第七話 結婚式
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
雲一つない青空だった。
公爵邸の大聖堂には朝から多くの人が集まっている。
貴族達。
騎士達。
学院の友人達。
王家の面々まで。
大勢の祝福に包まれながら。
リリアナは控室で鏡を見ていた。
純白のドレス。
何人もの仕立て職人が手掛けた最高級品。
けれど。
そんなものはどうでも良かった。
「緊張されていますね」
エミリーが微笑む。
「してないわ」
「お顔が真っ赤ですよ」
即座に否定できなかった。
鏡の中の自分が本当に真っ赤だったからだ。
今日だけは公爵令嬢としてではない。
一人の女性として。
大切な人の隣に立つ日だった。
「時間です」
エミリーが静かに言う。
リリアナはゆっくり立ち上がった。
***
大聖堂の扉が開く。
視線が集まる。
父に手を引かれながら赤い絨毯を歩く。
花びらが舞う。
祝福の拍手が響く。
緊張していたはずなのに。
その瞬間。
全部消えた。
祭壇の前に立つ人を見つけたからだ。
レオがいた。
正装姿のまま真っ直ぐこちらを見ている。
昔から変わらない。
本当に。
何も変わらない。
少しだけ泣きそうになった。
***
祭壇の前で父が立ち止まる。
レオを見る。
長い沈黙。
やがて。
深いため息を吐いた。
「まったく」
呆れた声だった。
会場から小さな笑いが漏れる。
「最後まで貴様の思い通りだったな」
レオは頭を下げる。
「申し訳ありません」
「謝るな」
公爵は娘を見る。
そしてレオを見る。
「幸せにしろ」
「必ず」
迷いのない返事だった。
公爵は頷き。
静かに娘の手をレオへ託した。
***
神官が問い掛ける。
「レオ・オルスタッド」
「はい」
「あなたは彼女を妻とし、生涯愛し続けることを誓いますか」
会場中が静まる。
レオは即答した。
「誓います」
一切の迷いもなかった。
昔からそうだった。
この人はずっとそうだった。
神官は笑みを浮かべる。
「リリアナ・クラインベルク」
視線が集まる。
少し恥ずかしい。
それでも。
もう逃げるつもりはなかった。
「あなたは彼を夫とし、生涯愛し続けることを誓いますか」
リリアナは隣を見る。
レオがいる。
初めて出会った時。
地面に抑えつけられていた少年はもういない。
立派な青年になった。
それでも。
自分を見つめる目だけは昔と同じだった。
だから。
リリアナは笑った。
「誓います」
***
祝福の拍手が響く。
花が舞う。
歓声が上がる。
ルイーゼが泣いていた。
アレクシスも顔を真っ赤にして拍手している。
エミリーは静かに涙を拭っていた。
国王は豪快に笑い。
王女も優雅に拍手を送っている。
誰もが笑っていた。
***
式が終わり。
二人は大聖堂の外へ出る。
眩しいほどの青空。
祝福の声。
降り注ぐ花びら。
レオは少しだけ立ち止まった。
「どうしたの?」
リリアナが聞く。
レオは空を見上げる。
そして。
本当に少しだけ笑った。
「夢みたいです」
その言葉に。
リリアナは吹き出した。
「今さら?」
「はい」
本気らしい。
相変わらず馬鹿だ。
本当に。
どうしようもないくらい。
だけど。
それが愛おしかった。
リリアナはそっとレオの手を握る。
レオも握り返す。
強く。
優しく。
絶対に離さないように。
春の風が吹いた。
二人は並んで歩き出す。
もう追い掛ける必要はない。
もう追い掛けられることもない。
これからは。
ずっと隣だ。
同じ歩幅で。
同じ未来へ向かって。
リリアナは隣を歩く夫を見上げた。
初めて出会った時。
雑草の花束を抱えていた少年。
無茶な課題を達成し続けた少年。
泣きながら自分を抱き締めた青年。
その全部が愛おしかった。
だから。
誰にも聞こえないくらい小さな声で呟く。
「レオ……大好きよ」
レオが足を止める。
耳まで真っ赤になっていた。
その顔がおかしくて。
リリアナは声を上げて笑った。
青空の下。
二人の笑い声はいつまでも響いていた。
お読み頂き、ありがとうございます。




