第2話 ダンジョンの売上は?
ここオルフェイシア王国には、かつて魔王と呼ばれる存在がいた。さほど古い話ではない。たかだか十年ほど前のことである。
軍を用いて各地を次々に侵略し、一時は支配域を広範に広げていた魔王であったが、王国の人々の反抗は強く、次第にその力は衰えていった。
魔王は、最初の支配地であったこの地を、最後の抵抗拠点として籠城した。
この地には、地下迷宮があった。いつからあるかも由来も知れない、王国の人々がただ「ダンジョン」と呼ぶ、その迷宮の奥深くに魔王は居座った。
やがて、魔王軍と王国軍との趨勢は決した。魔王の軍勢は駆逐され、王国の地は彼らの手に取り戻された。
地上においては、である。
ダンジョンのみが魔王の支配する地となった。迷宮内には魔物が徘徊し、魔王の配下である魔族が人々の侵入を阻んだ。
その攻略は容易にはいかなかった。迷宮という地勢が、軍のような多人数による攻略を許さなかったからである。
王国の少数精鋭による攻勢は、魔族の少数精鋭による守勢によって撃退される。
それが幾度か続いたのち、王国は方針を改める。
攻略から、封鎖へと。
ダンジョン内への魔王の封じ込めである。
それと同時に、時のオルフェイシア国王、ロバート三世は布告を出した。
「ダンジョンを攻略し、魔王を打倒せし者に、その者の望むすべてを与えよう」
冒険者と呼ばれる人々がいる。
ある者は竜を殺した英雄であった。
ある者は罪を犯してすべてを失った者であった。
そして多くの者は、まだ何も為しえていない、栄達を望む者たちであった。
彼らはこぞって、ダンジョンでその勇を試した。
長い年月が過ぎ、数多の冒険者が息絶え、あるいは攻略を諦めたころ、遂に一人の男が仲間と共にそれを為した。後に、勇者と呼ばれるようになる男である。
ただ彼も、魔王を斃すことはできなかったのだ。激闘の末、かろうじて魔王を封印することに成功したのみである。
王は、その勇者に、求める褒美を尋ねた。
勇者は、王に告げる。
魔王の眠るこの地を私に下さい、と。
アンドリューは言った。
「今の話に出てきました勇者というのが、私めにございます」
彼はダンジョンの周囲に街をつくり、自らが生まれた村の人々を移住させた。元々実りの少ないその村は戦争によって荒廃しきっており、消滅間近であったのである。
勇者は拝領とともにベルモント侯爵の地位を賜った。街もまた、勇者の賜った爵位と同じく、ベルモントの名を冠した。
ベルモントは、以降も冒険者を受け入れた。ダンジョンにはまだ魔王が、そしていくばくかの宝物が眠っていたのである。
勇者アンドリューにも、魔王の打倒は叶わなかった。しかし、後進の者たちの中にそれを為すものが現れるかもしれない。ベルモントは彼ら冒険者の支援のための街である。
それが、アンドリューの語った、ダンジョンのあらましである。
話を聞き終えて、玲子は尋ねた。
「それが、ダンジョンを運営している理由なわけ? その、冒険者の支援っていうのが」
「それもございます」
アンドリューは言った。
「ただ、我が領の収益のほとんどが、ダンジョン探索に関連した産業で賄われておりますゆえ、ダンジョンへ入る冒険者が増えぬことには、領の増収も見込めず……」
「なるほどね」
と玲子は頷いた。
「正直、魔王討伐の支援はできないと思うけど、収益を増やすことならできるかもしれないわ」
「誠でございますか!?」
「街で売買される物品なんかは置いておいて、ダンジョンそのものは、何らかの収益を生んでいるの?」
「それでしたら、入場税というものを課してございます」
「入場税?」
「さよう。ダンジョンへの入場に際し、冒険者一人当たり、聖金貨二十枚の税を徴収しております」
「へえ。それって、高いの?」
聖金貨と言われても、玲子にはピンとこない。
「安くはございませんな。聖金貨二十枚は、一般的な単身者の、おおよそ一か月の生活費に当たります」
ええっ!? と玲子は驚愕の声をあげた。
「めっちゃ高いじゃない! ダンジョンってそんなに儲かるわけ? ドロップアイテムとか?」
「いいえ。ダンジョンで手に入るものに、さほど高価なものはございません」
「それなら、どうして?」
「冒険者がダンジョンを攻略するのは、彼ら冒険者を雇う、貴族の名誉のためにございます。言ってしまえばダンジョン攻略は、貴族たちによる、場所を違えた宮廷闘争のようなものとなっているのです」
その話は、玲子にはいまいちピンとこなかったが、ダンジョンに挑む冒険者が基本的には貴族に雇われていること、そして雇われでなければ支払うことが難しいほどの入場料を徴取されていることはわかった。
玲子は、小さくため息をついた。
「これじゃあ、冒険者の数を増やすのは難しいわね……」
高額な入場税がネックになる。貴族の後ろ盾も、誰もが得られるものではあるまい。
うーん、と玲子は考え込んで、まあいいわ、と言った。
「ダンジョンの直接の売上は、その入場税ってやつだけかしら?」
「はい。その通りでございます」
アンドリューの言葉に、玲子は頷いた。
「紙とペンはある?」
アンドリューが目くばせすると、控えていたメイドが、それを持ってくる。
玲子は、それほど質の良くない紙をテーブルに広げて、黒い液体の入った壜に刺さった見慣れないペンを見やった。
「へえ。羽ペンってやつね」
玲子はするするとペンを走らせた。慣れないペンであるが、意外と書きやすい。
書かれたそれを、水谷と北條が覗き込み、ああ、と頷いた。
そこには、こう書かれている。
売上=ユーザー数×課金率×課金単価
玲子はそこで、はた、と気づいてアンドリューに尋ねる。
「読める?」
アンドリューは眉根を寄せて首を横に振った。
「やっぱそうかー!」
玲子は頭を抱えた。
北條が言った。
「言葉は通じるのに不思議だよね」
「まあ、異世界もののお約束ですから」
と水谷が言った。
「ていうか、四則演算は大丈夫ですかね? 足し算とか、掛け算とかってわかります?」
アンドリューは頷いた。
「はい。教育を受けた者であれば理解できます」
「それじゃあ、ひとまず口頭でいきましよう。これは、ダンジョンの売上を計算する数式よ」
ほう、とアンドリューは驚いた声をあげる。玲子は続けた。
「まず、ユーザー数ね。ダンジョンには、一か月にどのくらいの冒険者が挑んでるの? のべ人数で」
「おおよそ、百人といったところです。ベルモントに滞在する冒険者の人数としては五十人程度ですが、ほとんどの者が月に二度ほどのペースでダンジョンに挑んでおるようです」
玲子は、ユーザー数の文字の上に、一〇〇と書き込む。
一〇〇
売上=ユーザー数×課金率×課金単価
「次に課金率だけど、これは入場税の形で取っていて、一〇〇%になるから考慮しなくてよし」
課金率の項目にバツをつける。
一〇〇 ×
売上=ユーザー数×課金率×課金単価
「で、課金単価は、一回の入場で聖金貨? ってやつを二十枚だから……」
課金単価に、二〇と書く。
一〇〇 × 二〇
売上=ユーザー数×課金率×課金単価
「計算すれば、百×二十で、聖金貨二千枚、っていうのが一カ月の売り上げになる」
「はい。その通りでございますね」
アンドリューは頷く。当然、玲子に言われるまでもなく、この程度の計算は既にしてあるはずである。
「さて、売上をあげるためにはどうすればいいのか? まあ、数式を見れば自明だわね」
ここか、と言って、ユーザー数を指さす。それから、ここ、と言って、課金額を指さす。
「ユーザー数か、課金額を増やすしかない。課金額を二倍にすれば、売上も二倍になるって理屈はわかる?」
アンドリューは再び頷く。
「問題は、ユーザー数と課金額は、しばしばトレードオフの関係にあるってところね」
「トレードオフでございますか?」
「ええ。入場税を増額すれば、その分、ダンジョンへの入場者は減る。払えない人が出てくるから」
「なるほど」
「だから、課金額を二倍にすれば売上が二倍になる、なんて、そんな単純な計算ではいかない。バランスが重要よ」
そこで、玲子はにやりと笑う。
「相手を見て、いくらまでなら嫌な顔しながら払ってくれるか、を見極める必要があるってこと」
「嫌な顔、ですか?」
「笑顔で払う額なら、もっと上げられるでしょ?」
ははあ、とアンドリューが嘆息する。
「もちろん、こっちも笑顔、あっちも笑顔、ってのが商売の理想ではあるけどね。ただ、今の入場税は、一般的な冒険者には払えない額なんでしょ? だったら、払うのはパトロンの貴族だけよね。貴族からだったら、もっと取ることができるんじゃない?」
「はい。私もそう思っていたところでした」
「あるいは逆に、貴族に雇われてないフリーの冒険者を呼び込むために、入場税を下げるという方針も取れなくはない。例えば、入場税を半額にするとかね。ただ、それで売上を増やすには、二倍以上のユーザー増を見込む必要がある。世間に冒険者がどれだけいるかはわかんないけど、入場税を払ってまでダンジョンに入る冒険者が、それほどいるとは思えない。倍増は難しいんじゃないかしら」
「ええ。それは確かに難しそうです」
てなわけで、と玲子は手を打った。
「ひとまずは入場税の増額が、売上増に向けての施策になります。具体的な金額は後で決めましょう」
北條が言った。
「わりと当たり前な話じゃない?」
「そうね。でも、きちんと数字を挙げて議論するのが大事なのよ」
「そういうものかねぇ」
「この、入場税の変更はすぐに手を打てるわ。ここは、アウトゲームの部分だからね」
「アウトゲーム? それは、なんですか?」
とアンドリューが尋ねた。
「アウトゲームはね。近代のソシャゲで、ある意味、最も重要な要素」
言って、玲子は、にっこりと笑った。
「私みたいな運営ディレクターが、一番、腕を試される部分ね」




