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第3話 召喚って、あの召喚?

異世界に召喚されてしまった玲子。

戸惑う彼女の前に、アンドリューと名乗る人物が現れて――。

 眠りから目覚めた玲子が目にしたのは、石造りの床であった。

 起き上がって目をこする。

 かなりの痛飲をした記憶が、あるにはある。あるのだが、二日酔いの気配もなく、目覚めはすっきりしている。四十を過ぎてからというもの無かったことである。


 視線を下に落とした玲子は、えっ? と思わず呟き、それから目を見張った。


「ええーっ!?」


 叫んでしまった。全裸だったのである。


 見れば、薄っぺらな毛布が床に落ちている。これが体にかけられていたものであるらしい。

 玲子は急ぎ毛布を拾い、体に巻き付ける。


 なにがあった? 飲んで、楽しくなって、それで……?

 一緒に飲んでいたのは、水谷と北條である。


 北條? まさか、水谷……?


 玲子としてはどっちもない。かけがえのない優秀な仕事仲間ではあるものの、恋愛対象ではありえない。もちろん、ワンナイトであってもだ。


 あたりを見回した。薄暗い中にぽつりぽつりと光源がある。ローソクのように揺らめいていた。目を凝らせば、やはりそれは間違いなくローソクであった。人影のようなものは見えない。


 これはどういうコンセプトなの? と玲子は思う。状況のせいか、なんだかいかがわしい場所にいる気がしてしまう。


 まるで古城のようである。

 床のみならず、遠くにうっすら見える壁もまた石でできているようだ。もちろんイミテーションかもしれないが。天井はとても高く、暗さのせいもあって、まったく見えない。

 とにかく広い場所であった。


 玲子は急に心細くなって、おっかなびっくり声を上げる。


「おーい。誰かいるー?」


 予想外にもその声に反応があった。


「お目覚めになられましたか」


 声に振り返ると男が立っている。

 薄明かりにぼんやりと浮かび上がる彼は、玲子とさほど変わらない年齢に見えた。マントを羽織っていて、その下には、場所柄に合わせてか中世の貴族が着ているような服を身に着けている。


 状況的には恐怖するところだろう。しかし玲子は、そうするより先に、怒りを覚えた。


「あんた誰!? つーか、どこよ、ここ!?」


「申し遅れました。私は、ベルモントの領主を勤めさせていただいております。アンドリュー・ベルモントと申す者。以後、お見知りおきください」

 アンドリューと名乗る男は、胸に手を当てて恭しくお辞儀した。彼の見た目と相まって、どこか執事めいたしぐさに見えた。


「ベルモント?」

 玲子は首をかしげる。どこかで聞いたような気がする。


「契約に従い、我が召喚に応じられましたこと、御礼申し上げます」


 アンドリューの言った、契約、という言葉で思い出す。書類にサインをした。そして、光に包まれて……。

 やはりそこからの記憶がない。

 ベルモントというのは確か、あの契約書に書かれていた社名である。


「あなたは我が召喚に応じられたのです。レーコ・タチバナ様」


「だから、その召喚ってのは何!?」


 アンドリューは、にっこりと笑った。

「詳しいお話は、お仲間の方ともども、別室にてさせていただきたく思います」


「待って。水谷と北條もここにいるの?」


「はい」


「今すぐ会わせて!」


「もちろんです。しかし、まずはお召し物を」


 玲子は赤面した。全裸であることをすっかり忘れていたのである。


 古式ゆかしいメイド姿の女性が二人やってきて、玲子の手を引いた。

 メイドは二人ともがケモ耳であった。一人は犬のそれで、もう一人は猫のそれである。ただのつけ耳ではないらしく、時折ぴょこぴょこと動く。

 凝ってるな、と玲子は思った。


 暗さに目が慣れてみれば、そこは体育館――学校のそれではなく、市民体育館ほどの大きさの空間であった。

 床に奇妙な文様があるのが見て取れた。あの契約書から浮かび上がった文様に似ているような気がする。


 ちょっと待って、と玲子は思った。召喚って、あの召喚?

 ゲームではお馴染みの仕組みであるが、当然、現実には存在しない。

 やっぱアレ? そういうコンセプトのテーマパークみたいなところ?

 だとすれば水谷の趣味だろう。あとで文句を言わなければなるまい。


 メイドに手を引かれてたどり着いたのは、衣裳部屋であった。アンドリューの着ていたような中世風の衣装、その女物ばかりが吊るされた部屋である。

 どこかのお姫様が着るようなものから、街娘が着るようなものまで、数多く取り揃えられている。玲子の乙女心が少しだけ躍った。

 とはいえ――。


「ぜんっぜん、わかんない!」


 何を着るべきかはもちろん、どう着ればいいのかすらわからない。玲子の人生でまったく出会ったことのないタイプの服たちなのである。


「よろしければ、わたくしどもが見繕いましょうか?」


 猫耳のメイドが言ったので、玲子は頷く。


 先ほどの体育館に比べて衣裳部屋はとても明るかった。光源が違うように思える。まるで蛍光灯のような白色光である。とはいえ、蛍光灯そのものは見当たらない。部屋全体がぼんやりと光っているような印象である。


 部屋の奥に大きな姿見があるのを、玲子は見つけた。何の気なしに姿見の前まで歩いていく。

 鏡に映る自身を見て、驚愕した。


「なんじゃ、こりゃぁ~!?」


 玲子は、体を覆っていた毛布をはぎ取って、再び鏡をのぞき込む。


 顔に、シミもシワもない。おっぱいに、ハリがある。腰回りが、ほっそりしている。

 ぺたぺたと顔に手をやる。肌が、しっとりとしている。


「つーか、誰!?」

 と、口にしながらも見覚えはある。玲子にとって、はるか昔の記憶であった。しかし、右頬を覆う痣を玲子が見間違えるはずもない。


「二十代後半、いや、前半くらい? やばーい!」


 玲子は小躍りした。実際に小さく飛び上がりもした。

 若返っていたのである。


 二人のメイドがにこにこと笑いながら見ていることに気づき、玲子は赤面した。慌てて毛布を拾い上げて体にまとう。

 猫耳のメイドが手のひらの上に薄布を載せて近づいてくる。


「お召し物でございます。まずは下穿きから」


「下穿き?」


 頭にはてなを浮かべながら薄布をつまみ上げると、要するにそれは、ショーツだった。トランクスのような形状をしている。材質はシルクだろうか? とても肌触りが良い。


「こちらでよろしいでしょうか?」


 ええ、と玲子は答える。


 では、とメイドが、玲子の手からショーツを取り上げてしゃがみ込んだ。

 メイドが玲子を見上げる。

 玲子が戸惑っていると、メイドもまた戸惑っている。

 あの、と遠慮がちにメイドが言った。

「おみ足を上げていただけますか?」


「は?」

 と玲子は言って、少しだけ固まる。ようやくメイドの意図に気づいて、玲子は言った。

「いやいやいや! 下着くらい自分ではく! はきます! 大丈夫です!」

 ばっ、とメイドの手からそれを奪い取ると、後ろを向いて急いではく。ゴムのようなものは入っていないように見えたが、それは玲子の体にぴったりとフィットした。


 振り返りざま言った。

「ブラも自分でやるから!」


 はて、とメイドが首を傾げた。

「ブラ、とはなんでしょう?」


 玲子は完全に理解した。

 ここは現実世界ではない。なにせ若返っているのである。

 おそらく自身の夢の中であろう。


 こほん、と咳払いをして玲子は言った。

「なんていうか、あれよ。胸を覆って形を整えるやつ」


 まあ、とメイドは言って、頬に片手を当てる。

「タチバナ様はお若いですし、コルセットなどお付けにならなくてもよろしいかと存じます」


「コルセット……」

 たしかにそれは御免こうむる。動きづらい恰好は好みではない。普段スカートをあまりはかないのも、それが理由だ。


 ただし、これは夢なのである。


 犬耳のメイドが恭しく差し出したドレスを見て、玲子は微笑んだ。

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