第3話 アウトゲームって何ですか?
アンドリューが尋ねた。
「アウトゲームとは、一体どのようなものなのでしょうか?」
そうねえ、と玲子は少し考えてから、頷いた。
「たとえば、狩猟のことを考えてほしいの」
「狩猟でございますか?」
「狩猟がゲームだとするわね。実際、狩猟はゲームの語源なわけだけども、それはおいといて。狩人が、動物を追跡して、それを狩る。それが、一般的には狩猟と言われる行為よね」
はい、とアンドリューは頷く。
「でも、狩猟って、実はそれだけでは完結してないわけ。狩りの前には、計画を立てる、狩猟具を用意するとかの準備が必要で、狩りのあとには、獲物の解体、売却なんかがあるわけよ。それらすべてが、狩猟っていうゲームの全体を構成しているわけ」
「たしかにそうでございますね」
「その中で、最もコアに体験させる部分――この場合は、動物を追跡して狩るっていう部分ね――そこのことを私たちはインゲームと呼んでいるの。要は、ゲーム体験そのものに当たるところ」
「では、それ以外のところが?」
「ええ。アウトゲームって呼ばれる部分。狩猟も、アウトゲーム部分がないと成立しないように、近代のゲームはアウトゲームがないと成立しない」
なるほど、と言ったのは北條だった。
「言われてみれば、ファミコンとか昔のゲームには、インゲームしかなかったかも」
「そうなの。アウトゲームが生まれたのは、ソシャゲとかの運営型ゲームが主流になってから。インゲームとアウトゲームは、運営型ゲームの両輪なの。どっちが欠けても成立しないわ」
だけど――と玲子は続けた。
「ソシャゲのテコ入れをする場合、アウトゲームから手を付けるのが基本なの」
そうなんですか? と意外そうに水谷が言った。
「それは一体、どうしてでしょう? 狩猟に魅力を感じられないなら、狩猟自体をどうにか魅力的なものにするのが、正しい対処じゃないですか?」
「それは、運営が正常に回っている場合の話ね」
と玲子は言った。
「テコ入れが必要な状況っていうのは、要はお金を稼げていない状況なわけなのよ。インゲーム部分に手を入れるには、お金も時間もかかる。それに対して、アウトゲームに手を入れるのは、比較的容易なの」
そして――と玲子は続ける。
「きちんとアウトゲームを作ることができれば、ソシャゲは稼げるようになるの。インゲームが余程ひどいものじゃない限りはね」
北條は苦笑いして言った。
「ま、それは理想論だけどね」
そうね、と玲子も苦笑いを返した。
北條の指摘は当たっている。
「今の市場では、さすがにそれだけじゃ勝負にならない。でも、インゲームが大したことないのに、アウトゲームで上手く回してるタイトルだって、相当数あるのは間違いないわ」
水谷が尋ねた。
「ダンジョンにおけるインゲームは、ダンジョン探索そのものになるわけですか?」
「そうなるわ。それって、私たちが今すぐどうにかできる領域じゃないわよね。だから、最初に手を付けるのはアウトゲーム。どちらにしろ他の手段はないし、私の経験則でもそれが一番いい」
北條が言った。
「でも、アウトゲームから手を付けるったって、ソシャゲじゃないんだよ。俺たちにできることなんてあるの?」
「あるのよ」
と言って、玲子は微笑んだ。
「今の状況にもってこいの、ソシャゲ定番の手段がね」
北條は笑った。
「玲子ちゃん、ノリノリじゃない。やる気になった?」
しまった! と、玲子は頭を抱えつつ叫んだ。
「すっかり仕事モードに入ってたわ!」
はあ、と大きなため息をついた。
それから、考える。
こんなとき、天城さんならどうしたかしら?
天城龍一は、玲子のゲームプランナーとしての師匠であり、ファントム・サーガのプロデューサーでもあった。彼が、交通事故で急逝してから、もう一年がたつ。
異世界ダンジョンを運営しますか?
はい いいえ
再び、玲子のイメージの中で、ウインドウが姿を現す。
RPGで、よくある選択肢。
どちらを選んでも同じ――ということも、ままある。
はい、を選ぶまで、ずっと同じ問いをループしたりすることだってある。
この選択肢だって、はいを選ばないと、永遠に次に進まないのかもしれなかった。
そんなことを考えていて、玲子はふと、かつての会話を思い出した。
「RPGの選択肢、あれ、なんであると思う?」
天城の問いに、玲子は少し考えて答える。
「プレイヤーの選択を、その後のストーリーに反映させるため……」
言いながら、違うなと気づく。
「じゃないですね? どっち選んでも基本、ストーリーは変わんないもん」
「そうだな。ゲーム側で、選択肢の数だけストーリーを用意することは難しい」
「言われてみれば、なんであるんだろう?」
あまり考えたことがなかった。普通にあるから、きっと必要なものなんだろうな、という程度の認識であった。
「あれはな。プレイヤーに、選択をした――という体験を与えるためにあるんだ」
「選択したという体験、ですか?」
「そう。実際問題、選択の結果はどっちであってもさして変わらないことが多いだろう。だけど、自分が選択をした、という体験は残る。それが重要なんだ」
「それのどこが重要なんです?」
いまいちピンときていない玲子に、天城は言う。
「自分が選択した結果だから、その結果起こったことが、自分ごとになる」
「でも、結果は同じですよ?」
「それは、プレイヤーからはわからない。まあ、今はメタっちまって、わかってる奴も多いけどもさ。それでも、攻略サイトを見たりしない限り、その選択肢が何に影響しているかはわからない。だから、結果を自分ごととして受け入れる」
「なるほど。要は、責任の所在の話ですね。プレイヤー自身が選んだ結果だと錯覚させることができれば、その後の展開にプレイヤー自身が責任をもってくれる」
天城は頷いた。
「一旦、プレイヤーがその選択を自分ごととして受け入れてくれたら、そのあとのストーリーの説得力が増すんだ。そのために選択肢はある」
そこで、天城はまじめくさった表情になる。
「人生の選択肢だって同じことだぞ。自分で選ぶんだ。そうしたら、その結果は自分ごとになる。誰のせいにもならない。自分の人生が自分ごとじゃなくて何だ。だから、自分で選べよ」
はあ、と答える玲子に、天城は破顔する。
「……って、これはゲーム論じゃなくて人生論だな」
そうね、と言って、玲子は微笑んだ。
選ぼう。誰にも頼らず、自分で。
RPGの選択肢みたく、どっちを選んでも一緒っていうことは、絶対にない状況だけれども。
選ぶなら面白いほうだろう。
なにせ玲子はゲームディレクターなのである。面白さに貪欲でなくてどうするというのだ。
「仕方ない、やるわ。やってやるわよ!」
「ありがとうございます!」
アンドリューが涙を流さんばかりに喜んだ。
玲子は慌てて言った。
「でも、帰れるときがきたら、帰してもらうからね!」
「で、玲子ちゃん、最初は何するの?」
北條が嬉しそうに尋ねた。
「この街に、冒険者ギルドみたいなところはあるかしら?」
玲子の質問に、アンドリューが頷いた。
「はい。まさに、冒険者ギルドがございます」
「そこに協力を仰げる?」
「はい。それは可能でございますが……」
「橘さん、何をする気ですか?」
水谷が尋ねた。
玲子は、いたずらな笑みを浮かべて言った。
「貴族たちの名誉欲を煽ってやるのよ」




