第76話 ダンジョンがクリアされちゃう!?
冒険者たちは、遂に地下九階に到達する。それを知った玲子たちは――。
五月の月初めである。
冒険者ギルドの前に、冒険者たちが詰めかけている。
ギルドマスター代理のギルガメッシュが姿を現すと、彼らから歓声が上がった。
それに手を挙げて応えながら、ギルガメッシュはあえてゆっくりと歩を進める。
掲示板に一枚の紙を広げると、ばん! と手のひらで叩いた。
「さあ! お待ちかねのランキングだ!」
ギルガメッシュの言葉に、おおお、と歓声が上がった。
「今月の一位は……また、ギルバート伯のところかぁ」
「地下九階だと!? ついにここまで来ちまったか……」
「おい、三位の名前を見ろよ」
「……聖騎士ヒョードルだと!?」
「確か、神殿騎士団パーティのリーダーの名前だよな」
「あいつら、先月から探索を始めたところだろ? なのに、もう八階に到達してやがる」
「どんなスピードだよ!」
「俺ら、あっという間に抜かれちまったなぁ……」
上位パーティの探索の進捗度に、一部の冒険者から、ため息がこぼれる。
そして、それにため息をこぼしていたのは、彼らだけではなかったのである。
「皆さんも既にご承知のように、ランキング上位の冒険者が九階に到達しました」
玲子の言葉に、同席している運営メンバーたちが頷いた。
「そうなるとまずい、というのは、私だけでなく、皆さんも共通の認識でしょう」
うんうん、と、これにも皆が頷いた。
玲子は言った。
「このダンジョンって地下十階までしかないんでしょ? もうすぐクリアされちゃうじゃん!」
なのに……。
「まだぜんぜん稼げてないもん!」
玲子の個人資産は、現時点で聖金貨二千枚ほどである。日本円にして二千万円相当になるが、目標額には遠い。
玲子たちを元の世界に送還するための魔道具を購入するには、聖金貨十万枚、日本円にして十億円相当が必要である。
同じく元の世界に帰る予定の、北條と水谷、そしてカレー屋の大将である木下に協力を頼んだところで、まだまだぜんぜん足りていないのである。
そんな玲子たちの収入源は、ダンジョンの売り上げである。入場税をなくし、課金アイテムを販売し始めたことで、月の売上は四万枚に届こうとしていた。玲子たちはそこから、一%ずつのロイヤリティを得ている。
運営型ゲームは基本、エンディングがない。何故なら、エンディングはゲームの終わりであり、ゲームの終わりは運営の終了である。そして、運営の終わった運営型ゲームからは、もうそれ以上の売り上げを見込めないのである。
「というわけで、私たちとしては、すぐに冒険者が魔王を打倒しないよう、全力で遅延させる必要があります」
玲子たちは表向き、冒険者支援運営局を名乗っている。しかし実態は、冒険者の支援を目的としていない。究極的には、ダンジョンを使って稼ぐことが、運営の目的である。そしてそれは、アンドリューも同じである。
玲子は、アンドリューを見て、言った。
「いいわよね?」
アンドリューが頷いた。
「私としましても、目標としている資金額には、まだまだ届いていないというのが正直なところです」
運営の原価にあたる各種の支出はアンドリューが担っているとはいえ、月の売上額から考えれば、相当な額がアンドリューの手元には残っているはずである。
――それでも、足りないってわけね。一体、何をしようとしているのかしら?
玲子は考えて、ため息をつく。尋ねても答えはないであろう。
気を取り直して玲子は言った。
「というわけで、かねてより検討していた、ダンジョン拡張計画を開始します。水谷、準備はできてる?」
玲子の言葉に、水谷は、はい、と頷いた。
「新規作成した階層を、特定の場所に配置できることは確認済みです。ただ……まだモンスターや宝箱の配置などの、レベルデザインが間に合っていません」
「そこは私の仕事よね。ボスモンスターとかの配置もしたいんだけど……」
「オリジナルモンスターの制作に関しては、既に土ゴーレムで前例がありますから、魔法技術的には問題ないと思います」
「どの程度の強さで作るか、そこが問題なのよね……」
土ゴーレムは、聖女の石を配布するためのボーナスモンスターの扱いであったため、思いっきり弱く作った。そのため、冒険者の戦闘力とのバランスを考慮する必要はあまりなかったのである。
しかし、ボスモンスターとなるとそうはいかない。冒険者に対して、十分な強さを発揮しつつ、同時に、ぎりぎり攻略可能とならなければいけないのである。
アンドリューが言った。
「しかし、ダンジョンが地下十階までであることは、冒険者に広く知れ渡っております。階層が増えることに対して、どのように説明なされるおつもりでしょうか?」
運営は、表向きはあくまで冒険者の支援をしているという態度である。そのため、冒険者の障害になるような施策を、運営が行っていると知られるわけにはいかない。
玲子は言った。
「私たちのせいじゃない、魔王軍がやったこと、ということにする」
「なるほど……」
「むしろ、私たちとしては、それに対して冒険者の支援をより強くしていくわ。課金アイテムの種類を増やしてね」
「それはどういうことでしょう?」
「新しく作るボスモンスターには、弱点を作るわ。そして、その弱点を突くことができる装備品を、課金アイテムとして売るのよ。使用回数制限付きでね」
北條が言った。
「それって、完全にペイトゥウィン、金払った者勝ちになるけど、いいわけ?」
「特効武器がないとボスに勝てないってわけじゃなし、この程度は良しとしましょう。少しはがめつくいかないと、いつまで経っても帰還のお金が溜まらないわ」
ため息をついてから、玲子は言った。
「ところで、封印した魔王なんだけど、地下十階から動かすことはできないかしら?」
答えたのは、フェリスである。
「無理であろう。魔王に施した封印は、わらわの構築した結界魔術じゃが、移動させるためには、一度その結界を解除せねばならぬ」
「ということは、地下九階と地下十階の間に、階層を追加していくしかない。そうなると、ともかく時間がないわ。地下九階を突破される前に、ダンジョンの拡張を進めないと」
玲子はアンドリューに尋ねた。
「冒険者が、地下九階を突破するのに、どのくらいの猶予があると思う?」
「そうですな……」
と言って、アンドリューは考え込んだ。ややあって、答える。
「地下九階には、先の人魔戦争の時代から、守護者が居座っております」
「守護者?」
「はい。地下十階の魔王を守る、地下九階の守護者、魔王軍の精鋭です」
「それが今もいるってこと?」
「はい。一度は私が倒しましたが、どうやら絶命しておらなんだようです。地下九階に存在している、魔族のマーカーがそれでありましょう」
玲子は頷く。確かに、地下九階には魔族を示すマーカーがあったはずである。
「その守護者っていうのは、強いの?」
「大変に強うございます。今の冒険者に、勝てるものが居るかどうか……」
その答えに、玲子は喜色を浮かべた。
「じゃあ、割と時間が稼げる感じ?」
「おそらく」
とアンドリューが頷く。それから、玲子に向って尋ねた。
「どのくらいの猶予が必要でしょうか?」
「とりあえず一階層を追加するのに、一か月はかかると思う。最低でもそれくらいね……」
アンドリューが、むう、と唸って、何故だかメルルを見やった。
その視線に、何故だかメルルも頷きを返す。
アンドリューが言った。
「まあ、その程度の猶予はございますでしょう」
二人のやり取りに少し訝しさを覚えつつも、玲子は言った。
「とにかく、急がないといけない。早くしないと、貴族に動きがあるかもしれないわ」
「貴族が、動くのですか?」
「考えすぎだといいんだけどね」
そう言って玲子は、小さく肩をすくめた。
「最悪の場合、私たちは大きな売り上げを失うことになる……」
次回更新は8/10(日)です。




