第六話 涙
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
卒業式の日。
空はどこまでも青かった。
講堂には卒業生達が集まり、最後の式典が静かに進んでいく。
名前が呼ばれる。
証書を受け取る。
それだけのことなのに。
終わりが近付いていることを嫌でも実感させられた。
リリアナの視線は何度も前方へ向かう。
そこにはレオがいた。
昔と変わらない背中。
いや。
変わった。
背も伸びた。
強くなった。
立場も変わった。
けれど。
あの背中を追い掛けていたことだけは変わらなかった。
式が終わる。
友人達が笑い合う。
別れを惜しむ声が広がる。
ルイーゼが涙ぐみながら抱き付いてきて、アレクシスが照れ臭そうに頭を掻いている。
そんな騒がしさを抜けて。
リリアナは学院の裏庭へ向かった。
春の風が吹いている。
木々が揺れている。
ここも変わらない。
「お待たせしました」
後ろから声がした。
振り返る。
レオが立っていた。
正装姿だった。
王城で見た時よりもずっと近い。
いつものレオだ。
「遅いわ」
「申し訳ありません」
いつもの返事。
昔から全く変わらない。
少しだけ笑ってしまう。
二人の間に静かな時間が流れた。
聞こえるのは風の音だけ。
言わなくてはいけないことがある。
分かっている。
ずっと前から。
「卒業ね」
「はい」
「終わったわね」
「終わりました」
もう保留にする理由はない。
『卒業まで待ちなさい』
そう言ったのは自分だ。
だから。
今度は自分が答えなければならない。
リリアナは大きく息を吸った。
「私、ずっと勘違いしてたの」
レオは黙って聞いている。
「追い掛けられているんだと思ってた」
冒険者になった時も。
学院へ来た時も。
首席を取った時も。
全部。
ずっと。
自分が前にいて。
レオが追い掛けてくるのだと思っていた。
けれど違った。
「気付いたら」
少し笑う。
涙が滲んだ。
「私の方が追い掛けてた」
レオの目が少しだけ見開かれる。
「王家なんて嫌だった」
「王女殿下も嫌だった」
「遠くへ行くのも嫌だった」
言葉が止まらない。
今まで認めたくなかった気持ちが溢れてくる。
「だから」
まっすぐレオを見る。
逃げない。
最後まで。
「あなたと結婚してあげる」
静寂。
風だけが吹く。
返事はなかった。
レオは立ち尽くしたまま動かない。
「……レオ?」
不思議に思って顔を見る。
そこで初めて気付いた。
泣いていた。
大粒の涙が頬を伝っている。
本人も気付いていない。
ただ呆然と立っている。
リリアナは目を見開いた。
初めて見た。
この人が泣いているところなんて。
どれだけ酷い怪我をしても。
どれだけ理不尽な課題でも。
どれだけ苦しくても。
泣かなかったのに。
「ちょっと……」
言葉を掛けた瞬間。
レオが一歩踏み出した。
また一歩。
そして。
何も言わず。
強く抱き締めた。
言葉はない。
本当に何もない。
ただ腕に力が込められている。
震えている。
肩も。
呼吸も。
全部。
十年以上。
走り続けた。
初めて出会った時から。
ただ一つだけを目指して。
だから。
今さら気付いた。
この人はずっと怖かったのだ。
届かなかったらどうしようと。
認められなかったらどうしようと。
それでも走り続けていたのだ。
「……馬鹿」
小さく呟く。
返事はない。
抱き締める力が少しだけ強くなった。
それが答えだった。
リリアナはそっと腕を伸ばす。
初めて自分から。
レオの背中へ手を回した。
「ありがとう」
その言葉を聞いた瞬間。
レオの肩が大きく震えた。
また涙が零れる。
それでも何も言わない。
ただ抱き締めている。
春の風が吹く。
学院の木々が揺れる。
長かった。
本当に。
長かった。
けれど。
ようやくだ。
ようやく終わった。
そして。
これから始まるのだと。
リリアナは静かに目を閉じた。
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