第109話 再会の宴
勇斗たちは、生還したノルムたちと酒場で祝杯をあげる。
「っかーーーっ! うめえ!」
豪快にエールをあおったノルムが嘆息した。
酒場のテーブルに五人が座っている。
酒杯を傾けているのは、ノルムたち三人だけで、勇斗とアンジェロはいつものようにお茶である。
ノルムの様子に少し呆れながら、勇斗は言った。
「そんな一気にいって、大丈夫なのか? 一応、病み上がりみたいなもんだろ」
「問題ない。むしろ、死ぬ前より調子がいいくらいだぞ!」
そう言ったのはガルベスで、彼は豪快に、がはははと笑った。
シャーリーは言った。
「まさか、こんな形で再会することになるとは思わなかったわ。私たちの印象では、つい先日のことなんだけど、もう一年も経ってるのね」
そう、彼らからしたら、あの日は先日のことなのである。何故なら、彼らの時間は、そこで停止していたからだ。
勇斗が初めてのダンジョン探索に赴いたあの日から。
狩人のノルムをリーダーとして、戦士のガルベス、僧侶のシャーリーで構成された三人は、若く有望な冒険者パーティだった。
優秀なパーティを選別して採用していたギルバート伯に雇われていたくらいであるから、その実力のほどが窺える。
彼らがその日、与えられた任務が、駆け出し勇者であるところの、勇斗のサポートである。彼らは、勇斗の初めてのダンジョン探索に同行し、支援をした。
そこで彼らは、未開の宝箱を見つけた。否――見つけてしまったのである。
その宝箱を開けた彼らは、転移の罠により、いずこかへ消えてしまったのであった。
ただ一人、勇斗をその場に残して。
そして彼らは、一年もの間、魔晶石の中に囚われることになったのである。
勇斗が玲子から聞いたところによれば、ノルムたちは魔晶石の中で、ある種の魔法生物のような形で生き永らえていたそうである。それをどのようにして元通りとしたのかは、詳しくは教えてくれなかった。
そう話すと、ノルムは、そうかと軽く言った。
「その、タチバナさんっていうの、聖女さまなんだろ? まさか俺たちみたいな下っ端冒険者を、わざわざ蘇生してくださるなんてな」
「でも……蘇生って、ものすごくお金がかかったんじゃない?」
シャーリーがおずおずと言った。
勇斗は軽く手を振った。
「いやいや。今のダンジョンじゃ、蘇生に金はかからないんだよ。俺だって、蘇生されたことあるし」
「え!? ユート、死んじゃったの?」
シャーリーが言うのに、勇斗は笑いながら頷いた。
「生き返った時、なんか変な部屋にいたろ? ダンジョンで死ぬと、蘇生されてあの部屋に飛ばされるようになってんだ。聞いたところじゃ、聖女様がそういうふうにしてくれたらしい」
「まじかよ!?」
「聖女様は、ダンジョン支援運営管理局とかいうのを作って、ダンジョンに挑む冒険者の支援をしてくれてるんだ」
とアンジェロが言った。
既に自己紹介は済ませている。
アンジェロが名乗ったとき、シャーリーが奇妙な顔をしていたのだが、勇斗には意味が分からなかった。
シャーリーが何故か嬉しそうにして、アンジェロに尋ねた。
「アンジェロって、ユートとは長いの?」
「そうだなあ。パーティ組んで一年くらいかな?」
言って、アンジェロは勇斗を見た。
「たぶん、そんくらい」
と勇斗は言った。
じゃあじゃあ、とシャーリーは続けた。
「二人はどこで知り合ったの?」
アンジェロは、運搬部隊としてダンジョンに潜り、ゲイルという荒くれ者とトラブルになったこと、けがをしたアンジェロを守る形で、勇斗が彼を撃退したことを語った。
きゃー! と何故だかシャーリーは黄色い悲鳴を上げた。
「そんなの、白馬の王子様じゃない!」
勇斗は赤面しながら言った。
「いやいや、アンジェロがお姫様だったらそうかもしれねーけどさ。こいつは男だし、俺も大したことしたわけじゃねーし」
「そうだよ!」
と、アンジェロも同じく赤面して否定する。
ふーん、と一転して、シャーリーは面白くなさそうに唇を尖らせた。
その後を継いだのはノルムである。
「それからは、二人でダンジョンを探索してたんだろ? ユート、明らかに強くなってるよな? 何があったんだ?」
矢継ぎ早の質問に、勇斗は少したじろぎながら答える。
「聖女のメダルってのがあってさ――」
運営がアイテム販売を始めて、そこで使用できる聖女のメダルというものが、ダンジョンで入手できるようになったこと、それを集めるために、アンジェロと二人でダンジョンを探索したことを話す。
「で、結構メダルが集まってきたところで、勇斗が地下七階に隠しエリアがあるって言い出したんだ」
と、アンジェロが補足した。
「地下七階!?」
ガルベスが驚嘆の声をあげた。
「本当かよ……。勇斗、めちゃくちゃ強くなってるじゃないか……」
いやいや、と勇斗は否定した。
「地下七階の魔物には、ぜんぜん歯が立たねーって。隠しエリア探しが目的だから、めっちゃ戦闘を避けて探索したんだよ」
「いやいや、ダンジョンで戦闘を避けることなんてできないだろ!」
とノルムが言った。
「ディテクト・ライフとディテクト・マジックで、魔物のいるところを避けまくればなんとかいける。あとは、インビジビリティの魔法で、姿を消して横を通ったり……」
「聞いたことのない魔法ばっかりだな……」
勇斗が挙げていった魔法に対して、ガルベスがそう呟く。
確かに、探知系や幻惑系の魔法は、ダンジョンでは比較的マイナーな部類である。
「それで、目論見通り、隠しエリアを発見して、俺たちを見つけたってわけか」
ノルムは感慨深そうに言って、頭を下げた。
「ありがとう。おかげで、助かった」
いいって、と勇斗は苦笑した。
「実は、あのときノルムさんたちを助けられなかったことが、割とトラウマでさ。助けようとしたのは、俺のためでもあるんだ」
「そのせいで、ギルバート伯んとこ、首になったんだよな?」
とノルムが尋ねると、勇斗の渋面はさらに深くなった。
「それは……。まあ結果的にそんな感じだけど、俺が悪いんだよ」
ノルムは軽く頷いて、それ以上を聞くことをしなかった。
「なにはともあれ、俺たちはこうして生きている。生かしてくれたのは、ユートだ」
そう言ってから、酒場の給仕に、エールを五杯頼んだ。
「ちょっと待ってくれ」
と勇斗は慌てた。
「俺たち、下戸なんだけど……」
「俺たちの生還祝いだ。一杯だけ付き合ってくれよ」
ノルムが笑顔で言うのに苦笑しつつ、勇斗はアンジェロに目をやった。
アンジェロは笑顔を浮かべて言った。
「まあ、一杯くらいなら大丈夫かな」
「決まりだ」
とノルムは言って、届けられた酒杯を皆に配った。
「それじゃあ、俺たちの生還と、ユート達の未来に」
乾杯、と言うのかと思えば、ノルムはそこからさらに続けた。
「それから、俺たち五人のパーティ結成を祝して――」
「ちょ、待て待て!」
と勇斗は慌てて言った。
「え? パーティ? そんな話してないだろ!」
えー、とシャーリーが不満そうに言った。
「私たちだって、たぶん、もうギルバート伯のところからクビになってるわけじゃない。蘇生した責任取ってもらわないと困るんだけど?」
「そうだそうだ。ユートには、俺たちとパーティを組む義務がある」
と、ガルベスも同調する。
どうする? と言いたげな笑顔で、ノルムが勇斗を見た。
勇斗がアンジェロを見ると、アンジェロは笑顔で頷いた。
はあ、と大きくため息をつく。
「わかった……。わかったよ!」
勇斗は、エールがなみなみとつがれた木製のジョッキを引っ掴むと、高々と掲げた。
「俺たち五人の、新たなパーティの未来に!」
未来に! と他の四人が唱和した。
ジョッキが打ち鳴らされる。
「本当に弱いんだな」
そう言ったノルムの視線の先には、すっかり寝入ってしまった勇斗がいる。
「で、アンジェロは全然平気……っと」
少し頬が赤らんではいるものの、アンジェロは全く酒気を感じさせない佇まいである。
「下戸ってのは嘘なんだろ?」
面白げにノルムは尋ねた。
「ええと……」
と、アンジェロは視線をそらした。
そこにシャーリーが追撃する。
「そもそも、なんで男の子のふりしてるのかな?」
「えっ!?」
とあからさまにアンジェロが動揺した。
「ええっ!?」
とガルベスも同様に驚く。
「なんでガルベスも驚くの!?」
「いや、だって! え? アンジェロって、女なのか?」
「そりゃ本人、言ってないけどさー。見てたらわかるじゃない」
「全然わからなかったんだが……」
「ユートもわかってないみたいだし、見る目ないなー」
それから、シャーリーは微笑みを浮かべながら、アンジェロに尋ねた。
「ユートくんのこと、好きなんでしょ?」
アルコールによるそれでなく、アンジェロの頬が急激に赤みを増した。
「そうなのか?」
と、ノルムはシャーリーに言った。アンジェロが女性であることは何となく察してはいたものの、色恋についてはわからない。
「見ればわかるでしょー。うちの男どもは本当に鈍いんだからー」
と、シャーリーは唇を尖らせる。
「特に鈍いのはユートくんだけどね! こんな近くにいる可愛い女子に気づいてないんだから!」
「僕って……かわいい?」
上目づかいでアンジェロが言った。
シャーリーが言った。
「かわいい! 健気! 応援したい!」
「お、応援?」
「私に任せて! 絶対、ユートくんをアンジェロちゃんに振り向かせて見せるから!」
言って、シャーリーはこぶしを握る。
「ていうか、本当の名前はなんていうんだ?」
ノルムは尋ねた。一般的に、アンジェロは男の名前である。
「……アンジェラ」
「なるほどな」
守護聖人アンジェローズ様にちなんでつけられる、よくある女性名である。
困ったような顔で、アンジェラは言った。
「ユートには、内緒にしてくれる?」
「いいけど……なんでだ?」
「僕、前のパーティで、色恋沙汰でいろいろあってさ。だから、男のふりして冒険者として活動してたんだけど……」
「そんなとき、ユートくんに出会っちゃったわけだ」
シャーリーが面白げに割って入る。
アンジェラは頷いた。
「ユートは僕のこと助けてくれたから、僕もユートのことを助けないと、と思って。ユートはまだ、冒険者としては未熟だったし、それどころか、僕が誘わないとダンジョンにも行ってくれない感じだったし……。このままじゃよくない、と思って、なんか勝手に義務感みたいなの感じちゃって、そんな僕のわがままに、ユートは応えてくれて……」
「気が付いたら、好きになっていたと」
シャーリーの言葉に、アンジェラはこくりと頷いた。
「ユートは僕のことを、友達だって、仲間だって思ってくれてるんだ。だって、僕のことを、男だって思ってるんだから。ずっと、嘘ついてたから、だから……」
ノルムは言った。
「関係性が変わるのが怖いってわけか」
うん、とアンジェラは言った。
「俺たちは、正直なところ、そこまでユートと付き合いがあるわけじゃないんだけどさ。実際のところ、どうなんだ? アンジェラが女だってわかったら、ユートは何か変わるのか?」
「変わると思う!」
と勢い込んでアンジェラは言った。
「……ユートって、女の子と付き合ったことないみたいだから」
あー、とノルムは嘆息した。
「あれは、確かにそういう感じだな」
「ぶっちゃけ、私とも目を合わせて話してくれない感じあるわ」
シャーリーが何度も頷く。
「要するに、童貞ってことだな」
と、ガルベスが訳知り顔で言ったので、こら、とノルムはたしなめる。
「これだけ長く一緒にいるのに、アンジェラちゃんのこと、女子って気づいてないわけでしょ。これは相当に難物かもしれないわね……」
シャーリーが腕組みした。
どうやら勇斗は、女性関係に免疫がないようである。
「わかった」
と、シャーリーは言った。
「ひとまずは、このまま様子を見ましょう。これからも一緒にダンジョン探索するわけだから、どこかでチャンスはあるはず。諦めないで!」
「う、うん」
微妙な表情で、アンジェロこと、アンジェラは頷きを返した。
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