第110話 冒険者たちの現在地1
魔晶石を発見した勇斗たちは、その採掘に乗り出す。
一方その頃、ヒョードルの率いる神殿騎士たちは――。
ダンジョンの壁に寄りかかって、ノルムが大きくため息をついた。
「久しぶりのダンジョン行が、これか~」
片手には、いつもの得物の弓矢ではなく、大きなつるはしが握られている。
「ぐちぐち言ってないで、きりきり掘ってくれ」
勇斗の振り下ろすつるはしの切っ先が、魔晶石を砕く。
魔晶石には、いわゆる目があるようで、ある程度一定の大きさ、形状で砕ける。それは、いつも使っている魔石を一回り大きくしたような形をしていて、これを魔法で精製することで魔石となるそうである。
むろん、そのような精製技術を、勇斗たちは持ち合わせていない。最終的には、ギルドに依頼して、精製するなり、原石のまま売却するなりすることになるだろう。
それでも、採掘までは、自分たちでやろうと決めた。勇斗とアンジェロの二人であれば、他に人を雇うことも考えたが、ノルムたちもいるなら、なんとかなるだろうとの算段である。シャーリーは女の子なので、さすがに重労働は厳しいが。
「これ、いつ終わるんだ?」
ガルベスが情けない声をあげた。
ちっ、と勇斗は舌打ちをする。脳筋のくせに、意外と根性がない。
「じゃあ、みんながやる気の出る話をしようか」
と、アンジェロが言った。
「この魔晶石、ぜんぶ売ったら幾らになると思う?」
「つっても、俺たちが魔石一個の買うときの値段が、聖銀貨一枚だろ? 精製前だから、それより安いとして……これ、何個分あるんだ?」
聖銀貨一枚は、おおよそ千円の価値である。
言って、ノルムが周囲を見回した。それから、ごくりとつばを飲み込む。
「もしかして、すごい量ある……のか?」
アンジェロが笑みを浮かべて言った。
「ざっと、聖金貨で一万枚」
「い……いち…ま?」
ノルムがぱくぱくと口を開閉させた。
日本円にして、およそ一億円である。
疲れてしゃがみこんでいたシャーリーが、無言で立ち上がった。
手にしたつるはしを、魔晶石に振り下ろす。その勢いは、休憩前より増しているように見えた。
「俺、奥のほう掘ってくる!」
言って、ガルベスが駆け出して行った。
勇斗がくぎを刺した。
「これは、あくまで見積りっていうか、最高品質の魔晶石で、想定量がとれるならって前提だからな。ここから冒険者ギルドに手数料も払うことになるし、税金だって引かれる。採掘税とかいうのがあって、これが十パーセントも持ってくんだってんだから、ひどい話だよ」
基本的に、オルフェイシア王国の税は重い。先の戦争からの復興財源の名目で、近年は殊に重くなっているらしい。
「これに、人なんて雇ってみろ。雇い賃だけじゃなくて、人足税まで取られるんだぞ。やってらんねーよ」
人足税は給与の三十パーセントである。日雇い仕事にかかる税で、給与から雇用者が天引きして支払いする。雇い主も、その分を考慮して給与を決めるのである。
「その点、俺たちパーティは身内扱いだから、雇い雇われの関係じゃない。雇用関係上の税金は免除されるってわけだ」
それを聞いたノルムは、呆れたように言った。
「ユート、お前ずいぶん世慣れしたなぁ」
勇斗は、はっ、と鼻で笑った。
「こちとら、ギルバート伯にクビにされてから、ずっと建築ギルドで職人やってんだ。金勘定も、雇われ冒険者よりはずっとシビアだよ」
「頼もしいねぇ」
言って、ノルムは笑った。
「俺たちも、もう雇われじゃない。ダンジョンの入場税がとられなくなったからって、これからは自力で稼いでいかないとならないんだ。ひとまずは……」
と、つるはしを担ぎ上げた。
「弓をこいつに持ち替えて、稼いでいくとするか」
それを聞いた勇斗は、にんまりと笑った。
そのとき、奥から悲鳴が聞こえた。
「な、なんだ!?」
と勇斗は言った。
「今の……ガルベスの声だ!」
ノルムは、そう言うや否や駆け出していく。
勇斗たちは、その後を追って走り出した。
これで四度目の邂逅であり、七体目の遭遇である。
敵は、サイクロプスであった。地下八階のルームガーダー――すなわち、大部屋の守護者である。
その先には、彼らの守るべき何かが存在しており、そのうちのひとつは必ず、地下九階に下る階段であるはずだった。
ヒョードルは、手にした斧槍を、ぐっと握りしめる。
今度こそとの思いがあった。
もはや、ヒョードルたち神殿騎士にとって、サイクロプスは敵ではない。今回、相対するのは二体である。最初こそ苦戦したが、今なら三体を相手取っても勝利できる自信があった。
もし、ここにも階段がなかったら、との思いがよぎる。
ルーベルンという冒険者たち――ギルバート伯に雇われた冒険者である――彼らは、数を恃んでダンジョンを探索している。数的優位はあちらにあり、戦闘はともかく、探索という点においては、それに充てられる人数が勝負を分ける。
脳裏に雑念を抱きつつも、ヒョードルはサイクロプスの初撃を、斧槍を地面に突き立て、宙に躱す。回転させるように斧槍を一閃、棍棒を持ったサイクロプスの右腕を断ち切った。
戦闘力は、ルーベルンたちよりも、ヒョードル達のほうが上である。したがって、戦闘に要する時間は、ヒョードル達のほうが短いはずだ。
それに、冒険者と違って、魔物素材なども打ち捨てて探索に戻っている。
その探索も、昼夜を問わず、ほとんど休息なく続けているのだ。
最速の戦闘処理に加えて、休息なき探索――これこそが、ヒョードル達の優位性である。
それで、数の優位に勝てるものか。それは、ヒョードル自身にもわからなかった。
誰よりも先に――ルーベルンたち、ギルバート伯の手勢よりも先に、地下九階に到達する。
それができなければ、ヒョードルたち神殿騎士パーティがダンジョン攻略を続けることに、疑義が出かねない。神殿の中には、神殿の最高戦力である聖騎士ヒョードルを、ダンジョン攻略に充てることを良しとしない者もいるのである。
「ジェニー!」
二体目のサイクロプスの棍棒を斧槍で受けながら、ヒョードルは叫ぶ。
巨大な戦槌を掲げた女性騎士が無言で走り寄り、振り下ろした槌でサイクロプスの足の甲を潰した。
どう、と倒れたサイクロプスの眼窩に、マイルスの片手槍が突きこまれる。
「ウィルヘイムに祈り奉る。氷の槍にて彼の者を貫かんことを願い奉る!」
アーニャがウィルヘイムに祈願する。眼前につららが生まれ、一直線にサイクロプスの頸部を貫いた。
ごぼりと大量の血を吐いて、サイクロプスは絶命した。
「あと一体です! 気を抜かないように!」
ヒョードルの叱咤に、残った一体のサイクロプス――既に右腕はヒョードルによって切り落とされている――に、皆が注目する。
容易い――とヒョードルは思った。魔物を倒すことは、あまりに容易い。
だから、あと、必要なのは、ほんの少しの幸運であった。
今月は残り少ない。しかし、今月のうちに、地下九階に先んじたい。
ランキングで一位となれば、誰もヒョードル達を非難できないだろう。
だからこそ、我ら神殿騎士団に、幸運を。
ヒョードルは、幸運を司るアイシャに、そして神に、祈った。
部屋の奥で閉ざされた扉――その先に、地下九階への階段がありますように。
サイクロプスが、断末魔の悲鳴を上げる。
そして――。
ヒョードルの祈りは神に届かない。
ルームガーダーの守る扉の先にあったのは、無情にも――行き止まりと、そこに鎮座する宝箱であったのだ。
更新遅くなりまして申し訳ありません。
ちょっと長くなったので二つに分けます。
次回更新は明日4/25の予定です。




