第八話 気に入らない
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
人には認めたくない感情というものがある。
例えば。
負けたくない相手に負けた時。
嫌いな野菜を食べなければならない時。
そして。
気になる人が他の女の子と仲良くしている時。
「……」
私は自室で紅茶を飲みながらそんなことを考えていた。
いや。
考えていない。
断じて考えていない。
気のせいだ。
全部気のせい。
「お嬢様」
エミリーが不思議そうな顔をしていた。
「どうしたの?」
「いえ」
「なに?」
「今日は機嫌が良いのですね」
私は止まった。
「そう見える?」
「はい」
「……そんなことないわ」
エミリーが微笑んだ。
納得していない顔だった。
***
翌日。
私は少し早めに教室へ来た。
何となく。
本当に何となく。
理由なんてない。
ないのだけど。
教室の扉を開いた瞬間。
「あ」
いた。
レオ。
既に席について本を読んでいる。
その姿を見た瞬間。
少しだけ安心した。
自分でも意味が分からない。
「おはようございます、お嬢様」
「おはよう」
自然に挨拶が返る。
最近は慣れてしまった。
良いことなのか悪いことなのかは分からないけれど。
「今日は早いのね」
「勉強です」
「そう」
「首席を取らないといけませんので」
やっぱり課題だった。
少し安心する。
この人はいつも通りだ。
***
そして授業開始直前。
「レオ君!」
女子生徒の声。
先日一緒にいた子達だった。
「今度図書館で勉強会しない?」
「勉強会ですか」
「うん!」
私は何となく耳を傾ける。
別に気になったわけではない。
断じて。
「良さそうですね」
レオが頷いた。
女子達の顔が明るくなる。
「本当!?」
「はい」
「じゃあ放課後!」
「分かりました」
楽しそうだ。
女子達も。
レオも。
なぜだろう。
少しだけ面白くない。
理由は不明。
本当に不明。
***
昼休み。
「リリアナ嬢」
アレクシスが来た。
最近よく話しかけられる。
「なにかしら」
「少し時間はあるか?」
「ええ」
アレクシスは一冊の本を差し出した。
「先日の授業で話題になった歴史書だ」
「あら」
貴重な本だった。
王都でもなかなか手に入らない。
「貸していただけるの?」
「もちろん」
「ありがとう」
素直に嬉しい。
私は本が好きだ。
面白そうな本を前にすると機嫌も良くなる。
「読み終わったら感想を聞かせてほしい」
「ええ」
「楽しみにしている」
アレクシスが微笑んだ。
周囲の女子達が騒いでいる。
私は気付かないふりをした。
***
そして。
不意に視線を感じた。
レオだった。
こちらを見ている。
珍しい。
自分からじっと見てくることは少ない。
「なに?」
聞いてみる。
するとレオは少し考えた。
「仲が良いですね」
私は首を傾げた。
「アレクシスのこと?」
「はい」
「普通よ」
そう答える。
実際その通りだ。
同級生。
それ以上でもそれ以下でもない。
「そうですか」
レオは頷いた。
それだけだった。
いつものように。
それ以上何も言わない。
***
放課後。
私は図書館へ向かっていた。
借りたい本があったからだ。
すると。
奥の席に見覚えのある姿があった。
レオ。
そして女子生徒三人。
勉強会らしい。
楽しそうに話している。
女子達もかなり距離が近い。
人気者ね。
そんな感想が浮かぶ。
それだけのはずだった。
「リリアナ様?」
ルイーゼが声を掛けてきた。
「どうしたの?」
「いえ」
「なに?」
「少し怖い顔をされていますわ」
私は固まった。
「え?」
「ご気分でも悪いんですの?」
慌てて表情を整える。
そんなはずがない。
だって私は。
「別になんでもないわ」
「そうですの?」
「ええ」
なんでもない。
本当に。
少しだけ。
ほんの少しだけ。
気に入らなかっただけ。
その時だった。
レオがこちらに気付く。
立ち上がる。
そして迷いなくやって来た。
「お嬢様」
「な、なに?」
「本を探しに来たんですか?」
「そうよ」
「一緒に探します」
「勉強会は?」
思わず聞いてしまった。
レオは首を傾げる。
「終わりました」
「そう」
「お嬢様の方が大事なので」
さらりと言った。
さらりと。
本当にさらりと。
心臓が変な音を立てる。
「……そう」
それしか言えなかった。
レオはいつも通りだった。
何も意識していない。
だからこそ厄介だった。
「どんな本を探しているんですか?」
「歴史書よ」
「なら手伝います」
「お願い」
気付けば頼んでいた。
二人で本棚の間を歩く。
静かな図書館。
少しだけ近い距離。
なぜか落ち着く。
窓から差し込む夕日を見ながら。
私はふと思った。
もしかすると。
本当に少しずつ。
私はこの時間が好きになっているのかもしれない、と。
お読み頂き、ありがとうございます。




