契約してないと思ってるの!?」
珍しく、本気でアンジェロが声を荒らげた。
勇斗はかつて、貴族のギルバート伯の元から、追放の憂き目にあっている。それもあって、貴族との契約を忌避しているのである。
「だいたい、ユートは何のためにダンジョンに潜ってたの? 本気で一番に攻略するつもりだった?」
言われて、勇斗は気付く。
そんなことは端から考えてもいなかった。ハズレ勇者とまで言われた自分に、そんな大それたことができるとは思っていない。
勇斗は考える。
――じゃあ、俺は、どうしてダンジョンなんかに潜っているんだろう?
簡単なことだ。
ダンジョン探索が、楽しいからである。
いや別に、ダンジョン探索そのものが楽しいわけではない。元の世界のゲームと比べたら、ぜんぜんつまらない。
報酬もしょぼい。成長の実感もない。勇斗の尺度からすれば、そこそこクソゲーの範疇に入る。
それが、楽しく感じられたのは――。
勇斗は、呟くように言った。
「アンジェロが、一緒だったから」
「えっ?」
「アンジェロが、一緒にダンジョン探索しようって、言ってくれたから」
二人でなんだかんだ言いあいながら、モンスターを倒したり、宝箱を開けたり、喜んだり、ひどいめにあったりするのが、楽しかったのだ。ダンジョンから戻って、一緒にご飯を食べながら反省会をしたり、たまに次の探索に向けて一緒に買い物したりするのが、楽しかったのだ。
言ってから、勇斗は顔が熱くなるのを感じた。
「え? ユートがダンジョン探索してるのって、僕が理由なの?」
アンジェロは驚嘆の表情を浮かべて、それから顔を赤くした。
えっと……と言ってから、もじもじとして、口をつぐむ。
ややあって、言った。
「……それじゃあ、これからも、一緒にダンジョン探索に行ってほしいな。他のパーティが先に攻略したって、別にいいじゃん!」
そうか、と勇斗は言った。
「そうだよな。別に、ダンジョン攻略を目指してたわけじゃないしな!」
アンジェロとダンジョンに行くのは、楽しい。それだけでいい。
「うん!」
大きくうなずいて笑みを浮かべるアンジェロに、勇斗は笑みを返した。
次回更新は8/13(水)です。




