第十一話 追いかける資格
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
翌日の夕食。
リリアナは珍しく自分から席を立たなかった。
父も母もいる。
いつもなら食事が終われば部屋へ戻る。
だが今日は違った。
「お父様」
公爵が視線を上げる。
「なんだ」
リリアナは少しだけ息を吸った。
「領地経営を勉強させてください」
食卓が静かになる。
母が目を瞬かせた。
父も黙っている。
その反応だけで分かった。
予想していなかったのだ。
「急だな」
「そうですね」
自分でもそう思う。
少し前まで。
そんなことを考えたこともなかった。
公爵令嬢として必要な勉強はしている。
礼儀作法。
歴史。
政治。
外交。
全部。
でも。
今は足りない気がしていた。
「理由を聞こう」
父の声は静かだった。
リリアナは少し迷う。
本当の理由を言うべきか。
でも。
隠しても仕方ない気がした。
「レオです」
父が目を細める。
母は少しだけ微笑んだ。
「オルスタッドがどうした」
「何をしているのか分からないんです」
本音だった。
「何も教えてくれません」
「お父様も」
「ヴァルも」
「みんな知っているのに」
拳を握る。
子供みたいだと思う。
でも。
止まらなかった。
「知らないままでいるのが嫌なんです」
公爵は黙って聞いていた。
口を挟まない。
ただ聞いている。
「最近ずっと思うんです」
言葉を探す。
上手くまとまらない。
でも。
胸の中にあるものは一つだった。
「私は何もできません」
「待っているだけです」
「何も知らなくて」
「何も分からなくて」
悔しかった。
本当に。
悔しかった。
「だから」
顔を上げる。
「勉強したいんです」
「追いつけるとは思いません」
「でも」
少しだけ笑う。
自嘲するように。
「少しくらいは追いかけたいんです」
沈黙。
長い静寂。
父はしばらく何も言わなかった。
やがて。
「そうか」
小さく頷いた。
「明日から執務室へ来なさい」
リリアナが目を見開く。
「いいのですか」
「言っただろう」
公爵が静かに言う。
「今のお前には課題がないと」
そこで少しだけ笑った。
本当に少しだけ。
「なら作ればいい」
リリアナは固まった。
その言葉を。
どこかで聞いたことがあった。
課題。
またその言葉だった。
「領地経営」
「税」
「流通」
「商業」
「治安」
「全部教える」
公爵は立ち上がる。
「ただし甘く見るな」
「はい」
「泣いても途中で投げ出すな」
「はい」
即答だった。
驚くほど迷わなかった。
公爵は一度だけ娘を見る。
そして。
「やっと前を向いたな」
そう呟いた。
その言葉に。
リリアナは何も返せなかった。
***
食事の後。
部屋へ戻る。
窓を開ける。
夜風が吹く。
机の上には青いペンダント。
手に取る。
冷たい。
けれど。
今日は少しだけ違った。
今までは待っていた。
ずっと。
課題を出して。
達成されるのを。
見守るだけだった。
でも。
今度は違う。
自分も進む。
自分も学ぶ。
自分も追いかける。
夜空を見上げる。
「負けないわよ」
誰に向けた言葉か。
自分でも分からない。
ただ。
久しぶりに。
明日が少しだけ楽しみだった。
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