第4話 施策の効果は?
七月の月初め。そろそろ暑さを感じ始める時期である。
宿屋の主人であるモリスンは、額の汗をぬぐいながら街を歩く。朝市で食材を購入した帰路である。
ベルモントは計画都市だ。自然に生まれた街ではない。そのため、街区は綺麗に四つに分けられている。モリスンの営む宿屋は、西側の宿場地区にある。朝市の立つ商業地区は、反対の東側である。
モリスンは、ふう、と息をつく。歩く距離もあるが、背に担いだ、食材を入れた布袋が重いのである。部屋は満室に近く、そのぶん食事を用意する必要があった。酒場に向かう者もいるが、モリスンの宿は食事が売りであるため、半数以上は宿でそのまま食事をとる。
それにしても、とモリスンは思う。
――今日はいやに街で冒険者を見かけるな。
ベルモントの冒険者は、定期的にダンジョンに潜る。街をうろついている冒険者たちは、それが休みの者たちである。
そういえば、モリスンの宿に逗留している冒険者たちも、誰も今日はダンジョンに行っていない。だからこそ、食材がいつもより必要なのである。
ダンジョンに向かう冒険者は食事が要らないので、その旨は事前に伝えてくるのである。
なにかあるのだろうか?
考えながら、モリスンは、汗をかきかき歩いていく。ようやく商業地区を抜けて、中央広場についた。
ダンジョンをぐるりと囲むようにあるその広場には、冒険者向けの施設が建っている。そのうちのひとつが冒険者ギルドである。
その冒険者ギルドの前に、人だかりができていた。
がやがやと喧しい。集まっているのは冒険者のようである。
まだか、まだか、という言葉が、方々から聞こえる。どうやら何かを待っているらしい。
なるほど、とモリスンは思う。何だかわからないが、街に冒険者が多いのは、これが理由のようである。
群衆の中に、見知った禿頭を見つけた。モリスンの宿に長逗留している冒険者である。ベテランの盗賊で、名はたしか、ジミーといったか。
モリスンは、背中の荷物を下ろし、大きく伸びをした。
「ジミーさん!」
モリスンの呼びかけに、ジミーが振り返り、軽く手を挙げた。
「やあ、モリスンさん」
モリスンはジミーに近づいて尋ねる。
「この騒ぎは一体、何なんです?」
「ああ、そうか、意外と街の人は知らねえんだな。今日は月初めだろ?」
ええ、とモリスンは答える。
「それがなにか?」
「冒険者ギルドの立て看板に、先月のランキングが掲示されるのさ」
「ランキングですか?」
「そう。誰が一番、ダンジョンを深く探索してるか。それが張り出されるんだよ!」
ジミーはさぞ面白いことかのように言うが、モリスンにはピンとこない。
「へえ。ジミーさんたちのとこのパーティも、そのランキングとやらに載りそうなんですか?」
いやいや、とジミーは大きく手を振る。
「ぜんっぜんダメだよ。先月の一位は地下六階だぜ。俺たちはまだ地下五階までしか探索できちゃいない」
「なのに、わざわざ探索を休んでまで見に来てるんですか?」
「そりゃそうよ。どこのパーティが一位になるか、なんたって、見ものじゃないか! 近頃の酒場じゃ、この話題で持ち切りよ」
見な、とジミーが指をさす。
その先にいたのは、豪華な服を着て、従者を従えた男である。
「えっ! 貴族様じゃないですか!」
「一人だけじゃない。他にも三、四人見かけたぜ」
「なんだって、こんなところに……」
貴族たちの住む貴族区は街の北にあり、彼らはほとんど、そこから出てくることはないのである。
「ダンジョン探索の契約で、パーティの功績は、それを雇ったパトロンの功績ってことになってるんだ。つまり、ランキングに載るのは、その貴族様の名前になるってわけよ。プライドの塊の貴族様にとって、他の貴族より上に自分の名前があるかどうか、気が気じゃないんだろうさ」
ジミーは、ししし、と厭味ったらしく笑う。
「うちのパトロンもうるさいったらありゃしねえ。どうしてもランキングに載るんだって、俺たちをせっついてくる。俺ぁ、無理だって言ってるんだけどな。そんなんで無理して死ぬなんざ、まっぴら御免だよ」
わあっ、と、ひときわ大きく声が上がった。
見れば、建物の入り口から、大柄な男が出てくるところである。ギルドマスターのギルガメッシュだ。手には、丸めた紙を持っている。
「やあやあ! お待ちかねのランキングだ! 道を開けろ!」
ギルガメッシュが大音声で呼ばわると、冒険者たちが、さっと引いて道を作る。
ギルガメッシュは立て看板の前まで歩いていくと、紙をあてがって鋲で止めた。
振り返って、言った。
「さあ! これが先月のランキングだ!」
おおおお! どよめきが上がった。
「おっと、ここじゃよく見えねえ。モリスンさん、前に行こうぜ」
「わ、わたしは別に……」
ジミーに手を引かれ、モリスンは前に出る。立て看板の前は、ランキングを見ようとする冒険者でぎゅうぎゅうである。
ジミーが叫んだ。
「うわあ! 一位は地下七階だってよ! ついに来たな! 達成者は……やっぱりギルバート伯のところかぁ!」
わああ、と歓声が上がる。大盛り上がりである。
あっ、とジミーが声を上げた。
「ルミナス様の名前があるじゃねえか!」
「ルミナス様?」
「うちの雇い主だよ! 十位ぎりぎりだけどな! 地下五階の踏破率で差がついたみてえだ」
「踏破率?」
「ランキングに載るには、各々のパーティが作成した、ダンジョンの地図を提出しなきゃいけねえんだ。地図が全部埋まってたら完全踏破で、踏破率は百%。地下五階に到達したパーティは団子状態でな。そこで差をつけるのが、踏破率ってわけさ」
「はあ、なるほど」
「うちのパーティは慎重派だからな。めいっぱい準備してから、下の階に進むスタイルだ。地下五階の地図も、ほぼ完全なものが出来ちゃあいたんだが、まさかランキングに載るとはな!」
ジミーは嬉しそうに笑う。
「ジミー、やったじゃねえか!」
「ボーナス出たら奢ってくれよ!」
周囲の冒険者も、笑いながらジミーを祝福している。
何かを叫んでいるのは、先ほど見かけた貴族である。地団太を踏んでいる。ランキングが、思ったような結果ではなかったのであろう。
ジミーが言った。
「モリスンさん、今日は皆で酒場に行くことになりそうだ。悪いけど、飯はいらねえや」
今日は、そのような冒険者が多そうである。用意した食材が無駄になるかもしれない。
食材も安くはないのに……。
モリスンは、はぁ、とため息をついた。
古城の一室。もともとは食堂であったが、大きな円卓をぐるりと囲むように座れるその部屋を、今では皆が会議室と呼んでいる。
その会議室に、関係者が集まっている。領主のアンドリュー、転移者である玲子、水谷、北條である。
今日は月初めであり、先月の売上についての報告と、相談をすることになっていた。
会議はアンドリューの報告から始まった。
「先月の売上ですが、聖金貨五千枚となりました」
おお、と皆がどよめきの声を上げた。
それは、前月の倍以上の金額であった。
アンドリューは続けた。
「ランキング上位を目指して、ダンジョンへの挑戦を増やしたパーティが多かったのに加え、貴族が更なる冒険者の雇用に踏み切ったようで、入場者数が倍近く増えております。同時に、入場税を聖金貨三十枚に増額したため、大幅な売上増となりました」
よし、と玲子はこぶしを握る。
「ただ、まあ、ここから必要経費を引かないといけないけどね」
玲子の言葉にアンドリューは頷く。
ランキングの実施に伴い、上位者に対して報酬を用意した。それが玲子の言う必要経費である。
一位のパーティの入場税は免除。そして、二位と三位のパーティの入場税を聖金貨十枚に、それ以外の十位以内のパーティの入場税を聖金貨二十枚に、それぞれ減額するとした。
アンドリューが言った。
「ランキングに入った貴族に、報酬として払い戻した額は、総額で聖金貨千枚ほどでした」
そうなると、純利益は、聖金貨四千枚ということになる。それでも十分な売上増であった。
北條が言った。
「しかし、昔のゲーセンのハイスコアランキングみたいで古臭いって思ったけど、効果があるもんだねえ」
そう。
玲子がダンジョンの売上増に向けて実施した策こそ、ランキングであった。
玲子は答える。
「ランキングは今だって有効よ。ソシャゲのイベントなんかでも、たまにあるでしょ?」
「まあ、たしかに、あるっちゃある。でも、あんまり見ないよね?」
「それは、ランキングという施策に大きな欠点があるから。ランキングは、ごくごく一部のユーザーに対してしか訴求しないのよ」
「そうなの?」
ええ、と玲子は頷く。
「ランキングは、ほんの一握りの、トップ層にいるユーザーに対してしか訴求しない。あまり勝ち負けを追求しない、いわゆるライトユーザーと呼ばれる層には、ほとんど効果のない施策なの」
ああ、と北條は納得する。
「それは確かにそうかも。ランキングなんて自分には関係ないって思っちゃう」
「だけど、ダンジョンに挑む冒険者とそれを雇用する貴族に、ライトユーザーはいないわ」
玲子はにやりと笑った。
「貴族たちは、上位に入ろうという競争心を煽られて、こぞってダンジョンに挑んでくれたわけ。プライドにかけてね。報酬はおまけみたいなものよ」
水谷が言った。
「それにしても、冒険者の皆さんも、ものすごい盛り上がりようでしたね」
「ああ、あれはね」
玲子はいたずらな笑みを浮かべて、片目をつむる。
「ちょっとアンドリューにお願いしたのよ」
「アンドリューさんに? 何をですか?」
水谷の問いに、アンドリューが答える。
「冒険者の皆さまに、配下を使って噂を流しました。ランキングを始める半月前くらいから、冒険者ギルドが面白いことを企んでるらしいぞ、と」
玲子が頷く。
「まず、噂レベルの情報を流して、ユーザーの期待感を煽ったの。ユーザーコミュニケーションは、近年のゲームでは必須だわ」
北條が苦笑して言った。
「噂を流すのは、ユーザーコミュニケーションって言うのかな?」
「SNSで予告を流すのと、本質的には変わらないでしょ?」
「まあ、そういうことにしておいてもいいけどさ」
アンドリューが続けた。
「次に、ランキングの実施が発表されたところで、貴族と接触しました。彼らには競争心を煽るよう、どこそこの貴族がランキング上位を狙っている、などといった噂を。貴族間のライバル関係を見越して、名前を変えつつ」
北條がまた苦笑する。
「それはもう風説の流布だわ」
「貴族が乗らなきゃ、どうしようもなかったのよ。それに、この国の法律には違反していないし」
玲子の言葉に、アンドリューが頷く。
「流言飛語、権謀術策は、宮廷においては日常茶飯事です。タチバナ様の行為は正当と言えましょう」
玲子は言った。
「貴族が動けば、当然雇われている冒険者も動く。ランキングを皆が気にすることになるでしょう? あとは、ちょこっと酒場で冒険者のイベント気分を盛り上げてやれば、自然発生的にお祭り騒ぎになるってわけ」
「すばらしい成果でございました」
と、アンドリューが言った。
「皆様にお任せして、本当に良かった!」
「まだまだ、こんなもんじゃないわ。これからどんどん色んな施策を打っていくから、覚悟しておいてね」
「ええ。それはもう、お好きなように」
それはそうと……と居住まいを正して、玲子は宣言した。
「報酬の話をしましょうか!」
アンドリューが、ぽかんと口を開ける。思ってもみない提案だったようである。
「報酬ですか? 衣食住を保証させていただくだけでは、ご不満でしょうか?」
「ええ、ご不満ですとも! 人はパンのみに生きるにあらずよ。やりがいが必要だわ」
アンドリューの表情が曇る。
「なるほど……。しかし、私たちといたしましても、報酬をお支払いできる状況にはなく……」
玲子は指を三本立てて言った。
「ダンジョンの利益から、三%でどうかしら?」
指を一つずつ触りながら、数え上げる。
「私と、北條と、水谷で一%ずつね。先月の利益であれば、合わせて聖金貨百二十枚。そのくらいなら払えるでしょう?」
「なんと……。それだけでよろしいので?」
アンドリューは驚きの表情を浮かべる。
本当はもっと取ってもいいかもしれないが、生活を保障されているのだから、このあたりが妥当なところだろう。
玲子は不敵な笑みを浮かべた。
「言ったでしょう。こんなもんじゃ済まさないくらい稼いでやるんだから」
アンドリューは、とても嬉しそうに笑んだ。
「ええ、ええ。どんどん稼ぎましょう」
「てなわけで、次は、ユーザー数の問題に取り組みたいところね」
売上=ユーザー数×課金率×課金単価
この数式に従えば、ユーザー数は売り上げに直結する数字である。
北條は訝しげに言った。
「ユーザー数? 現状だと、ユーザー数を増やすのは難しくない?」
「もちろん、それはそう」
ダンジョンに入るには、入場税がかかる。それは高額で、貴族の雇われ冒険者くらいしか支払うことができない。
そうなれば、必然的に、ダンジョンに入ることのできる冒険者の数は絞られることになる。
でも、と玲子は言った。
「やれることはあるでしょ?」
「やれることって?」
「バケツの穴をふさぐこと」
玲子の言葉に、北條と水谷は、はっとした。
アンドリューは、ぽかんとした表情を浮かべ、玲子に尋ねた。
「バケツの穴、ですか?」
そう、と玲子は頷く。
「私らの世界、ていうか業界の有名なたとえ話よ。穴の開いたバケツに水は入れられない」
アンドリューは首をかしげた。
「どういう意味でしょうか?」
「ここで言うバケツは、運営するサービスね。水がユーザー数だと考えてちょうだい。バケツに穴が空いてたら、入ってきた水はそのまま流れてしまって、バケツの中には何も残らない。要するに、何らかの方策でサービスのユーザーを増やすとして、サービスから離脱するユーザーが多ければ、そのユーザーを増やす方策そのものが無意味になるってことね」
「なるほど、理解できます。しかしその、離脱というのは、ダンジョンにおいては何を意味するのでしょうか?」
「そのまま。ダンジョンに二度と訪れないって意味」
はて、とアンドリューは首をひねる。
「貴族と契約している以上、ほとんどの冒険者が、ダンジョンに再訪するように思えるのですが」
「いや。ダンジョンには、めちゃめちゃ大きい離脱要因がひとつあるわ」
「なんでしょうか?」
「死よ」
ため息をつきながら玲子は言った。
「死んだ冒険者は、もう課金してくれないもの」




