第五話 返事
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
表彰式が終わった後も、リリアナは現実感がなかった。
王城の廊下を歩きながら、何度も先ほどの光景を思い出してしまう。
王女との婚姻を断ったこと。
国王の前で堂々とそう言ったこと。
そして何より。
自分の名前を呼ばれたこと。
初めて出会った時からずっと「お嬢様」だった。
学院へ入っても。
婚約者になってからも。
何一つ変わらなかったのに。
あの一瞬だけ。
初めて名前で呼ばれた。
「……っ」
思い出しただけで顔が熱くなる。
立ち止まり、大きく息を吐く。
落ち着こうと思うのに全然落ち着かない。
「お嬢様」
聞き慣れた声に振り返る。
レオがいた。
当たり前のような顔をしている。
さっきと何も変わらない。
「なに」
「どうかされましたか?」
心配そうな顔をする。
その顔を見た瞬間、何かが切れた。
「どうかしたのはあなたでしょう!」
思わず声が大きくなる。
「王様の前で何を言っているのよ!」
レオが首を傾げる。
「本当のことですが」
「そういう問題じゃないわ!」
即答だった。
「王女殿下もいたのよ!?」
「いましたね」
「王家よ!?」
「はい」
「断ったのよ!?」
「断りました」
全く悪びれない。
本気で何が問題なのか分かっていないらしい。
リリアナは額を押さえた。
「馬鹿」
「申し訳ありません」
「全然反省してないでしょう」
「していません」
即答だった。
思わず笑いそうになる。
本当に馬鹿だ。
どこまで行っても。
昔から変わらない。
少し沈黙が落ちる。
人通りも少なくなり、遠くから祝宴の準備をする音だけが聞こえてくる。
レオは静かにこちらを見ていた。
逃げたい。
でも目を逸らしたら負けな気がした。
「お嬢様」
「なによ」
「返事はいただけませんか」
リリアナは固まった。
そうだった。
告白されたのだ。
しかも王城のど真ん中で。
国王も公爵も王女も見ている前で。
レオは困ったように笑う。
「そんなに悩むことでしたか」
「悩むわよ!」
また即答してしまう。
「当たり前でしょう!」
レオが珍しく押し黙る。
リリアナも言葉が続かない。
だって知っていた。
ずっと知っていたのだ。
冒険者になった理由も。
学院へ来た理由も。
公爵に認められようとした理由も。
全部。
全部自分のためだった。
気付いていた。
気付いていたのに。
こんな形で言われるとは思わなかった。
何度か深呼吸して、ようやく言葉を絞り出す。
「卒業まで待ちなさい」
レオが目を瞬かせる。
「卒業、ですか」
「そうよ」
ようやく顔を上げる。
「今はまだ学生でしょう」
「確かに」
「だから卒業するまで保留」
レオはしばらく黙っていた。
それから静かに頷く。
「分かりました」
不満そうでもなく。
焦る様子もなく。
ただ当たり前のように受け入れていた。
「待ちます」
その言葉に胸が温かくなる。
王家でもない。
王女でもない。
国家でもない。
この人は本当に変わらない。
リリアナは小さく笑った。
そして初めて思う。
卒業式が少し楽しみだと。
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